1話 憂鬱な日々
新作始めてみました。
「よぉ、アルト。今日の模擬戦、僕が稽古をつけてやるよ」
「……」
「おい、無視するんじゃねえよ!」
「かはっ!?」
いきなり蹴りつけられて、俺は訓練場の床に転がる。
咳き込みながら、地面に手をついて立ち上がろうとするが……
頭を踏みつけられて、再び地面に伏してしまう。
「おいおい、早く立てよ。今は訓練の時間なんだから、寝てるなんてダメだろう?」
「ぐっ……」
なんとか顔を上げると、いつも俺に絡んでくる貴族のセドリックが見えた。
とても楽しそうに、ニヤニヤと笑っている。
笑っているのはセドリックだけじゃない。
クラスメイトの半数ほどが、愉快なものを見るような顔をしていた。
残り半分は、何事もないように見て見ぬ振りをしている。
ちなみに、教師も見て見ぬ振りをしていた。
相手の頭を足蹴にする訓練なんてないのに……
セドリックを注意することも止めることもなく、他の生徒の指導にあたっている。
俺の指導を担当しているのは……セドリックだ。
「ほら、さっさと立てよ。手を貸してやろうか?」
「いや……いい」
セドリックがようやく足をどけたので、立ち上がることができた。
しかし、次の瞬間、無手の俺にセドリックが剣を振るう。
「ぐっ!?」
咄嗟に腕を盾にした。
木で作られた模造剣なので切れることはないが、それでもかなり痛い。
ビリビリとした痛みが走り、再び膝をついてしまう。
くそっ……打撲は確定かもしれないな。
「おいおい、なんだ。その反抗的な目は?」
「……」
「訓練をつけてもらいありがとうございます、セドリックさま……だろう? ほら、言ってみろよ、言えよ」
「……訓練をつけてもらいありがとうございます、セドリックさま」
「あはははははっ、そうだ、やればできるじゃないか! 最初からそういう風にかわいくしていれば、もっと優しくしてやったんだけどな」
俺……アルト・エステニアは、竜騎士を育成する学院に通う生徒だ。
竜を相棒に空を翔けて敵を討つ。
そんな英雄に憧れて学院の門を叩いた。
最初の一ヶ月は何事もなく過ごすことができた。
ただ、その後に問題が起きた。
女の子に強引に迫るセドリックを見つけて、俺は彼を止めた。
そのことが大層気に入らなかったらしく、セドリックは俺をいじめの標的にした。
セドリックは大きな権力を持つ貴族の息子で、彼に逆らうことはできない。
一度、抗戦を試みたものの……
宿を営んでいる実家が不当な圧力を受けてしまい、結果的に、ヤツに頭を下げることになった。
以来……
俺はセドリックに逆らうことができず、人形のように言いなりになることしかできず……
ただただ、耐える日々を過ごしている。
ちなみに、クラスメイトたちはくるりと手の平を返して、静観するか、あるいはセドリックの側に立ち、俺のいじめに加担した。
友だちだと思っていたヤツも、笑いながらいじめに参加するようになった。
あの時ほど絶望を覚えたことはない。
先生に助けを求める?
そんなことは無意味だ。
先生もセドリックが持つ権力を恐れている。
それに、セドリックの家は学院に多額の寄付をしている。
そんな相手を怒らせるようなことはできず、見て見ぬ振りを続けていた。
それだけならばまだマシだ。
たまに、セドリックに言われるまま、先生もいじめに加担するから手に負えない。
どいつもこいつも腐っていた。
「……いつまでこんな日が続くんだろうな」
いっそのこと、退学してしまえばいいのかもしれないが……
でも、英雄になりたいという夢を諦めることはできず、俺は学院に通い続けていた。
――――――――――
学院は全寮制だ。
一人一部屋、個室が割り当てられている。
寮の部屋にいる時は完全に一人になることができる。
セドリックに絡まれることはなく、唯一、自由になれる時間だ。
今日は休日なので、本当なら部屋に引きこもっていたいのだけど……
残念ながら、調味料を切らしてしまった。
街に買いに行かないといけない。
部屋にはキッチンが備え付けられていて、自炊することができる。
もちろん、食堂もあるのだけど……
そちらに行くとセドリックに絡まれてしまうので、食事などはなるべく部屋で済ませるようにしていた。
「調味料だけじゃなくて、食材も心もとないな……仕方ない。外に出るか」
願わくば、セドリックのアホに出会いませんように。
部屋着から外出着に着替えて、俺は外に出た。
幸いというか、セドリックに出会うことはなかった。
ヤツも休日にまで俺に構うほどヒマじゃないのだろう。
とはいえ、油断は禁物だ。
どこかで出くわさないとも限らないし、さっさと用事を済ませて部屋に戻ろう。
「うん?」
商店が並ぶ通りに続く道を歩いていると、ふと、表から一本外れた裏道に女の子の姿を見かけた。
女の子は一人じゃなくて、二人組の男と一緒にいた。
男たちはヘラヘラと笑っているものの……
女の子は難しい顔をしていて、とても迷惑そうにしていた。
すぐにわかる。
強引にナンパをしているんだな……って。
「……俺には関係ないな」
セドリックの件で懲りた。
正しいと思うことをしても、現実がそれに報いてくれるとは限らない。
時に、予想外の裏切りを突きつけてくる。
あんな失敗はごめんだ。
女の子には悪いけど、自分でなんとかしてもらおう。
大丈夫。
ここはそこまで治安が悪い地区じゃないし、人通りもそこそこある。
きっと親切な人が助けてくれるさ。
リスクを負ってまで、わざわざ俺が助ける義務なんてない。
理由もない。
「でも……」
困っている女の子を助けるのに、理由が必要なのだろうか?
義務がないと助けられないのだろうか?
動きたいのに……
動かないといけないのに……
足はそのままで、この場から立ち去ることができない。
「あっ」
ふと、女の子がこちらを見た。
俺を見つけて、驚いたように目を丸くして……
次いで、助けを求めるような顔になる。
「……ああもうっ!」
あんな失敗は懲り懲りなのに……
でも、ここで女の子を見捨てるなんてことをしたら男じゃない!
本日19時にもう一度更新します。