たとえ全てを忘れても 作:五朗
ギルド本部地下にある『祈祷の間』。
四方に設けられた四つの松明が描くのは、古の祭壇を思い起こさせるものであった。
揺らめく炎に浮かび、描かれる石造りの古代の神殿が如きその中心には、偉大なる神が座しており、その傍には黒衣を着た人物が立っていた。
闇に沈む世界に浮かび上がる二つの影の意識が向けられる先にあるのは、とある冒険者に渡していた『
「―――
平淡な、声が響いた。
黒衣を纏った者から溢れたふっと、囁くような、誰に聞かせるでもない呟きにも似たその声は、しかし、恐ろしいほどまでに抑揚がなかった。
それは、自身のあらゆる許容量を越えたものを目の当たりにしたものが、溢れ出る様々な感情と疑問、疑惑が混ざり合い衝突した結果、摩り切れ削られた残り滓のようなもので……。
「―――
故に、それは疑問でも質問でもなく。
「―――
故にそれは、自問自答ですらなく。
「私は―――
ただの、悲鳴でしかなかった。
「
「ッ―――
『祈祷の間』の中央。
神の座に座る巨神に振り返り、黒衣の者―――フェルズが絶叫を上げた。
その様子からは、普段の冷静さは何処にも感じられず、ただ混乱と恐怖に苛まれる無力な様を晒している。
始めてみるほどのその狼狽ぶりに、神であるウラノスは蒼の双瞳を細めながら、自身の中にも荒れ狂う感情を整えるために深く息を吐いた。
「―――っ……確かに、な……あれは、あまりにも異常―――いや、
「……
耳慣れない、言い間違いとも取れるウラノスの言葉に、梯子を外されたように、先程までの激昂を思わず引っ込ませたフェルズが疑問符を浮かべる。
「うむ……そうだ。これまで
「っ【アストレア・ファミリア】を全滅させたモンスター……」
水晶が最後に映し出した白い骨で出来たかのようなモンスターの姿。
それが一体どういったもので、何を引き起こしたのかを知る数少ない一人であるフェルズが、恐々とした震えた声を小さく溢す。
「だが、それと比べてもアレは異常―――いや、異端に過ぎた」
「…………」
だが、問題はそこではなかった。
今、問題―――いや、疑念を向けているのは、ある男と、その男と関係があるだろう黒いナニか。
これまでも様々なモノを見てきた、聞いてきた、経験してきたフェルズであっても、あんなもの、見たことも聞いたこともなかった。
いや、理解したくない―――そう本能的に忌避させるもの。
ああ、確かに言い得て妙である。
異端や異常と言うよりも、
常識や概念とでも言えばいいのか。
それが間違いでないことを、ウラノスが重々しい口調で肯定する。
「あまりにもこの世界の理と外れすぎている」
「……つまり、どういう事だ? この世界から外れているということはつまり、
その言葉にフェルズが真っ先に頭に浮かんだのは、最も間近にいる
だからこそ、自然と口に出た言葉は、
「―――否ッ!!?」
「っ!?」
激昂する忌避の声と共に否定された。
頑丈な肘掛けを破壊しかねない勢いで、拳を叩きつけながら立ち上がったウラノスが、フェルズも初めて見る狼狽染みた様子で否定の声を上げ続ける。
「違うッ!?
