ステーブルコイン $IRON の仕組みとリスクを解説

追記:考察を深めるため、みなさんの議論をまとめる記事を作りました。合わせてどうぞ。

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オクタです。

Polygonチェーンに進出を果たしたIron.Financeが、すさまじい勢いでTVLを伸ばしています。

BSCのTVLをゆうに超え、すでに「Polygonメイン」のDeFiサービスといっても過言がないレベルまで成長しています。

この成長を演出したのは、ステーブルコインの$IRONでしょう。

設計上はステーブルコインにも関わらず、非常に高いAPYを叩き出しています。以下は「Polycat」のPoolです。

(2021年6月5日時点)

公式のファームの利回りもよく、ステーブルコインのペアにも関わらず、APYは1200%を超えています。

(2021年6月5日時点)

イールドアグリゲーターのAdamantを利用すると、APYは2000%を超えます。繰り返しますが、ステーブルコインのペアです。

$IRONはどんな設計のステーブルコインなのでしょう。解説していきます。

法定通貨ペッグコインとの「混ぜもの」

IRONは、議論を呼ぶコインだと思われます。

よくいえば創造的、悪くいえば、こんな方法でステーブルコインを作っていいのだろうか、と疑問を呈せざるをえない設計です。

IRONは、FRAXという、イーサリアム系のプロジェクトのフォークとして始まっています。

ステーブルコインとしてのIRONは、USDCやBUSDといった、「法定通貨担保型ステーブルコイン」を担保に発行されます。

そして、実際にIRONを発行(mint)する際には、それらのコインに加えて、IRONプロトコルの独自トークンを「混ぜる」ことが求められます。

実際に画面を見るほうが早いでしょう。

上記は、1 IRON = 1ドルを発行するシーンです。

画面にあるように、IRONは「USDCとTITAN」を合成して生成されます

$TITAN(チタン)という耳慣れないコインは、IRONプロトコルの独自トークンです。TITANのトークノミクスについては後述します。

一見するとこのコインは無意味で、存在意義を理解することは困難です。

IRONという未知のステーブルコインを発行するために、USDCという堅牢なステーブルコインを投入し、加えてTITANという未知のコインも購入しなければならないからです。

この不合理な行動を支えるのが、前述したファーミングによるインセンティブです

手持ちのUSDCの一部を、TITANと混ぜてIRONにすることで、圧倒的に利回りが改善されるのです。

価格ペッグの構造

ステーブルコインであるIRONは、いったいどのようにして価格ペッグを実現しているのでしょう。

まずは現実の数字から見ると、IRONは、意外にも(?)1ドルペッグを実現しています。

リリースから3ヶ月が経ちますが、堅調にペッグを維持しています

BDOなどの「無担保型ステーブルコイン」のペッグが崩壊したこととは対照的です。

IRONの価格ペッグを理解する上では、ホーム画面に表示されているこちらの数字を読み解く必要があります。

Taget Collateral Ratio

まずは「Taget Collateral Ratio(TCR)」の理解です。

これは、IRONを発行する際に求められるUSDCの割合です

この場合は、TCRが78.5%なので、1ドルのIRONを発行する際に、「0.785ドルのUSDCと、0.215ドルのTITAN」が求められます。

TCRは1時間ごとに更新され、0.25%ごと変動します。24時間の最大変動幅は6%です。

TCRはIRONの実勢価格によって調整されます。

IRON価格が1ドルを上回っている場合、0.25%減少します。

その逆に、IRON価格が1ドル以下の場合は、0.25%上昇します。

IRONのペッグが上方向に外れているとき、すなわちIRONが通貨として強いときは、IRON発行にあたって、より多くのTITANが求められます。

その逆に、IRONが1ドル以下になっている(=通貨として弱い)ときは、より少ないTITANでIRONをmintできます。

IRONが1ドル以下に乖離しているシーンを想像すると、この意味はわかりやすくなります。

たとえば、IRONが0.95ドル程度になっていると仮定します。

この場合、TCRは徐々に上昇し、求められるTITANの量が減少します。

理論的にはTCRは100%まで到達する設計になっています。

IRONのドルペッグが回復せず、TCRが100%に達すると、1枚のUSDCで1枚のIRONを発行できるようになります

この場合は、TITANの購入・合成は不要になります。

このとき、USDCよりもIRONの利回りがよければ、投資家はUSDCの一部をIRONに交換するインセンティブが強力に働きます。

Effective Collateral Ratio

Effective Collateral Ratio (ECR)についても合わせて理解しましょう。

こちらは「IRON全体の、現時点の担保率」を表しています。

上記スクリーンショットの時点では、IRON全体のうち、87.95%がUSDCによって裏付けされています。

「混ぜもの(=TITAN)」の割合は12.05%、とも表現できます。

一方のTCRは78.5%で、ECRよりも10%ほど少ない状況です。

これはプロトコルとして健全な状態で、「プロトコルが現時点で求めるより多くの担保が、IRONを裏付けている」ことを意味します。

プロトコルがその時点で定める担保率は78.5%でいいはずですが、それを超えて、過剰担保の状態になっているということです。

過剰担保の活用

これらの過剰担保は、プロトコルの維持に活用されます。

まず、過剰担保の状態においては、TITAN(BSCにおいてはSTEEL)トークンの買い戻し(Buyback)が発生します。

ここで買い戻されたトークンはTreasuryにロックされます。

ロックされたTITANは、もしもプロトコル内部のUSDCが不足した際に、自動的に売却され、不足する担保を補填します(Re-collateralise)。

IRONに勢いがある場合、過剰担保が加速する傾向があります。

  • 高まるニーズによってIRON価格が1ドルを上回る
  • TCRが減少する
  • TCRとECRの差が拡大していく(過剰担保)
  • 過剰担保を使ってTITANがBuybackされ、TITAN価格が上がる
  • ファーミングで得られるTITANの実質的な価値が高まり、IRONにさらに強いニーズが発生する

