ムーサ異装展覧界
静なるテロリスタ
静なるテロリスタ
ジャック
展示「大時計」
【諸注意】
・本編前にHO別に事前導入をそれぞれ体験する必要があります。
・秘匿情報、また秘匿処理が発生します。
それによって本編にて一部PVPが発生する恐れがあります。
・クトゥルフ神話に対する独自解釈が多分に含まれています。
また、物語はフィクションであり、実在のものとは関係ありません。
【シナリオの 6版/7版 コンバートについて】
可能。ただし、シナリオの根幹が変わるような改変は不可。
【シナリオに関するお問合せ先】
下記TwitterのDMまでお問い合わせ下さい。
(https://twitter.com/MeiTanteiJack)
【概要】
「静なるテロリスタ」
よみ:せいなるテロリスタ
作 :ジャック
テーマ:大時計
プレイ人数 :4人
本編プレイ時間 :8~12時間(ボイスセッション)
事前導入プレイ時間:2~3時間(ボイスセッション)
共通推奨技能 :目星・聞き耳・図書館
共通準推奨技能 :ほかの言語(英語)またはほかの言語(イタリア語)
シナリオ傾向 :新規探索者限定/秘匿HO有/事前導入有
西暦2021年10月某日。
秋、それはまさに芸術の季節。
あなたは芸術都市ミラノにてオープンするエテルノ美術館の招待状を手にしていた。
連なる作品は秀でた美術家の傑作に、古来より眠っていた工芸品の数々。
その日、あなたはある目的を胸に秘めながら、そんな芸術たちを見つめていた。
刹那、一発の銃声が会場に木霊する。
「静粛に。今をもって当会場は我々が占拠した」
以下、KP向け情報となります。
シナリオ概要
秋、それはまさに芸術の季節。あなたは芸術都市ミラノにてオープンするエテルノ美術館の招待状を手にしていた。その展示会に連なるは名だたる芸術家の作品や古来より眠っていた工芸品の数々。その日、あなたはある目的を胸に秘めながら、そんな芸術たちを見つめていた。
「静粛に。今をもって当会場は我々が占拠した」
推奨人数 :4人
所用時間 :本編8時間~12時間+事前導入2~3時間
共通推奨技能 :〈目星〉〈聞き耳〉〈図書館〉
共通準推奨技能:〈ほかの言語(英語)〉または〈ほかの言語(イタリア語〉
個別HO:
【童子】あなたは少年、もしくは少女だ
【篤学者】あなたは考古学を研究する学生だ
【美術家】あなたは著名な美術家だ
【異邦人】あなたは異なる国、文化で生きる者である
以下は本シナリオに登場する美術館の概要だ。
〔エテルノ美術館〕
イタリア共和国ロンバルディア州、芸術都市ミラノにて近日オープンされる美術館。世界的な資産家カミロ・ヴァンニが世界各地から蒐集した美術品を展示する展覧会だ。蒐集された美術品は国内外問わず古典美術から近代芸術まで多岐にわたる。また、中には二年前に地中海で発見されたばかりの古代遺物の数々が含まれており、これらも展示品の一部として並べられると触れ込まれている。そして、その内の『眠らない大時計』と題された古代遺物は各方面から多大な注目を集めており、当日はかなりの混雑が予想されていた。しかし、数か月前に主催であるカミロ・ヴァンニが東京含む五つの都市で、とある抽選を行うことが大々的に発表された。各国の当選者にはミラノ行きの航空券と共にプレオープンの招待状が送られることが約束されている。
シナリオ背景
古代、人々は世界の秩序をかけて、“穢れし王”と呼ばれた恐ろしい存在、ミゼーアと激しい争いを繰り返していた。ミゼーアは僕であるティンダロスの猟犬を使役し、人々は神殿を建築して魔術をもって対抗した。しかし、人類の抵抗むなしく、ミゼーアによって世界に流れる「時」の概念は喰らわれた。あらゆる物質や生物が静止する。だが、一部の人々はティンダロスの猟犬の血液、つまり、ティンダロスの血を口にしていたことで、静止世界を活動することができていた。
その後、人々は生贄を捧げ、“全なる神”と呼ばれた偉大なる存在、ヨグ=ソトースを召喚した。ヨグ=ソトースは人々の願いを聞き入れ、ミゼーアを一つの水晶へと封じこめる。そして、失われた「時」を刻ませるため、時代錯誤な大時計を人々へと与えた。後に、水晶は『カーバンクルの瞳』、大時計は『眠らない大時計』と称される。
十五年前、考古学者であるHO篤学者の父が、地中海に浮かぶある孤島を発見する。その孤島には未発見の古代遺跡が隠されており、人々は“無名神殿”と呼称した。その“無名神殿”こそ、古代、人々がミゼーアと争いを繰り広げていた神殿であった。そして、HO篤学者の父は“無名神殿”に秘められた『眠らない大時計』、さらに『カーバンクルの瞳』をも発見すると、それを一つのデジタルカメラへと記録した。しかし、HO篤学者の父はその神殿に息づいていたティンダロスの猟犬に襲われ、“無名神殿”に孕んだ神話的恐怖を知ることとなる。
その後、“無名神殿”から命からがら逃げのびたHO篤学者の父は、“無名神殿”の危険性を伝えるため、古物研究を支援するカミロ・ヴァンニに、“無名神殿”の調査を中止するよう説得を試みた。だが、その説得は激しい言い争いにまで発展し、遂にHO篤学者の父はカミロの手によって殺害されてしまう。それから、罪の意識に苛まれたカミロは日本へ旅立つ。そして、HO美術家と出会うこととなった。HO美術家の作品に心を奪われたカミロは、ある夢を果たすため、“無名神殿”で発見されたティンダロスの血の研究を推し進める。
十年前、カミロはHO美術家を地下実験室へと案内する。そこはティンダロスの血、もとい“止薬”と名付けられた未知の物質を研究する大がかりな施設であった。研究はすでに人体実験にまで及んでおり、HO美術家の目の前で一人の研究員、国府レイ子が“止薬”を注射される。だが、国府はその“止薬”によってティンダロスの混血種へと変貌し、地下実験室を脱走した。そうして日本まで逃げのびた国府はHO童子を出産し、とある孤児院へと預けた。非道な実験を暴く手がかりと共に。
一方、HO異邦人の故郷はイリヤ・ゾロトフの放った一発の銃声に触発され、過激化したテロ集団によって滅ぼされた。傭兵である馬塚兼次は生き残りであるHO異邦人を拾うこととなり、HO異邦人を傭兵として生きる道を示すだろう。また、この戦災により狂気に陥ったイリヤは、カミロの非合法な実験に協力することとなる。
二年前、考古学者である岸本千里は、馬塚兼次、そして、HO異邦人に警護を依頼し、“無名神殿”の調査をはじめた。しかし、三人はイリヤが仕掛けた爆弾により、地下空洞へと落下してしまう。だが、そこには『眠らない大時計』、そして『カーバンクルの瞳』が秘められていた。しかし、三人は潜んでいたティンダロスの猟犬に襲われ、その衝撃で『眠らない大時計』は破壊されてしまう。世界の「時」は止まる。だが、ティンダロスの血を取り込んだ岸本と馬塚、そして国府の血を引いたHO童子だけが、この静止世界で活動することができた。
その後、静止世界で約百年が経過する。岸本は“無名神殿”の言語を解読し、その解読方法を一冊の手帳に残した。その一冊の手帳をHO篤学者に託すため日本へと旅立つだろう。そして、馬塚は『眠らない大時計』を修復することに成功する。失われた「時」はまた刻みはじめる。
現在、馬塚はエテルノ美術館を標的にしたあるテロ計画を遂行しようとしていた。その目的は『眠らない大時計』の破壊である。すべては間もなく復活する“穢れし王”を打倒する方法を探すべく、静止世界を意図的に引き起こし、無限に近い時間を生み出すためだ。だが、エテルノ美術館こそ、カミロが十五年前に犯した罪と決別するための、恐ろしい罠であった。
NPC
カミロ・ヴァンニ
■プロフィール
年齢:35歳
■能力値
◇STR:10 ◇CON:11 ◇POW:9 ◇DEX:13
◇INT:17 ◇EDU:20 ◇SIZ:15 ◇APP:16
◇HP:13 ◇MP:9 ◇SAN:16 ◇db:1d4
■技能値
◇芸術(絵画):40% ◇芸術(鑑定):80%
◇経理:80% ◇博物学:60% ◇歴史:60%
◇目星:70% ◇図書館:70% ◇クトゥルフ神話:5%
■背景
エテルノ美術館、および展覧会の責任者。HO美術家の友人だ。イタリアの資産家であり、美術関係に関わる事業を主に展開している他、イタリア歴史学や科学分野の研究にも力を入れている。だが、その裏で“無名神殿”から発見されたティンダロスの血を利用した人体実験を繰り返しており、その犠牲者の数はゆうに百を超えている。すべては“あらゆる美術品の永久化”のため。ティンダロスの血、もとい“止薬”と名付けられた未知の物質の解明を目指している。また、十五年前、“無名神殿”を発見した考古学者であるHO篤学者の父を、“無名神殿”に眠る古物を巡った口論の末、殺害している。その拭えない罪と決別するため、HO篤学者の命を狙っている。
イリヤ・ゾロトフ
■プロフィール
年齢:37歳
■能力値
◇STR:17 ◇CON:15 ◇POW:10 ◇DEX:11
◇INT:15 ◇EDU:16 ◇SIZ:18 ◇APP:6
◇HP:18 ◇MP:10 ◇SAN:0 ◇db:1d6
■技能値
◇マチェット:65%:1d8+db/1回
◇製作(爆弾):80% ◇ライフル:70% ◇拳銃:70%
◇言いくるめ:80% ◇機械修理:70% ◇電気修理:70%
■背景
エテルノ美術館を襲撃するテロ集団の一派。だが、その実、カミロ・ヴァンニの私兵である。常日頃から人体実験に利用する被験者の確保、または敵対関係にある要人の暗殺といった汚れ仕事を多額の報酬金と引き換えに遂行しており、“無名神殿”では岸本千里の命を狙い、エテルノ美術館ではHO篤学者の暗殺を命じられている。だが、その精神状態はすでに狂気に堕ちている。元は正義感の強い軍人だったが、十年前、HO異邦人の故郷を失ったことで正気を失った。すべてはテロ集団から町を守るために引いた引き金だったが、そのたった一発の銃声でさらに過激化したテロ集団は報復のため、町に火を放った。醜く広がった顔の火傷跡は当時の傷である。
馬塚兼次
■プロフィール
年齢:38歳
■能力値
◇STR:16 ◇CON:14 ◇POW:15 ◇DEX:17
◇INT:15 ◇EDU:30 ◇SIZ:16 ◇APP:11
◇HP:15 ◇MP:15 ◇SAN:27 ◇db:1d4
■技能値
◇ナイフ:80%:1d4+2+db/1回 ◇組み付き:80%:特殊
◇ライフル:75% ◇拳銃:75% ◇応急手当:80%
◇サバイバル(任意):80% ◇クトゥルフ神話:8%
■背景
世界各地を渡り歩く傭兵。HO異邦人の育ての親だ。エテルノ美術館を襲撃するテロ集団のリーダーである。その目的は『眠らない大時計』の破壊。すべては“穢れし王”、もといミゼーアの復活を阻止するためであり、意図的に静止世界を引き起こそうとしている。そして、考古学を研究するHO篤学者に、“無名神殿”の謎を解明させるべく、HO異邦人にその命を守るように指示するだろう。また、二年前、“無名神殿”でティンダロスの血を浴びたことで、静止世界に迷い込んだ。そして、すべてが止まった世界で、約百年もの時をかけて『眠らない大時計』を修復することに成功する。だが、そのあまりにも永い時を経験し、頭髪は白く変色してしまっている。
岸本千里
■プロフィール
年齢:29歳
■能力値
◇STR:10 ◇CON:12 ◇POW:17 ◇DEX:13
◇INT:13 ◇EDU:33 ◇SIZ:10 ◇APP:14
◇HP:17 ◇MP:15 ◇SAN:13 ◇db:0
■技能値
◇考古学:75% ◇歴史:75% ◇博物学:75%
◇経理:80% ◇博物学:60% ◇歴史:60%
◇跳躍:70% ◇登攀:70% ◇クトゥルフ神話:48%
■背景
“無名神殿”を研究する考古学者。HO篤学者の友人、または師匠だ。HO篤学者の父の弟子でもあった。“無名神殿”の謎を解明するべく、HO篤学者と共に考察を重ねていたが、“無名神殿”の調査を許可されたことで地中海へと赴いた。そして、二年前、“無名神殿”でティンダロスの猟犬に襲われ、傷口からティンダロスの血が入ったことで、静止世界へと迷い込んだ。そして、すべてが止まった世界で、約百年もの時をかけて“無名神殿”の古代言語の解読方法を解明し、そのすべてを一冊の手帳へと残した。だが、すでに全身はティンダロスの混血種へと変貌しつつあり、静止世界から解放されることはなかった。たった一人、永遠に静止世界を彷徨い歩いている。
国府レイ子
■プロフィール
年齢:28歳
■背景
研究員。HO童子の実母だ。地下実験室で職員として勤めていた。しかし、特別実験場で強行されている人体実験の存在を知り、世間へその事実を公表するべく、実験記録の数々を外部へ持ち出そうとしていた。だが、イリヤにその計画は阻まれ、カミロの命令により人体実験の被験者としてティンダロスの血、もとい“止薬”を注射された。結果、ティンダロスの混血種へと変貌し、地下実験室から脱走。そして、出産したHO童子を日本の孤児院へと預けると、間もなく超次元領域へ旅立った。
兵士A
■能力値
◇STR:8 ◇CON:11 ◇POW:7 ◇DEX:17
◇SIZ:5 ◇HP:8 ◇MP:7 ◇db:-1d4 ◇装甲:1
■技能値
◇噛みつき:30%:1d6+db/1回
◇聞き耳:75% ◇跳躍:70%
◇興味ある物を嗅ぎつける:90%
兵士B
■能力値
◇STR:8 ◇CON:11 ◇POW:7 ◇DEX:16
◇SIZ:5 ◇HP:8 ◇MP:7 ◇db:-1d4 ◇装甲:1
■技能値
◇ナイフ:50%:1d4+db/1回
◇キック:35%:1d6+db/1回
ミゼーア
■正気度喪失
◇1d10/1d100
■神格
“穢れし王”。ティンダロスの王の頂点に立つ存在。ティンダロスの大君主であり、ティンダロスの猟犬を使役している。また、全体像は霊的な異世界の物質で構築されており、その姿はどこか狼にも似ている。だが、これは人間の心の中で何かが生来の捕食者であると認識するためだとも言われている。古代、世界の秩序をかけて人々と激しい争いを繰り広げ、その時限を超えた力で、世界に流れる「時」の概念をも喰らい尽くした。しかし、人々に“全なる神”、もといヨグ=ソトースを召喚され、その力をたった一つの水晶へと封じ込められたのだ。だが、その執念は永い年月を経ても衰えることはない。完全復活の時を待望む(【キーパーコンパニオン】p246)
ティンダロスの猟犬
■正気度喪失
◇1d3/1d20
■能力値*
◇STR:18 ◇CON:15 ◇POW:25 ◇DEX:5
◇SIZ:20 ◇HP:15 ◇MP:25 ◇db:1d6 ◇装甲:1**
*体躯に刻まれた深い傷によって弱体化している。
**魔力を付与された武器および呪文、または神話生物の攻撃以外の方法では効果はない。
■技能値
◇前脚:30%/1d6+db+膿汁*
*対象は付着した膿汁を振り払わなければならない。〈DEX〉×5に失敗すれば、さらに1d3のダメージだ。
■神格
ミゼーアの僕。犠牲者を追い立てる不死の存在。やせ細った狼に似ている。だが、身体の節々からは膿汁が滴り落ちており、この世の生き物でないことを直感させる。古代、人々と激しい争いを繰り広げ、“無名神殿”の地下空洞で永い時を息づいてきた。そして、“無名神殿”の調査に訪れた岸本や馬塚、HO異邦人に襲いかかった。だが、思わぬ反撃を受けたことで、その体躯に深い傷を負っている。失った体力を取り戻すため、エテルノ美術館へと迷い込むだろう。(【キーパーコンパニオン】p79)
ヨグ=ソトース
■正気度喪失
◇1d10/1d100
■神格
“全なる神”。宇宙を構成する次元の裂け目に棲む存在。姿は玉虫色の無数の集合体に見え、その球は絶え間なく形を変えたり、お互い近付いていってくっつき合ったり、また分かれたりを繰り返している。その規模は非常に大きく見えるが、それもまた頻繁に変わる。古代、人々に生贄を捧げられ、“穢れし王”、もといミゼーアをたった一つの水晶に封じ込めた。そして、『眠らない大時計』を授けることで、静止世界から人々を解放したのだ。また、人々の前に姿を現す時はローブを被った老人の形を取っている。そのタウィル・アト=ウムルと呼ばれた存在は、人々に対して、捧げられる生贄の命を断つことを求めるだろう。(【キーパーコンパニオン】p252)
ティンダロスの混血種
■正気度喪失
◇1d2/1d12
■能力値
◇STR:25 ◇CON:23 ◇POW:18 ◇DEX:20
◇SIZ:特殊* ◇HP:特殊* ◇MP:18 ◇db:1d6 ◇装甲:1**
*ティンダロスの混血種(国府):SIZ:10・HP:18
ティンダロスの混血種(カミロ):SIZ:15・HP:19
**魔力を付与された武器および呪文、または神話生物の攻撃以外の方法ではダメージは半減される。
■技能値
◇かぎ爪:45%:1d3+2d6
◇噛みつき:38%:1d6+2d6+のみこみ*
*対象のSIZが20以下なのであれば、対象はのみこまれ、ただちに消滅する。
■神格
人体にティンダロスの猟犬の血液、もといティンダロスの血を注入することでごく稀に変貌する。キュービズム絵画が動き出したような角ばった形をしており、ひどい食人衝動に襲われている。完全に怪物へと成り果ててしまえば、もう二度と理性を取り戻すことはできない。その後、残されるのは暴力的なほどの食欲と、それを上回る何かだけだ。(【キーパーコンパニオン】p78)
主要AF一覧
『眠らない大時計』
直径5m以上はある巨大な古時計である。外装はひどく古びているが、部分的に金で装飾された部品は鈍く光を放っている。重苦しく鳴り響く秒針の連続は、摩耗や風化によって決して途切れることはなく、古代より気が遠くなるほどの秒の音を響かせてきた。その効果はこの世界の「時」を動かし続けるというもの。古代、ミゼーアによって喰わられた「時」を動かすため、ヨグ=ソトースが人々へと与えたアーティファクトだ。その秒針、もしくは『眠らない大時計』そのものが破壊されてしまえば、その効力は失われ、すべては静止世界へと呑み込まれるだろう。(【キーパーコンパニオン】p58)
『カーバンクルの瞳』
血のように赤い輝きを放つ宝石である。完全なる球体の形をしており、直径20mmほどの大きさだ。一見して素晴らしい宝石のように見えるが、その中心にはミゼーアが封じ込められている。元はただの水晶であったが、込められた封印の力により、眩光を辺りに放っている。しかし、その力を象徴する光は時代と共に失われつつあり、ミゼーアは完全なる復活を遂げようとしている。また、その宝石に不用意に近づく者や精神的に衰弱している者に対して、呪文「支配」で洗脳を試みることもある。
『止薬』
