ギターマガジンに掲載された某個人工房製のギターの扱いについて、Fenderとギターマガジンが叩かれているようです。
私は正直なところ、別にFenderの楽器が好きなわけではありません。
が、一連の流れを確認した結果、私はこの件に関し、個人工房サイドではなくFenderの肩を持つことにしました。
話の流れ
大まかには以下のような流れで現在に至ります。
・ギターマガジン2020年5月号の某ギタリストの機材紹介記事で、1965年製のFender Storatocasterと、その「ストラトのレプリカ」と明示された日本の個人工房製のギターがあわせて掲載された。
・当該個人工房製ギターはヘッド形状も含め明らかにFenderを模倣した外観だが、そのギターの方がメインギターとして扱われており、完成度の高さが評価されていた。
・翌月の6月号にて、↑の5月号記事について「フェンダー社の商標権を侵害するギターが掲載されてしまった」、「今後ギター・マガジンでは商標権の侵害を可能な限り防ぎたい」、そして「誌面において権利侵害となる製品を掲載しない」との文章が掲載された。
で、これについていろいろ邪推というか、背景を想像して怒っている人がいるわけです。
「大企業であるFenderが小さい個人工房のギターを狙って難癖をつけ、そこを足掛かりに他のメーカーについても『同じようなヘッドデザインのギターは今後掲載するな』と圧力をかけたのだろう」とか、「ギタマガは広告主であるFenderの『もう広告を出してやらないぞ』という脅しに屈したのでは?」などなど。
しかし、この話を理解するには権利関係についての理解が不可欠です。
私も別に専門家でも何でもないので詳しいわけではないですが、なるべく分かりやすく説明できればと思います。
Fenderヘッドシェイプの権利
まず大前提として、Fenderおなじみのあのヘッドシェイプについてはフェンダー社が商標権を持っています。
以下の画像は、日本における知的財産権の検索プラットフォームであるJ-PlatPat (https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)の検索結果より引用したものです。
ここで見ることができるのは、あくまで日本国内の現存する商標に限られますが、画像の通りFenderのヘッドの形が商標として登録されています。
これは、この形状が「識別力を有する」と判断されたということです。
これはどういうことかと言うと、簡単に言えば、Fenderのヘッドのデザインは、「この形状だけで他のメーカーではなくフェンダー製だと分かる独自のデザインだ」と認められたのです。
右側の日付が「商標登録日」なので、日本国内においては(※それ以前の記録は確認できないが遅くとも)2003年の時点でストラトキャスターのヘッドシェイプが「フェンダー社だけが独占して使用できるもの」になっていた、と言うことができます。
【※注意】
Charvelは現在Fender傘下なのでこのヘッド形状を採用してもセーフですし、Musikraftなんかは公式なライセンス契約に基づいて、この形状のヘッドを有する交換用ネックをフェンダー社の正式な許可のもと販売しています。
なお、今回の主な争点はヘッドの形ですが、「ストラトキャスター」という名称もフェンダー社の登録商標です。
ギターマガジンの問題点
以上を前提に、ギターマガジンとフェンダーの話に戻ります。
まあ、フェンダー社がギターマガジンにキツめの文句を言ったのはおそらく事実でしょうし、対するギタマガ側に関して「ちょっと屈しすぎでは?」とも思います。
6月号の当該ページの体裁や文章構成はどうにも謝罪広告っぽくて、未来志向というより「Fender様すいませんでした!」な感じに見えてしまうのです。
何より、全ての罪を1つの個人工房に擦り付ける形になっているのがいただけません。
この6月号記事内では当該工房の名前は記載されていないものの、5月号での掲載ページまで明記されており、この工房だけが悪者のような書き方です。
今まで散々「Fender製ではないフェンダータイプのギター」を載せてきたギターマガジンがこんな晒し上げのようなことをしては、Fenderサイドへの反発があるのも当然でしょう。
Fenderが本件の個人工房に腹を立てたのは確実でしょうが、ギタマガ側はそこを捌け口にせず「これまでにフェンダー社の権利を侵害するギターを掲載したことが数多くありましたが、今後は〜」という総括をする義務があるのでは?と思います。
楽器業界の問題点
ここまでの経緯から、ギターマガジンとFenderに対して批判的に見る人が多いのは当然のことだと思います。
ただ、それでも私は「Fenderのヘッドを丸パクリしたギターを堂々と作っているメーカーの方が悪い」と考えます。
商標に限らず、特許や意匠など、知的財産の権利化にはコストがかかります。
また、商標権を維持するためには更新登録料を支払い続けなければなりません。
自社の権利を守り、「このヘッドシェイプはFenderオリジナルのものだ」という事実を公的に認めてもらうために、フェンダーは手間も時間もお金もかけ続けているわけです。
このことは楽器業界では常識のはずです。
それにもかかわらず、個人クラフトマンから大手メーカー、そして販売店まで含め「まあパクっても大丈夫でしょ」とタダ乗りしてきたことを反省すべきではないか?
