「手口はいわゆる『M資金』と呼ばれるものです」。
深夜に開かれた記者レクで、神奈川県警の幹部が口にしたこの言葉。
「M資金って何?」
私は正直、知りませんでした。でも、なぜか耳に残って離れません。
被害額30億円以上の巨額詐欺事件をきっかけに「M資金」の持つ“魔力”を追うことにしました。
(横浜放送局記者 寺島光海)
2021年3月9日事件
「手口はいわゆる『M資金』と呼ばれるものです」。
深夜に開かれた記者レクで、神奈川県警の幹部が口にしたこの言葉。
「M資金って何?」
私は正直、知りませんでした。でも、なぜか耳に残って離れません。
被害額30億円以上の巨額詐欺事件をきっかけに「M資金」の持つ“魔力”を追うことにしました。
(横浜放送局記者 寺島光海)
2020年6月11日の午後10時半。
神奈川県警察本部で詐欺事件の容疑者逮捕を発表する記者レクが開かれ、本部を担当している私は、他社の記者とともに出席しました。
➀事件の概要
警察が発表した事件の概要は、以下のようなものでした。
・逮捕されたのは50代から70代の男3人。
・逮捕容疑は2017年9月に1億3000万円をだまし取った詐欺の疑い。
・被害者は、神奈川県内に住む70代の会社役員。
このなかで事件の主犯とされたのは、東京・港区に住む66歳の男でした。
捜査関係者によりますと、男は「マック青井」と偽名を名乗っていたといいます。
また関係者によると、被害者の男性は外食大手のトップでした。
マック青井は、2013年ごろに知人の紹介でこの男性と知り合ったということです。
その際、「イギリスでスナイパーをしていた」とか「アメリカのFRB=連邦準備制度理事会で働いている」などと、謎めいた経歴を告げていたとみられています。
➁事件の手口
今回、被害者がだまし取られたとされる総額は、およそ32億円。
県警は、事件の構図はマック青井が描いていたとみています。
そもそも「M資金」とは何なのか。
文献などを手がかりに調べてみると諸説あるものの、おおむね以下のような説明に集約できました。
~第2次世界大戦での敗戦後、GHQが接収した日本の金銀などを原資として作った秘密資金で、現在も極秘裏に運用され続けているとされる。GHQの経済科学局長を務めたウィリアム・マーカット少将の頭文字をとって『M資金』と呼ばれる~
ある雑誌では、ヒトラーの隠し財産やバチカンの闇資金などと並んで位置づけられていました。
私にとっては“徳川埋蔵金”と同じくらい現実味がありませんが、“秘密資金”とか“極秘裏”と言われると、もしかして…とわずかに引きつけられたのも事実です。
さらに、これまでもたびたび表舞台に登場していたこともわかりました。
当時の新聞記事によりますと、1981年には、大手都市銀行の偽の証書を使って、中小企業の経営者から3000万円以上をだまし取ったとして逮捕された男が、「M資金」の詐欺グループと関わっていたとされました。
また1982年から2001年ごろにかけては、「M資金」の提供を持ちかけられた大企業の役員クラスが次々に詐欺の被害に遭ったとして、7つの事件が摘発されました。
被害総額は46億円に上ったということです。
今回、神奈川県警が摘発した事件はどうだったのか。
「敗戦時に海外に持ち出された日本の金銀を財源にしている」
警察によりますと、詐欺グループ側は「M資金」についてこう説明し、資金管理を行うイギリスの団体との交渉費などの名目で、金を出すよう持ちかけていたということです。
そして周到に仕組まれた計画について、捜査関係者はこう明かしました。
「面会するのは決まって皇居に近い都内の高層ビルの1室。赤いじゅうたん敷きで、革張りのソファーが置かれていた。『持ちビル』と説明していたが、実際はレンタルオフィスの中にある共有ルームだった」
「M資金について他言しないよう求める『秘密保持契約書』も示された」
「ことあるごとに『早く支払わないと話が流れてしまう』とか『権利放棄とみなされる』など、支払いの決断を早くするよう促されていた。だまし取った金は、仲間が代表を務めるペーパーカンパニーに振り込ませた」
