たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 パソコンではなくタブレットで投稿したのでもしかしたら変なところがあるかもしれませんので、その際はご指摘お願いします。
 ……あと、ちこっと勢い良く書いたので、お見苦しいところがあるかもしれませんが、ご勘弁お願いします。
 その分文字数がとんでもないことに……分割にしようかと思ったけどそうすると流れがガガが……


第二話 英雄に成るべきではないもの

『―――どうかしましたかな■■殿』

 

『ん? ちょっとシミュレーションで少し、ね……ねぇ■■■』

 

『何ですかな?』

 

『少し前に、子供が拐われた事件を解決したよね』

 

『ああ、ありましたなぁ、そんな事も』

 

『で、その時、言ってたよね。『酬われぬ場に才能がない者を置くことが愚かだ』みたいなことを』

 

『ふむ、確かに似たような事を口にした記憶はありますな』

 

『なら、やっぱり―――』

 

『―――■■殿』

 

『え?』

 

『確かに何かを成さんとする際、才能が―――資質は重要ではありますが、それ以上に大事なものがあると私は考えております』

 

『才能よりも、大事なもの?』

 

『ええ、所詮才能とは、便利な道具のようなもの。何かを成さんとする、目指さんとする際に役にはたつ程度のものでしかありませぬ』

 

『そ、そうなんだ』

 

『ええ、私もそれで苦労した口ですので、はい』

 

『じゃあ、一番大切なものって?』

 

『【資格】、ですな』

 

『【資格】? それって……』

 

『安心なさってください■■殿。確かに言い難い事ではありますが、あなたは才能に乏しい。ですが、それを補って余りあるほどの十分以上の【資格】をお持ちだ』

 

『そう、なの?』

 

『ええ、私が保証しましょう』

 

『で、その【資格】っていうのは、一体―――』

 

『そうですな、それは――――――』

 

 

 

 

 

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―――――――

―――

 

 

 

 

 

「―――彼らは互いに身命をなげうち、ここ(18階層)まで辿り着いた勇気ある者達だ。仲良くしろとまでは言わないが、ここで会ったのも何かの縁であると、受け入れてもらえれば嬉しい。それでは、仕切り直して乾杯しようっ!」

 

 『乾杯っ!』と、フィンの声と同時に、【ロキ・ファミリア】の野営地の中心から男女の勢いに乘った声が上がり、続いてがやがやと歓談の声が響き始める。数個の携行用の魔石灯を中心に、輪となって食事をするのは、【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】。そしてそこに急遽加わった新たなる数名。

 

「ねぇねぇっ! アルゴノゥトくんっ! 色々お話ししようよっ!」

「ちょっと、ティオナ」

 

 わいわい、がやがやと盛り上がる中、所在なさげにしているのはベル達保護された三人。固まって出された食事を食べながら、少しずつ緊張を解していたところに、両手に肉を掴んだままのティオナが乱入してきた。 

 その後ろから姉のティオネが止めようと手を伸ばすも、ティオナがベルの背中へ抱きつくようにして身体を当てるのが早かった。

 両手が肉で塞がっているからか、ティオナは恥ずかしがる様子も見せずに、その肌も露な姿で張り付くようにベルの背中に身体をあずけていた。

 

「あ、あのあの―――」

「あ~っもう、ごめんね。この馬鹿は連れてくから、気にしないで」

 

 突然感じる服越しでも分かる程の女の高い体温と、柔らかな感触に、一気に顔を赤く染め上げたベルがパニックに陥いり混乱も露にしていると、再度手を伸ばしてきたティオネの手がティオナの首根っこを掴むと、ひょいとばかりにその身体を持ち上げた。

 

「わっ、ティオネったら何するのっ!?」

「い、い、か、らっ。少しは気にしなさいよあんたはっ!」

 

 首を捕まれ持ち上げられたティオナが、ぶらぶらと身体と肉を握る両手を振り回しながら抗議の声を上げるが、ティオネが顔を寄せながら低い声で言いつのると不満気な顔をしながらも大人しくダラリと力を抜き抵抗をやめた。

 大人しくなったティオナの姿に、ため息をついたティオネは、どうしたらいいのかわからず呆然としている様子のベルに誤魔化すように小さく笑みを返すと、そのまま去っていってしまう。

 

「え、えっと……」

「むぅ~ベル様っ」

 

 人一人を子猫のように掴み上げながら去っていくティオネの背中を思わず追っていたベルであったが、横からのじっとりするような視線と低いうなり声に肩をびくりと震わせると慌てて視線を向ける。

 

「え? ちょ、ちょっとリリ、何でそんなに怒って」

「怒ってませんよ。ええ、リリは何も怒っていません」

 

 視線を向ければ、そこにはぷくりと頬を膨らませたリリが嫉妬の炎を揺らめかせた目をベルへと向けていた。

 理由はわからないが、何やら怒っていると感じたベルが、頬をひきつらせながら首を傾げていると、対するリリは膨らませていた頬を戻すと、()()()()とした笑みを返してきた。

 

「いやいや、怒ってるよね。ねぇヴェル、フ……?」

「……」

 

 笑みと言うにはあまりにも固く禍々しいそれに、ベルが逃げるようにもう一人の仲間に助けを求めようとしたところ、そこには眉根に深い皺を刻みながら何やら考え込む様子を見せるヴェルフがいた。

 

「ヴェルフ?」

「あ、ああ? 何だベル?」

 

 思わず横で自分に笑みを向けている(怒っている)リリの事を忘れ声を掛けたベルの声に、ヴェルフははっと顔を起こすと、何か誤魔化すような苦笑いを浮かべた顔を向けてきた。

 

「ううん。ヴェルフこそどうかしたの? 何だか難しい顔をしてたけど」

「気にしなくてもいいですよベル様。どうせさっき【ヘファイストス・ファミリア】の人からつつき回されていた事で不貞腐れてるだけですから」

「っ―――そんなんじゃねえよ」

 

 心配気にヴェルフを尋ねるベルの言葉に、浮かべていた笑みを皮肉げなモノに変えたリリが、目を細めながら鼻を鳴らし揶揄するように言葉を放つ。

 挑発するようなその言葉に、思わずヴェルフが反発するように声を返すが、即座に自分を見るリリの目に宿るものに気付き、引っかけられたと口許を苦々しく歪める。

 

「なら、何だって言うんですか?」

 

 間抜けが一匹釣れたとにんまりとした笑みを浮かべたリリが、詰め寄るようにヴェルフに言葉を向ける。

 ヴェルフは暫く黙っていたが、やがて自身の頭を乱雑にかきむしるとポツリと呟くように口を開いた。

 

「……様子が変なんだよ」

「様子が変?」

 

 誰の? と視線で問いながら首を傾げるベルに、腕を組みながらヴェルフが視線を少し離れた位置へと向ける。

 ヴェルフの視線に導かれ、リリとベルの視線もそちらへと向けられると、魔石灯の明かりがぎりぎり届くくらいの場所で、一人で胡座を組んで手酌で酒を飲む女の姿があった。

 

「ああ、ほら、そこで一人で酒飲んでる奴がいるだろ」

「えっと―――ああ、あの眼帯をした女の人?」

 

 声を掛けても届かない距離ではあるが、顔立ちや服装を確認するだけならば問題はなかった。

 ベルの言葉に、ヴェルフは頷きを返す。

 

「ああ、うちの―――【ヘファイストス・ファミリア】の団長なんだがよ。何か様子が変なんだ」

「様子が変って、ただお酒を一人で飲んでるだけじゃないですか? 何が変なんですか?」

 

 くぴくぴと両手でカップを掴みながら、中に入っている甘い飲み物を喉に流し込みながら尋ねるリリに向かって、ヴェルフがぴしりと指を差して頷く。

 

「そこだよ。一人で黙って酒飲んでる時点でおかしいんだよ」

「? どういうこと?」

 

 ベルとリリが顔を見合わせて首を傾げ合うと、代表するようにベルがヴェルフに続きを促す。

 

「うちの団長は、こう言う時はうっとうしく絡んでくるんだよ。それにあんな風に黙って黙々と酒を飲むんじゃなく、あっちにいる奴等みたいに、何時もは騒いで飲んでんだ」

「それが本当なら、確かに変だね」

 