ティンダロスの猟犬の血液、つまりティンダロスの血を加工した薬品である。エテルノ美術館の地下実験室で行われている数多の人体実験により、何度も改良が加えられている。口にするだけでは目に見えて変化は表われない。しかし、血管に注射することでティンダロスの混血種へと変貌する機会を得ることができる。ただし、ティンダロスの血、そして残った自我を戦い合わせ、勝利しなければ、ただちに対象は死亡する。どのような方法でも、ティンダロスの血を取り込んだ対象は、『眠らない大時計』が破壊された時点で静止世界へと迷い込む。
秘匿HO内容および事前導入
本シナリオは新規PC限定シナリオであり、プレイヤーたちには事前に秘匿HOを配布する。また、本編開始前に、各HOに応じた事前導入が存在する。
HO内容および事前導入についての詳細は下記リンク先を参照すること。
個別HO:
【童子】あなたは少年、もしくは少女だ
【篤学者】あなたは考古学を研究する学生だ
【美術家】あなたは著名な美術家だ
【異邦人】あなたは異なる国、文化で生きる者である
01.導入
「死んだらきっと、地獄行きだな」
独り、男が冷たく嗤う。硝煙まとう奴隷たちは闇の中を命のままに歩み続ける。そして、過去に縛り付けられた者たちは未来のない暗闇へ落ちていく。
テロリストはただ冷たく引き金に手をかけ
静寂を一発の銃声で切り裂いた。
どうか皆様、くれぐれも鑑賞中はお静かに。
場面はPCがエテルノ美術館へと歩みを進めるシーンからはじまる。また、KP向けの解説・情報は◆マークを参照すること。
[2021年10月10日]
エテルノ美術館、それはイタリア共和国ロンバルディア州、芸術都市ミラノにて開かれる美術館の名称だ。そこには世界的な資産家であるカミロ・ヴァンニが世界各地から蒐集した美術品を展示する企画であり、そのジャンルは多岐に渡る。中でも二年前に地中海で発見されたばかりの古代遺物『眠らない大時計』が目玉となっており、メディアでも大きく取り上げられている。
そして、今日こそがエテルノ美術館プレオープン初日であり、PCもそれぞれの方法でその入場チケットを手にしていた。PCは入念な準備を整えることだろう。
・〈図書館〉に成功すれば、エテルノ美術館に関する情報を一つだけ取得する。また、調べたい事柄の数だけ試みることができる。以下はその内容である。
〔眠らない大時計〕
二年前、“無名神殿”から発見された古代遺物。直径5m以上はある巨大な古時計である。“無名神殿”を代表する古代遺物とも言われており、古代ギリシャでは再現不可能な技術によって製作されている。しかし、実際に現物を見たものはごく一部に限られており、世間に向けて公開されるのはエテルノ美術館が初である。
また、この遺物が発見された時、その秒針は未だに動きを止めていなかった、そんな真偽不明な噂も流れている。そのことから、動きを止めない大時計、『眠らない大時計』と呼ばれている。
〔無名神殿〕
十五年前、ある探検家によって地中海に浮かぶ孤島と共に、その中心部に佇むある古代遺跡が発見された。その古代遺跡の建築様式は著名なギリシャ神殿に似通っており、一時はギリシャ古代文明史における新発見かと目された。
しかし、その後の調査で発見された数々の遺物は、当時の時代背景に大きく矛盾したものばかりであった。そのことから、名の付けられない神殿、“無名神殿”と呼ばれている。
だが、その調査中、遺跡を発見した探検家が非業の死を遂げる。機器不良による事故死とされ、この事故によって一時的にすべての調査は凍結された。近年になって改めて調査が開始されたが、未だに“無名神殿”の多くは謎に包まれている。
〔カミロ・ヴァンニ〕
エテルノ美術館を主催する世界的な資産家。元来よりヴァンニ家は古くから美術関係を取り扱う事業を展開しており、カミロはその唯一の跡取りである。美術品に対して独特の価値観を持っており、作者や作品に対しての偏見を一切持たない。このことから、エテルノ美術館の展示品もカミロの琴線を頼りにした作品が多い。
だが、その一方でそんなカミロの一面を知っている者の中には、“無名神殿”や『眠らない大時計』を強く推す公告方法に違和感を覚える者も多いようだ。
(◆エテルノ美術館はHO篤学者や馬塚を誘いだす罠だ。すべては“無名神殿”や『眠らない大時計』について聞きだすためである)
憎いほどの快晴。PCは晴れ晴れとした青空の下、エテルノ美術館へとたどりつく。それは見事なゴシック建築で、中央にはどこかの宮殿にも似たコンサートホール、そして、それを包み込むようにして豪勢な館がそびえていた。プレオープンにも関わらず、辺りは多くの人々に溢れており、誰もがその一種の美術品に対してカメラのシャッターを切っている。
〔秘匿:HO異邦人〕
・〈アイデア〉に成功すれば、コンサートホールの形状が“無名神殿”の建築様式と酷似していることが分かる。
(◆コンサートホールは“無名神殿”を模倣して建設された)
【秘匿】
本シナリオには〔秘匿〕と呼ばれる特別な情報、または処理が存在している。〔秘匿〕が発生したら、KPはそれぞれ該当するHOに記載された情報、または処理を行う。この時、該当しない他HOにはその内容を知られないようにし、ダイスロールが発生した場合もその結果は公表しないこと。ただし、情報、または処理を行ったHOが他HOに対して情報を公開することを認めれば、公開情報としてその情報を共有してもよい。
しかし、その中でも入場口に歩みを進める人々はごく一部だ。限られた入場チケットを握りしめた観覧客たちは、館内にあるエントランスへと足を向けている。
→02.エテルノ美術館へようこそ
02.エテルノ美術館へようこそ
エテルノ美術館へ入場すれば、まずはエントランスへと通される。そこは外装をまったく裏切らない煌びやかな内装で、受付一つとっても格調の高さがうかがえる。その場にいる観覧客たちはその受付に控える職員に、入場チケットを手渡しているようだ。
職員は入場チケットを確認する。そして、PCに視線を移すと、ごく整った日本語を用いてこの施設について案内するだろう。
「エテルノ美術館へようこそ。どうぞ、こちらのパンフレットをお取りください」
受付のすぐ傍には何枚かに小分けされたパンフレットが並べられている。そのパンフレットを手に取ってみれば、そこには館内の各種情報が載せられていた。どうやら一階には第一展示室と第二展示室がエントランスを挟むようにして構えられており、それぞれこの日のために各国から蒐集した選りすぐりの美術品が並べられるようだ。どれもそうそうたる題目がつけられている。
しかし、それより上階に構えられた第三展示室から第八展示室に関しては特に明記はされてはいない。少しばかりの疑問符が頭に浮かぶかもしれない。だが、それを注釈するようにして現れたのはまた別の職員だった。
「はじめまして。この度、案内役を務めさせていただきます、フレッドと申します」
「そちらのパンフレットはプレオープン用のものとなっており、情報が一部制限されています。ですので、説明に不足がある部分は、案内役であるこの私が出来る限り補足をさせていただきます。ただし、当館でご覧になるものはまだ公に告知されていない展示物がほとんどですので、正式な公開日まで口外なさらぬようにご協力をお願い致します」
「また現在、上階に続く階段は開放されていませんので、ご注意くださいませ。ただし、午後からコンサートホールにて主催者挨拶がありまして、そちらが終了次第、開放される予定となっております。どうぞ、それまでは気長にお待ちいただけますようお願い致します」
職員が長々とした説明を終えた頃にはPCの周りには数人の観覧客が集まっており、ひと塊のグループとなっていた。
「さて、長らくのご清聴ありがとうございました。それでは、皆様をご案内するにあたってまずは第一展示室からご案内を…と思うのですが」
「その前に皆様で軽い自己紹介などなさってはいかがでしょうか。美術を観覧する上で語り合う仲間は欠かせませんからね」
そう言って、職員はPCに自己紹介を促すだろう。
(◆ここでPCは互いに合流する。抽選会場には東京も含まれていることもあり、他の観覧客も日本語を話す者は少なくない)
《エテルノ美術館/1F》
◇エントランス/受付:
受付の職員が観覧客の入場チケットを確認し、館内パンフレットを配っている。そして、それぞれ六、七人の観覧客に対して、決まって一人の案内役の職員を紹介しているようだ。
◇第一展示室:
職員はPCを連れて第一展示室へと向かう。そこには様々な絵画作品が展示されていた。それは赤一色に塗られたキャンペスに花嫁の形が浮き沈みする油絵であったり、美しく繊細な額縁を際立たせるまっさらな絵画であったりと、一癖も二癖もある美術品ばかりが目に映る。それらは著名な画家の作品だけでなく、あくまでその作品にかけられた技術や独創性に重きを置いた選別が行われているようだ。さほど美術に造形が深くない者でも、十分楽しめるものとなっている。
・〈聞き耳〉に成功すれば、どこからか聞こえてくる噂話を耳にする。以下はその内容である。
〔噂話〕
教授とその生徒
「これは、なかなか…」
「えぇ、想像以上です。上階の展示物も期待が持てます」
「そうだな。“無名神殿”の遺物、これも見逃せない」
「はい。…そういえば、『カーバンクルの瞳』なるものを先生はご存知でしょうか」
「…いや、初耳だ。それも何かの展示物なのか」
「えぇ、恐らく。“無名神殿”の遺物だとかで、『眠らない大時計』と共に展示される予定らしいのです。噂話を小耳に挟んだ程度ですので、真偽は不明ですが、それはそれは美しい宝石なのだとか」
「なるほど。それほどの遺物なのであれば、何かしら発表があるかもしれないな。主催者挨拶にも期待しておくことにしようか」
◇第一展示室前:
トイレを尋ねられれば、第一展示室前へと案内される。人の数はちらほらとは見えるが、やはり第一展示室と比べてさほど人の数は多くないようだ。また、上階に続く階段は数人の警備員によって監視されており、先へ進むことはできない。
◇第二展示室:
第一展示室を観覧すれば、次に第二展示室へとPCは促される。そこには様々な工芸作品が展示されていた。それは上品な糸で刺しゅうされた婦人の像であったり、美しい白銀の髪をたなびかせた人形であったりと、どれもが卓越した技術によって製作された美術品ばかりであると一目見ただけで理解できた。これらもまた、作家の経歴に囚われない自由度の高い作品ばかりだ。
・〈聞き耳〉に成功すれば、どこからか聞こえてくる噂話を耳にする。以下はその内容である。
〔噂話〕
記者仲間
「撮影禁止が悔やまれるな。“無名神殿”の新情報に期待している読者は多いだろうに」
「仕方ないだろう。入場チケットを得れただけでもよしとしよう。それよりも、先月のお前の記事…」
「あぁ、“無名神殿”未知なるUFOの痕跡...だろ。オカルト雑誌の依頼だったからそれっぽくしてみたんだ」
「…あることないこと取り上げてるんじゃないだろうな」
「ないことばかりでもないさ。“無名神殿”から帰還した調査員の作業着見たことあるか。ありゃ、ひどいもんだった。ぶわっと青い粘液っぽいものがこびりついててよ。一見してエイリアンの唾液か何かだと思ったよ」
「どうせ腐った土か泥だろう。あまりいい加減な仕事ばかりしてると、泣くことになるのはお前だぞ」
(◆青い粘液とはティンダロスの血のことである。“無名神殿”にはティンダロスの血がそこらかしこに残されている)
◇第二展示室前:
数組のソファが並べられており、小休止に来た観覧客たちで賑わっている。しかし、上階に続く階段は数人の警備員によって監視されており、先へ進むことはできない。
(…)
エテルノ美術館の一階を巡り歩いてしばらくすると、職員は時間を確認する。
「さて、そろそろ主催者挨拶の時間となりますので、私の案内はここまでとさせていただきます」
「準備の方が終わりましたら、コンサートホールまでお集りください」
→03.前奏曲
03.前奏曲
PCがコンサートホールへと向かっていると、一人の男が目の前に現れた。その男は純白のスーツを着こなしており、その細かい所作から溢れでる気品を感じさせた。
・〈知識〉に成功すれば、この男こそエテルノ美術館の開催者カミロ・ヴァンニだと分かる。
〔秘匿:HO美術家〕
カミロ・ヴァンニだと分かる。
(◆カミロだ。HO美術家はロールなしでも分かるだろう)
男はHO美術家に視線を合わせる。
「…来てくれたのだな。心から感謝する」
そして、次に周りのPCへと顔を向けた。
「…皆様はじめまして。私はカミロ・ヴァンニ。本美術館の責任者だ。展示作品は世界各国から蒐集した選りすぐりの美術品ばかり。最後まで楽しんでいってくれ」
・〈心理学〉に成功すれば、HO篤学者を見てわずかに動揺している様子が分かる。
(◆カミロはHO美術家に会いに来た。しかし、十五年前に殺害したHO篤学者の父の家族であるHO篤学者と共に行動していることを知り、わずかに動揺している。また、“無名神殿”やそれらの疑念に関わる質問を聞かれたとしても、答えることはない)
(…)
カミロはまたHO美術家へと視線を移す。
「…さて、HO美術家。少しだけ時間を貰えないだろうか。話しておきたいことがある」
HO美術家が頷けば、カミロによってコンサートホール内部に位置するある一室までHO美術家は促される。
〔秘匿:HO美術家〕
その一室はゴシック調にデザインされたソファや机が並べられている。ここに人の姿はなく、たった二人だけの空間が成立していた。
カミロはソファへ座るよう促すと、机を挟んで対面するようにして腰を落ち着けた。
「もう…十年か。私にとってはつい昨日のことのようにも感じられる。あの日々は何もかも満ち満ちていた」
「手紙を読んできたのだろう。だが、今その答えを口にしなくていい。すべては私がこの十年で築いてきた集大成を見てから…それからで構わない」
(…)
机には何本かのワインが乗せられていた。カミロはその内の一本を手に取る。
「十年前、HO美術家がミラノ美術公募展で入賞した日。特製で作らせたワインだ。ずっと、この日が来るまで大切に保管していた」
そして、その一本のワインあなたへと差し出した。
「どうか、これを受け取ってほしい」
(◆ティンダロスの血が含まれた特製ワインだ。HO美術家に“止薬”を投与する前にティンダロスの血との相性を確認する)
(…)
あなたがそのワインを受け取れば、カミロはわずかに微笑む。だが、どこか晴れない表情も浮かべていた。
「HO美術家の席にグラスを用意させよう。ぜひ楽しんでみてくれ。...時に、君が連れたあの者は知り合いか」
(◆あの者とはHO篤学者のことだ。外見的特徴をあげること)
「君の友人関係を詮索するわけではない。...ただ。いや、何でもない。これも、何かの運命...ということか。いいだろう。あの者たちのグラスも用意させよう」
カミロは時間を確認すると、また話そう、それだけ言って急ぎ早に退出する。HO美術家もこの場を後にすれば、近くの職員によって客席へと促されるだろう。
コンサートホールへと入れば、PCは職員によって指定された客席へと案内される。そこは客席の中でも最も優遇された、二階席の中央列だった。広々とした個室には四脚の椅子が並べられている。
(◆カミロがHO美術家のために用意したワイングラスである。ただし、HO童子は未成年であるため人数から外されている)
職員はそれぞれPCに席へ着くように促す。そして、しばらくすれば、中央にあるスタンドテーブルに三つの空のワイングラスが置かれた。
「こちらはカミロから皆様に対する感謝の気持ちです。開演までしばらくお待ちください」
それだけ言うと、職員は奥に控えるだろう。
(◆しばらくすれば、HO美術家をここに合流させてもよい。皆にワインを振舞うか振舞わないかもHO美術家の自由である)
(…)
心地よいクラシック音楽の旋律がホール内を包み込む。耳を傾ければ、壇上にはとりどりの楽器を持った演奏家たちが前奏曲を紡いでいた。ざわついていたホール内は静まり返り、壮大な音色だけがこの空間を染め上げた。
〔秘匿:HO篤学者〕
携帯電話からバイブ音が鳴る。着信のようだ。その相手を確認すれば、“岸本千里”と表示されている。
(◆イリヤの罠だ。爆弾が仕掛けられた位置までHO篤学者を誘導しようとしている。この場で応答したとしても、辺りで鳴り響くクラシック音楽によってその声はかき消されるだろう)
HO篤学者がその場を後にしようとすれば、奥に控えた職員が気を利かせて劇場ドアをわずかに開けてくれる。
〔秘匿:HO篤学者〕
劇場から外へと出て携帯電話を確認する。しかし、電波が不安定なのか雑音ばかりが受話口から響いている。だが、コンサートホール入口の方へと向ければ、徐々に雑音が引いていくのが分かるだろう。
(◆HO篤学者に同行するPCがいれば、同様の処理を行う)
(…)
コンサートホール入口に歩みを進める。すると、不気味にノイズがかった声が響く。
「スイッチ」
(◆イリヤの声だ。コンサートホール入口の爆弾を起爆する)
その時、一瞬何が起きたのか理解できなかった。咄嗟に感じることができたのは、強烈にあてられた閃光と肌を焦がすほどの熱。熱い。そんなことを口に出す余裕もなく、紙切れのように身体は宙に浮かび上がる。そして、勢いよく地面へと放り出され、ようやく音を感じ取った頃には、鋭く鳴る耳鳴りだけが鼓膜の内側を侵していた。耐久力の最大値の半分だけ耐久力が減少する。
あなたはその生涯感じたことのない激しい衝撃に吹き飛ばされ、そのまま意識を手放してしまう。
前奏曲が終わる。壇上の演奏家たちはじきに手を止めると、静かに舞台からはけていった。そして、新たに壇上に姿を現した男こそ主催者カミロである。
「この度ははるばる遠い国から当美術館に赴いていただき、誠にありがとうございます。私がエテルノ美術館館長カミロ・ヴァンニです」
「当美術館に展示されている作品は、世界に二つとない至高の美術品のみ。それらは一方的な偏見や作り手の肩書きに一切関与することはありません。真に優れた美術品を永遠に留める。それこそがエテルノ美術館なのです」
「さて、皆様が最も期待するのは“無名神殿”の遺物でしょうか。エテルノ美術館の二階と三階には、至高の美術品の他に、古代の謎を解き明かす遺物の数々が展示されています。どれも皆様の滾る好奇心を満たすでしょう」
すると、舞台裏から数人の職員が現れ、布が被せられた小振りのショーケースを運んでくる。それがカミロの目前へ置かれると、職員は舞台からはけていった。
「先だって、ここにお集りの皆様にぜひともご観覧いただきたいものがございます。“無名神殿”にて『眠らない大時計』と共に発見された古代遺物。その神々しく輝く紅色の宝石を、私は『カーバンクルの瞳』と名付けました」