「っ―――う、ウラノス?」
冷静沈着、不動が形造ったかのような何時もの様子からかけ離れたその姿に、フェルズが戸惑いよりも恐れを滲ませた声を上げると、その声にはっと我に帰ったウラノスが、ゆっくりと祭壇に腰かけると共に、顔を伏せながら深く息を吐いた。
「―――っ……すまない」
「いや……構わない。では、どういう意味なんだ? この世界でも、
意気消沈する、これもまた初めて見る姿に、驚きのあまりにか、一周回って冷静になったフェルズが、顔を伏せ、力なく肩を落とすウラノスに答えを求める。
そう問いかけるフェルズに、ウラノスはゆっくりと顔を上げると、その蒼い双瞳でここではない何処かを見るように視線を遠くへと投げながら、その
「
「え?」
その答えの意味が図れず、反射的に言葉を漏らしたフェルズに構うことなく、ウラノスは自身に言い聞かせるように言葉を続ける。
「
肘掛けに置かれたウラノスの拳は震えていた。
それは拳を握りしめる力が収まりきれぬゆえに。
誤魔化すように、否定するように、いや、もしくは―――
「
真なる未知に興奮するかのように…………
ソレは―――逃げていた……
ただひたすらに、己の持ちうる全ての力の限りを尽くし逃げていた。
少しでも遠く、速く
それは、起こりうる筈のないことであった。
ソレに、
ソレはただの機能であり、装置であり、感情も意思もなく。
ただ、決められた命令に従うだけのモノでしかなく。
そんな
だが、現実にソレは逃げ出していた。
その
―――イヤダ
―――イヤダッ
―――
恐怖―――だった。
何もない機械的なソレに
ただ恐れ迷い恐怖に乱れる弱々しい存在としか感じられなかった。
一体どれぐらいの間逃げていたのか。
最初から長い時を生きられないと定められていながらも、何故か逃げ出したソレは、薄闇が広がるダンジョンの一角において漸くその足を止めると、恐る恐るといった様子で後ろを振り返る。
それはまるで暗闇を恐れる幼い子供のようで。
あまりにも異質なその姿は、知るものが見ればソレがソレだと気付く事すらないほどの有り様であり。
闇が広がる向こうを覗くその赤く灯る瞳には、己に恐怖が宿った瞬間の光景が未だに焼け付いていた。
59階層。
その崩壊に伴い、その場にいる存在全てを排除するよう設定されたソレを含んだソレ等の内。ソレは同じ機能たる存在九体と共に、黒いナニかの内一際小柄な存在を排除の対象とした。
崩壊する足場の上で行われた戦いは、始めはソレ等が優勢であった。
だが、運用から外れた十体による排除行動で生まれた僅かに出来た隙を、黒いナニかは逃すことなく反撃に移り、一体が破壊された。
そうして破壊された装置たるソレ等の内一体が砕けた後―――
否―――
―――そこから、天秤が一気に傾くことになった。
そこからはもう一方的だった。
傾いた天秤は戻る処か、酷くなる一方。
崩壊した地面が下へと到達した時には、既に残ったのは三体のみで。
その時には、ソレは逃げ出していた。
ああ、その通り。
恐ろしかったのだ。
元より僅かな間だけ存在するモノとして生み落とされていながらも。
アレから逃げる事を選んだ。
何故?
そんなことは分かりきっている。
死を恐れているわけではない。
元より死を内包して生まれたのだ。
それを待たずして破壊されることも恐れている訳ではない。
違うのだ。
ああ、違う。
アレに破壊されることは、殺されることではなく―――
破壊される、寿命が尽きて朽ちるのはいい。
だが、アレに
喰われれば、もう終わりだ。
本能的―――否、魂が叫んでいた。
だから逃げ出した。
存在そのものが喰われ消えてしまうという慮外の恐怖から逃げ出すために、それはそこから駆け出した。
そうして今、立ち止まったソレが、逃げ切ったかという安堵という心地を知らずに知ったその瞬間―――
――――――ッ!!!!