ここから、IRON価格が下がったパターンも考えてみましょう。

  • IRON価格が1ドルを下回る
  • TCRが増加する
  • TCRが100%となり、過剰担保がなくなる
  • TreasuryのTITANが売却され、プロトコルの担保が回復する

IRONに投資する場合は、TCRとECRの動向はよく確認しておきましょう。

特に、TCRが上昇を続けている局面(ペッグが下に乖離し続けている)には注意が必要です。

Investment vaultsによる余剰資金の活用

IRONはUSDCを利用して発行されます。

つまり、プロトコルには大量のUSDCが保管されています。

この資金のうち最大75%は、「Investment vaults」を通して運用され、プロトコルにその収益を還元します。

具体的には、TITANのシングルステーキング報酬は、このVaultからの収益で支払われています

Mediumによれば、USDCはAAVEを使って運用されているようです。

今後は運用ストラテジーを発展させていくという記述もあり、この点はプロトコルにとって大きなリスクを孕んでいるともいえます。

社会的意義はあるのか?

そもそもIRONには、どんな社会的な意義があるのでしょうか?

好意的に解釈すれば、これは法定通貨担保ステーブルコイン(USDC, BUSD)をより効率的なかたちで経済に組み込むためのプロトコルといえます。

見方を変えると、USDCはその経済的ポテンシャルを十分に発揮できていない、ともいえます。

USDCに混ぜものをして鋳造されるIRONは「より資本効率がいいステーブルコイン」というポジションを狙っているように思えます。

また違う観点では、IRONはたしかに、Polygonの拡大に大きく寄与しています

IRONのおかげで大量のUSDCがPolygonに供給され、そのUSDCはAAVEなどに供給され、効率的な市場を作るために一役買っています。

一見すると「悪貨」を鋳造しているようですが、視点次第では、IRONは社会的な意義を果たしていると言えます。

トークノミクス

最後に、TITANとSTEELのトークン設計に触れます。

結論からいうと、これらのトークンは運営保有分が多すぎると判断します。

この点は非常に違和感があり、私はTITAN、STEELへの投資は行いません

STEELTITAN
総発行量100,000,000枚1,000,000,000枚
運営保有20,000,000枚300,000,000枚
希薄化後時価総額$31,670,000$3,710,000,000
運営保有分$74,200,000$1,113,000,000

特にTITANは高騰しており、運営保有分は$1B以上にも達しています。

希薄化後とはいえ、$3.7Bという時価総額はPancakeSwapと肩を並べる規模になっており、過大評価と言わざるをえません。

そもそもTITAN, STEELは、厳しくいえば「混ぜもの」の域を出ない、用途の怪しいトークンです。

さすがにこの価格は過大評価であり、下落する公算が高いと判断します

6/12追記:この記事をアップして数日後、TITAN価格は予想をはるかに上回り、25ドルを超えました。私の予想は大きく外れました。

リスク

これらの前提を踏まえた上で、IRONの利用リスク・注意点をまとめます。

  • スマートコントラクトリスク(フラッシュローンなど)
  • 運営による各種パラメータの恣意的、過度な変更
  • 1ドルへのペッグが崩壊する可能性がある
  • Investment Vaultsへのハッキング
  • Investment Vaultsの運用失敗による担保資産の毀損
  • Investment Vaultsの運用先のハッキング、バグによる担保資産の毀損
  • 運営持ち分が過大であるため、売り圧が高いと思われる
  • 運営持ち分が過大であるため、投資家がガバナンスに影響を与えることは不可能
  • 今後、なんらかの法的な規制を受ける可能性がある

冒頭でも述べたとおり、IRONは議論を呼ぶ(controversial)な銘柄です。

価格安定性は保たれており、ファーミングという観点でみれば、破格の利回りを叩き出しています。

また、ある種の社会実験としては、非常に興味深い対象です。

仕組みやリスクを理解した上で、ポートフォリオの一部に加え、利回りを改善させるのはいいかもしれません。

IRONについては、以下の記事も非常に詳しいです。合わせて一読することをおすすめします。

3/16 IRON Finance SIL事件

追記:dトークンについて

IRONはPolygon進出以前に、ほぼ同じスキームの「Diamond Hand」というプロトコルも開発しています。

これは、USDCではなく、BTCB、ETH、BNBなどと、混ぜものであるDNDを使って、新しいペッグコインを作るスキームです。

利回りは80〜100%前後と非常に良好です。

IRONと同様、ペッグは強く保たれています。

特筆すべきは、担保率が実行担保率が70%台にも関わらず、ペッグが保たれている点でしょう(TVLはIRONとは比較になりませんが)。

TITANに値するDND、STEELの価格は低迷していましたが、IRONの急伸に合わせて上昇を見せています。

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カテゴリー: コラム