カミロによってショーケースに覆い被さっていた布が取り払われると、その中に入れられた赤に輝く宝石が露わとなる。その光は二階席からでも感じ取れるほどに眩く、水晶にも似たきれいな丸型をしている。それは現代では到底再現できないほどの神秘的な美しさを秘めており、会場では知らずのうちに、美しい、そう口を滑らす観覧客が後を絶たなかった。
・〈博物学〉に成功すれば、ガーネットやルビーとも違う性質であると分かる。形状から水晶に限りなく近いが、これほどの光を放つ赤い宝石に心当たりはないだろう。
〔秘匿:HO篤学者〕
父が研究室に残したmicroSDのデータにあった宝石であると分かる。
・〈アイデア〉に成功すれば、写真のものより光が少しだけ弱まっているように見える。
(◆HO篤学者が劇場内に留まっていた時のみに発生する)
〔秘匿:HO異邦人〕
二年前、“無名神殿”で発見した宝石であると分かる。
・〈アイデア〉に成功すれば、以前目にした時より光が少しだけ弱まっているように見える。
(◆『カーバンクルの瞳』だ。ミゼーアを封印する力は時代と共に弱まっている。その魔力を象徴する光が弱まって見えるのだ)
カミロは一つだけ咳払ってさらに続ける。
「そして、この『カーバンクルの瞳』には――」
刹那、どこからか爆発音が轟いたかと思えば、劇場内が大きく揺れる。そして、観覧客がこの異常事態に悲鳴を上げるより先に、一階の劇場ドアは蹴破られ、十数人もの武装した兵士が劇場内に侵入してくる。
そして、そのリーダー格と思われる男は無遠慮に壇上へ上がると、ようやく弾けた恐怖の絶叫に対して高らかに一発の銃声を鳴り響かせた。
「静粛に。この会場は我々が占拠した」
→04.テロリスタは踊る
04.テロリスタは踊る
リーダー格の男は壇上にいるカミロに銃口を向ける。
「ここで死にたくねえなら俺の指示に従え」
・〈聞き耳〉に成功すれば、次にそのリーダー格の男はカミロに対して『眠らない大時計』の在処について聞いていることが分かる。
(◆馬塚だ。『眠らない大時計』を破壊し、『カーバンクルの瞳』に封じられたミゼーアが復活するまで時間を稼ごうとしている)
カミロはただ一言、野蛮人が、それだけ呟いた。直後、リーダー格の男は躊躇うことなく銃床でカミロの頬を殴ると、そのまま強制的にどこかへと連行していく。
(…)
間もなくしてPCのいる二階も兵士たちによって囲まれる。兵士たちは誰もが小銃を手にしており、その銃口は冷たくこちらへ向けられていた。
「抵抗するな。手を頭の後ろで組め。その場で跪くんだ」
兵士たちはPCを拘束すると、劇場から引きずり出され、コンサートホール内のある一室まで連行される。そこは立派なゴシック調で統一された部屋で、高級なソファや机が置かれている。まるでどこかの貴族が構える一室のようだ。
⇒もし、爆発に巻き込まれたPCがいれば、絨毯の上に意識を失ったまま寝かされている。身体のあちこちに火傷の痕が残っているようだ。じきにPCの意識は浮かび上がる。
(…)
PCは二人組の兵士によってそれぞれ身体を拘束されたまま跪かされる。そして、その一方がHO篤学者へ冷酷に告げた。
「HO篤学者…だな。立て。黙ってついてこい」
(◆馬塚の指示によってHO篤学者を馬塚の前まで連行しようとする。馬塚はHO篤学者にティンダロスの血を飲ませ、静止世界の中で“無名神殿”の謎を解き明かそうとしている)
その時、扉から一人の男が飛び出してきた。その男は兵士の中でもひと際屈強な体つきをしており、顔の半分に大きな火傷跡が広がっている。しかし、そんな凶暴な顔つきでありながら、意地悪く笑みを浮かべていた。
「まぁまぁ、ちょっと落ち着こうよ。こんな状況になって、怯えるなって言う方が無理ってもんなんだからさ~」
(◆イリヤだ。エテルノ美術館襲撃メンバーの一人である。しかし、その実はカミロと内通している裏切り者だ。この場に現れた目的はカミロから下されたある二つの命令を遂行するためだ)
その男は二人組の兵士をなだめると、HO篤学者をソファへ腰かけるように促すだろう。
「こんな拘束暑苦しいでしょ。外してあげるよ」
二人組の兵士の一方がおい、とその男の肩を掴む。しかし、一方的にHO篤学者の拘束を外した。
「いいじゃない。一人くらいさ。…あ、自己紹介が遅れたね。俺はイリヤ・ゾロトフ。雇われの兵隊さ」
(…)
⇒もし、特製ワインをHO篤学者、HO美術家、HO異邦人が劇場内で口にしていなければ、イリヤと名乗った男は机に乗せられた数本のワインに視線を滑らせる。そして、にやりと下卑た笑みを浮かべた。
「...そうだ。君たち、いける口かな。イタリアはワインの宝庫さ。ヴァネトのチーズがあれば完璧なんだがね」
(◆カミロがイリヤに下した命令のうち一つ。HO美術家に特製ワインを振舞うことだ)
そのあまりに奔放すぎる振舞いに、兵士二人は苛立ちを隠せないようだ。だが、イリヤはまったくその様子を気にする様子もなく、口だけの謝罪に留まるだろう。
「あー…ごめん、ごめん! もちろん俺は飲まないよ。仕事中だからね。でも、君たちは飲むだろ?」
イリヤは無造作に一本のワインを抜き取ると、三つのグラスにそれぞれ注いで、HO篤学者、HO美術家、HO異邦人の前へと並べる。
「さ、遠慮せずにどうぞ」
(◆ティンダロスの血が含まれた特製ワインだ。イリヤはHO美術家とは別に、成人のHO篤学者とHO異邦人にも飲酒を強要する)
(…)
イリヤは満足したようにHO篤学者に向かい合う。
「さて、それじゃ本題といきますか。HO篤学者くん、君のお父さんって凄い人なんだってね。その事に関して色々と聞きたいことがあるんだけど…」
その時、痺れを切らした兵士がイリヤへと掴みかかる。
「オイ、いい加減にしろ! 上の命令にだけ従え!」
イリヤの浮かべていた笑みが引いていく。そして、視線を天井へと向けると気だるげに答える。
「るっさいなー…。従ってるでしょ~。こうやって」
(…)
パァン…
一発の銃声が室内に響く。次の瞬間には、イリヤへ掴みかかった兵士は頭から血を流し、その場に倒れ伏す。
もう一方の兵士は唖然とその様子を見つめていたが、ふと我に返って無線機へと手を伸ばした。
「貴様! 気でも狂ったか!」
イリヤは一切の躊躇を感じさせることなく、さらにもう一方の兵士に銃口を向ける。
「…ハ。今さら気付いた?」
引き金を引く。室内にはわずかな硝煙と血の臭い、そして二人分の死体が転がっている。イリヤはずいとHO篤学者の方へ顔を向けた。
「ありゃりゃ…死んじゃったね。それじゃあ、さっきの話に戻ろうか。はじめに“色々”聞きたいことがある、って言ったけどさ。本当に知りたいのは一つだけなんだよね」
「…君、何かお父さんから預かったり、聞いたりしたことはないかなァ。あ、別に無理して答えなくてもいいよ。君があの爆発で生き残っちゃった時、ついでに聞いておけって言われただけだからさ」
(◆カミロがイリヤに下した命令のもう一つ。HO篤学者、そして、それを妨げようとする者を殺害することだ)
(…)
イリヤはその答えを聞くと、ふうん、と一言だけ頷いた。その表情はどこまでも退屈そうに見える。
「なるほどね。ま、俺からすればどうでもいい事なんだけどさ。ごめんね、これもお仕事だから」
(◆HO篤学者がどう答えたとしても結果は変わらない。どちらにせよターゲットであるHO篤学者を抹殺しようとするだろう)
そして、イリヤは銃口をHO篤学者の額へと向けた。
「それじゃ、楽に逝かせてあげるよ。協力ありがとね」
引き金は引かれる。三発目の甲高い銃声が室内で弾けた。こうしてHO篤学者は何の抵抗もすることもできず、あっけなくその命を散らしてしまう…はずだった。
しかし、次に瞼をもたげた時、PCの目に映った光景は常軌を逸したものだった。引き金を引いたイリヤの身体はぴくりとも動かない。張り付いた狂気じみた笑みは笑みのままで固定されている。そして、放たれた銃弾でさえもHO篤学者の額の前で完全に静止していた。
>>1/1d10の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO童子〕
永遠の一日がまたはじまった。HO童子はこれから起こる本当の恐怖を知っている。約百年間で味わった数々のトラウマが思い起こされる。
>>1d6/1d12の正気度ロールが発生する。<<
(◆馬塚が第九展示室の『眠らない大時計』を破壊した)
→05.静止世界
05.静止世界
それはあまりに突然すぎる出来事だった。しかし、今まさに巻き起こっている現象は時が停止するという表現以外に妥当な言葉は見つからない。宙を舞うチリは空中で固定され、イリヤはあれから一切瞬きすることなく、ただ一点だけを見つめている。
PCは止まった時の中で取り残されたのだ。異常なほどの静けさが辺りを包んでいる。ふと時刻を確認すれば、13時28分22秒。それから秒針が次に動くことはなく、ただ延々と同じ瞬間が繰り返されている。
(◆ティンダロスの血を取り込んだPCは静止世界に迷い込む。また、特製ワインを飲んでいないHO童子も国府の血を引いているため、二年前のように静止世界を知覚することが出来る)
倒れ伏せた二人の兵士を見てみれば、辺りに小ぶりの鍵が散らばっていることが分かる。HO篤学者がその鍵を使えば、残る三人の拘束は解除されるだろう。
(◆静止世界では完全に静止した生物に対して危害を加えることはできない。イリヤはこの場に放置されることになるだろう。しかし、ミゼーアによって魅入られたイリヤはやがて覚醒する)
(…)
部屋の外へと出てみれば、廊下にあるすべての人や物は分け隔てなく時の中で凍結していた。そして、劇場内に繋がる劇場ドアもまた開けようとしてみても、どれも固く閉ざされている。開くことはできないだろう。
また、コンサートホール入口には先ほどの爆発による凄惨な痕跡が残されていた。瓦礫が積みあがって外の光は完全に閉ざされてしまっている。
そして、非常口には数人の兵士が厳重に警戒している様子で小銃を構えている。しかし、その兵士たちもやはり動きは完全に停止していた。指先一つ動かすことはない。そのまま非常口からコンサートホールから脱出することができる。
→06.エテルノ美術館・上
06.エテルノ美術館・上
非常口から外へと出てみれば、エテルノ美術館の本館入口が見えてくる。
・〈目星〉に成功すれば、ひどく割れた眼鏡が放置されていることに気付く。さらに〈アイデア〉に成功すれば、カミロが身に着けていた眼鏡であることが分かるだろう。
(◆カミロが馬塚によって暴行を受けた痕跡だ。その後、馬塚はカミロをエテルノ美術館に隠された地下実験室へと向かわせた)
エテルノ美術館の一階ははじめに訪れた時とそう変わってはいなかった。ただし、中に取り残された警備員たちは第一展示室前にある階段の途中で静止している。上階に歩みを進めるのであれば、反対側の第二展示室前にある階段を使うことになるだろう。
《エテルノ美術館/2F》
◇第五展示室前:
観覧客に向けたトイレが設置されている。この状況下で用を足すとどうなるのか、あまり想像はしたくないことだ。また、上階への階段はシャッターにより封鎖されている。三階に向かうのであれば、第三展示室の階段を使う他ないだろう。
◇第五展示室:
そこには古びた彫像や石板が一面に飾られていた。すべて“無名神殿”の遺物であると分かるだろう。しかし、その光景よりもさらに印象に残ったものは壁や床の至る箇所にこびりついた青い粘液状の何かだった。それは今まさに何かの生物が、この美術館内で蠢いていたような不気味さを感じるだろう。
>>0/1の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、地下実験室で“止薬”と呼ばれていた液体の特徴と一致することが分かる。
〔秘匿:HO異邦人〕
二年前、“無名神殿”に残されていた青い粘液、そして地下空洞で魔物から吹き出した血と特徴が一致することが分かる。正気度ロールは免除される。
(◆ティンダロスの血だ。二年前にHO異邦人を襲ったティンダロスの猟犬の血痕である。獲物を求めて静止世界に現れた)
⇒石板:石板には文字とも記号とも判別の付かない未知の言語が紡がれている。傍らに掲示された解説文でさえ機能を果たしていない。“無名神殿”に遺された古代言語であることが分かるだろう。
〔秘匿:HO篤学者〕
・〈考古学〉に成功すれば、古代言語の解読に成功する。以下はその内容である。
〔解読内容〕
人々
穢れし軍勢が人を呑む
我らは剣を取りき
我らは弓を射ちき
一匹を殺し、百人死にき
救ふべし
すべては全なる神の手もちて
贄を 贄を 贄を
(◆全なる神はヨグ=ソトースを指す。古代、ミゼーアと、その僕であるティンダロスの猟犬と人々の戦いを意味している)
〔秘匿:HO異邦人〕
・〈アイデア〉に成功すれば、HO篤学者が持っている手帳へ目がいく。それは二年前、岸本千里が所持していた手帳とよく似ていた。しかし、古びて劣化した痕が至る箇所に残っており、かなり年季が入ったもののようだ。
(◆二年前、岸本がHO篤学者に残した手帳である。静止世界で約百年をかけた“無名神殿”の研究すべてがそこに詰まっている)
⇒彫像:全裸の力強い男を模った彫像がいくつか置かれており、そのどれもが長剣や石弓などの武器を手にしていた。そして、その彫像と対照的な位置に未知の獣を象った彫像が展示されている。外見は狼に近しく思えたが、全体的に病的なほどにやせ細って見えた。
〔秘匿:HO異邦人〕
二年前、“無名神殿”で遭遇した魔物が、獣の彫像と酷似していることが分かる。
(◆ティンダロスの猟犬を象った彫像だ)
⇒青い粘液:その青く濁った粘液はPCのどの知識上の液体とも違うものだった。より近付いてみれば、静止した世界であるのにも関わらず、魚を腐敗させてしばらく放置させたような耐え難い悪臭が鼻をついた。
◇第四展示室:
ここでは“無名神殿”に関連した作品は展示されていないようだ。その代わりに古今東西から蒐集された優れた美術品の数々が並べられており、そのどれもが一階に展示されている作品と同等、もしくはそれ以上の輝きを放っていた。また、その中でもひと際目立つ位置にHO美術家の作品が展示されている。
・HO美術家でなくてとも〈知識〉の半分または〈芸術:〇〇〉に成功すれば、十年前に開催されたミラノ美術公募展で入賞した作品であると分かる。
(◆十年前、HO美術家がミラノ美術公募展で展示した作品だ。その作品に関する設定があれば、ここで描写すること)
そして、その作品の周囲には数人の兵士が小銃を構えたまま立ち尽くしている。しかし、完全に動きは停止しており、一見して周囲の展示物と見紛ってしまいそうだ。
・〈目星〉または〈聞き耳〉に成功すれば、その内の二体がぴくりと身体を揺らしたのが分かる。
直後のことだった。停止していたはずの二人の兵士は腰にかけられたナイフを抜き、こちらへと息もつかせずに懐に入り込む。その深く被ったヘルメットの向こうで覗く兵士の瞳孔は異常なほど濁って見えた。
「来たれ...来たれ...来たれ...来たれ」
・〈回避〉または先の〈目星〉か〈聞き耳〉に成功していれば、その不意打ちを躱すことができる。失敗すれば、ナイフが身体を掠め、1d4の耐久力が減少する。
(◆ミゼーアの呪文『支配』だ。『カーバンクルの瞳』のミゼーアを封印する力は時代と共に弱まっている。その呪文の効力は会場全体にまで広がっており、時が止まった者も例外ではない)
(…)
二人の兵士はまたぶつぶつと何かを呟きながら、刀身をPCへと向ける。そのほぼ無意識下で放たれる殺気は恐ろしいほどに鋭かった。
その時、どこからか黒い煙のような何かが湧き、目の前へと湧き上がる。それは炎から巻き上がる黒煙とはまた異なり、今にも消えてしまいそうなほどに儚いものだった。しかし、それは確かな意思をもって一つの形を形成していく。
それをあえて形容するのであれば、一体の黒ずんだ巨人だった。しかし、その節々はキュービズム絵画を彷彿とさせるように角ばり、その造形は瞬き毎に変化し続けている。まるで現実味を感じさせない捻じ曲がった理外の魔物。それは確かに目の前に存在しており、二人の兵士に向けてけたたましい咆哮音を響かせた。
>>1d2/1d12の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、地下実験室の特別実験場にて変貌した国府レイ子であることが分かる。正気度ロールは免除される。
〔秘匿:HO童子〕
二年前、灯台で新田夫妻を殺害した怪物だと分かる。正気度ロールは免除される。そして、あなたは理解する。この怪物は静止世界でのみ活動し、あなたに向けられた殺意に反応する、という習性を。さらに、この怪物に対して心の中で強く念じてみれば、それに伴った行動をしてくれるようだ。以下はその内容である。
【ティンダロスの混血種(■■)】
命令
戦闘中、HO童子は1Rを消費してティンダロスの混血種(■■)に命令を下すことができる。命令には三種類が存在しており、それぞれ攻撃・防御・その他に分類されている。命令を下す時はその内一つを選択すること。以下はその内容である。
攻撃行動
以下の三種類の攻撃方法から一つを選択する。そして、対象を選択、宣言することで攻撃行動はただちに行われる。また、〈POW×5〉に成功すれば、該当する攻撃方法の技能値に+20%の補正をかけることができる。
■技能値
◇かぎ爪:45%:1d3+2d6
◇噛みつき:38%:1d6+2d6+のみこみ*
◇舌:70%:1d2のPOWと1d6のCONを吸収**
*対象のSIZが20以下なのであれば、対象はのみこまれ、ただちに消滅する。
**対象の血液と共に精神力を吸収する。対象が死ぬか、怪物が離れるか、怪物とのSTR対抗ロールに勝利しなければ、振り払うことはできない。
防御行動
対象に対する攻撃をかばわせることができる。また、〈POW×5〉に成功すれば、もう一人を対象とした攻撃もかばわせることができる。また、防御行動はDEX順に関係なく、宣言することでただちに行われる。ただし、すでに行動を終えていた場合、宣言を行うことはできない。
その他行動
対象を持ち上げたり、巨大な鳴き声を響かせたりなど上記に分類されていない様々な行動を命令することができる。ただし、それらは戦闘行動に準拠したものでなくてはならず、まったく無意味な行動やあまりに複雑な行動は取らせることはできない。
(◆ティンダロスの混血種(国府)だ。次の戦闘に参加する)
だが、二人の兵士はその異常な光景に微妙な動揺も、いや、まったく反応を返すこともなく、機械的に手に持ったナイフでPCに襲いかかる。
>>兵士A・Bとの戦闘だ。<<
(…)
戦闘終了後、怪物はまた大きく咆哮を上げると、黒い煙と共に空間に溶けるようにして消えていった。
◇第三展示室:
第五展示室と同様の展示形式だ。いくつもの古びた石板と彫像が飾られている。そして、青い粘液状の何かもまた部屋の至る箇所に広がっていた。