 ヴェルフが『あっちに』と視線を向けた先では、何やらわっと声を上げて騒いでる集団が見える。

 がやがやとした賑やかさは、その集団が囲む魔石灯の明かりも相まって、とても暖かそうな雰囲気を感じられるが、それに反して、魔石灯の明かりが十分に届かない位置で一人でお酒を飲んでいる彼女の姿は、酷く寒々しく感じられた。

 

「ただ単に疲れているだけじゃないですか。かなり大変な遠征だったって聞きましたし」

「うちの団長はそんなたまじゃねぇよ」

 

 リリが顎先に指を当てながら、目を覚ましてから耳にした情報を口に出すが、ヴェルフは首を左右に振って否定する。

 彼の知る団長ならば、そういう時こそ人一倍騒がしい筈だと。

 

「そんなに気になるのなら、直接聞いたらどうなんですか?」

「っっ―――それは、まあ、そうなんだが……」

 

 もういっそのこと直接本人から聞けばとのリリの言葉に、しかしヴェルフは色々と事情やら苦手意識等から、どうにも歯切れ悪く言葉を濁すだけ。

 そんな優柔不断な姿を見せるヴェルフに、リリがカップに口をつけながら冷めた目を向けていると、横から聞こえてきたため息と共に呟かれた言葉が耳に入ってきた。

 

「様子が、変、か……」

「ベル様?」

 

 腕を組み、うんうんと唸りながら考え込むヴェルフに向けていた冷めた目をぱっと離すと、リリは隣にいるベルへと顔を向ける。

 そこには何かを考え込むように目を細めるベルの姿があった。

 

「あ、え? 何リリ?」

「いえ、ベル様こそどうかされたんですか?」

 

 ヴェルフの時とは明らかに違う、心配げに顔を曇らせたリリが、身を乗り出しながらベルへと詰め寄っていく。

 

「ち、ちょっと、ね。その、様子が変といったら、そうなんだけど……」

「?」

 

 ぐいぐいと顔を寄せてくるリリから、反射的に身体を反らしながらベルの視線が周囲で宴を楽しむ【ロキ・ファミリア】へと向けられる。

 

「―――【ロキ・ファミリア】の人からの視線が、ちょっと何だか気遣われてるような、そんな感じで……」

「? それの何が変なんですか? 瀕死の状態で担ぎ込まれたんですから、そんなおかしな事とは思えませんが」

「そう、だね」

 

 リリの言葉は確かにその通りである。

 自分達は今でこそ【ロキ・ファミリア】の治療のお陰でこうして無事でいられるが、見つかった際はかなりボロボロだったと聞く。なら、そんな自分達を気遣っているのだろうと思えるが……ベルには何だかそれは違うように感じていた。

 確かに、そういった気遣いは感じられるが、数人―――何か後ろめたいような、そんな雰囲気を……。

 とは言え、それも全て自分の感覚でしかなく、具体的に何かがあるわけでもない。

 小首を傾げながら見上げてくるリリに、何でもないと小さく笑いながらベルが首を振り返す。

 

「うん。気にすることは、ないよね」

 

 そう、自分に言い聞かせるように呟いた瞬間だった。

 

「―――ベル君っ!!」

 

 背後からここで聞こえる筈のない声が響き、背中に衝撃を受けたのは。

 

「えっ?!」

「ベル君っベル君っ! ベル君っ!!」

「わっ、ちょ、え? ま、まさかっ!? か―――神様っ!?」

 

 耳元で何度も呼ばれる自分の声と、先程感じたそれとは明らかに違う背中に感じる柔らかで大きな感触のそれに、今自分の背中に抱きついているのが、誰なのかがわかってしまった。

 

「え? 何で? どうしてここに神様がっ!?」

「ベル君っ! 本当に無事でよかったっ!!」

 

 慌てて立ち上がると、その勢いで手が離れたのか、背中に感じていた暖かさが消えていた。

 直ぐに振り替えると、やはり想像通りの姿がそこにはあった。

 

「本当に―――本当に無事で良かったよ」

 

 大きな瞳を涙で溢れさせながら、それでも満面の笑みを浮かべるヘスティアの姿に、ベルは頭に渦巻く幾つもの疑問を一時全て捨て去ると、同じように笑みを浮かべ大きく頭を下げてみせた。

 

「あ―――……はい、何だか凄く心配をかけてしまったみたいで、その、ごめんなさい」

「っ―――君までいなくなってしまったら―――ボクは―――」

 

 頭を下げたお陰で、ヘスティアの足元しか見えなくなったベルの頭上に、ぽつりと小さな形にならない言葉が触れる。

 感じた言葉に込められた悲しみに、ベルが思わず顔を上げると戸惑った視線をヘスティアに向けた。

 

「神様?」

「―――っぁ、な、何でもないよっ! うん、本当に無事で良かった」

 

 ベルの声と視線に一瞬口許に手を寄せたヘスティアだったが、直ぐに両手を左右に振ると、誤魔化すように勢いよくうんうんと頭を上下に振って頷き始めた。

 ヘスティアのそんな様子に、疑問を感じながらも、ベルはまず最初に聞くべき事を聞かなければと口を開く。

 

「は、はい。でも、どうしてここに神様が、一体どうして―――と、言うよりもどうやって?」

「ああ、それはね―――」

 

 ベルの疑問に、ヘスティアの視線が後ろへと向けられるが、それよりも先に、覆面を被った冒険者が声を掛けてきた。

 

「無事でしたか、クラネルさん」

「え? あっ―――だ、誰ですかっ―――てリューさんっ?! な、何でっ!?」

 

 声を掛けてきた覆面の冒険者が誰か分からず戸惑うベルの傍に、すっと近付いてきたその冒険者が、顔を隠すケープを僅かにずらして見せる。

 微かに見えたそこに、『豊穣の女主人』のウエイトレスの姿を見たベルが驚愕の声を上げた。

 

「とある神に依頼されて。相手()は気に入りませんでしたが、内容が内容でしたのでここまでの護衛に」

「それは―――」

 

 ベルの視線が自然と下へ―――ヘスティアへと向けられる。

 

「ん~、彼女に依頼したのはボクじゃないよ。それは―――」

 

 ベルの視線(答え)に首を左右に振って応えたヘスティアは、正解は、と視線を何時の間にか【ロキ・ファミリア】団長のフィンと何やら話している一団へと向ける。

 ヘスティアの視線に気付いたのか、その一段から一人の優男が、軽やかな動きでベル達の元へと歩いてきた。

 

「やぁ、君がベル・クラネルだね。始めまして。オレの名はヘルメス。そこにいる彼女の【ファミリア】の主神で、君の神様の心友(マブダチ)だよ」

「あ、はい……その、ありがとうございました」

 

 ベルの目の前まで来たその男は、目を細目ながらにっこりと笑い手を伸ばしてきた。

 反射的に手を取ったベルが、お礼の言葉を向けるが、手を離したヘルメスと名乗った神は両手を激しく左右に振ると、顎をくいっと背後で【ロキ・ファミリア】の幹部と何やら話し込んでいる眼鏡を掛けた女性達を示した。

 

「いやいや、お礼はオレじゃなくて、そこの子や、後ろにいる他の子供達に言ってくれ。オレはただ付いてきただけだからね」

「は、はい。それじゃあ―――」

 

 ヘルメスの言葉にベルは頷くと、お礼を言うためにリリとヴェルフ、そしてヘスティアを連れて小走りでその集団へと向かっていく。

 覆面をした冒険者の姿は、いつの間にかなく。

 その場にはヘルメスだけが取り残されていた。

 ヘルメスは、小さくなっていくベルの背中をじっと、何かを確かめるように、値踏みでもするかのような目で見つめながら、口許に小さな笑みを浮かべた。 

 

「そうか……あれが、ベル・クラネル、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、一応確認させてもらいますが、神ヘルメス。あなた方がここ―――18階層までやって来たのは、ベル・クラネル一行を救出するため、ということでよろしいでしょうか」

 

 【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディナムの形だけの笑みと共に向けられた言葉に、その正面に立つ【ヘルメス・ファミリア】の主神たる優男の神ヘルメスが笑みを―――胡散臭い笑みを返して頷いて見せる。