秘密保持契約まで結ばせたことで、真実味をより高める効果があったとみられます。
結果として、会社役員の男性は1度にまとめて28億円もの金を詐欺グループ側に振り込んでしまい、被害総額はおよそ32億円に上ったということです。
昭和、平成、そして令和と、時代を超えて人々をひきつけてきた「M資金」。
この「M資金」を題材にした小説があることがわかりました。
「亡国のイージス」などの著作がある作家の福井晴敏さんが、2013年に発表した経済小説「人類資金」です。
『人類資金』
「M資金」をめぐる陰謀と戦いを描いた作品。
戦後の復興に運用されたというものの、その実態は謎に包まれたままの「M資金」。ある日、物語の主人公に「『M資金』10兆円を盗み出してもらいたい」という依頼が寄せられる。果たして「M資金」は実在するのか。依頼の目的は何か。アメリカ、ロシアなど世界を巻き込んだマネーゲームの末に、主人公はお金よりも大切なものがあることに気がつく。
小説で「M資金」は、いわくつきの遺産として描かれています。
そして計画を持ちかけられた主人公は、不信感を覚えつつも誘いに乗っていきます。
福井さんはなぜこの小説を書き、何を伝えたかったのか話を聞きに行くことにしました。
インタビュー取材は2月初旬に、下町にある喫茶店で行いました。
この小説を書き始めたのは、以前映画でタッグを組んだことがある監督からの誘いがきっかけだったといいます。
そして執筆にあたっては、東京の下町で育った自身の生い立ちから着想の一部を得たと明かしました。それは、思春期に背伸びをして出入りした上野界隈の喫茶店で見た光景だといいます。
作家 福井晴敏さん
「私が中学生くらいのころ、喫茶店にあった電話をさも会社の電話のように使って、『社長は今いないんです』とか話していた人をよく見たんです。あの人たちはもしかしたらM資金詐欺のようなことをやっていたのかもしれないとリンクした面があります」
福井さんはかつて読んだ経済小説で、「M資金」については知っていたということです。
小説を書くにあたっては、資本主義や経済に関する書物を多く読んだそうです。そして、太平洋戦争末期や戦後混乱期の日本の状況が影響していると思い至りました。
作家 福井晴敏さん
「この手の詐欺が流行するためには、その国家が一度大きな分断を迎えていることが必要なんだと思います。歴史的な『空白』と『分断』ですね。日本の場合は、戦争によって価値観がまるっきり変わりました。そして戦後の数年間は本当に闇になっている部分が多いので、その時代の話だと誰も完全な否定ができないんです」
一方で、M資金の存在の有無をめぐっては、無いことを証明しなければいけない、いわば“悪魔の証明”のようだと感じたとも話しました。
「もしこれが『平成5年の時の資金です』と言われたら、『いやないでしょ』って言えるけど、その期間は調べようがない。存在しないことを証明するのは難しいですし、むしろ調べてみると、日本から大量の金塊がなくなったという話など断片的な状況が『M資金』の存在を逆に肯定していくんです」
「調べようがない」「存在しないことを証明するのは難しい」
取材を進めると、これを裏付けるかのように、被害に遭ったことを公表している人を見つけました。
大阪にあるアルミ加工会社の創業者、竹内正明さん。
60年前に会社を立ち上げてから、現在は国内に3か所、海外に1か所の工場を持つまでに成長させた方です。
竹内さんは去年85歳で他界しましたが、自叙伝の中で1976年に「M資金」が深く関わる国際的詐欺事件で被害に遭ったことを明かしています。
「M資金」詐欺で暗躍したとされる詐欺グループから50億円の融資を持ちかけられ、そのための運動費などとして、3億円以上をだまし取られたとしています。
竹内さんは、自叙伝にこう記していました。
「私の『生涯の不覚』と言ってよい失敗経験がある。想い起こすだけでも歯ぎしりしたくなるような忌まわしい事件だった」
そして、だまされた原因については、みずから次のように指摘していました。
「明らかに調査不足とそれに伴う判断ミス」
「当時の私には多分に山っ気があり、慎重さを欠いていた」