⇒石板:石板には文字とも記号とも判別の付かない未知の言語が紡がれている。やはり、傍らに掲示された解説文にも明瞭な説明は載せられていないようだ。“無名神殿”に遺された古代言語であることが分かるだろう。
〔秘匿:HO篤学者〕
・〈考古学〉に成功すれば、古代言語の解読に成功する。以下はその内容である。
〔解読内容〕
血
穢れし血を杯に満たせ
力ある者に血を捧げよ
能ある者に血を捧げよ
穢れよ、すべては理がために
理は穢れし王に喰らわれき
すべては虚無に落つ
(◆古代、ミゼーアによって「時」を失った人々は、ティンダロスの血を口にすることで静止世界を知覚していた)
⇒彫像:第五展示室と同様に、未知の獣を象った彫像が置かれている。しかし、その獣は数多の傷を負っているようで、その場に倒れ伏せている。そして、その彫像とは対照的な位置に何体かの人物を模ったような彫像が展示されており、その内の数人が小ぶりな杯を掲げていた。
・〈目星〉に成功すれば、杯の内に青黒い染みが残っていることが分かる。さらに〈聞き耳〉に成功すれば、魚を腐敗させたような悪臭がわずかに漂っていることに気付く。
(◆古代、ティンダロスの血が満たされた痕跡だ。選ばれた戦士や賢者はティンダロスの血を飲み干すことで戦いに備えていた)
◇第三展示室前:休息用のソファが何組か置かれている。もし、この世界で休息をするのであれば、今までのように時間を気にする必要もないのかもしれない。また、上階への階段で先へ進むことができるだろう。
→07.エテルノ美術館・下
07.エテルノ美術館・下
エテルノ美術館、三階へと上がる。人の気配はなく、ただ静寂のみがこの空間を包んでいる。そして、ここにも青い粘液が一面を穢しており、その独特な悪臭と共に先の廊下へ点々と続いている。
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、この三階へ上がった時のことを思い出す。あなたは東側廊下に飾られた絵画裏に、地下実験室への螺旋階段が隠されていることを知っている。
《エテルノ美術館/3F》
◇第六展示室:
“無名神殿”の遺物であろういくつかの古めかしい壁画が壁に飾られている。青い粘液に穢されていない部分を探せば、一枚の壁画、そしてそれを注釈するようにしてさらに一枚の石板を見つけることができる。
⇒石板:石板には文字とも記号とも判別の付かない未知の言語が紡がれている。当然、参考になるような資料もここには残されていないようだ。“無名神殿”に遺された古代言語であることが分かるだろう。
〔秘匿:HO篤学者〕
・〈考古学〉に成功すれば、古代言語の解読に成功する。以下はその内容である。
〔解読内容〕
穢れし王
我らは勝利せり
穢れし王
ひと時の安寧を願いて
ここに封ず
しかして滅亡の時は近し
すべては光消えし時
(◆穢れし王はミゼーアを指す。古代、ミゼーアは人々とヨグ=ソトースに敗北し『カーバンクルの瞳』に封じられた。しかし、時代と共にミゼーアを封印する力は弱まっている。その力を象徴する光が途絶えた時、ミゼーアは完全に復活するのだ)
⇒壁画:一匹の巨獣と赤い宝石が描かれている。獣は第三展示室や第五展示室で見た狼の彫像よりもさらに強大でおぞましく見え、その赤い宝石を呑み込もうと口を大きく開けている。しかし、赤い宝石から放たれる光は凄まじく、その光は巨大な獣の身体をすっぽりと包み込んでしまっている。
・〈アイデア〉に成功すれば、赤い宝石の特徴が『カーバンクルの瞳』と一致していることが分かる。
(◆ミゼーアと『カーバンクルの瞳』を描いた壁画だ。古代、ミゼーアは人々とヨグ=ソトースに敗北した。その結果、古代より『カーバンクルの瞳』の中に封じられてきたのだ)
◇廊下1:
一本の広々とした廊下には二枚の他愛ない風景画が飾られている。床には青い粘液は床を這うようにして残されており、先の部屋へと続いている。
◇第七展示室:
広々とした空間に一枚の幅十数メールはある巨大な壁画と、それを挟み込むようにして二体の石像が飾られている。その圧倒的スケールを演出するように、薄暗い室内を展示用ライトが目前の展示物たちを照らしていた。また、青い粘液は大きく部屋を横断するようにして先の廊下へと続いている。
⇒壁画:その壁画には幾人もの古代民族風の衣装を着た人々が描かれており、その集団を一人のローブを着た老人が先導している。そして、その誰もが一匹の巨獣と相対しているようだった。
・〈アイデア〉に成功すれば、第六展示室で描かれた巨獣と、この壁画に描かれている巨獣の特徴が一致することが分かる。
・〈考古学〉または〈歴史〉に成功すれば、その人々の衣装は古代ギリシャでは有名だったウール布を基調としたデザインによく似ていると分かる。また、その布の丈は短く、誰もが軍人であることが予想できた。
〔秘匿:HO童子〕
二年前、灯台で新田夫妻が招来した老人が、この壁画に描かれている老人の特徴が一致していることが分かる。そして、あなたはその老人が人々から生贄を捧げられる、ヨグ=ソトースの使者であることを知っている。
〔秘匿:HO異邦人〕
二年前、“無名神殿”で『眠らない大時計』や『カーバンクルの瞳』と共に発見した壁画であると分かる。
(◆人々を先導するタウィル=アト・ウムルと、穢れし王ミゼーアだ。古代、人々はミゼーアに対抗するためヨグ=ソトースの力を借りた。この壁画に描かれているのはその戦いの記録だ)
⇒石像(右):壁画右側には巨獣が描かれており、その巨獣を象った石像が置かれている。北欧神話のフェンリルを彷彿とさせる恐ろしいほどに凶暴な体躯から放たれるいくつもの視線はこちらを覗いているようにも見えた。
・〈POW×3〉に失敗すれば、どこからか声が聞こえてくる。来たれ、来たれ、来たれ、そう脳内に響くだろう。その声を聞くと無意識に思わぬ方へ足が動いてしまいそうになる。しかし、強く抵抗することでその雑音は消えてなくなり、身体の自由はようやく利くようになった。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
(◆ミゼーアの呪文『支配』だ。ミゼーアの影響力は徐々に増していっている。『カーバンクルの瞳』のあるコンサートホールへ向かわせようとする。だが、ティンダロスの血を取り込んでいるPCは辛うじて抵抗することができるだろう)
⇒石像(左):壁画左側には幾人もの人々とそれを先導する老人が描かれている。しかし、それをさも象徴するようにして置かれている石像はまったく異質なものだった。それは無数の球の集合体。生物とも無機物とも取れない謎のオブジェクトだった。だが、そのあまりに形容しがたい姿を目にすると、何故だか一抹の畏敬にも似た感情を感じてしまう。
>>0/1の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO童子〕
その奇妙な石像こそがヨグ=ソトースを象ったものだと分かる。
(◆ヨグ=ソトースの石像だ。古代、人々と共にミゼーアと戦い、『眠らない大時計』を人々へと授けた)
◇廊下2:
西側の廊下と同様に、二枚の他愛ない風景画が飾られている。ずっと床に残されていた青い粘液はここで途切れているようだ。
〔秘匿:HO童子〕
その時、頭が焼けるほどの頭痛があなたを襲った。そして、ある走馬燈めいた光景が脳裏で再生される。以下はその内容である。
〔記憶〕
~廊下~
この時の女は研究服を身に纏っているようだった。女は辺りをやけに警戒した様子でこの廊下を歩いていく。そして、人がいないことを確認すると、一枚の絵画の前で立ち止まった。そして、睨むようにそれをじっと見つめるとその額縁に手を伸ばす。
女は徐に額縁を外す。すると、そこにはアナログ式のテンキーが壁に埋め込まれていた。女性はそのまま手慣れた様子で順番に数字を打ち込んでいく。そのパスワードは規則性のない複雑なものであったが、何故かあなたはすぐにそれを記憶することができた。
そして、女は目前の壁を押す。すると、その壁は大きく口を開き、現れたのは古びた螺旋階段だった。女は深刻な表情を浮かべながら足を踏み入れる。ここで脳内の映像は途切れる。
(◆十年前、国府の記憶だ。地下実験室へ向かおうとしており、職員室のロッカーに隠された金庫箱を回収しようとしている)
⇒絵画:よい出来だが、これといって特徴のない風景画だ。題名や作者名も記されていないことから、単なる装飾の一部であると分かるだろう。
〔秘匿:HO童子〕
一枚の絵画に目が留まる。その絵画はあなたが頭痛の中で見た光景そのものだった。あの女はその絵画を外して、壁に埋め込まれたアナログ式のテンキーに、ある複雑なパスワードを打ち込んでいた。あなたはそのパスワードを知っている。
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、この絵画裏に隠された螺旋階段を下った時のことを思い出す。あなたは密かに管理されている地下実験室の存在を知っている。
その絵画を壁から外してみれば、現れたのは壁に埋め込まれるようにしてあるアナログ式のテンキーであった。静止した世界の中でも操作することができるようだ。
(◆PCでパスワードを知っている者はHO童子だけだ。先へ進むのであれば、ここでHO童子の力を借りることになるだろう)
正式な暗証番号を打ち込むと、何かが作用したように手応えを感じる。そして、その壁を押してみると、大きく口を開くようにして目の前に古びた螺旋階段が現れた。
(…)
そのまま螺旋階段に足を踏み入れれば、その螺旋階段は延々と地下へ続いていることが分かる。下階からは強烈な臭気が漂ってきている。
→08.百年の傷痕
◇第八展示室:
“無名神殿”の遺物と思われる一枚の比較的に大きめな壁画、さらに一枚の石板が展示されていた。この部屋には青い粘液で穢されたものはないようで、ごく清潔な環境が永遠に保たれている。
⇒石板:石板には文字とも記号とも判別の付かない未知の言語が紡がれている。造りは先の石板とそう相違はない。ただ、その意味だけがまったく不明瞭だ。“無名神殿”に遺された古代言語であることが分かるだろう。
〔秘匿:HO篤学者〕
・〈考古学〉に成功すれば、古代言語の解読に成功する。以下はその内容である。
〔解読内容〕
全なる神
全なる神は我らに一つ授けた
失われし理は今、動きそむ
崇めよ、崇めよ、我らが神ぞ
(◆全なる神はヨグ=ソトースを指す。古代、人々はヨグ=ソトースの力を借りることで、ミゼーアとの戦いに勝利した。しかし、その戦いで人々は「時」の流れを失ってしまう。そこでヨグ=ソトースは『眠らない大時計』を人々へと与えたのだ)
⇒壁画:古代ギリシャ風のその壁画だが、その中央には歴史を逸脱したとしか表現のできない、時代を先行した大時計が描かれている。その周囲には幾人もの人々が集っており、皆一様にして天を崇めている。そして、天からは無数の黒い球体が浮かび上がっており、雲の切れ目から神々しい光を地上に差し込ませているようだ。
〔秘匿:HO童子〕
その天に浮かび上がっている球体の数々がヨグ=ソトースを描いたものだと分かる。人々から“全なる神”として崇められていたようだ。
〔秘匿:HO篤学者〕
・〈アイデア〉に成功すれば、“全なる神”が授けたものこそ『眠らない大時計』であり、理とは時の流れを意味しているのではないかと思い至る。
〔秘匿:HO異邦人〕
二年前、“無名神殿”で発見した『眠らない大時計』の特徴と一致していることが分かる。
(◆ヨグ=ソトースと『眠らない大時計』を描いた壁画だ。古代、ヨグ=ソトースはミゼーアとの戦いによって失われた「時」を動かすため、人々に『眠らない大時計』を与えたのだ)
08.百年の傷痕
その階段を下れば下るほど、その強烈な悪臭は強くなっていくように感じた。PCの足音だけがただ暗闇の中で鳴っている。
ふとHO篤学者は足裏から激しい熱を感じる。そう感じて言葉を発する間もなく、HO篤学者が踏みしめていた階段の隅から一本の鋭利な鞭状の何かが天井へと突き刺さった。
そして、その段差の隙間からありえざる角度でその巨体を捻じり、PCの前へと姿を現したのは一匹の獣だった。しかし、それはただの四足動物と片付けるにはあまりにもおぞましい存在だった。痩せた狼にも似た体躯、暗闇よりも黒い体皮、そして、身体の節々からは、毒々しい粘液が滲み出ている。
>>1d3/1d20の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO異邦人〕
・〈目星〉または〈アイデア〉に成功すれば、魔物の身体に剣傷があることに気付く。二年前、“無名神殿”で遭遇した魔物であると分かるだろう。正気度ロールは免除される。
(◆二年前、“無名神殿”でHO異邦人たちを襲ったティンダロスの猟犬である。馬塚による剣傷はまだ癒えておらず、かなり衰弱している。その傷を少しでも癒すべくPCへ襲いかかるだろう)
その魔物は全身を凍えさせるほどの殺意を放ち、一歩、また一歩とこちらへとにじり寄る。
・〈アイデア〉に成功すれば、第三展示室と第五展示室で展示されていた獣の彫像の特徴と一致することが分かる。
(…)
瞬間、目の前から黒い煙が噴き上がったかと思うと、そこから巨大な腕が伸び、その舌をひき千切った。魔物は声にならない絶叫をあげると、激しく全身を地面へ打ち付ける。
じきにその煙が晴れた時、そこには黒い人影が佇んでいた。その節々に見られるキュービズム絵画のような歪な特徴、第四展示室で現れた怪物だと分かるだろう。
(◆ティンダロスの混血種(国府)だ。次の戦闘に参加する)
二体の人外はまるで示し合わせたかのように暴力的な咆哮を上げる。人の身では到底放てない尋常でないほどの殺意、心臓が破裂せんばかりの圧迫感が数メートル先で交叉している。刹那、鋭いかぎ爪を振るわんと、魔物は強く地面を蹴った。
>>ティンダロスの猟犬との戦闘だ。<<
(…)
戦闘終了後、怪物は息絶えたもう一方の魔物を執拗なまでに破壊する。そして、一連の破壊行為に満足したのか、また黒い煙を吐き出した。怪物の輪郭がぼやけていくと、そのまま空間に溶け込んで消えていった。
粉々になった魔物からは青く濁った粘液が四散していた。耐えきれないほどの悪臭がこの空間を包んでいく。
・〈アイデア〉に成功すれば、館内に散乱していた青い粘液はすべてこの魔物の血液であることに気付くだろう。
〔秘匿:HO篤学者〕
足部に若干の痛みを感じたかと思うと、かすり傷を負っていたことに気付く。しかし、それほど大きな傷でもなく、血もあまり出ていない。しばらくすれば、すぐに痛みは引いていく。
・〈INT×1〉に成功すれば、そのわずかな傷口から青く変色した何かが蠢いて見えた。
(◆HO篤学者は傷口からわずかにティンダロスの血が侵入する。永い時間をかけてティンダロスの混血種へと変化していくだろう。だが、その外見や能力が瞬時に変わることはない)
(…)
そのまま螺旋階段を下っていけば、一枚の扉が見えてくる。鍵はかかっていない。そのまま先へ進むことができるだろう。
→09.エテルノ美術館・裏
09.エテルノ美術館・裏
その先は、古びた螺旋階段とは対照的に、白い廊下が清潔に保たれた状態で続いていた。どこかの研究施設のような印象を受けるだろう。しかし、辺りには人の気配は感じられず、時が止まった空間だというのに、どこからか微かに血の臭いが漂ってきている。この地下でもただならない事態が起きていることは明白だった。
また、入口近辺にはここの見取り図が掲示されている。おおまかな各部屋の配置が分かるだろう。
《エテルノ美術館/地下実験室》
◇第一実験室:
扉には“Laaboratry1”を意味するプレートが付けられている。中に入れば、そこにはいくつかの透明なケースが並べられており、床には研究資料と思しき書類が散乱していた。
⇒ケース:中には野菜や果物をはじめとした様々な植物が入れられている。しかし、そのほぼすべては腐り果てたまま放置されているようだ。
・〈目星〉に成功すれば、腐り果てた果樹類の中から赤々とした林檎や瑞々しいブドウを見つける。どれも今朝採れたばかりのように新鮮に見える。さらに〈芸術:料理系〉または〈アイデア〉の半分に成功すれば、その内の一つのブドウがPCに振舞われたワインの原料であることが分かる。
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、あなたがこの実験室で目撃した林檎は、まるでその月日を感じさせないほどに、今も赤く艶めいている。永遠という架空の概念に過ぎなかった現象があの場で証明されていたことを実感する。
>>0/1d2の正気度ロールが発生する。<<
(◆特製ワインの原料だ。ティンダロスの血、もとい“止薬”を注入した果実はある確率でその果実内の「時」が止まる。十年前、HO美術家がこの地下実験室で目撃した林檎と同様だ。それを口にしたPCの体内にもティンダロスの血が取り込まれている)
⇒書類:拾い上げてみれば、それらのほとんどには統一性のない言語や理解不能な専門用語が書き連ねられていたり、部分的に文字が塗りつぶされていたりで、そのすべてを理解することは不可能だ。
・〈図書館〉に成功すれば、辛うじて内容を読み解けそうな一枚の研究資料を見つける。ほかの言語(英語)やほかの言語(イタリア語)または〈EDU×3〉に成功すれば、その内容が分かる。以下はその内容である。
〔研究資料〕
実験レポート
対象:被験物■■■
実験日:■■■■/■■/■■
方法:被験物■■■に止薬を投与。
結果:成功。被験物■■■は永久的に保存された。
備考:植物類の適合率は被験体■■■と比べても良好です。また、第二実験室にて被験体■■■に被験物■■■を摂食させた実験では、身体、精神共に変化は見られませんでした。完全なる保存食…でしょうか。
補遺:■■■所長からの申請を承認しました。被験物■■■の一部を回収します。
(◆特製ワインの原料であるブドウに関する実験記録だ。十年前、ティンダロスの血、もとい“止薬”を注入されたブドウは、地下実験室の所長であるカミロによって特製ワインに加工された)
◇第二実験室:
扉には“Laboratry2”と表記されたプレートが付けられている。中に入れば、そこには小さなケージが規則的に並べられていた。また、いくつかの資料棚も備えられており、そこからこぼれ落ちるように研究資料が床に散らかっている。
⇒ケージ:一つ一つに実験用マウスが入れられている。しかし、そのほぼすべては死に至っており、腐敗したまま放置されているようだ。