 

 宴の最中、哨戒していた団員が連れてきたのは、行方不明となったベル一行を救出に来たと言う【ヘルメス・ファミリア】の団長が率いる一団だった。ここ18階層に辿り着いた彼らは、直ぐ近くに【ロキ・ファミリア】が野営している事を知ると、一応という考えで連絡を取ったのだが、そこには何と探していたベル一行の姿が。

 思いがけず目的を達成した彼らは、ヘスティアとベルの感動の再会が一段落すると、今後について【ロキ・ファミリア】と本営の天幕において話し合うこととなった。

 広々としたその天幕の中には、現在【ロキ・ファミリア】のフィンを始めとした最高幹部3人に加え、アイズと話し合いの結果を他の団員に伝達するための要員であり幹部の端くれでもある(都合の良い者として)ラウルがいた。

 他の今ここにいないベート以外の幹部であるティオネとティオナは、団長の指示で、ここにいないベル達と他の救出に来た者達の近くにいた。

 そして【ロキ・ファミリア】以外には、救出部隊を率いていた【ヘルメス・ファミリア】の団長であるアスフィとその主神であるヘルメスに加え、当事者である【ヘスティア・ファミリア】からは主神たるヘスティアただ一柱の姿があった。

 他の三人であり、行方不明となっていた当事者であるベル達三人は、現在他の天幕で、ティオナとティオネの立ち会いの下、救出部隊の中にいた、自分達が危機に陥った原因である【タケミカヅチ・ファミリア】の一団と話し合っている。

 死にかけた者と、その要因となった者達がいて、何も起きないと考えるほど、呆けていないヘスティアだったが、ベルに対する信頼と、出来ればベルに聞かせたくない事があることから、ただ一人押し掛けるようにしてこの場(本営の天幕)にいた。

 そして今、救出部隊を代表するように前に出ていたヘルメスの後ろに立つヘスティアは、互いに形だけの笑みを向け合う二人に『うへぇ』と内心舌を出しながらも黙って様子を伺っていた。

 

「ああ、その通りだ。ヘスティアが足元にすがり付いて『なんでもしますからぁ~』何て言われればねぇ」

「なっ!? そ、そんな事一言も言っていないぞっ!!?」

 

 一歩下がった場所で傍観していたヘスティアだったが、ヘルメスが自分の体を抱き締めながらくねくねと体を揺らして似ていない声真似をするのを見ると、動物のように髪の毛を逆立てながら抗議の声を張り上げる。

 

「あっはっはっ。ジョークだよジョーク……うん、だからアスフィ。その手を下ろしてもらえれば嬉しいのだが」

 

 『ふしゃー』と威嚇するヘスティアを両手でまあまあと宥めていたヘルメスだったが、凍えるような視線と背筋に走る悪寒に、その発生源へと恐る恐ると視線を向けると、引きつった顔で懐から取り出した何かの柄を握りしめるアスフィに真剣な声を向けた。

 

「真面目にしてください」

「はい」

 

 ピシャリと叱りつけるように言ったアスフィに対し、ペコリと頭を下げるヘルメス。

 三文芝居のようなそれが終わるのを見て、フィンが仕切り直すように声を上げる。

 

「で、よろしいですか?」

「はい、どうぞ」

 

 にっこりとお先にどうぞとばかりに笑って手を差し出すヘルメスに、小さく鼻を鳴らしながらフィンがここに集まった理由を尋ねる。

 

「……事情は今聞きましたが、交渉がしたいとは?」

「ああ、何、簡単な事だよ。少しばかりここ(ロキ・ファミリアの野営地)に滞在する許可をもらいたいだけだ。それと、できれば君たちが出発する際、オレ達も同行させてもらえれば、とね」

「……それだけですか」

 

 それだけではないだろうと、フィンが無言で目で訴えかけると、ヘルメスは肩を竦め後ろに立つヘスティアに振り返った。

 

「まあ、他にも用があったんだが……」

「……神ヘスティア」

 

 ヘルメスの視線を追いかけ、ヘスティアと顔を見合わせたフィンが、一瞬何か口ごもるように口元を動かしたが、直ぐにそれを誤魔化すように尋ねた。

 

「何だい?」

「あなたも、何か用が」

「ああ……直接聞きたい事があってね」

 

 フィンの問いかけに、ヘスティアは一歩前に出る。

 それに合わせるようにヘルメスは二歩ほど後ろに下がると、一番前へ出たヘスティアがフィンと向き合う形となった。

 

「それは―――」

「シロ君の事だよ」

「「「―――っっ!?」」」

 

 ヘスティアの聞きたいことが何かと、聞く前に、遮るようにして彼女の口から言葉が吐き出された。

 何も荒げた声でも怒りがこもったようなものでもない、普通のその声に、その場にいた【ロキ・ファミリア】の何人かが怯えたようにびくりと体を震わせた。

 それにヘルメスやアスフィも気付いていたが、ヘスティアが言及せずにそのまま話を続けたことから、気になりはしたが口を挟むことなく話しに耳を傾けた。

 

「ギルドから報告は受けた。情報の提供者は君達【ロキ・ファミリア】だってね」

「……っ」

 

 ヘスティアがこの場にいて、自分達に聞きたいことがあるといった時点で、フィンには何を聞かれるかはある程度予想がついていた。

 だから、フィンはヘスティアに予想通りの言葉を受けた際、動揺を顔に表す事はなかった―――が、それを押さえる事の出来ない者も、その場にはいた。

 

「―――ごめんなさいっ!」

「え?」

 

 フィンの背後から、アイズが一歩前に出ると勢いよく頭を下げて謝ってきた。

 勢いよく広がった金髪が、下げた頭を通り越し床へと流れていく。

 突然の謝罪に、ヘスティアが目を瞬いている間も、頭を下げたままのアイズは言葉を喉につっかえさせながらも、何とか何かを伝えようとする。

 

「わた―――私が全部―――」

「アイズっ!!」

「―――っ!?」

 

 しかし、それがはっきりと形となる前に、フィンが遮るように言葉を発した。

 びくりと肩を揺らし、ゆっくりと体を起こして顔を向けてくるアイズを、フィンは厳しく細めた目で睨み付ける。

 

「黙っていろ。君には口を出していいと許可は出していない」

「っ―――でもフィンっ!?」

「いいから―――口を挟むな」

 

 フィンの言葉に、尚も言いつのろうとするアイズだったが、それを封じるようなきつい言葉に言いかけて開きかけていた口をゆっくりと閉じると、そのまま天幕の端まで歩いていってしまった。

 

「へぇ。随分と()()()()()()。【勇者(ブレイバー)】」

「ええ、色々とありまして」

「ほう、()()と、ねぇ……」

 

 にやにやとした笑みを浮かべ覗き込むようにして見てくるヘルメスへと視線を向けることのないフィン。ヘルメスはそんなフィンの様子に、不快気な様子を見せるのではなく、興味深そうに頷きを返した。

 そうして顎に手を当てながら、何やら考え込み始めたヘルメスに、しかしヘスティアがじろりと後ろ視線だけを向けて釘を刺す。

 

「っと、ああ、ごめんごめん。確かに今は君の番だ。オレは黙って下がっておくよ」

「はぁ……で、いいかな?」

 

 ヘスティアの低い平坦な声に、ヘルメスは両手を振りながら文字通り後ろへと数歩下がって見せる。

 ごめんごめんと口にしながらも、軽いその口調に若干の苛立ちを感じるも、それを振りきるように一度目を閉じたヘスティアが、フィンへと言葉を向ける。

 

「……話せない事もありますが」

「わかってるよ。だけど、そこを曲げてお願いだ。どうか、教えてほしい。シロ君について少しでも何かがあれば―――」

「っ―――神ヘスティア! 頭を上げてくださいっ!? っはぁ……わかりました。可能な範囲までなら」

 

 ヘスティアのお願いに、難しい顔を返すフィンであったが、言葉と共に頭を下げるのを見て思わず慌てて声をかけてしまう。神が頭を下げる姿は、特定の神を除けば別に珍しい姿ではないが、やはりふざけた様子もなく真剣な姿をした神に頭を下げられればフィンであっても心中穏やかではいられなかった。

