30年前、僕ら化学屋は、中国を教える対象と見做していた。実際、優秀な留学生がひっきりなしにやってきた。
今、中国の背中が見えなくなりそうだ。
原子力屋に至っては、中国を全く相手にしていなかったが、今ではぶっちぎられて姿が見えなくなっている。
残酷な30年だ。マジやばい。
スレッド
会話
返信先: さん
これ、実は韓国にも当てはまる。
僕は博士を工学部電気工学で取っているが、理学部から進級した当時、確か16MbのD-RAM開発競争でサムソンに本邦が負けたときだったと思う。(4Mbまでは本邦がトップだったはず、一世代間違えているかな?)
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本邦電機メーカーが、バブル崩壊後、開発競争で力を抜いた瞬間にやられた。
それまで韓国には週末にバイトに行く本邦電機メーカー技術者がたくさんおり有名な話だった。
またサムソンなどから極めて優秀な人たちが留学してきた。僕と入れ替わりで帰国した李さんなど凄い人だった。
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サムソンに開発競争で抜かれたとき。あれはシンボリックな物ではあるがたいしたことはないというのが日本側の見解で、大学内もそういう雰囲気だった。
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実際には一気に突き放されて、本邦メモリ業界は斜陽一直線。合衆国系のマイクロンまで現れておじゃん。
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全く同じ事がLCDでも起きた。
D-RAMで学習していたので、FPDをやっていたとき、日本メーカーがいろいろ主張する内容が、非常に危うく感じられた。
亀山方式も精々5年程度のアドバンテージなのでいくら囲い込んでも韓国、台湾に蹴落とされるのは時間の問題で、資源配分から大変なことになるのではと懸念
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OELのLGへの売却も、非常に危険を感じた。FPD業界ではソニーのR&Dの伝統的不味さは有名で、とんでもない失敗ではないかと懸念。
PDPは、デヴァイスとしては好きだが、そのうちLCDに追いつかれておじゃんになることは分かっていたので松下の失敗は見えていた。
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で、まぁこう言ったのは各論だが、韓国も教える対象と考えていた日本が、追いつかれ、追い越されたときに僕はその渦中におり(進級しなかったら日立か東芝で半導体をやっていた可能性がある)、負けつつある側の理屈に日常的に触れていた。
一方韓国、台湾勢の優秀さにも直接触れていた。
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不味いと感じたのはやはり2000年訪米、2001~2005年の合衆国赴任で、日本勢があらゆる面で後退しつつあり、韓国が伸びているコンシューマー向け市場に直接触れたこと。
ニッチトップで生き残ろうとする日本側R&D。
そりゃ負けますよ。相手は極めて優秀な上に資源配分が極めて戦略的に理にかなっている。
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やはり今世紀に入って、日本は対中韓台で総崩れと言って良かった。
相手は日本を徹底的に研究し、学ぶことは学び尽くしつつあった。
対して日本は、相手を何処までも底では見くびっていた。
その結果が今にある。
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2001年頃には既に日本側はブランドの力に頼っていた。ところが2000年に見て驚いたサムソンのブランドCMの様に先方は部品メーカーからコンシューマー向けブランドに変わろうとしていた。
日本は、MATSUSHITAという知名度の高い優れたブランドを捨てるなどおかしなカイカクが合衆国にまで現れていた。
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今では日本のブランド総崩れ。
まるでビルマ戦線。
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相手を見くびってはいかんです。
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返信先: さん
ちなみに学部、修士の時代は物理化学だったが、研究室に留学生や長期派遣の学者が韓国と中国からやってきた。優秀な人たち。
で、この当時中国ではESRの前で気功師が何かすると反応活性が変わるという研究が真面目になされていた。
どうも政治局のじーさんの干渉でやるほかなかったらしい。
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中国の研究者も本音ではこんなのやりたくないが仕方ないという事だったそうで、30年前は政治により学問が左右されて外からは珍奇の目で見られていた。
今の日本がそうなっているね。
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今の中国は基礎科学においてもおそらくそのうち合衆国を抜くだろう。ノーベル賞も中国内の学者が総なめにするのもあと10年単位のちの僕が生きているうちか?
ここでももはや日本の姿は消えつつある。
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今自分が阪大の四回生だったら修士何処にゆくか考えれば、もう合衆国か中国か韓国か豪州あたりを考えるだろう。
本邦の大学はもう先が見えない。
まぁ、語学が苦手なので難しいとは思うが。
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