・〈目星〉に成功すれば、その内のいくつかのケージに、死亡してから間もなく見えるマウスの死体があることが分かる。さらに、よく観察してみれば、また同じように区分けされたケージが室内の隅に並べられており、決まって中には新鮮なマウスの死体がいくつか安置されていた。さらに〈医学〉や〈生物学〉、または〈アイデア〉の半分に成功すれば、その死因が餓死であることも分かるだろう。
(◆ティンダロスの血、もとい“止薬”を口にした実験用マウスだ。二年前、『眠らない大時計』が破壊されたことで静止世界を体験し、ケージ内で餓死した。その後、死体となった実験用マウスはティンダロスの血の効果により、劣化することはなくなった)
⇒書類:資料棚の書類や散乱した資料のどれもが統一性のない言語、そして意味不明な単語や隠蔽された痕跡によって構成されている。やはり、そのすべてを理解することは困難だろう。
・〈図書館〉に成功すれば、辛うじて内容を読み解けそうな一枚の研究資料を見つける。ほかの言語(英語)やほかの言語(イタリア語)または〈EDU×3〉に成功すれば、その内容が分かる。以下はその内容である。
〔研究資料〕
実験レポート
対象:被験体■■■
実験日:■■■■/■■/■■
方法:被験体■■■に止薬を投与。
結果:失敗。被験体■■■はただちに死亡した。
備考:被験物■■■から著しく適合率が減少しました。種の分類によってその適合率は大きく変化するようです。また、注射器による投与ではなく、口腔内からの投薬に変更した結果、実験により死亡する被験体■■■は激減しました。ただし、それによって被験体■■■の変異は見られませんでした。あくまで注射器による投与にのみ効果が表れるのでしょうか。
補遺:■■19/■0/■0。午後16時33分、被験体■■■から被験体■■■までがケージ内で死亡している所を発見されました。当時、実験担当者によれば、その被験体■■■たちはまるで示し合わせたかのように、一秒の誤差なく心肺を停止させたと…そんな馬鹿な。
補遺:調査の結果、被験体■■■から被験体■■■はすべて口腔内からの投与、もしくは被験物■■■を摂食していたことが発覚しました。
〔秘匿:HO異邦人〕
・〈アイデア〉に成功すれば、二年前、“無名神殿”での出来事を思い出す。2019年10月10日16時半過ぎ。あなたはその時、地下空洞内で『眠らない大時計』が落下した衝撃で馬塚と岸本の姿を見失った。
〔秘匿:HO童子〕
・〈アイデア〉に成功すれば、二年前、あなたが静止世界に閉じられていた時のことを思い出す。2019年10月10日23時32分59秒。あなたはその時の中で約百年を彷徨っていた。さらに〈知識〉に成功すれば、イタリアと日本の時差は七時間であることが分かるだろう。
(◆ティンダロスの血、もとい“止薬”を投与された実験用マウスの実験記録だ。“止薬”を注射器で投与された実験用マウスはただちに息絶えた。また、口腔内から投薬された実験用マウスも二年前の静止世界を体験したことによりすべて飢死している)
◇第三実験室:
扉には“Laboratry3”と表記されたプレートが付けられていたのだろうか。無機質な扉はそのプレートと共に、反対側の壁に勢いよく打ち付けられていた。そして、その周囲には何者かの血痕が散乱している。
(◆第三実験室から脱走したティンダロスの混血種(サル)と化した実験用サルの痕跡だ。そして、その凶暴化した実験用サルによって襲われた馬塚の血痕が広がっている)
室内はひどく破壊されており、どれも残骸と化している。足の踏み場さえままならないだろう。
⇒部屋:奥に巨大なケージが二つ並んでいるのが分かる。まるで動物園にあるような頑丈な造りで、一方には息絶えて腐敗した一匹のサルが放置されている。しかし、もう一方には凄まじい力で破られたような痕跡が残されており、中はもぬけの殻となっていた。
・〈目星〉に成功すれば、残骸の一部から研究資料を見つける。辛うじて内容を読み解くことができるだろう。ほかの言語(英語)やほかの言語(イタリア語)または〈EDU×3〉に成功すれば、その内容が分かる。以下はその内容である。
〔研究資料〕
実験レポート
対象:被験体■■■
実験日:■■■■/■■/■■
方法:被験体■■■に止薬を投与。
結果:成功。被験体■■■はただちに変異を開始した。
備考:数少ない成功例です。実験担当者は扱いには十分気をつけてください。ただし、被験体■■■は絶えず暴走状態にあります。鎮静剤の利きも非常に悪いことから、早急な管理体制の見直しが必要と考えます。
補遺:実験前の記憶が残っているのでしょうか。■■■所長の命令であれば、それに伴った行動をするようです。被験体■■■への給餌は必ず実験担当者の許可を得てから行うことを徹底させてください。
(◆ティンダロスの血、もとい“止薬”を投与された実験用サルの実験記録だ。ティンダロスの混血種(サル)と化した実験用サルは暴走状態にある。第三実験室前にて馬塚へと襲いかかった)
⇒血痕:跳ね飛ばされた扉の近くには、白い床を赤黒く汚すようにして血が広がっている。そして、辺りには爪痕のようにも見える破壊の痕跡が点々としていた。
・〈聞き耳〉に成功すれば、その血液から漂う鉄の臭いを鼻孔で感じ取る。脳内に血の臭気が広がっていく。そして、その感覚が治まろうとした時だった。ふと頭が割れるほどの頭痛が襲う。その痛みで思わず目を閉じると、瞼の裏に映し出されたのはある走馬燈めいた光景だった。以下はその内容である。
〔記憶〕
~地下空洞~
それは機械部品か何かが歪んだ音に聞こえた。“ガチッ”と岩々が剥きだしになった空洞に、そんな無機質な音が響いた。
『くッ...、ウッ,,,オオオオ!』
その光景はある男の視界を通して映されていた。男は全身をあの青い粘液で汚されており、降りかかった機械の残骸をどけながら地面から這い出してくる。
『HO異邦人ッ! 岸本ッ! 無事か…!』
HO異邦人、それは確かにHO異邦人の名だった。男は兵士然とする武装した格好で、低くうねるような声で繰り返しその二人の名を呼んだ。すると、巻き上がった塵の中から一人の女が現れた。
『…あぁ、大丈夫だ。痛みはないんだ。だが、身体に力が入らなくてな』
その女はよく日焼けした小麦色の肌をしており、それを強調するような、もしくは機能性を重視したとも言える開放的な恰好をしていた。しかし、そこからのぞく左の肩口は肉が抉れるようにしてぽかりと穴が空いており、そこから伝うようにして青い粘液が袖からわずかに垂れていた。
『馬塚、お前もひどい顔だな。そっちこそ大丈夫なのか』
馬塚、そう呼ばれた男は何度か口の中から、唾液と混じり、やや白みがかった青い粘液を地面へと吐き出す。
「ゴホッ、ゴホッ...。血を、少し飲んじまったが問題はねえ。奴もどっかに消えていったみたいだが...。そうだ、HO異邦人。HO異邦人はどこへ行った」
二人は慌てた様子で辺りを見回す。すると、そのすぐ近くからHO異邦人の姿は見つかった。だが、二人はその姿を確認したと同時に、目の前のただならない事態に気付いたのか、勢いよく後ろを振り返る。
そこにあったのは馬塚が這い出た残骸の山だった。しかし、よく目を凝らして見れば、それは古めかしく装飾された大時計であった。だが、全体的にひどく傷ついており、秒針が曲がって内部から突き出た歯車が辺り一帯に散乱している。
そして、まるでその大破した大時計とつり合うように、すべての現象は動きを停止させていた。巻き上がった塵は永遠に落ちることはなく、落下している瓦礫は宙に固定されたまま動くことはない。静止した世界に取り残された二人はその非現実じみた光景を目にして、ただ呆然としていた。
馬塚は我に返った様子でHO異邦人の肩を強く揺さぶる。しかし、HO異邦人はただ一点のみを見つめたまま微動だにしない。そして、馬塚はやがて諦観したように項垂れると、ふと呟いた。
「時が...止まった」
HO異邦人の瞳に反射して馬塚の姿が写し出される。その姿はエテルノ美術館を占拠したテロリスト集団の内の一人、リーダー格の男だった。だが、その男の髪色だけは異なっているようで、未だに健康的な黒色をしていた。ここで脳内の映像は途切れる。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
・〈アイデア〉に成功すれば、その古めかしく見える大時計こそが『眠らない大時計』なのではないかと思い至る。
〔秘匿:HO童子〕
二年前、静止世界での出来事を思い出す。左肩に傷を負った女性は、あなたが約百年を経て出会った褐色の女性と特徴が一致することが分かる。
〔秘匿:HO篤学者〕
左肩に傷を負った女性が岸本千里だと分かる。あまりに痛々しい傷痕がまたも脳裏に浮かぶ。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO異邦人〕
武装した男が馬塚兼次、左肩に傷を負った女性が岸本千里だと分かる。また、そこは“無名神殿”の地下空洞だとも分かったが、二年前、あなたが“無名神殿”で体験した出来事とは大きく逸脱していた。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
(◆二年前、馬塚の記憶だ。『眠らない大時計』は破壊されて「時」は停止した。ティンダロスの血を口にした馬塚、傷口からわずかにティンダロスの血を取り込んだ岸本は静止世界に迷い込んだ)
◇職員室:
そこは事務机と向かい合うようにして置かれた数脚の椅子、そして、職員の持ち物をそれぞれ保管するロッカーが並べられているだけの無機質な部屋だった。
〔秘匿:HO童子〕
その時、頭が焼けるほどの頭痛があなたを襲った。そして、ある走馬燈めいた光景が脳裏で再生される。以下はその内容である。
〔記憶〕
~職員室~
女は研究服を身に纏ったまま、この職員室へと入っていく。そして、やはり警戒したように辺りを見回し、人がいないことを確認すると、あるロッカーの前まで歩みを進めた。
ネームプレートには“Dr. REIKO”と表記されている。女はそのまま取っ手に手をかける。その中には代えの研究服や何枚かの研究用と思われるファイルがいくつか入っているようだったが、女はそれらにはまったく目にも留めず、すぐさま内底へと手を伸ばした。
内底に女の手が触れる。すると、元々故障していたのか、その内底はすんなりと外れ、小さな窪みに隠された一つの金庫箱が露わとなった。そして、女は緊張した様子でその金庫箱を手に取ろうとする。
突如、背後から勢いよく扉が開かれる音が響く。女はびくりと肩を揺らし、後ろを振り返った。そこには顔に火傷跡を残した男、イリヤ。ゾロトフの姿があった。
『やっと、見つけた。手間取らせないでよねえ』
イリヤは嘲笑するような笑みを浮かべると、何がしかの合図を送る。すると、何人かの研究員と思われる男たちが現れ、たちまちに女は拘束されてしまう。女はうるんだ視界の中でその男たちへと吠えた。
『あなたたち、一体何をしているか分かっているの! こんなの実験じゃない…。ただの犯罪行為よ!』
イリヤは口角を上げたまま静かに告げる。
『ごめんねえ。これもお仕事だからさ。すぐに彼とも会わせてあげるよ。…それじゃ、連れてって』
数人の男に拘束された女は抵抗することもままならず、特別実験場へと連行されていく。ここで脳内の映像は途切れる。
(◆十年前、国府の記憶だ。国府はこの職員室でカミロの私兵であるイリヤによって特別実験場に連行された。その後、ティンダロスの血、もとい止薬の人体実験にかけられることになる)
⇒事務机:引き出しには職員向けの各種資料や取り留めのない日常品が入れられている。その中をよく探してみれば、一本の鍵を発見する。“特別実験場”を意味するラベルが貼られている。
・〈目星〉に成功すれば、名も知らない研究員の手記を発見する。ほかの言語(英語)やほかの言語(イタリア語)または〈EDU×3〉に成功すれば、その内容が分かる。以下はその内容である。
〔手記〕
-2011年9月-
ここの研究員として勤めて約五年。就任からずっと“止薬”と呼ばれる謎の液体について研究している。その性質は極めて不可解で、まったく解明の糸口が掴めていないのが現状だ。だが、研究者としては正解が遠ければ遠いほど燃えてくるものだ。さらなる被験体を用いた実験が必要だろう。しかし、あの被験体たちはいつもどこから仕入れてくるのだろうか。いつも所長が連れ歩いているあの不気味な男が脳裏に浮かぶが...。あまり考え過ぎないのも長生きの秘訣だろう。
-2011年10月-
数名の同僚が退職した。近日中には特別実験場が使えそうだ。まったく馬鹿なことだ。ここの研究資料でも持ち出そうとしていたのだろうか。もしくは、“止薬”について何か気付いたことでもあったのか。大変興味深いが、もう彼らと話すこともないだろう。とても残念だ。
(◆国府はティンダロスの血、もとい“止薬”のもう一つの特性を知っていた。それはティンダロスの血を取り込んだ者の血の臭いを嗅ぐことで、その者の記憶を体験できるというものだ)
⇒ロッカー:部屋の端から端まで規則的に並べられている。その大半はネームプレートで研究員の名が表記されていたが、残った一部には取り払われた跡が残っている。
〔秘匿:HO童子〕
その内の一つのロッカーに目が留まる。そのロッカーのネームプレートは外されていたが、あなたが頭痛の中で見た光景そのものだった。あの女は扉を開いて内底を外すことで、ある金庫箱を手に取ろうとしていた。
あるロッカーのネームプレートは外されている。その扉を開けても、そこには一見して何も残されていない。ここずっと使われていなかったようだ。
その内底を外してみれば、そこには小さな窪みに隠されるようにして、一つの金庫箱が眠っていた。かなり劣化しているが、ロックされて中を確認することはできない。六桁の数字を入力する箇所がある。
〔秘匿:HO童子〕
・〈アイデア〉に成功すれば、二年前、児童養護施設で渡された髪留めに六桁の数字“837378”と刻まれていたことを思い出す。
(◆金庫箱を開けるために必要なパスワードだ。地下実験室の現状を訴える告発文、そしてカミロの血液が入れられている)
正式な暗唱番号を入力することができれば、金庫箱から解錠を知らせる小気味のいい音が鳴る。そして、開けてみれば、そこには一枚の文書と一本の小瓶が入れられていた。文書には日本語で文章が綴られているようだ。以下はその内容である。
〔文書〕
どこかのどなたかへ
はじめまして、国府レイ子と申する者です。この地下実験室で一人の研究員として勤めていました。しかし、もう私はここの研究員ではありません。どうか、この地下実験室の現状を知ってください。
この地下実験室は数多くの罪で穢れています。“止薬”と呼ばれた未知の存在に魂を売った研究員たちと、この実験室の所長カミロ・ヴァンニ。だれもが実験と称して目的のために無関係な人々の命を奪っています。私はその非道を止めるために数人の仲間と共に行動を起こそうとしています。しかし、もし私たちが失敗したなら、他でもないあなたが行動を起こして下さい。
どうか、この惨劇を止めて下さい。すべての罪のはじまりをここに残します。
〔秘匿:HO童子〕
・〈アイデア〉に成功すれば、二年前、児童養護施設で渡された紙きれの筆跡と一致することが分かる。
(◆十年前、国府が残した文書だ。いつか地下実験室に足を踏み入れた者に地下実験室の真相を伝えようとしていた)
小瓶には赤い液体が入れられている。拾い上げれば、静止した世界でも物理法則に則って揺らめいて見えた。
蓋を開けると、鉄の臭いが漂ってくる。一見して何者かの血液であることが分かるだろう。
・〈聞き耳〉に成功すれば、鼻腔内に血の臭いが広がっていく。そして、やがて気色の悪い感覚が治まった時、身体全体がひきつれるほどの激しい頭痛が襲った。痛みに耐えて次に目を瞬こうとした時、そこにはある走馬燈めいた光景がフラッシュバックと共に映し出される。以下はその内容である。
〔記憶〕
~灯台~
そこはどこかの港のように見えた。波のささめきに、海鳥の鳴き声が辺りから聞こえてくる。その一角に位置する灯台に二人の男が佇んでいた。
一人はアジア系の顔つきをした、探検家を彷彿とさせるアウトドアウェアを身に纏った男。その恰好はひどく汚れており、部分的に青い粘液がへばりついていた。
そして、もう一人はこの光景を写す視点となっており、表情や顔つきなどは見えなかった。しかし、身に纏った特徴的な白スーツは一人称視点でも映えて見えた。
白スーツの男から発せられる声からは非常に興奮している様子が滲み出ている。
『**、何故だ。君のした発見は歴史に名を残すほどの偉業に違いない。数々の古代遺物や未知の物質、そのどれもが人類の発展に貢献するものだ!』
**、それはHO篤学者の苗字で間違いなかった。**と呼ばれたアウトドアウェアの男は重く口を開いた。
『あまりに危険すぎると言っているんだ。考察して対策を練るだけならまだいい。だが、君はそれを利用しようとしている。そもそも、君は人類の発展になんか興味ないだろう』
スーツの男は声を荒げると、アウドアウェアの男へと勢いよく掴みかかる。
『何だと…! お前は数ある可能性の芽を潰そうとしているんだ! やっと、やっと私の願いが…』
アウドアウェアの男は憐れむような視線を向けた。
『…それが、君の本音か。悪いが協力する気はない。“無名神殿”の謎は私に任せてくれ。もう、君は“無名神殿”には近寄らない方がいい。危険な調査になるからな』
その時、ふと目の前の男の身体がよろけた。そして、気付いた時には男は勢いよく灯台の外へ突き出され、地面へと落下していった。間もなくして下から肉が弾けたような音が聞こえてくる。
『...そんな。そんな馬鹿な…』
スーツの男は思わずその場でのけぞり、近くの鉄柵に掴まった。その鉄柵にはひどく青ざめたカミロ・ヴァンニの顔が反射していた。ここで脳内の映像は途切れる。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO篤学者〕
**と呼ばれた男はあなたの父だ。今まさにあなたの肉親が殺される光景を目の当たりにする。
>>1/1d4+1の正気度ロールが発生する。<<
(◆十五年前、カミロの記憶だ。考古学者であるHO篤学者の父は“無名神殿”を発見した。だが、地下空洞でティンダロスの猟犬に襲われたことにより、事態の深刻さを知る。その後、あくまで美術品として扱おうとするカミロに手を引くよう説得しようとするが、逆上され灯台から突き落とされて殺害されてしまう)
◇特別実験場:
特別実験場の扉には鍵がかかっている。解錠して中に入ることができれば、そこは目の前のガラスパネルによって大きく二分された大部屋で、PCのいる内側の区画には小難しい機材が並べられており、一本のマイクがこちらへと延びていた。
(◆鍵は職員室の事務机の中だ)