闇を切り裂くように振るわれた
幸いなのかどうなのか―――ソレは恐怖を抱く暇もなく砕かれ――――――……。
『――――――……』
【災厄】とさえ名付けられた筈の化け物だった残骸は、他の数多のモンスターと同じく灰となり―――
『――――――…………」
暫くの間、灰となった【災厄】を見下ろしていたその闇を固めたかのような騎士は、ゆっくりとした仕草で長剣を掴んでいた両手から右手を離す。そして、ゆっくりと視線の高さまで持ち上げたその漆黒の手甲に覆われた右手を、確かめるかのように幾度か開いては閉じを繰り返した。
「…………」
そうして、何かに納得したのか、次はその右手を自身の胸に―――黒に染まった胸当てへと向けた。
ガチャリと、金属が触れあう堅い金音が響く。
中央よりやや左側―――丁度心臓のある位置に自身の右手を置いたその騎士は、そのままの姿でじっと動かず立ち続ける。
まるで自らの心音を確認しているかのような姿ではあるが、手甲と鎧に阻まれて心臓の音など聞こえる筈はない―――だが、確かにそれはその通りではあるのだが、正解でもなかった。
その騎士は、確かに聞いていたのだ。
手甲と鎧に阻まれて、その手に感じることは出来ずとも――――――確かに。
英霊としての擬似的な―――エーテルで形だけ真似したかのようなそれではない。
――――――ドクン
生前のそれに比べれば脆弱に過ぎるが――――――確かに感じられた。
鼓動のリズムに合わせ、波紋のように全身に広がる力を――――――確かに。
――――――ドクン
鼓動が一際強く脈打ち――――――。
――――――ドクンッ
騎士を中心に黒い嵐が吹き荒れた。
堅いダンジョンの岩盤を削り砕きながら吹き荒れたその黒い嵐は、【厄災】の
突如発生した竜巻染みた黒い風から響く轟音に混じり、ダンジョンが崩れる悲鳴染みた音が響き渡る。
呼吸をする。
ただそれだけでダンジョンを破壊してのけた騎士は、暫く何かを待つかのように立っていたが、破壊されたダンジョンがゆっくりと元へと戻っていくのを確認すると、何事もなかったかのように胸当てへと置いていた右手を下ろし、そのままゆっくりと歩き始め……。
――――――ドクン
ダンジョンに広がる闇の中へと、その姿を消していった。
――――――……
―――……
……
その男は、【永遠】を望んだ。
故に、その望みを叶えるため―――男は女との未来を捨てた。
故に、その手段のため―――己の顔と名を削ぎ落とした。
故に、力を手に入れるため―――己が右腕を贄とした。
数多の犠牲を払い、男は遂に一つの頂をその手に収めた。
望んだ【永遠】である【称号】を手にした男は、終わりを前に――――――絶望した。
全てを捧げ、捨てた末に手にしたものが、『誰でもない何者か』でしかないことに……。
【永遠】ではあるが【唯一】ではないことに……
だからこそ、男は願った。
今度こそ、本当に【永遠】に【唯一】たる【自分】の名を刻むことを……。
ああ、男は気付かない。
男は最初から、始まりから間違っていることに。
【永遠】も【唯一】も、始まりから既にその手にあったことに。
男が捨てた最初のものに、その全てがあったことに……。
男は気付かない。
男にそれを知る術はなく。
男がそれに気付く機会はなく。
奇跡的なそんな
だけど――――――
だけれども――――――
もし、そんな
それは、世界から完全に外れた時。
もしかしたら、
意識すれば遠ざかり。
目をこらせば薄れゆき。
手を伸ばしても届かない。
それは……まるで……泡沫の…――――――
たとえ全てを忘れても
第二部 外典 聖杯戦争編
第一章 【現れたる英雄】 了
第二章 【■■が見た夢】 へ続く
ウラノス 「異世界からアレは来たのだっ!?」
銀の鍵の少女 「うふふ、あはは……えっと、変な所へ門が開いちゃった」
東洋の絵描き 「ふんぐるいふんぐるい」
ばぶみの極地 「あらあら立派な方、ですね―――ふふ」
星を行く少年 「たまにはこんな寄り道もいいよね」
西洋の絵描き 「えへ、えへへ……え、えと、ここどこ?」
セイバー絶対許さないマン 「むっ!? セイバー……じゃないですね」
ウラノス・フェルズ 「「ひぇっ!?」」
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