私は、被害者を思いのままにした「M資金」の“魔力”とも言える一端をかいま見た気がしました。
会社を引き継いだ息子さんの現社長に話を聞いてみました。
詐欺被害については、当時、父親の正明さんから泣きながら打ち明けられたといいます。
現社長
「もちろん許されないことですが、当時の教訓があって今があるというのも事実です。そこから立ち直れた私たちはラッキーでした。経営者としては業績を上げたい、会社を大きくしたいという欲望は必ずあると思います。亡き会長からは何度もこの話を聞かされましたし、現在は業績も安定していて当時のような山っ気はないので、今だったら冷静に判断できると思います」
福井晴敏さんは、被害に遭う人の“承認欲求”こそが「M資金」の力の源泉だとして、次のように話しました。
作家 福井晴敏さん
「長い期間ではなく、忘れた頃に再びこの手口が敢行されるというのが正しいのではないかと思います。ただ、このM資金詐欺の特徴的なところは、お金が欲しくてしょうがないという人はあまりターゲットにならないという点なんです。むしろお金はたくさんある、成功もしたという人がだまされてしまう。そこには『承認欲求』があると思うんです」
それはどういうことなのか。
福井さんはあくまで自らの仮説とした上で、こう指摘しました。
「成功はしたんだけど、『運や時流に乗って成功したものの、結局は何も持っていない』とそのむなしさに気づいた人がいるとします。そういうときに『あなたがお金を稼いできたのは今回のためですよ』と聞かされたら、人生のフィナーレを迎えるにあたって、すばらしいどんでん返しが回ってきたと考える人は少なからずいると思うんです」
「そこに戦後70年以上、日本を陰で支えてきたという謎の機関がお金を提供しますと来れば、そこに加わりたいと考える人もいる。その機関が認めた1人になるんだと。嗅覚のいい詐欺師たちがそうした“承認欲求”につけ込んで狙うのが、M資金詐欺なんだと私は思っています」
財務省のホームページには、今も次のような注意喚起の文章が載っています。
「『基幹産業育成資金』と称した資金提供を財務省から受けられる、という不審な勧誘等があったとの情報提供がありました。上記のような勧誘等を受けた場合は、安易に信用することなく財務省の担当部署を確認するなど、詐欺等の被害に遭わないようご注意ください」
担当者に取材すると、去年4月からことし1月末までで関連する相談は15件寄せられたということです。多いときには1か月に4~5件相談が来ることもあるといいます。
今も詐欺グループは、「M資金」を餌に新たな被害者に狙いを定めているのでしょうか。
率直な疑問をぶつけてみました。
『M資金』は実在するのでしょうか。
100%ないとは言い切れませんね。財団とかもたくさんありますし。
えっ!
勘違いしないでください。「基幹産業育成資金」という名前の資金は、「100%ない」とは言えないということです。
ただ“GHQ”とか“秘密資金”など「M資金」の関係の話であれば、財務省としては「ありません」とお答えします。古くからある詐欺の文句です。
福井晴敏さんは、歴史的に検証が難しい時代に「M資金」が生まれたとされたことで、今になっても被害が続いていると指摘しました。
詐欺は言うまでもなく、許されるものではありません。
ただ調べれば調べるほど怪しいと分かりつつも、「M資金」の“魔力”に取りつかれてしまうのも無理はないという気もしました。
福井さんはこうも話していました。
「アメリカはいま分断の時代を迎えています。例えばですが、50年後に当時の大統領がひそかに選挙資金の金塊をどこかに埋めていたとか、どこかの口座に移していたとか、もっともらしく言われたら、もしかしたらそれはあるかもと信じる人がいるかもしれない」
歴史的な「空白」や「分断」。
そして、私の中にもある「承認欲求」。
私たちは絶対にだまされないと言えるのか。
「M資金」はそう社会に問いかけているのかもしれません。
横浜放送局
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