ガラスパネルの向こうにある外側の区画へと目を向ければ、そこには何もない白い部屋の中央に椅子が一つだけ置かれている。そして、異常なことにそこには拘束された男がさらに縛りつけられるように座らせられており、ぐったりとうなだれている。
〔秘匿:HO童子〕
その時、頭が焼けるほどの頭痛があなたを襲った。そして、ある走馬燈めいた光景が脳裏で再生される。以下はその内容である。
〔記憶〕
~特別実験場~
女は数名の研究員たちに拘束されたまま、この実験場に設置された一つの椅子へと連行されていく。
『やめっ! 離して! あなたたち狂ってるわ!! 私には――』
そう言いかけた時点で女は研究員により猿ぐつわを噛まされ、そのまま椅子へ縛り付けられた。女はガラスパネルの向こう側にいる数多の研究員たちを睨みつける。
しかし、そこにいたのは白衣の研究員たちだけでなく、ある二人の人物が佇んでいた。
一人はカミロ、そして、もう一人はHO美術家の姿だ。その二人は何か話し込んでいる様子だったが、次にHO美術家の口が開いた時、カミロはこちらへ向き直ってわずかに言葉を発したように口を開いた。
『やれ』
ガラスパネル越しで何を言っているかは聞こえなかったが、そう口を動かしたように見えた。瞬間、近くの研究員は薬瓶に入った青く濁った液体を注射器の中へと入れ、女の肌に突き刺した。その後、視界が激しく揺れたかと思うと、瞼はゆっくりと閉じていった。
しかし、その異変はすぐに起きた。凄まじい破壊音と衝撃音、そしてけたたましい咆哮音が室内に轟く。そして、次に目を見開いた時、そこから見下す光景はもはや人間の持てる領域ではなく、人の身ならざる存在のみが臨める異質なものだった。
割れたガラスパネルに写った女の体はまるで人間とかけ離れていた。背丈はゆうに十数メートルに並び、身体の節々からはキュービズム絵画のように角ばった図形が浮かび上がっている。体表も闇のように黒ずんで見え、黒い瘴気を巻き上げながら暴走している。
その怪物は無差別な破壊を伴いながら、この特別実験場から脱走する。間もなくして辺りに警告音が鳴り響く。しかし、その場にいた誰もが目の前の非現実に呑み込まれ、後を追おうとする者は一人としていなかった。
あなたはその怪物を知っていた。二年前、灯台で現れたのをきっかけに、数々の窮地を救ってきた怪物。そして、この特別実験場から脱走した怪物。その特徴は完全に一致していた。ここで脳内の映像は途切れる。
>>1/1d4+1の正気度ロールが発生する。<<
(◆十年前、国府の記憶だ。国府はティンダロスの血、もとい“止薬”を打ち込まれ、ティンダロスの混血種へと変貌をはじめる)
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、特別実験場で行われていた人体実験について思い出す。国府は“止薬”を注射器で投与されたことによって怪物へと変貌した。あなたは脳裏であの惨劇の光景がありありと蘇っていくのを感じた。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
⇒男:内側の区画を調べれば、外側の区画への扉を発見する。拘束されたまま放置されている男に近付くことができるだろう。元は研究員だったのか、肩に白衣を羽織らされており、そのポケットから一本の鍵を見つける。“第九展示室”を意味するラベルが貼られている。
・〈医学〉または〈薬学〉に成功すれば、首筋にわずかな注射痕があることに気付く。注射痕からは赤い血液に混じって青い何かが揺らめいて見えた。わずかに魚が腐ったような生臭い臭いが漂ってきている。
(◆第九展示室の鍵だ。男はここの研究員であったが、ティンダロスの血、もとい“止薬”を打ち込まれたことにより死亡した)
◇第九展示室:
第九展示室の扉には鍵がかかっている。解錠して中に入ることができれば、一本の短い廊下が見えた。床には血痕が点々と残されており、先の部屋へと続いている。
→10.鎮魂歌
10.鎮魂歌
第九展示室。そこは先ほどまでの殺風景な景色と打って変わっており、見事なゴシック様式で装飾された大がかりな会場だった。広々とした円形の空間にはいくつもの観客席が並べられており、どれも一つの舞台に向かっている。
そして、その舞台の上には直径5mはあろうかという巨大な古時計が展示されており、そこに寄りかかるようにして一人の男が倒れていた。その男はテロリスト集団を率いるリーダー格の男であった。
〔秘匿:HO異邦人〕
馬塚兼次だと分かる。
(◆馬塚だ。ティンダロスの混血種(サル)へと変化した実験用サルに襲われて負傷している)
(…)
舞台へ上がれば、男は意識を失っている様子だった。おびただしいほどの血が流れ出ている。腹部には防弾ベストを引き裂くようにして五本の爪痕が生々しく残されており、静止した世界にも関わらず、そこから溢れでている血液からは鮮明な鉄の臭いが放たれていた。
ふと、大時計へと目をやれば、金で古典的なデザインが施された盤上は、いくつもの銃痕や爪痕が残されて、ひどく傷ついていた。その独特な存在感から“無名神殿”から発見された『眠らない大時計』であることはすぐに分かったが、その名を裏切るように完全なる沈黙を保っている。
・〈アイデア〉に成功すれば、その破壊された『眠らない大時計』は13時28分22秒を示していることが分かる。そして、この静止された空間もまた13時28分22秒であることに気付くだろう。
その時、漂う血の臭いを感じると、頭の芯が焼き切れるほどの激しい頭痛がPCを襲った。そして、脳内が煮えたぎるほどの熱を感じると、ある光景が脳裏で浮かび上がる。以下はその内容である。
〔記憶〕
~浜辺~
そこはどこかの孤島のように見えた。まるで整備されていない雑木林に、たった二人分の足跡しかない砂浜。そして、悠然と広がる大海。だが、異常なことに、その波はうねることを忘れ、飛び上がった海鳥は小魚を咥えたまま空中に静止している。そんな風の音も聞こえない、ただ静かな空間に二つの人影があった。
一人はよく日焼けをした小麦色の女で、赤のレザージャケットを片手で抱えたまま、海の向こうを見つめている。そして、その逆にある左肩には、怪我をしているのか、大きく包帯が巻かれていた。その隙間から青紫色に変色した黒ずんだ傷痕が透けて見える。
『これで、お別れだな。馬塚』
馬塚、そう呼ばれた男はこの光景を写す視界となっている。水面に写るその男の姿は、テロリスト集団を率いるリーダー格の男であった。白に染め上がった髪をかきあげ、女をただ静かに見つめている。
『本当に、行くのか』
女は弱々しく笑いかけると、一冊の手帳を取り出した。その手帳はかなり使い込まれた様子が残されており、しわになった紙の束はもはや古物に近かった。
『あぁ、約束をしてるんだ。馬塚、後は頼んだぞ』
馬塚はわずかに頷いた。
『...了解した』
女は激励するようにして馬塚の肩を何度か叩く。
『大丈夫だ! きっと上手くいく。あの秒針さえ動かすことができればな。それよりも』
馬塚はそんな言葉を遮るように口を開いた。
『分かっている。仕事は果たす。またこの世界の時が止まることになったとしても』
ふと二人の間に、沈黙が流れる。そして、重く吐き出すようにして女が口を開いた。
『...そうか。苦労ばかりかけるな。必ず、王の復活を阻止するんだ。...HO篤学者をよろしく頼んだぞ』
HO篤学者、それは確かにHO篤学者の名だった。女はそれだけ口にすると、一歩、また一歩と海の向こうにある水平線に向かって歩みを進める。足先が水面に触れる。だが、そのまま沈みこむようなことはなく、ただ足先だけを濡らしながら、この孤島から旅立っていった。
馬塚はその後ろ姿を見守りながら、ぼそりと呟く。
『...すまない、岸本』
ここで脳内の映像は途切れる。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO童子〕
二年前、静止世界での出来事を思い出す。左肩に傷を負った女は、あなたが約百年を経て出会った褐色の女と特徴が一致することが分かる。また、男の白く染め上がった髪を見れば、二人も静止世界での日々を体験していることが分かった。
〔秘匿:HO篤学者〕
左肩に傷を負った女が岸本千里だと分かる。そして、二年前、あなたに宛てられた手紙と手帳は岸本のものだとここで確信を得るだろう。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO異邦人〕
武装した男が馬塚兼次、左肩に傷を負った女が岸本千里だと分かる。また、そこは“無名神殿”のある孤島であるとことが分かったが、二年前、あなたが“無名神殿”で体験した出来事とは大きく逸脱していた。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
(◆二年前、馬塚の記憶だ。静止世界で約百年が経過し、岸本は“無名神殿”の古代言語を解読した。その方法を一冊の手帳に残し、HO篤学者へ託すために日本へと旅立ったのだ)
(…)
ふと、馬塚が目を覚ます。意識が朦朧としているのか、わずかに身体を震わせながらこちらの様子を窺っている。
「ウ…ウウ…ここ、は…」
しかし、PCの存在をはっきりと確認すると、激しく驚愕した様子で言葉を荒げた。
「なッ...馬鹿な…なぜ、この、世界に…!」
(…)
馬塚は大きく咳き込むと喉に詰まった血を吐き出す。だが、それを気にする様子もなく一方的に告げる。
「HO異邦人、いいか…よく聞け。あの時計さえ修復できれば...この世界からは解放されるだろう」
「だが、それでは駄目だ。あの赤石に封じられた何かが目を覚ますことになる。そうなれば…世界、は...。俺は、それを阻止するために、この世界の時を…止めた」
「…赤石を、探せ。まだホールに...残されてあるはずだ」
(◆赤石とは『カーバンクルの瞳』のことだ。馬塚はミゼーアの復活を阻止するために『眠らない大時計』を破壊した。その結果、「時」は止まって静止世界へとPCは迷い込んだのだ)
その内容は支離滅裂であまりに現実からかけ離れたものだった。しかし、その弱りきった身体から放たれる決意めいた眼差しはPCへと向いている。
・〈アイデア〉または〈クトゥルフ神話技能〉に成功すれば、『眠らない大時計』へとふと意識が向く。いくつもの銃痕や爪痕によって損傷しているが、盤上は時の止まった現在時刻を示していた。そして、馬塚から言い放たれた言葉と照らし合わせると、この『眠らない大時計』こそが、時そのものを動かす装置なのではないかと思い至る。すべての概念の生命線とも言える存在は、この物理的な手段によって古代より動かされてきたのだ。PCの根源である凡庸な常識に亀裂が入ったのを感じた。
>>1d4/1d12の正気度ロールが発生する。<<
(…)
その時、第九展示室に冷たい足音が響く。その足音へと視線を向ければ、そこにはエテルノ美術館、そして地下実験室の最高権力者カミロ・ヴァンニの姿があった。
「迎えにきたぞ。HO美術家」
カミロはまた静かにPCを見つめると、また歩を進めて舞台の上へと上がっていく。
「この時を、どれほど待ったことか。これまでの十年はこの一秒のためにあったのだろう」
「すべてはいつか壊れゆく優れた美術品を永久に保つための実験だったが、もうその必要もなくなった。この世界の時さえ止まってしまえば、もう何事も滅びることはない。そして、失うことの絶望さえも二度と抱くこともないだろう。これこそ、我々に与えられた理想郷だ」
(…)
ふと、カミロは指を鳴らす。すると、どこからか一筋の影が伸びたかと思うと、一体の怪物が姿を現した。その怪物の節々から浮き出ている立方体は、あの黒い煙と共に現れる怪物とよく似ていたが、全体的な造形はどこか獣じみており、鋭利な爪からは赤い血が滴っている。
>>0/1d3の正気度ロールが発生する。<<
(◆ティンダロスの混血種(サル)だ。爪には馬塚の血が滴っている。カミロを給餌役と考えてその命令に従っているのだ)
そして、その怪物はもう一方で抱えられた何かを舞台上へ下ろすと、大人しくその場に控える。その何かは赤い布で被せられており、中の様子は窺えなかった。だが、次にカミロがその布を取り払うと、そこにはある見事な美術品が収められていた。
それはあの日、HO美術家がはじめて路地で買い取られた美術品。その思い出の品はそこに完全な永遠に閉じられた状態で存在していた。
(◆十五年前、HO美術家が路地でカミロに売った作品だ。その作品に関する設定があれば、ここで描写すること)
カミロはその作品に恍惚とした表情を向ける。
「第九展示室は『眠らない大時計』を展示する場所ではない。HO美術家、君の作品こそがこの場に相応しい」
「私の考えは十年、いや十五年前から変わらない。この静止した世界を保つためであれば、どのような罪も引き受けよう。今思えば、あの時、君の作品に出会った時から私の心は決まっていたのだ」
(…)
カミロはまたPCへと視線を移す。
「...HO篤学者、君がHO美術家と共にいた時は少々驚いた。まさかHO美術家にも取り入っていたとは思わなかった。さらに、あのワインを口にし、下衆な刺客からも生き延びた。そして、今こうして私の前に立っている」
「もはや、これは運命だ。これまでの罪から決別するための! 故に、私の罪の痕跡を知っている者は、この静止した世界であろうと生かしておくことはできない」
「岸本は死んだ。次はHO篤学者、君の番ということだ」
(…)
カミロは懐から一つのケースを取り出した。そのケースの中には二つの注射器が入れられており、どれも不気味なほど青い液体が充填されている。そして、その一方をHO美術家へと差し出すだろう。
「だが、HO美術家、君だけは私の手を取ってくれるだろう」
「これまでの人体実験はあくまで試験的なものに過ぎない。しかし、途方もない実験の数々を経て、遂に“止薬”は完成した。理性を保ったまま永遠を旅立つ存在へと成るのだ」
「共にこの永遠なる世界を生きていこう」
(◆HO美術は“止薬”を打つか、打たないかを決断する。また、“止薬”を打った場合、HO美術家のロストは確定する。その選択によってHO美術家の命運が決定することを伝えておくこと)
(…)
⇒もし、HO美術家がその“止薬”を打ち込めば、その箇所から全身にかけて得体の知れない気配が駆け巡っていくのを感じた。そして、その気配が脳まで達した時、HO美術家は未だに感じたことのないほどの飢餓感と、凶暴なまでの渇望感に襲われる。全身が知らずのうちにひどく震え上がる。一瞬でも気を緩めてしまえば、あらゆる制御権が失われてしまうようなほどの嵐のような欲求が身体の内から燃え上がっていった。
>>1d3/1d6+1の正気度ロールが発生する。<<
しかし、その欲求は時と共に弱まっていくように感じた。だが、激しい葛藤の末、HO美術家は正気に戻ることができる。その時には噛みしめていた唇から一筋の血が口元を伝って床に垂れていた。
(◆HO美術家は理性を保ったままティンダロスの混血種へと変貌する。だが、その外見や能力が瞬時に変わることはない。この静止世界で永久に生き続けることになったHO美術家は、永い時間をかけてゆっくりと変化に順応していくことだろう)
⇒もし、HO美術家がその“止薬”を打ち込むことを拒否すれば、その一本の注射器は床へと落ちる。そして、砕け散った破片は空中に停止し、青く濁った粘液はそのまま地面に広がっていく。
それまでカミロはただ無言でHO美術家を見つめていた。しかし、その飛び散った破片を見ると、寂しそうに顔をどこかへと背ける。その横顔からは一筋のきらめく何かが伝って見えた。
「...そうか。君の生きるべき世界はここではない。そういうことだな」
(…)
カミロはうっすらと微笑んで小さく頷く。そして、迷うことなく自らの首筋へと、その残ったもう一本の注射器を突き刺した。
「我が友よ。君との思い出は、私が永遠に守ってゆこう」
だが、異変は起きた。
「なッ…こッ! これ、は…………...!」
突如、カミロは喉奥からおびただしいほどの血液を垂れ流した。そして、その色はみるみるうちに鮮明な赤から汚らわしい青色へと変わっていく。
「ゥら…うらギ、っタのか…! 殺シ、ヤの…分際でッ!」
(◆イリヤの罠だ。カミロの注射器にはティンダロスの血そのものが充填されていた。ティンダロスの混血種へと変貌する)
弾けた。そう表現するしかないほどに、カミロの華奢な体躯は膨れ上がる。白い肌は黒ずんでいき、節々に浮かび上がるキュービズム絵画のような特徴は、傍に控えた一匹の怪物を彷彿とさせた。しかし、膨張するそのおぞましい肉の塊はゆうにその怪物の背丈を超えていた。
そして、その圧倒的な質量は近くの怪物をも呑み込んでいく。その時、呑み込まれていく怪物は猿に似た甲高い絶叫をあげたような気がしたが、すぐにその姿は見えなくなった。
>>1d4/1d8の正気度ロールが発生する。<<
(…)
カミロ…だったものは、黒ずんだ巨体をひきずりながらこちらへと強烈な殺意を向ける。その視線は凍えるほどに冷たく、大木ほどもある巨大なかぎ爪をPCへと勢いよく振りかざした。
「ァ...ァ...HO、美術…家…」
その聞こえるはずもない声は、その怪物から発せられたように聞こえた。すると、その振り下ろされたかぎ爪は、まるで何かを躊躇ったようにして勢いを弱めていく。そして、そのかぎ爪はただ虚空を切り裂いただけで何かを傷つけるようなことはなかった。
「ワ、わタ...私と...共に、イき...」
(…)
耳をつんざくほどの強烈な咆哮音。
その巨体はわずかに残った意識を捨て去るように、全身を強く震わせると、またもかぎ爪を振り上げた。それはただの勢い任せの暴力に過ぎない挙動だったが、視界のすべてを粉々にするにはそれだけで十分に思えた。
刹那、舞台上から黒い煙が噴き上がったかと思うと、現れたのはさらに一匹の怪物だった。その怪物は第四展示室、そして螺旋階段の状況と同じようにPCに背を預けたまま、すかさずその巨腕を全身で受け止める。
(◆ティンダロスの混血種(国府)だ。次の戦闘に参加する)
そして、その怪物は勢いのまま床へと叩きつけられると、何もかもが静止した空間だというのに、凄まじい衝撃音はしばらくこの会場内を木霊した。しかし、それでもその怪物はまったく怯んだ様子を見せることもなく、瞬時にその場に立ち上がると、空中で静止した木片を足場にして、またもその巨体へと飛びかかった。
>>ティンダロスの混血種(カミロ)との戦闘だ。<<
【VSティンダロスの混血種(カミロ)】
ティンダロスの混血種(カミロ)
ティンダロスの混血種(カミロ)は自我と強烈な殺意が入れ混じって意識が混濁としている。DEX順に関係なく、すべてのキャラクターが行動した後に行動する。攻撃対象と攻撃方法はランダムに決定すること。
HO美術家