これが私の基本的なスタンスです。
まあ実際、「世界規模のメーカーでありギターマガジンの大広告主であるフェンダーが、小規模の個人工房を狙い撃ちした」というやり口に汚さを感じないわけではありません。
が、逆の立場で考えてください。
フェンダー社がギターマガジンに支払っている広告料は、おそらく莫大な金額です。
その広告出稿先である雑誌の誌面に、自社製のヴィンテージ品とともに商標権を完全に侵害した楽器が「完成度が高い」「究極のクローン」という誉め言葉とともに載せられたわけで、こんなもん相当気分が悪いでしょう。
「そんな文句言ってる暇があるならFenderは新興ブランドよりも高品質なギターを作れ!」という意見も見ましたが、事実としてFenderがこのデザインの元祖であり、現在も正当な権利者なわけですから、それもお門違いです。
個人商店が保護されるべきだとは思いますが、それが大企業を攻撃していい理由にはなりません。
文句を言われないのをいいことに、「他のメーカーもやってるから」「顧客からの要望があるから」と、デザインで独自性を出すこともせずにフェンダーヘッドをパクり続けた、権利意識の低いすべてのメーカーが悪いのではないか?
そして、「ヘッドの形はフェンダーと同じ方がいい、オリジナルシェイプはいらない」と、パチモンをメーカーに要求してきたユーザーも同じレベルで悪では?
これが私の考えです。
なお、今回の争点については、形状として商標登録されているのはあくまでヘッドだけなので、ボディやピックガードの形状が同じでも今のところはヘッドの形が違えば一応セーフなはずではあります。
あと、「昔からある日本のメーカーだってほとんどフェンダーヘッドじゃん…」みたいな意見も目にしたのですが、意外とフェンダー系モデルのヘッド形状は修正されています。
Tokaiなんかも今はこうなわけで、今後各メーカーがヘッド形状を試行錯誤する中で新たなデザインが生まれれば、と思っています。
ちなみに件のギターマガジン6月号ですが、サウンドハウスの広告に思いっきりフェンダーヘッドのPLAYTECHが載っているという非常にイケてないオチがついていました。
これは来月以降どうなるか、ということで要経過観察だと思いますが、論点整理と記録を兼ねて私の考えを書かせていただきました。
【追記】7月号の記事を受けて↓
コメント
非常に冷静かつ透徹したご意見だと思います。
エンドユーザー、リスナー、読者、ほとんど全世界の人々が、
ひとつひとつの出来事や興業、事業の背景にかかわる様々なパワーバランスの構造の理解を求められる時代になってきているのだといろんな案件から考えさせられる近年ですが、こうしてマクロに見るとどうしてもそれが足りていない人が多いように感じられます。
情報化社会のある意味一番の構造的欠陥かもしれないですね。
ありがとうこざいます。
勢い任せにバーッと書いたので偏っている部分もあるとは思いますし、いくぶん想像も含まれますが、「企業間の取引の結果としてはまあこうなるでしょ」という考えを書き残しておきたかったので文章にしてみた次第です。
私自身、脊髄反射的に反応してしまうことはあるので、自戒を込めて気をつけたいと思います。