 

「っ、あ、ありがとう」

「いえ。こちらも彼には借りがありますので」

 

 フィンの譲歩を出すような言葉に、ヘスティアが喜色を浮かべるが、顔を上げた先にあったのは、後ろめたさと罪悪感が入り交じったような表情だった。

 『勇者(ブレイバー)』という二つ名に似合わないその顔と、そして彼が口にした言葉の意味が分からず、ヘスティアは知らず問いかけていた。

 

「借り?」

「……神ヘルメス」

「何だい?」

 

 しかし、フィンはヘスティアの疑問に答えることはせず、その背後にいるヘルメスへと視線を向けていた。

 

「少し離れていてもらっても」

「んん? どうして?」

「今から話すのは神ヘスティアの【ファミリア】の事。部外者に聞かせることではありませんので」

 

 それは半分本当で半分は嘘。

 今から話そうとするものは、本来はヘスティアにも伝えずにおこうと考えていた事であった。

 内容が内容なだけに出来るだけ話す相手は少ない方が良い。

 他のファミリアの事であると言えば、大体のものは遠慮するし、自分の眷属の情報を出来るだけ知られたくないと考える神は多いことから、そう言えばヘスティアからもここから出ていくように言ってくれるかもしれないとのフィンの判断であったが、それが裏目に出てしまった。

 

「いや、構わないよ」

「神ヘスティア」

 

 フィンの期待を裏切るように、ヘスティアが何処か苦い顔をしながらもその提案に首を横に振った。 

 

「癪だけど、本当に気に入らないけど、こいつの知恵はばかにならないし、それにどういうことになったとしても、力を借りると思うからね。一緒で構わないよ」

「あなたがそう言うのならば……」

 

 ヘスティアとフィンの視線を向けられたヘルメスは、へらへらとした笑みを返しながら手を振って見せている。

 からかうようなその様子に、誰かが口を挟むよりも早く、その背後から神の後頭部を勢いよく叩いたアスフィが、主神の代わりに勢いよく頭を下げてきた。

 

「神ヘスティア。ギルドから話を聞いたと言いましたが、どのような話を聞きましたか?」

 

 床に突っ伏したヘルメスに若干の溜飲を下ろしたフィンが、改めてヘスティアに向き直ると、彼女がどれだけ状況を確かめてみる。

 

「どうって……シロ君が17階層の階層主―――生まれ落ちたばかりのゴライアスに運悪く接触。暴れるゴライアスが空けた穴に落下して行方不明になったと……違うのかい?」

 

 首を捻りながらも、ギルドから伝えられた報告を思い出しながら口を開いたヘスティアは、フィンへと同意を求めるが、それは顔を横に振られることで否定された。

 

「はい。穴に落ちて行方不明というのは確かですが、正確には違います」

「?」

 

 行方不明という点が確かならば、それでは何が違うのだと疑問符を浮かべるヘスティアに、覚悟を決めるように一度目を閉じたフィンが、その瞼と共に口も同時に開いた。

 

「彼は【フレイヤ・ファミリア】団長―――【猛者(オッタル)】との戦闘の最中。戦いに耐えきれず崩壊した地面と共に落下しました」

「え?」

「―――ちょっと待ってくれ。【猛者(オッタル)】だって?」

 

 ()()()()()()()()という言葉を、確かにヘスティアの耳は受け止めた。

 オッタルという男の事については、地上に降りてまだ間もないヘスティアでも知っている。

 都市最強との呼び声高い【フレイヤ・ファミリア】の団長。

 しかし、そんな男とシロがどうして関わっているのか?

 そもそも戦いとは一体?

 混乱するヘスティアの頭では、それ(オッタル)が何を示しているのかということすら判断することができなくなり、ただ疑問の声を上げるしかできないでいた。

 そんな混乱真っ只中のヘスティアを後ろから、先程まで浮かべていた笑みを掻き消したヘルメスがフィンへと確認のための言葉を向けた。

 

「はい。あの【フレイヤ・ファミリア】の、です」

「どういうことだい……」

 

 ヘルメスの言葉に、フィンが頷いて肯定を示すと、ようやく我に返ったヘスティアが、未だに動揺が残る心を静めるように胸を押さえながら深呼吸をしながら詳細を求めて視線だけを向けた。

 

「オッタルとシロが何故、戦っていたのか。その理由まではわかりません。ただ、偶然居合わせたこちらの団員がそれを目撃しています」

「いや、だから待ってくれ。オッタルと戦っていただって? まてまて、()()()()()()()()()()()

「な、なんだいヘルメス?」

 

 ヘスティアの続きを促す視線に応え、フィンが続きを話し始めるが、無視される形となったヘルメスが慌てて体と手を伸ばしてきて話の流れを止めようとする。

 突然フィンとの間に割り込んできたヘルメスに、ヘスティアが戸惑いながらも用事を尋ねる。と、厳しい眼差しを向けてきたヘルメスが、ヘスティアのその豊満な胸元へと指を突きつける。

 

「いいかヘスティア。君はまだ地上に来てからまだ間もないからわかっていないが、オッタルは―――レベル7というのは言葉の通り他の冒険者とは次元が違う強さを持っている」

「む、ぅ……そんなのわかってるよ」

 

 唐突に始まったヘルメスによる説明に若干頬をひきつらせながらも、無理矢理話を中断させずに、ヘスティアは黙って聞いていた。

 話の邪魔ではあるが、ヘルメスの言っていることは間違いではない。

 確かにヘスティアは地上に降りてまだ幾ばくも時間は過ぎてはおらず、レベルの差と言うものがどういうモノなのかは、本当の意味で理解しているとは言いがたかったからである。

 

「いや、わかっていない。いいか、ヘスティア。彼らのようなレベル6に至った者達ならば兎も角、レベル5どころか1でしかない冒険者では、文字通り()()()()()()()()()()()()

「それは、どういう……」

 

 ヘルメスの言う『戦いにすらならない』という意味が、ヘスティアにはピンと来ることはなかった。

 確かにレベルが一つ違うだけで大人と子供ほどの力の差が出来るのは知ってはいたが、レベル7となればまた違うのだろうかと、内心首を捻るヘスティア。

 

「言った通りさ。こちらの攻撃は一切通じないのに、相手の攻撃はかすっただけでも、いや、かすらなくても衝撃だけで倒されてしまう。戦うどころか近づく事すらできない。文字通り戦いになんてならない筈だ」

 

 まだ納得していない雰囲気のヘスティアに、ヘルメスは過去に見たその領域に至った英雄の姿を思い出しながら、その強さの片鱗を言葉にする。

 そう、本当にレベル7とはそれほどまでに常識から外れた存在なのだ。

 そんな存在と、ただのレベル1の冒険者が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と断定する。

 

「……ええ、それについては同意しますよ神ヘルメス」

「なら―――」

 

 ヘスティアに説明するヘルメスの言葉に、保証するようにフィンが首を縦に振る。その姿に、ヘルメスがフィンに対し、ならば一体どう言うことだと聞こうとするも、それよりも早くヘスティアに向き直ったフィンがちらりと視線を腕を組んだ格好でフィンの直ぐ傍に立つドワーフの男―――ガレスへと向けた。

 

「僕も直接見てはいないので、それについては目撃した本人から聞いた方がいいでしょう」

「なんだ、儂に話せと言うのか」

 

 フィンが渋るガレスに両手を会わせて頭を下げる。ガレスは顔中に皺を寄せ集めて、厳しい顔をするも、頭を下げ続けているフィンの姿に、喉元まで上がりかけていた忌避の言葉を飲み込んで占めた。

 

「言いたいことはわかるけど、頼むよ。直接目にした者からの言葉なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ふんっ、面倒な」

 

 神ならではの方法で確かめるのならば、それならば確かに現場にいたガレスが口にした方が良い。

 それはガレスもわかっているから、渋々といった様子でヘスティアとヘルメスに目を向けた後、頭を掻きながら自嘲染みた笑みを口許へと浮かべた。

 