HO美術家はティンダロスの混血種(カミロ)にわずかな自我が残されていることが分かる。1Rを消費して〈芸術:〇〇〉に成功すれば、ティンダロスの混血種(カミロ)に美術品を見せたり、語りかけたりすることで、そのラウンド中、ティンダロスの混血種(カミロ)のすべての技能値に-30%の補正をかけることができる。
(…)
PCが戦闘に勝利すれば、その巨体は膝をつくようにして倒れる。さらに、全身から黒い灰が勢いよく巻き上がったと思えば、それと比例するように体積を縮めていく。そして、その中には埋もれるようにして全身が白く染め上がったカミロの姿があった。
その顔を見た怪物はぴくりと体躯を揺らしたような気がした。だが、また牙を立てるようなこともなく、ただ静かに降りかかる灰に紛れてその場から消えていった。
(…)
カミロは薄くなった唇をわずかに震わせる。
「...みじめ、だな。私は...一体これまで何を、していたのか。どこで...間違ったんだ。もう少し、早く…HO美術家と出会っていれば...。いや...結末は変わらなかったか」
「どうか、この悪人の頼みを...一つだけ聞いて、くれないか。HO美術家、君は、君だけは、君の、作品を...世界を、創り続けてくれ」
カミロの身体は脆く崩れ去り、白ずんだ灰となって消えていった。ただ、残酷な静寂だけが辺りを包んだ。
(…)
馬塚は傷口を押さえながらHO異邦人に向かう。
「...HO異邦人、約束..だったな。まだすべてが終わったわけじゃねえが、俺が今まで見たことを…聞いてくれ」
「俺が、この世界を体験したのは…はじめてじゃ、ねえ。二年前、すべては...あの日からはじまった」
▶馬塚が話す旨は以下の通りである。
〇二年前について聞けば、はじめて静止世界に迷い込んだ日だと話す。あの日、HO異邦人、そして依頼人である岸本と“無名神殿”に足を踏み入れ、『眠らない大時計』を発見した。だが、『眠らない大時計』はあるアクシデントにより破壊され、静止世界に岸本と共に迷い込んだ。
〇静止世界では約百年をかけて『眠らない大時計』の修復を、岸本は“無名神殿”の古代言語の解明に時間を費やしてきた。その過程で魔物の血を取り込んでいれば、静止世界で活動できること、そして、古代より“穢れし王”と呼ばれた怪物が封じられた赤石、もとい『カーバンクルの瞳』の存在を知った。しかし、『カーバンクルの瞳』の力は時代と共に弱まっており、時を進ませてしまえば、数年の内に封印が解けることを知った。
〇“穢れし王”が復活すれば、一体どうなってしまうのかは分からない。だが、それによって最悪の結果が待ち受けていることは明らかだ。しかし、“穢れし王”に対抗できるのは“全なる神”と呼ばれる存在だけらしく、二人ではそれ以上のことを突き止めることはできなかった。そこで、HO篤学者にこれらの謎を託すことにした。
〇その後、『眠らない大時計』を修復したことで静止世界から解放されることになったが、数年の内に『カーバンクルの瞳』から解き放たれる“穢れし王”に備えるため、HO異邦人の前から姿を消した。それからは『眠らない大時計』、そして『カーバンクルの瞳』が展示されることになるエテルノ美術館襲撃の準備を進めていたのだ。
〇そして今日、『眠らない大時計』を破壊することで時を止め、魔物の血を使ってHO篤学者と永い時間をかけて“穢れし王”の対抗手段を探ろうとしていが、地下実験室で飼われていた怪物に襲われて気を失ってしまった。
〇岸本について聞けば、少しだけ顔を俯けて答える。岸本は“無名神殿”の古代言語の解読を終えると、研究結果がまとめられた手帳を持って日本へ旅立っていった。すべてはHO篤学者に“無名神殿”の研究結果を託すためだ。だが、それからの行方は分かっていない。
〇イリヤについて聞けば、金で雇った傭兵の一人であると話す。だが、イリヤを含んだ傭兵たちにはこれらの事情は話しておらず、あくまで移民問題による示威活動という体で話を進めている。また、イリヤがHO篤学者の命を狙っていたことを話せば、その致命的な裏切りに対して、驚愕の表情と共に怒りに打ち震えるだろう。
馬塚は足を引きずって一本の通路へと向かう。
「ここから先は...ホールに、繋がっている。予定が、変わった。まずは、赤石を確保...しなければ」
→11.贖罪
11.贖罪
馬塚と共に一本の通路を進んでいく。すると、じきに上へと続く立派な石階段が見えてくる。コンサートホールから差し込む淡い光が静止したちりに反射し、幻想的な光景を演出している。
「...~♪」
一歩、また一歩と階段を踏みしめるように歩いていると、上の劇場から何者かの鼻歌が聞こえてくる。その曲はか細くも力強く、そしてどこか懐かしくも聞こえた。
〔秘匿:HO異邦人〕
あなたの故郷に伝わる民謡だと分かる。
(◆イリヤの声だ。十年前、HO異邦人の故郷を偲んでいる)
(…)
階段の先はそのままコンサートホールの劇場内へと繋がっていた。そして、広々とした空間に取り残された観覧客たちは、恐怖や不安の表情を張り付けたままぴくりとも動くことはなかったが、壇上に佇むたった一人の男だけは鼻歌を交えながら薄く笑みを浮かべていた。
「~~~♪…」
(◆イリヤだ。『カーバンクルの瞳』に封じられたミゼーアに魅入られ、ミゼーアを復活させるための狂信者と化している。ティンダロスの血を含まずとも静止世界を行動できている)
その男はHO篤学者に銃口を突きつけた男、イリヤ・ゾロトフに違いなかった。
「...待ちくたびれたよ。楽しんでもらえたかい。とっておきのサプライズを…さ」
イリヤは懐から一本の注射器を取り出す。その中には青く濁った液体が充填されており、一見してカミロが注射した“止薬”とまったく同等に見える。イリヤはそれを退屈そうに一瞥すると小さく呟いた。
「確か...“止薬”って言ったかな。依頼人がいっつも何かを大事そうに持っていたもんだから、つい気になっちゃってね。...でも、別に面白いものでもなかったよ」
次の瞬間、イリヤはその注射器を粉々に握りつぶすと、床にこぼれ落ちた汚らわしい液体をブーツの底で踏みつぶす。そして、何が可笑しいのか高らかに笑い声を上げると、PCへと顔を向けた。
「けど、あの不細工な怪物の血をそのまま注射した依頼人の顔は見てみたかったよ! ぜひともカミロがどんな顔をして死んだのか、俺にも教えてくれよ!」
(…)
馬塚は鋭い視線をイリヤへと向けた。そして、恐ろしく研ぎ澄まされた殺意を孕んだ声で問いかける。
「俺を…裏切ったのか」
イリヤはおどけるように笑う。
「おぉ、怖いなぁ! その眼だけで人を殺せそうだ」
「裏切りだって...? それは違うよ馬塚。はじめから俺の依頼人はカミロ・ヴァンニ、ただ一人さ。十年来の付き合いでね。岸本、そしてHO篤学者の命を狙ったのも、すべて過去の罪を洗い流そうとした依頼人の命令さ」
「研究所の実験材料の調達も...俺一人に任されていた。きっと、腕だけは信用してくれてたんだろうね。理想は共有してくれなかったけれど、順当な報酬は貰っていたさ。...だけど、奴は一番大事なことを見落としてた」
(…)
イリヤは手品師のように手の平を素早く裏返すと、その掌中には『カーバンクルの瞳』が収まっていた。
「...俺はもうとっくに狂ってる。だから、俺が選ばれた。この世界で目覚めた時からずっと頭の中で響いてるんだ。来たれ...来たれ...来たれ...ってね」
馬塚は何かを察したのか、牽制するようにして声を張り上げる。
「やめろ――――ッ!」
だが、イリヤはその制止の呼びかけをまったく意に会する様子もなく、『カーバンクルの瞳』を奥歯で挟み込んで一息にかみ砕いた。光が、途絶える。
「さぁ、来たれよ。“穢れし王”よ」
すると、その内からどす黒い霧状の何かが溢れだし、地面を這うようにゆっくりと会場を包み込んでいく。それを目で追おうとすれば、その視線を返すように霧の何からはいくつもの赤い眼光がこちらを覗きこむ。“穢れし王”。PCはすべての理から逸脱した規格外の存在が、顕現したことを理解する。会場にけたたましい咆哮が轟く。PCは吐き気を催すほどの邪悪に心が穢されていくような感覚を覚えた。
>>1d6/1d20の正気度ロールが発生する。<<
(◆『カーバンクルの瞳』は破壊された。今まさにミゼーアは復活を遂げようとしている。その恐怖の片鱗をPCは体験する)
(…)
やがて会場は黒によって完全に呑まれ、赤く燃える瞳だけが辺りを照らしている。そして、いくつもの黒のまとまりは獣じみた二本の腕を形作ると、まるで抱擁するようにPCたちを包み込む。
しかし、その刹那。暗闇に紛れて現れたのは、やはり、あのキュービズム絵画の怪物だった。その怪物は迫りくる二本の腕に牙を突きつける。すると、絶叫にも似た音の振動が空間内を揺さぶった。
(◆ティンダロスの混血種(国府)だ。ミゼーアの復活を阻止しようとするだろう。次の戦闘に参加することはできない)
イリヤはやや驚愕したのか何歩か後退る。だが、すぐに皮肉るように口元を綻ばせた。
「国府...レイ子か。そんな姿になってまでこの世界に執着しているとはねえ。でも、もう遅いよ」
(…)
直後、強烈な地鳴りが辺りを揺さぶった。それは全身の臓器がぐちゃぐちゃにかき回されてしまいそうなほどの激しい揺れで、どこが上か下かも分からない空間での出来事だったが、それは何者かの心臓の鼓動、もしくは、今まさに母から産まれ落ちようとしている子の胎動のようにも聞こえた。“穢れし王”は永い拘束から解き放たれ、完全なる復活を遂げようとしていた。
しかし、キュービズム絵画の怪物はその醜い体躯を震わせながら、その圧倒的な存在に対して、牙を、爪を、休みなく振るい続ける。だが、それによって亀裂の入った空間は瞬きにも満たない、わずかな間で塞がっていく。その度、果てのない暗闇から繰り出される不定形のかぎ爪は、その怪物の身体を少しずつ削っていった。それでも、その怪物は痛みに怯む様子もなく、何度も、何度も、立ち上がり続ける。
(…)
その時、空間に揺らめく赤い眼と目が合ったような気がした。瞬間、その不定形のかぎ爪はPCへと矛先を変え、そして、一息に振り下ろされた。空間を切り裂く音と共に、明確な死のイメージが脳裏に浮かぶ。
だが、そのかぎ爪はPCに届くことはなかった。次に目を開ければ、その体躯の中心に大きな穴を開けた、キュービズム絵画の怪物が、すぐ目の前に立ち尽くしていた。傷口からは青紫色の粘液が絶え間なく流れ落ち、曖昧だった輪郭はやけにはっきりと見えた気がした。
じきに、その体躯は砂の彫像のように脆く崩れ落ちていく。すると、その体内から透き通る白い肌が見えたかと思えば、一人の黒髪の女が露わとなって現れる。その黒ずんだ灰に埋もれて血色を失った姿は痛々しくもPCの目に映った。
〔秘匿:HO美術家〕
国府レイ子だと分かる。
(◆ティンダロスの混血種(国府)はミゼーアのかぎ爪によって戦闘不能となり、怪物としての姿を保てなくなる)
(…)
その女はPCにとって見覚えのない、見知らぬ人間に過ぎないはずだった。しかし、HO童子はその姿を見た途端、胸の内を締め付けるような、そんな懐かしさにも似た形容し難い感情が湧き上がってくるのを感じた。
ふと、女の身体から零れ落ちる砂が、風に揺らめくようにしてPCの辺りを舞う。そして、わずかにその砂から鉄の臭いを感じ取ると、激しい頭痛と共にある光景が瞼の裏に浮かび上がる。以下はその内容である。
〔記憶〕
~児童養護施設~
そこはどこかの町の一角だった。夜のか細い月明かりに照らされながら、閑散とした路地の中、身体をひきずるようにして一人の女は歩いている。
その女は赤黒い血に塗れた白衣で何かを包むようにして片手に抱え持っており、その腕からはいくつもの図形にも似た不定形の何かが浮き沈みを繰り返していた。
そして、やがてとある施設の門前で立ち止まると、その抱えていた何かを白衣にくるませたまま、静かに近くのベンチへと乗せる。
「...ごめんなさい。ちゃんとあなたを産んであげられなくて」
そう言って、女は白衣をめくると、そこには小さな胎児が安らかに眠っていた。その胎児の節々は赤子と呼べないほど未発達にやせ細っているように見え、その寝息もどこか弱々しく見える。しかし、女はその歪に変形した片手をかざすと、胎児の未発達な部分はみるみるうちに成長していった。
そして、女は手をかざし終えると、何度か咳き込んで顔を上げる。そこにはカーブミラーに映った女自身の姿があった。それは、あのキュービズム絵画の怪物から現れた黒髪の女に違いなかった。青紫色の粘液が頬にこびりついており、それを袖で拭うと独り呟いた。
「...ひどい顔。でも、やっとここまで逃げられた、のね」
女は留められていた髪留めを外すと、その金具部分に欠けた爪でかりかりと傷を付けはじめる。そして、懐から一枚の紙きれを取り出すと、その髪留めと共に赤子にくるまった白衣の傍へと静かに寝かせた。
「...生まれてきてくれてありがとう。健やかに生きてください。例え、醜い化物になったとしても、ずっとあなたのことを見守っています」
視界がにじむ。女は唇を噛みしめるように呟いた。
「さようなら。どうか、元気で...HO童子」
HO童子、それは確かにHO童子の名だった。刹那、女のか細い喉から獣じみた咆哮音が飛び出してきたかと思えば、黒く淀んだ煙が女の身体を覆った。やがて、女はおぞましくもキュービズム絵画の怪物へ形を変えると、突如として現れた空間の亀裂に身をよじるようにして消えていった。ここで脳内の映像は途切れる。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO童子〕
あなたの脳裏に“国府レイ子”、見知らぬはずの者の名が浮かぶ。そして、直感する。この女性こそ、あなたの母親であったということを。頭痛と共に体験したあの記憶たち、すべてあなたの母親のものであったのだ。
>>1/1d4の正気度ロールが発生する。<<
〔秘匿:HO美術家〕
十年前、地下実験室の特別実験場にて変貌した国府レイ子。この施設を脱走した後、子供を出産していたことが分かる。そして、直感する。HO童子こそ国府の実子であったということを。
>>1/1d4の正気度ロールが発生する。<<
(◆十年前、国府の記憶だ。日本へ逃亡した国府はHO童子を出産する。その後、ある児童養護施設へとHO童子を預けた。その後、国府は完全にティンダロスの混血種へと成り果てた)
(…)
女の頬に一筋の涙が伝う。そして、今にも消え入りそうな声でわずかに言葉を発した。
「...どうか、生きて」
刹那、全身の体躯が崩れかけた怪物は、その満身創痍の肉体からすべての気力を絞り出すようにして、またも雄叫びを響かせる。すると、幾多もの淀めいた闇の数々はスプーンで乱雑にかき混ぜられた珈琲のように、形を変えていった。
空間が歪む。瞬間、強引にこじ開けられた亀裂から陽の光がふと辺りを照らした。
(…)
女はその光を見ると、満足そうにわずかに口元を綻ばる。そして、白ずんだ灰となって消えていった。
〔秘匿:HO童子〕
あなたの母親は今ここで消えてしまったことを実感する。たった一度しか顔を見ることは叶わなかったが、言いえない喪失感が心の中を締め付ける。
>>1/1d4の正気度ロールが発生する。<<
しかし、その大きく開けられた亀裂は、たちまちに塞がっていく。もし、頭上から覗く光が完全に途絶えてしまった時、この破滅的な状況から脱出するすべての手立てを失ってしまう。そんな絶望的な予感が駆け巡る。
(◆ここで、HO童子が呪文『ヨグ=ソトースの招来』について思い至っていなければ、〈アイデア〉をロールさせてもよい)
⇒もし、PCが呪文『ヨグ=ソトースの招来』を詠唱すれば、静止しているはずの雲が嘶き、一筋の雷鳴が落ちたかと思えば、視界は白く染まった。
そして、次に目を瞬けば、そこには仄暗いローブを身に纏った一人の老人が佇んでいた。その姿は一見して年老いた浮浪者のように見えた。しかし、こちらを真っすぐ捉えている窪んだ眼からは、まるで現実のものとは思えない、神々しいほどの威圧感が放たれていた。
「汝、我を呼んだか」
(◆タウィル=アト・ウムルだ。ヨグ=ソトースの化身である)
⇒もし、PCが呪文『ヨグ=ソトースの招来』を詠唱に失敗、または試みることができなければ、日の光は完全に暗闇によって呑み込まれる。そして、闇に漂う無数の眼は一斉にこちらへと向けられた。
→BAD END「虚無に落つ」
(…)
じきに暗闇が日の光を完全に呑み込むと、無数の赤い眼は吐き気を催すほどの強烈な殺意を帯びながら、その老人を見下す。そして、先ほどの猛攻とは比にならない、いくつもの不定形のかぎ爪が老人を襲った。
だが、老人はごく冷静にぶつぶつと何かを呟き、軽くつま先を鳴らした。すると、そこから白い泡状の何かがこの空間を染め上げたかと思うと、殺意の炎で猛り立っていたはずの“穢れし王”の動きは一瞬にして静止する。
そして、老人は重々しく言葉を発した。
「贄を、捧げろ」
(…)
イリヤはただ一人、狂ったように頭をかきむしり、もはや静止像と化した“穢れし王”に対して言葉を荒げる。
「...ない、...てない、聞いてないよ! せっかく蘇らせてやったのにさァ...殺せたのはたった一人の女だけ...。それじゃあ、あまりにも報われないじゃないか...」
熊のような大柄な身体を小刻みに震わせる。しかし、その震えはじきにぴたりと止まると、ふと冷静に呟いた。
「そうか、そういうことか。これは...贖罪なんだ」
イリヤは一本の錆びついたマチェットを抜き取る。
「HO異邦人、君は十年前のあの日を覚えているかい」
「俺は覚えてる。...きっかけは、俺が引いた引き金さ。すべてはあのクソ野郎共から君たちを守るためだった。...別に信じてもらえなくてもいい。だが、結果として、俺があの時奮った蛮勇が君のすべてを壊したんだ」
「...十年前からHO異邦人、君の友人とか、家族とか...そういう悲鳴がずっと頭の中でぐるぐる鳴って止まないんだよ。それで俺の頭がイカれちまったのも、きっと神さまからの罰なんだろうねえ」
(…)
そして、イリヤは抜き取ったマチェットをHO異邦人になぞるように刃先を向けた。
「でも...HO異邦人、君の悲鳴だけがまだ聞こえないんだ。きっと、一人だけで生き残ってしまったからだろうね。...可哀そうに。その孤独を俺に解消させてくれ」
直後、イリヤは口角を限界まで引きつらせると、狂気じみた笑みを浮かべながら、そのマチェットを振り上げる。PCへと襲いかかってくるだろう。
>>イリヤ・ゾロトフとの戦闘だ。<<
【VSイリヤ・ゾロトフ】
イリヤ・ゾロトフ
イリヤは過去の因縁からHO異邦人に執着している。攻撃対象はHO異邦人に対して向けられ、攻撃方法はマチェットを選択する。
⇒もし、戦闘に勝利すれば、イリヤは力なくその場に倒れ込む。そして、辛うじて動く右腕を天へ向けると、か細い声で呟いた。
「は...はは…これで、やっ...と、静か...に…」