「儂はフィンのように口が上手いわけではないからの。聞き苦しいところは我慢してもらいたい」

「大丈夫だよ」

「ああ、オレも構わない」

 

 ヘスティアとヘルメスの了解を取ると、ガレスは組んでいた腕をほどくと、頭を掻きながら一歩前へと出ると話し始めた。

 

「ふぅ……先程も話にでていたが、レベル7が相手では、低レベルの者では戦いにすらならないとな。それは確かに真実だ。儂もそう思う。事実、オッタルと(シロ)との戦いは一方的で、オッタルに攻撃は一切通じず、なのに一発でもかすったとしてもそこで終わるような、そんな蹂躙のような戦いだった」

「―――っ」

 

 淡々とした口調で話されるガレスの話は、見たものをそのまま口にしているといった様子であった。

 特に声を荒げたり緩急をつけたりと工夫したものはなく、しかし、だからこそ真実味を感じさせる一種の凄みのようなものが感じられるものであった。

 そんなガレスの話を耳に、先程のヘルメスの言葉通りの状況を脳裏に浮かべてしまったヘスティアは、シロが追い詰められていく様子を想像し思わず息を飲む。

 

「だが、それも途中までの話」

「……何かあったのかい?」

 

 しかし、追い込まれたシロの姿を夢想したヘスティアが、思わず喉を鳴らしたその時、淀みなく話していたガレスの声が一瞬躊躇うようにぶれたことに気付いた。

 

「うむ。戦いの最中(さなか)、奴が追い込まれ、オッタルが止めを刺そうとしたところだったな。奴を中心に黄金の柱が立ち上った」

「「―――っ!!?」」

 

 ―――黄金の柱。

 その言葉を聞いた瞬間、二柱の神がその体を動揺に揺らした。

 それには、覚えがあった。

 いや、ヘスティアやヘルメスだけではない。

 このオラリオ―――いや、きっと世界中の神が、あの時黄金の光が空に昇ったのを見ただろう。

 神々の送還にも似たあの光の柱が、それではないことに、他ならぬ神達は知っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と。 

 具体的に何がどう違うのかは分からない。

 それどころか何もかもが分からないのだから。

 ガレスの言葉に動揺する二柱の神。

 ヘスティアは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、内心そうではないかと考えながらも、確信に至っていなかったことが確信に変わるも、やはりそれ(黄金の柱)がシロと関わりがあったことに動揺は隠せず。

 そして、もう一柱の神であるヘルメスは、以前見た謎の黄金の柱が、ヘスティアのファミリアの関係者が係わっていたことに単純に驚いていた。 

 二柱の神が、それぞれの立場や考えで、あの日立ち上った黄金の光の柱について考えている間も、ガレスの話しは続く。

 

「そんなに長い間ではなかったが、その光の中から次に現れた奴は、最早別人となっていた」

「別、人?」

 

 ガレスの口にした別人という言葉に、ヘスティアが戸惑う様子を見せる。

 

「何も顔や身体が変わったわけではない。いや―――オッタルに負わされていた傷が消え、ボロボロの服が何か甲冑めいた服には変わっていたが、それ以外には何か特別に変わった所はなかった」

「じゃあ、何が……」

 

 続きを―――具体的な()()を知るため問うヘスティアに、ガレスは腕を組むと当時を思い返すかのように目を閉じた。

 

「具体的に何が、とは言えんが、何が、と言われればそれは―――『強さ』だ」

「強さ?」

 

 別人と感じるような『強さ』―――それは別に珍しい事ではない筈である。

 特にこの都市(オラリオ)では、日々レベルアップ(別人のような強さを手に入れる)する者がいるのだから。

 そんなことは、長く冒険者をしているガレスが分からない筈がない。

 なら、そんなガレスでさえ―――『別人』とまで感じた『強さ』とは一体―――。 

 

「強さの桁が、一つ、いや二つほどまで上がっていたように感じたな。いや、違う……あれはただ単純な速さや力といったものではなかった。剣の振り、身体の動き、どれもこれもが別人のように洗練されて……」

 

 閉じられていたガレスの目が開かれた瞳には、ヘスティアやヘルメス等の己を見つめてくる神の姿は映ってはおらず、あの時―――都市最強と渡り合っていた男の魅せた剣の煌めきが映っていた。

 

「元より達人のような動きを見せていたが、それすら甘く思えるほどに、突き詰めた動きに変わった。わからんのが、アレ(あの強さ)は単純にステータスが上がっただけでは手に入らない、経験を積み重ねた上でしか得られないだろう、そんなモノ(技術)の筈なものなのだが」

 

 そう、それ故に()()と称したのだ。

 新たなスキルや魔法の取得がなければ、レベルアップとは単純な身体能力の向上でしかない。

 しかし、あの時、あの男(シロ)が見せた『強さ』は、単純なそれとは明らかに違うものであった。

 一つ一つ丁寧に重ね、時には削り―――長い時を経て漸く手に入れられる―――そういった種類の『強さ』。

 だからこそ、わからない。

 

「……それで、オッタルと同格の強さにまでなったと?」

 

 レベルアップによる強さとは違う『強さ』。

 その力であのオッタル(最強)と渡り合えたのか、とのヘルメスの言葉に、ガレスは違うと首を横に振る。

 

「いや、確かに強くはなった。目を疑う程にな。だが、知っておるだろう。あれ(オッタル)の強さを。都市最強の呼び声は業腹だが真実だ。そう簡単に手が届くような頂ではない」

「それじゃあ……」

 

 ガレスの言葉には、無言のままのヘルメスも同意する。

 オッタルの戦う姿は、実際に自分の目で見たのは数えるほどであるが、それでも十分だった。

 一度見ただけでもわかる。

 あの男の強さが。

 それはガレスもまた同じ筈である。

 なのに、ガレスはそんなオッタル(最強)シロ(最弱)が渡り合ったと言う。

 ますます深まる謎に、続きを促すヘルメスの言葉に、ガレスはポツリと呟くような小さな声でその正体(渡り合えた理由)を告げた。

 

「……剣」

「え?」

 

 それは誰が口にしたのか。

 ヘスティアか、それともヘルメスか。

 出された答えの真意が分からず漏れたその声に、応えるようにガレスが続きを口にする。

 

「奴が振るった剣が、彼我の差を覆しおった」

「剣だって?」

 

 はっきりと疑問を口にしたのはヘスティアであった。

 ヘスティアの脳裏に、シロが腰に差している双剣の姿が浮かび、その来歴を思い返す。

 そして直ぐに思い出す、それがシロ自身が打ち上げた剣であったことを。

 ヘファイストス曰く中々の逸品だと聞いたが、それでも()()でしかない。

 レベル7という桁違いの化け物との差を覆させる事が出来るほどの力はない筈であった。

 

「オッタルの耐久は異常よ。下手な武器処か、生中なモンスターの攻撃すらまともに通じん。だが、あの男(シロ)の振るった剣は、そんなあ奴(オッタル)の身体をモノともせずに切り裂いておった」

「そんな馬鹿な……」

「嘘だと思うか?」

 

 思わずヘルメスの口から否定の言葉が出てしまう。

 それもそうだろう。

 元々規格外の耐久を誇っていたオッタルが、レベル7に至った結果。その耐久は上級の防具にも優るまでになっていた。

 そんな身体を切り裂くなど、信じられる筈がない。

 しかし―――。

 

「……いや、君は嘘は言ってはいない」

「ふん。この目で確と見たものよ。奴の振るう双剣が、オッタルの身体を切り裂くところをな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 少なくとも、ガレスの言う通り見たのだろう。

 シロが振るう剣がオッタルの身体を切り裂くと言う有り得ない光景を。

 

「そこから先、戦いは激化の一途を辿った。途中、ゴライアスが現れたが、それもオッタルに投げ飛ばされるわ、あ奴(シロ)に両断されるわで直ぐに消えたがな。まるで深層の階層主同士の戦いのようじゃった」

「……」

 

 ゴライアスが投げ飛ばされて両断されるという。ゴライアスと呼ばれるモンスターが17階層の階層主であることはヘスティアも知っているが、どれ程の強さなのかは具体的には知らない。しかし、見上げるほどに巨大な人型のモンスターだと聞いている。それが投げ飛ばされ、両断される―――想像もできないそんな光景を思い浮かべようとするヘスティアだったが、直ぐさま断念するとガレスの話に改めて耳を傾けた。