そして、瞼をゆっくりと閉じると、もう動くことはなくなった。じきに辺りの白ずんだ泡状の物体がその冷え切った身体を包み込み、その身体は地面に引きずり込まれるようにして虚空に沈んでいった。
⇒もし、戦闘に敗北すれば、イリヤは高らかな笑い声を暗闇の中で響かせる。そして、その笑顔を硬直させたまま、赤く濁った涙が頬を伝っていく。
「ハ…ハハ...! これで、やっと、報われる...」
イリヤは血塗れたマチェットを、何度も、何度も、執拗なまでにHO異邦人へと振り下ろす。黒く染まった視界は綺麗な赤色が混ざりあっていき、狂った声が耳の内を侵していく。
→BAD END「虚無に落つ」
(…)
「確かに、貰い受けた」
老人は二度、つま先をわずかに鳴らす。すると、また泡状の何かが足下から湧き上がってきたかと思うと、ゆっくりとその老人の身体を包み込んでいった。
それらは複雑に縮小と拡大を繰り返し、ある一つの形態を取ろうとしているようにも見える。しかし、その姿形はもはや常人の領域では捉えることはできなかった。そして、その球体から放たれる玉虫色の光を感じた時には、脳髄が焼かれるようなひどい頭痛がPCを襲った。
直視してはいけない。感じてはいけない。理解してはいけない。それは本能からの叫びだった。
⇒もし、瞼を閉じれば、それを直視することはない。だが、ざわついた感覚は全身の肌を伝っていき、まるで心臓を握られているような圧迫感を感じるだろう。
⇒もし、瞼を開ければ、“全なる神”を目撃する。それは玉虫色をした球体の集合体だった。だが、その球体は絶え間なく形を変えていき、無造作に移動を繰り返している。さらに、それはほんのわずかしかない空間に留まっているようにも見え、在るべきすべてを呑み込んでしまいそうなほど巨大にも見えた。それは、もはや生物というより、現象と表現した方がよほど適切に思えた。
全にして一、一にして全。その存在を言葉で説明するには、これまでの人生で蓄えてきたあらゆる知識が無力に思えた。しかし、あなたは理解してしまう。それは、決してあなたが理解してはいけないことを。
>>1d10/1d100の正気度ロールが発生する。<<
(◆ヨグ=ソトースだ。PCに生贄を捧げられたことで、その心からの願いを聞き入れる。その後、ミゼーアを『カーバンクルの瞳』に封じ、破壊された『眠らない大時計』を修復するだろう)
(…)
その時、瞼の奥から放たれた眩い光がすべての思考を塗りつぶした。全身の力が抜け落ちていき、意識は遠くなっていく。その体験はふと湖に沈みこんでいくような和らげな眠気に近かった。
瞬間、おぞましい獣の断末魔が空間を震わせた。足首を掴まれたような恐ろしい感覚。だが、その響く絶叫もじきに弱々しく消えていき、その感覚も遠くなっていく。やがてその断続的に放たれる睡魔はPCを頭から呑み込み、意識はそこでぷつりと途切れた。
(…)
次に目を覚ますと、PCはコンサートホール、劇場内の床でうつ伏せていた。周囲を見渡してみれば、この劇場を呑み込んだ邪悪な影は姿を消している。だが、その代わりにホールの中央には、粉々に粉砕されたはずの『カーバンクルの瞳』、そして、第九展示室で傷だらけで放置されていた『眠らない大時計』までもが完全に修復された状態で佇んでいた。
すると、馬塚の身体は緩やかに鈍化していく。それは肉体的な衰弱から来る様子ではなく、明らかに周囲の静止した空間と同化しつつあった。
「時が...動き出す。すぐにPCも、この世界から解放されるはずだ。悪いが...俺が、先のようだ」
そう言って、馬塚はPCを見つめたまま、その動きは完全に静止した。
(◆『眠らない大時計』が修復され、「時」は動きはじめる。それによって馬塚は静止世界から解放される)
(…)
じきにHO童子も全身に巡る時間が鈍化していく感覚を覚える。だが、それはHO童子にとっては二度目の体験だった。また目を覚ました時、この静止世界から解放され、あの何よりも代えがたい日常が待っていることを確信する。意識は徐々に薄れていく。
そして、HO童子の意識が完全に落ちると、その動きはぴたりと止まって、この世界の一部として同化した。
(◆HO童子は静止世界から解放される)
(…)
次にHO異邦人の全身に巡る時間が鈍化していく。急速に身体がぐんと重くなる感覚は、奇妙で居心地が悪く感じる。しかし、ふと静止した馬塚へと目をやると、その仏頂面にしか思えない表情は、HO異邦人からしてみれば、口元をわずかに綻ばせているように見えた。
次いで、HO異邦人の意識も完全に落ちると、その場に固定されたかのように、もう動くことはなくなった。
(◆HO異邦人は静止世界から解放される)
(…)
⇒もし、HO美術家が“止薬”を体内に注射していれば、身体の節々からいくつもの角ばった図形が浮き出てくるのが分かった。永遠なる世界を選択したHO美術家にはもう元の世界へと戻る術は残されていなかった。
突如、全身から黒い煙が噴き出したかと思うと、HO美術家の姿形は闇に紛れて消えていく。もう、この場に留まる理由など、ないのだから。
(◆ティンダロスの混血種へと変貌したHO美術家は、静止世界に取り残される。永遠にこの世界で過ごすことになる)
⇒もし、HO美術家が“止薬”を体内に注射していなければ、その奇妙な感覚がゆっくりと全身を侵していく。急激に重くなりつつある瞼から覗く、HO美術家の眼には、このコンサートホールに集まった多くの観覧客が写っていた。
その後、HO美術家の意識も完全に落ちてしまえば、この場で息づくのはHO篤学者ただ一人となった。
(◆HO美術家は静止世界から解放される)
(…)
そして、HO篤学者もまた意識が落ち、この静止した世界から解放される、はずだった。だが、HO篤学者の肉体や精神は、どれだけの時間が経ってたとしても、鈍化するような感覚が訪れるようなことはなかった。
ふと、足に付けられた傷が微かに痛んだ。屈んでその傷を確認してみれば、あのわずかな傷口は真っ青に変色していた。その傷口からはキュービズム絵画めいた図形が浮き沈みを繰り返している。まるで、あの怪物のように。頬に冷や汗が伝い、首筋を流れる。
そして、HO篤学者は嫌でも気付いてしまう。HO篤学者はたった一人、このすべてが静止した世界で取り残されてしまったということを。
→TRUE END「旅路」
12.エンディング
True End
[2021年10月10日]
あの日からどれだけの時が経ったのだろうか。いや、まったく時など進んでいないのだ。ある時、生理的な睡魔がHO篤学者を包んだ。しかし、この世界に夜は存在しない。何度も睡眠と覚醒を繰り返したところで、月がHO篤学者を照らすことはなかった。
気まぐれにPCに声をかけてみたこともあったかもしれない。しかし、完全に静止したPCの表情はまるで変わることはなかった。もはやよくできた人形か、ただの死体か、そう変わらなかった。
>>0/1の正気度ロールが発生する。<<
[2021年10月10日]
日の記録を付けていれば、もう一か月は経過していることが分かった。だが、2021年10月10日13時28分22秒は未だに繰り返されている。じきに辺りの食糧は尽きていく。しかし、この世界においてはもう一般的な常識は存在しない。例え、どこかの民家や商店から何かを盗み取ったとしても、誰も咎めるものはいなかった。
重く罪悪感が伸しかかる。だが、その感情もいつしか忘れてしまうほどの時間は、十分にこの世界に存在していた。HO篤学者の精神は噛み合わなくなった歯車のように、音を立てて崩れはじめる。
>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<
[20■1年1■月10日]
もういつだったか忘れてしまったが、ずっと昔に告げられた言葉を思い出す。静止世界では歳をとることはない、そんな残酷な事実を孕んだ言葉だ。その言葉の通り、HO篤学者の身長や体重を筆頭とした身体的な特徴は一切変わる兆しもなく、ただ精神だけが虚ろに変化していく。
HO篤学者の抱くわずかな希望もまた、押し寄せる恐怖や不安な感情で薄れていく。そんな肥大化していく負の感情と比例するように、傷口から浮かぶ図形は大きく膨らんでいった。
>>1/1d6の正気度ロールが発生する。<<
(…)
[2■■1年1■月1■日]
もう数年がこの静止世界で経過していた。未だにこの世界から解放される手がかりは見つからない、いや、そもそも存在しないものを探すのは、どれだけ時がかかったとしても実を結ばない、無為な行いに思えた。
ある時、HO篤学者は『眠らない大時計』の前で立ち尽くしていた。劇場には懐かしい顔ぶれが変わらない姿で硬直している。一秒後にはPCは動き出す。しかし、HO篤学者にその一秒後が訪れることは永遠にない。
ふと、黒い煙が辺りに漂いはじめた。一瞬、それはあの怪物が現れたのかと思ったが、この孤独を埋められるのであれば、もはや何者だろうと構わない、そう思うかもしれない。だが、ふと視線を下げれば、その黒い煙が噴き上がっていたのは、HO篤学者の身体からだった。
>>1d4/1d8の正気度ロールが発生する。<<
(…)
その時、深い闇の中から何者かの足音が聞こえたような気がした。その気配はこの劇場の階段を上り、こちらへと近づいてくる。そして、その闇を払うように一本の腕がこちらへと差し伸ばされた。
「待たせたな、HO篤学者くん」
それは、岸本千里の姿だった。赤いレザージャケットに、そこからのぞく褐色の肌。まるで、あの日と変わらない無邪気な笑顔を浮かべ、HO篤学者を抱きしめる。
「本当に、本当に長かった。約束を果たしにきたんだ」
岸本はHO篤学者の頭を宥めるように優しく撫でる。そして、惜しげにHO篤学者へと背を向けると、『眠らない大時計』へと向かいあった。
「ずっと、君を探していた。もしも、君がこの世界に迷い込んできてしまった時のために」
岸本は『眠らない大時計』へと歩みを進める。そして、覚悟を決めたように、その秒針を確かに掴み込んだ。
「君は、燃えるような恋をしたことがあるか。その炎を消してしまうくらい、ひどい失恋をした時のことを思い出せるか。親友とひと晩愚痴を言い合って、次の日二日酔いで歩けなくなったりした経験はないか」
「この世界には君の知らないたくさんの宝物に溢れている。君には、そんな宝物を大事にしていてほしいんだ」
(…)
岸本は羽織っていたレザージャケットを脱ぎ捨てた。そして、その背中を見守っていれば、岸本の左肩に青紫色に縁どられた黒ずんだ穴が空いていることが分かった。血は出てはない。だが、その代わりにHO篤学者とは比にならないほど、角ばった図形や黒ずんだ煙がその傷口から溢れ出てきていた。
「元気でな。HO篤学者」
岸本は秒針をさかしまに回しはじめる。意識が、逆流する。HO篤学者は朦朧とする意識の中、瞼をわずかに開く。そこにはもう岸本の姿はなく、こちらをただ見つめる醜い怪物の姿があった。
[2021年10月11日]
HO篤学者は目を覚ます。すると、すぐに見知らぬ天井が目に入る。首をわずかに動かしてみれば、そこはどこかの病室だということが分かった。外から聞こえる鳥の鳴き声、専門的な機械から発せられる一定の機械音。HO篤学者はこの現実世界へと戻ってきたことを確信する。間もなく、慌ただしい足音が聞こえたかと思えば、一人の医師と共に、患者衣に身を包んだPCが現れた。そこで、今までの状況を知らされることとなるだろう。
PCが気を失った後、すぐにエテルノ美術館にテロ制圧部隊が駆けつけ、もはや機能を失っていたテロリスト集団はすぐさま無力化されたのだそうだ。そして、じきに目を覚ましたPC、そして深い傷を負った馬塚もその治療のため、それぞれの病院へと搬送された。しかし、HO篤学者だけが未だに目を覚まさず、軽い栄養失調が認められたことから、この病室へと移されたのだ。
(…)
医師はHO篤学者の状態を確認すると、胸をわずかになで下ろす。
「良かった。安定しています。幸運でしたね。痕になるような傷もありませんでしたから」
その言葉を聞いて思わず、足部へと目をやる。しかし、そこには何の傷も残されていなかった。その瞬間、HO篤学者に数々の思い出がまるで走馬燈のように駆け巡った。それはやがてある一点へと集約される。
それはエテルノ美術館三階の絵画裏に隠された螺旋階段に足を踏み入れた時のことだ。そこでPCは鋭利に舌を尖らせた一匹の魔物と相対した。そんな絶体絶命の状況下、黒い煙を発して現れたのは一匹の、いや、一匹だっただろうか。そう、二匹のはずだ。二匹の怪物がPCの前へと現れたのだ。
一匹はHO童子のために。そして、もう一匹はHO篤学者へ向けられた、そのもはや不意打ちに等しい攻撃を、予知めいた動きではね除ける。その後、魔物を下すと、二匹の怪物はまたも黒い煙と共に消えていった。それからの記憶はやけに鮮明に思い出すことができた。カミロ・ヴァンニ、そして、イリヤ・ゾロトフをも下し、王の復活を阻止した。それが、戦いのすべての記憶なのだ。
[2022年某月某日]
あれから月日は流れる。PCはそれぞれの場所で思い思いに過ごしていた。エテルノ美術館襲撃事件、そのあまりに物々しい事件と、そこに眠っていた数々の謎は、時が経った今でも世界中のメディアで取り上げられている。
カミロ・ヴァンニの失踪。地下に隠されていた非人道的な実験施設。そして、今もなお眠り続けるテロリスト馬塚兼次。様々な憶測や意見が飛び交う中、ある一大ニュースがPCのもとへ飛び込んできた。
『現在、イタリアの医療刑務所に収容されています、エテルノ美術館襲撃事件の実行犯、馬塚兼次が意識を取り戻したとのことです。しかし、錯乱状態にあるのか、未だに意味不明な供述を繰り返しているとのことです』
その後、番組で一本の音声記録が再生される。それは聞き間違えるはずのない、馬塚の声だった。
『――永い、永い旅だった。だが、俺は…いや、俺たちは遂に、たどり着くことができた。心から、感謝する。勇気ある若者よ。この未来は、お前たちのものだ』
その言葉は多くの者にとって理解することのできない、狂人の言葉にしか聞こえないものだった。しかし、PCだけはその言葉の意味を知っている。二人の旅人はやがて終着点を迎えるだろう。過去に縛られた鎖は落ち、止まっていた時は動きはじめる。――カチリ。その時、どこからか、秒針の鳴る音が聞こえた気がした。
クトゥルフ神話TRPG「静なるテロリスタ」
True End「旅路」
ANOTHER END
[■■■年蟷エ■譛?■譌■]
一体、どれほどの時が経ったのだろうか。HO美術家は時の止まった白と黒の世界で、意識が遠くなるほど永い時間を生きている。だが、理性を強制的に保ち続けるこの身体は、決して狂気に落とすという単純な逃げ道を許すことはなかった。
これは、罰だ。悪しき友の罪を肯定したHO美術家の。HO美術家は醜い怪物の姿へと成りつつある己の身体を、不気味なぐらいに冷静に見つめることができた。HO美術家の旅はまだはじまったばかりだ。果てのない道の中をHO美術家は無為に彷徨い続ける。
(…)
「少し...いいだろうか」
ふと、かかるはずのない声がHO美術家の耳に届く。くぐもった視界がわずかに晴れた。そこはどこかの路上の一角で、HO美術家にとってひどく懐かしく思えた。そして、どこかであったであろう、いつかの思い出と照らし合わせるように、その隅にぽつりと一人の男が腰を落としていた。
「良ければ、私の絵を見てはもらえないか」
使い古されて色が落ちたシャツ、よれよれに伸びて傷だらけのジーンズ。そんなみすぼらしい服装に身を包ませた男は安い眼鏡を持ち上げると、不器用に仕立てられた一枚の絵画をこちらへと向ける。
それは大きく描かれた、一匹の鯨の絵。だが、その絵は美術品として見れば、不出来としか評価のできない稚拙な作品に過ぎなかった。多くの者に心ない言葉をかけられたのか、男の顔はやつれて見える。しかし、その作品の全体的なタッチから感じる、不器用ながらも力強い筆づかい、そして、細部に伝わってくる美術に対する真剣さ、そのどれもがHO美術家の琴線に触れるだろう。
(…)
それは、HO美術家の抑えられた狂気から滲んだ、都合のいい幻覚に過ぎないかもしれない。だが、これから紡がれる、きっと波乱に満ちた夢は決してHO美術家を目覚めさせることはないだろう。HO美術家ロスト。
「ありがとう、HO美術家。私の名は――」
クトゥルフ神話TRPG「静なるテロリスタ」
ANOTHER END「一匹の鯨と君」
BAD END
闇が、視界を埋めていく。その時、鼓膜を引き裂くほどの大きな絶叫が暗闇の中で甲高く響いたかと思うと、その闇の塊はある一つの姿へと形を変えていく。そして、その姿を目撃した時、PCは気付いてしまう。すでに胎動は終わり、産声が今まさに上がったのだと。
それは、一匹の猛獣だった。いや、猛獣とたった二語だけで表現するにはあまりに規格違いの存在。明瞭になった輪郭から浮かび上がる、恐ろしいほど研ぎ澄まされた爪や牙。そのひとつひとつには、鏡に写り込むようにしてこの絶望的な状況を反射させていた。
>>1d10/1d100の正気度ロールが発生する。<<
(…)
しかし、そこに写っていたのは、恐怖に顔を歪めるPCの姿だけはなく、幾多の時間軸を超えた可能性までもが同居していた。有り得たかもしれない過去、成し遂げられた未来、互いに笑いあうPCの姿。どれもが輝かしい栄光を示していた。
だが、PCはその光景を望むことはもう二度とないだろう。輝いた断片の数々は、みるみるうちに黒ずんでいき、やがて完全な黒へと変わると、そのすべての可能性が失われてしまったことを直感する。そして、その漆黒に染められた爪が、牙が、無差別に振るわれると、PCはこの世界に残した様々な足跡と共に斬り刻まれた。
(…)
もう、秒針が動くことはない。この日、この場所、この時間。この世界は永遠に静止した。いずれ、この世界が一匹の獣の舌の上に収まった時、すべての理はこの宇宙から消すだろう。“穢れし王”はここに復活する。
クトゥルフ神話TRPG「静なるテロリスタ」
BAD END「虚無に落つ」
報酬
■PC全員が生還した:
2d10の正気度回復
□TRUE END:
1d10の正気度回復
■ティンダロスの猟犬を目撃した:
5のクトゥルフ神話
□ティンダロスの混血種を目撃した:
5のクトゥルフ神話
■タウィル・アト=ウムルを目撃した:
5のクトゥルフ神話
□ヨグ=ソトースを目撃した:
5のクトゥルフ神話
奥付
シナリオ制作:ジャック
マップ :茶々丸(@matumaru1232)
トレーラー :浅野五時(@_asanogoji)
以下の画像は企画「ムーサ異装展覧界」開催期間内において、セッション目的でのみ利用可能。
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