 どうやら話の流れからして終盤に近付いていると感じたためである。

 

「そして、その最後は聞いている通り。奴等の戦いに耐えられなくなったかのように、ダンジョンの足元が崩壊し、それに巻き込まれる形で二人とも落ちていったと言うところだの」

「―――それが、シロ君を見た最後……」

 

 ギルドからの報告と一致する最後の状況を聞き、ヘスティアが苦しげな表情を浮かべた顔を背けるようにして床へと向けた時、アイズの声が上がった。

 

「っ違い―――」

「アイズッ!?」

 

 ヘスティアの悲しげな様子に耐えきれなかったのか、アイズが反射的に声を上げようとしたが、それは完全に形になる前にフィンによって遮られることとなった。

 続ける言葉を止められたアイズは、しかし納得できないという感情を露にした顔をフィンへと向ける。

 

「ッ―――でもフィンッ!?」

「わかっている」

「ぁ……」

 

 睨み付けるような視線は、しかし、フィンの堅い揺るがない目と言葉に急速に力を失ってしまう。

 そんな二人の様子に、動揺しながらも何かあるのかとヘスティアが疑問を浮かべていると、アイズから顔を離したフィンが改めてヘルメス達へと向かい合う。

 

「どうしたんだい?」

「……はぁ。神ヘスティア、神ヘルメス。これから口にすることは口外無用でよろしいか」

「え、あ、う、うん……」

「……ああ、構わないよ」

 

 改めて口外を禁じるフィンの様子に、何かを感じながらも言葉少なく同意を示すヘスティアとヘルメス。

 二柱からの同意を受けたフィンは、覚悟を決めたように小さく息を吸い込むと、口を開いた。

 

「確かに彼は―――シロは17階層の崩落により行方が不明となりましたが、僕たちはその後、彼ともう一度会うことになりました」

「―――……ッ!!? ―――そ、それはどういうことだいッ!!!?」

「へぇ……」

 

 フィンの言葉を聞いた瞬間、一瞬呆けたように目を見開いたヘスティアだったが、直ぐに飛びかからんばかりの勢いで詰め寄っていく。その後ろでは、口許へと手を当てたヘルメスが何やら考え込むような様子を見せている。

 今にも胸ぐらへと掴みかかりそうなヘスティアを手で制止ながら、フィンは続きを口にした。

 

「そして……彼と次に出会ったのは、深層域―――53階層」

「「は?」」

 

 その続いた言葉を聞いて、掴みかからんとしていたヘスティアだけでなく、何やら考えていたヘルメスも間の抜けた顔と声を見せた。

 

「―――そこで、僕達は彼と再会しました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ? 53階層? あり得ないだろう」

 

 フィンへと伸ばしていた両手を自身の頭へと当てたヘスティアが、うんうんと唸りながら否定の言葉を上げる。 

 だが、しかしフィンの言葉は嘘ではない―――それは神である自分だからそれははっきりと分かった。

 でも、だからこそわからない。

 シロは、レベル1だ。

 オッタルと渡り合えた所で、もうシロがただのレベル1だと考えるのはおかしいとわかるが、それとダンジョンの深層まで潜れるのはまた別である。

 

「ええ、常識的に考えればあり得るはずがありません。ですが、事実です。僕らはそこで、彼と出会い。色々と事情がありますが、共に59階層まで行くことになりました」

「まてまてまてまて。何処から突っ込めばいいのか、突っ込みどころが多すぎてわからん」

 

 流石のヘルメスも、このフィンの衝撃の言葉を冷静に受け止める事が出来なかったのだろう。混乱の度合いを示すように両手を慌ただしく左右に振ってフィンへと訴えかけていた。

 

「気持ちはわかりますよ。ですが、僕が口にする言葉は全て本当であると、他ならぬ自分自身が分かっていますよね」

「っ―――だからと言って」

 

 ヘルメスもヘスティア同様に、フィンが嘘を言っていないことはわかっている。

 でも、だからこそわからない。

 ダンジョンとは、ただ強いだけで挑めるような、そんな生易しい所ではない。

 たとえシロが規格外的な強さを持っていたとしても、ただ『強い』だけでは決してダンジョンの深層へと届く筈がないのだ。

 

「話を続けますが」

「おい」

 

 一旦話を止めろと訴えるヘルメスを無視し、フィンは話を続ける。

 

「結論から言います。詳細は言えませんが、そこで僕たちはある敵と戦う事になりましたが、全滅の可能性が高いと判断。撤退をしましたが、その際、殿を彼が務めたのですが、結果―――」

「―――っ」

 

 またも無視できない情報が耳に入り、ヘルメスが少し強く言ってでも一旦話を止めさせようと口を開いたが、それは次にフィンが口にした言葉により出てくることはなかった。

 

「59階層が崩落する事態に陥り、殿として彼はその場に留まった結果、現在安否不明の状態です」

「っっ~~あーもうっ!!? 何処から何を突っ込めばいいんだっ!!」

「っうるさい黙れっ!!?」

 

 流石に神といえど飲み込むには無理のある情報だったのだろう、ヘルメスは頭を抱えると空を見上げて絶叫する。それに対し、ヘスティアは叩きつけるように床を踏みしめる音と共にヘルメスへ向け怒声を放つ。

 普段とは明らかに違う声色に、ヘルメスは驚いたようにその口と目を丸くすると、フィンを睨み付けるヘスティアへとその目を向けた。

 

「……それじゃあ、なんだい。結局シロ君がどうなっているかはわからないってことかい?」

「はい。ただ……言いにくいことですが、あの場にいた者として、彼の生存は―――」

 

 ヘルメスに向けた怒声とは違い、フィンへと向けた声は無理矢理押し殺したような低く静かなものであった。

 だが、フィンを見つめる瞳には、一目でわかるほど噴火直前のマグマ染みた様相が見てとれていた。

 

「―――ないって言うのかい?」

「……はい」

 

 神威は感じられないが、それでも高レベルの冒険者の心胆を震わせるヘスティアの瞳に見つめられながらも、フィンは目を逸らさず確りと頭を下げ肯定を示した。

 

「……確かに、君の言葉には嘘はないようだね」

「……」

 

 低く、押し潰されたそのヘスティアの言葉からは、怒りも悲しみも感じられなかった。

 しかし、だからと言って無感情なそれではなく。

 逆に、大きすぎてわからないと言った様なものであった。

 広い筈の天幕が狭く感じる程の重圧が感じられる中、ふと、何かに気付いたようにガレスの目元がピクリと動いた。

 

「―――?」

 

 しかし、それを確かめようとするよりも先に、ヘスティアが口を開くのが早かった。

 

「―――でも、僕は信じてるよ。ううん、違うな。信じられるようになった」

「え?」   

 

 先程の激昂は何だったのかと思う程に、ヘスティアのその口調は平静―――いや、穏やかなものとなっていた。

 その落差の激しさに、フィンたちだけでなくヘルメスもまた訝しげな表情を浮かべる。

 幾つもの疑念の視線を受けながら、ヘスティアはうん、と一つ強く頷くと、何の含みも持たない本当の笑顔をその顔に浮かべフィンへと頭を下げた。

 

「ありがとう。正直に話してくれたお陰で、僕も信じることが出来るようになったよ」

「神ヘスティア?」

 

 戸惑うフィンに、顔を上げたヘスティアが確信に満ちた目が向けられる。

 自分の口にした言葉は、どれも絶望的なものであり、本来ならば罵声や悲嘆の声が上がるだろうものが、何故かヘスティアの顔には希望が満ちており、その声には明るかった。

 フィンの思いは、その場にいる者の全員にあり、誰かがその疑問を呈するものと思われた時、ヘスティアがはっきりした―――確信に満ちた言葉が放たれた。

 

「シロ君は生きてる。()()()()()()()

「ヘスティア?」

 

 ヘルメスが疑問に満ちた声でヘスティアの名を呼ぶ。

 先程のフィンの話からは、どう考えても希望を持てるようなものはなかった筈である。

 しかし、生きていると口にしたヘスティアの目には、確かな確信があるように見えた。

 その理由を問おうと、ヘルメスが声を上げようとしたが、それよりも先に踵を返したヘスティアが天幕の入り口へと向かう方が早かった。

 

「聞きたいことや言いたいことは山ほど―――うん、それはもう沢山あるけどやめておくよ」

「おい、何処にいくんだヘスティア」

 

 ヘルメスの呼び掛けに足を止めることなく、ヘスティアは入り口へと向かっていく。 

 

「ベル君達のところだよ。あっちも色々とややこしくなってるかもだからね」

「いいのか? もっと聞きたい事があるんじゃ―――」

「いいんだよ」

 

 返ってきた返事に納得のいかないヘルメスが、尚も呼び止めようとするが、ヘスティアは止まらずとうとう天幕の入り口の目の前まで辿り着いてしまう。

 そして、外へ出ようと手を伸ばしたところで―――。

 

「神ヘスティア」

「―――なんだい?」

 

 フィンがヘスティアへと声を掛けた。

 ヘルメスの時とは違い、ヘスティアの天幕と外を塞ぐ入り口へと伸ばされた手は止まった。

 しかし、ヘスティアはフィンへと振り返ることはなく、背中を向けたまま言葉の続きを待っていた。

 

「一つ、よろしいでしょうか」

「別に構わないけど」

 

 背中を向けたまま、振り返る様子が見られないヘスティアへと向かって、僅かに逡巡した後フィンは口を開き―――彼に―――シロに対しこの場にいる全員。否、彼に関わった事がある者が、一度は胸に抱いた言葉を、彼の主神であるヘスティアへと投げ掛けた。

 

「……彼は―――()()()()()()()()()()()?」

 

 彼と関わった者全員が抱くであろうその最大にして根本的な疑問に対し、ヘスティアは僅かも身体を揺るがすことなく、それどころか、微かに笑みが混じった声をフィンへと返した。

 

「それは、どういう意味だい?」

「彼は、あまりにも()()()()

 

 答えではなく疑問となってきた返事に対し、フィンはシロとのこれまでの出来事を思い返しながら言葉を続ける。

 

「僕はこれまで数多くの人、モンスター、そして神々を見てきました」

 

 若いどころか幼くも見えてはいるが、フィンは歴戦の戦士であり、30歳は優に越えているベテランである。人生の大半をダンジョンで過ごしてきた彼は、世界の中心とまで呼ばれる都市(オラリオ)でも有数の経験を持つ男である。

 常人ならば、人生で一度も遭遇することのない様々な危機を、それこそ数えきれないほどに乗り越えてきた。

 その中には世界三大クエストの一つに、末席とはいえ参加した経験すら持つ。

 しかし、そんな世界中を見渡しても稀有な経験を持つだろうフィンであったとしても、シロという男は未知で溢れていた。 

 

「人の規格を遥かに越えた者を―――人智を嘲笑うかのような想像を越えるモンスターを―――そして、超越者(デウスデア)―――神であるあなた方を」

「……」

「しかし、彼はそのどれとも違った」

 

 人も、魔物も、神も―――多くを見てきた。

 だが、そのどれとも違った。

 何が違うのかと問われれば、具体的な事は言えない―――わからない。

 ただ一つ、そう―――違和感があった。

 

「規格外、異形、埒外―――その何れでもあり何れでもない。明らかに僕らの知る常識から外れている存在。何か僕らの知る常識とは異なるものを芯としているような―――僕らとはまた別の理の中に生きているかのような違和感を、僕は彼に感じています」

「……」

 

 ヘスティアに話しかけながら、フィンは自問自答をしていた。

 何故ここまでシロを気にかけるのか。

 あまりにも怪しいから?

 危機を救ってもらったから?

 その強さの秘密を知りたいから?

 どれも正解であり、どれも間違いのような、はっきりとしない感覚。

 ただ、何が一番近いのかと言われれば、それは―――好奇心、なのかもしれない。

 

「それで、結局君が聞きたいのは何だい?」

 

 ふと、自分の中の答えに辿り着き掛けたフィンの意識を取り戻させたのは、未だに背中を向けたまま動かないヘスティアからの言葉だった。

 聞きたいこと―――それは先程も同じことを口にした。

 だから、言うことも同じ―――。

 

「彼は―――何者なのですか?」

「……シロ君が、何者か、か」

 

 そこで、始めて立ち止まってから微動だにしなかったヘスティアの身体が動いた。

 僅かに上を向き、ゆらりと頭が動く様は、何かを思い起こしているようにも見える。

 

「そんなの、決まっているだろう」

 

 ゆら、ゆらと微かに頭が揺れ、遅れて二つに縛られた長い黒髪が踊るように楽しげに揺れて。

 

「シロ君は、ボクの―――ボクたちの」

 

 そしてヘスティアがぴたりと動きを止めると、名残惜しげに微かに揺れた後、遅れて止まった黒髪は、ゆっくりと肩越しに振り返るヘスティアの顔に浮かんだその感情に合わせるように、天幕を満たす魔石灯の光を反射してきらきらと輝いて。

 

「家族だよ」

 

 そう、口に出来るそのことが、幸せであるかのように、満面の笑みを浮かべてヘスティアは答えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ―――」

 

 夜を示す暗闇の中、一人駆ける者がいた。

 外界の夜にある星や月の明かりがない、僅かに灯った天井の水晶に宿る光はあまりにもか細く。

 光の行く末を妨げる生い茂る木々の枝葉により、森の中は更なる闇が広がっていた。

 時折僅かに覗く、木々の隙間から通る水晶の僅かな明かりの中を、強く、小さく、自身に言い聞かせながら走り続ける者は、まるで止まれば信じたくない事実が目の前に現れるとでも言うかのように走り続けている。

 

「嘘だ――――――」

 

 夜の闇よりも尚も濃い闇の中を走る白い髪を持つ少年―――ベル・クラネルは自身に言い聞かせながら走り続けていた。

 あの時、耳にしてしまった言葉を否定しながら。

 

「あんなの――――――嘘に決まってるっ!!」

 

 それは、【タケミカヅチ・ファミリア】との話し合いが、何とか無事荒れることなく終えることが出来た時であった。恐れていたような争いになるのは、何とか避けることができ、思ったよりも早く話し合いが終わると、ベルは立ち会いをしてくれたティオネ等に、ヘスティアを迎えに行くために、ヘルメス等が今後について話し合っていると言う【ロキ・ファミリア】の本営の天幕の位置を確認した。位置は教えてくれたが、話し合いがまだ終わっていない様子があれば、中には入らないよう注意を受けつつも、付いてこようとするリリ達に直ぐに戻ると断りを入れ、天幕へと向かったベルは、そこで、聞いてしまうことになる。

 

『―――言いにくい―――ですが、彼の生存は』

 

『―――ないって言うのかい』

 

『―――はい』

 

「っ―――ぁ」

 

 天幕へと近付いた時に僅かに漏れ聞こえた。

 フィンとヘスティアの言葉。

 細かいところは聞こえなくとも、それが意味することを察せないほどにベルは愚かではなかった。

 一触即発であった【タケミカヅチ・ファミリア】との話し合いではなく、ヘルメスと共に【ロキ・ファミリア】との話し合いの方へと行くと聞いた時から、何か胸騒ぎは感じていた。

 だから、途切れ途切れであるが、その言葉を聞いた瞬間、それが誰についての事かわかってしまっていた。

 少し前から、もしかして―――という思いがあったが、その考えが浮かぶ度に何度も否定してきた。

 何気なくヘスティアに遠回しに尋ねたこともあったが、いつもはぐらかされてばかりいた。

 その答えを―――耳にしてしまった。

 無理矢理見ない振り、気付かない振りをしていた事実を、神の言葉という現実により破られてしまった。

 その言葉を聞いた後の記憶は、朧気で。

 気付けばベルは、闇に沈んだ森の中を駆けていた。

 周囲に注意を払わず、ただ闇雲に走り続けるベルであるが、何時までも駆け続ける事も出来る筈もなく。

 

「っぐ!?! っあ―――」

 

 土から姿を現していた木の根に足を引っ掻けると、勢い良く身体を地面へと叩きつけられる事でその足を強制的に止めさせられた。

 ごろごろと勢い良く転がっていくベルは、幸いなことに()()()()()()()()()()()へとぶつかって止まることが出来た。

 岩のような、しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、ベルの頭に疑問が浮かぶが、それが答えを導きだした時には既に手遅れであった。

 手をついていた先にあった()()が、ふいにぐらりと揺れると、ゆっくりと()()()()()()()()()

 立ち上がりかけていた身体が、支えを失い尻餅を着いてしまう。

 呆気に取られたように、動き出したそれを見上げる形になったベルの視界に、朧気ながらモンスターの形が浮かび上がる。 

 

「え?」

 

 ここは【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】。

 そう、()()()()()である。

 ダンジョンの中とは思えない美しく、モンスターも積極的には襲ってこない楽園のような場所。

 だが、絶対に襲われないというわけではない。

 時には、何が切っ掛けとなるかは分からないが、モンスターが襲いかかってくる時もある。

 そう、今ベルの目の前に立つモンスターのように。

 

「――――――ぁ」

 

 あまりに突然の事で―――

 

 あまりにも色々なことが起きすぎて―――

 

 信じたくないことや―――

 

 信じられないことが続きすぎて。

 

 ベルは現実感を失っていた。

 だから、目の前で立ち上がったモンスターが牙を向き、襲いかかってくる姿を目にしながらも、まるで夢の中にいるかのように上手く身体が動かせず。

 危機感もあまりにも感じられず、抵抗も出来ずに―――せずに濡れたモンスターの牙を自身の血で赤く染めるのを無抵抗で受け止め――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 だから、今にも自身の身に突き刺さろうとしていた牙が、モンスターの身体と共に灰へと変わった瞬間も。

 

 夜の闇に溶けて消えた灰の向こう側に見えた、宙に浮かぶ白い骸骨を見た時も。

 

 不思議と悲鳴を上げるどころか動揺する事もなく。

 

 その全てを受け止めていた。

 

 いや、受け止めたのではなく、自身の許容量を遥かに越える出来事が続いた結果、あらゆる現実を拒絶していただけなのかもしれない。

 

 そうして、ベルが木々の枝葉の隙間から僅かに差し込む水晶のか細い明かりの中に浮かんだ白い骸骨を見上げていると、不意に男の声が聞こえた。

 

 ―――何故、此処にいる

 

「……―――ぇ」

 

 それが自分に向けられた問い掛けだと気付けたのは、ただ何となく、直感でしかなかった。

 しかし、直ぐに答えられる訳もなく。

 ベルの口から出たのは明確な言葉ではなく、呆けたような声であった。

 

 ―――何故、貴様は此処にいる

 

「な、ぜ……」

 

 ベルの返事とも言えないその声を無視し、その白い髑髏はもう一度同じ言葉を向けてくる。

 外界の夜よりもなお暗い、モンスターが忍ぶ森の中。

 闇に浮かぶ髑髏からの問いかけ。

 正気を失うには十分な現実とは思えない光景。

 しかし、ベルの意思は失われる事はなく、何処かぼんやりとしたその視線を浮かぶ白い髑髏へと焦点の定まらない目を向けていた。

 最初から、森の中を駆けていたときから―――いいや。

 あの天幕の前で、フィンとヘスティアの言葉を聞いた瞬間から、ベルにとっての現実感は失われていた。

 だから、今この瞬間。

 悪夢のような現実は現実ではなく、また夢でもなく。

 あやふやな境界の上にベルの意識はあった。

 だからこそ、ベルは常時であれば浮かぶ幾つもの疑問を口にすることなく、何処かふわふわとした心地のまま、髑髏からの問いに答えていた。

 

「それ、は」

 

 髑髏からの問いかけに導かれるかのように、ベルの目にここにいない誰かの姿が―――死の間際を救ってくれた金色の背中と、何時も自分を導いてくれるように先を歩いていた赤い背中が浮かび上がり。

 自然と、その言葉が口から溢れる。

 

「―――強く、なりたい、から?」

 

 ―――何故、なりたい

 

 憧れて、でも遠いその背中。

 少しでも近付きたい。

 そのための強さがほしい。

 そうして、何時の日か――― 

 

「あの人、たちみたいに、なりたいから……」

 

 ―――何故

 

 声は、ベルの望みの更に深い場所へと手を伸ばす。

 ベルの瞳に浮かぶ二つの背中が薄れていき、遠い―――昔の記憶へと向かっていく。

 ここへ―――世界の中心である迷宮都市(オラリオ)へと向かう切っ掛けとなった源流へと。 

 

「―――つよ、く……強い―――あの人たちみたいに……英雄みたいに……」

 

 ―――何故、なりたい

 

 何故?

 何故、だって?

 始まりは、きっとそれは―――

 

「―――もの、がたり……」

 

 ―――……

 

 思い出すのは、夜、眠りにつく前に語ってくれた幾つもの物語。

 英雄たちの物語。

 

「おじいちゃんが、おしえてくれた……」

 

 ゆらゆらと揺れる安楽椅子に揺られながら、暖炉の火を明かりに語ってくれた様々な英雄たちのお話。

 悲劇も。

 喜劇も。

 幸福な終わりの。

 報われない終わりの。

 様々な物語。

 まるでその目で見てきたかのように、おじいちゃんが話してくれた物語で語られる英雄たちは生き生きとしていて。

 

「よる―――ほしをみながら―――……おしえてくれた、えいゆうのものがたり……」

 

 窓からのぞく星々の輝きと共に思い返される数多の物語。 

 まるで星のようだと思って思わず口にした時は、笑われてしまうかも思ったけれど、おじいちゃんはただ優しく笑って。

 

「よるの、ほしのように……きらきらした……えいゆうの、おはなし……」

 

 夜の闇の中、それを切り裂くように、導のように輝く星のような英雄の物語。

 

「ぼくは……それに……あこがれて」

 

 昔々の英雄たちのお話。

 でも、それは今にも続く物語でもあり。

 その中心である迷宮都市(オラリオ)に行くと決めたとき、自分もその中の登場人物になれるかもしれないという淡い思いもあって。

 そうして、やってきたここで、僕は出会った。

 神様と、英雄に。

 

「そんなひとたちを……ここで……であって……」

 

 夢は憧れに、手の届かない夢幻から、目の前にある現実へと変わり。

 何時しか抱くよういなったものは――― 

 

「だから……ぼくも……あのひとたちみたいな……えいゆうに……―――」

 

 おじいちゃんが話してくれた、あの英雄たちみたいに―――何時か、僕も―――

 

 

 ―――成れん

 

 

「―――ぁ」

 

 しかし、ベルのその希望と憧れに満ちた声は、冷静で冷徹な白い髑髏から発せられた言葉により切り落とされた。

 ただ一言の、声を荒らげもしない、静かとも言えるその言葉に、しかしすとん、と力なくベルの声からは力が失われた。

 

 ―――貴様は、成れはしない

 

 寒さに凍えるかのように、ベルの身体が震えていた。

 かたかたと小さく震えるベルへと、中空に浮かぶ髑髏が少しずつ近づいていく。

 

 ―――()()()()も持ち得ぬ貴様のような者は、何も成すこともなく。平坦な生を続け、やがて誰かと結ばれ、子をなし、何もない穏やかな日々を過ごし、そして死に―――終わりを迎える……

 

 眼前に、吐息すら掛かる程の間近に迫りながらも、ベルは白い髑髏の向こうに気配は感じられず、ますます現実感を失っていく中。淡々と告げられる言葉が、ベルの心と身体に刷り込まれていく。

 

 ―――貴様は、英雄には成れん

 

 髑髏の眼窩の向こうから、何かがベルを覗き込んでいる。

 ゆらゆらと鬼火のように灯った光は、固く定まった意志の光で。

 魅いられたように言葉なく見上げてくるベルを間近で見下ろす髑髏は―――

 

 

 

 ―――そう、貴様は―――

 

 

 

 ―――神による託宣のように、そうして最後にその言葉を告げた。

 

 

 

 

 ―――英雄に、成るべきではない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。

 ……あの人の口調って、こんな感じで良いかな?

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