仮面の理   作:アルパカ度数38%

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1章4話

 

 

 

 昼も過ぎて、そろそろおやつ時と言う時刻。

一昨日クイントさんに小銭を握らされてコーヒーを飲んでいたカフェで、僕は一人コーヒーを啜っていた。

いや、より正確に言うならば、向かいのバーガーショップからこっちをチラチラ見ている人も居るので、一人ではない、とも言えなくもないのだろうが。

などと考えているうちに、透き通った声が響いた。

 

「ごめんごめん、待った~?」

 

 なんだか一昨日と同じような台詞を言いながら現れたクイントさんに、僕は肩をすくめて返す。

 

「今来た所だよ、って答えておくべきか?」

「あっはっは、なんか私達同じ会話してるわねぇ~」

 

 と、豪快な笑いと共に椅子に座ったクイントさんは、早速飲み物と甘味を注文し始めた。

バーで夕食を共にした時も思ったが、この人の胃袋はどうなっているのだろうか。

目を細めてクイントさんの全身を見るも、太っている箇所は見当たらず、適度に実用的な筋肉のついた近接系の体だ。

だが、近接系と言うだけでこんなに食べる物なのか。

もしかして僕は少食なんじゃあないかと思い、不安になってティルヴィングに秘匿念話で問う。

 

(ねぇねぇティルヴィング、僕ってもしかして少食? もっと食べたほうがいい?)

『いえ、あれは特殊な例です』

(そっかぁ……)

 

 僕は脳内でクイントさんに特殊例と言うラベルをつけると、グラスのストローからコーヒーを吸い込む作業を再開する。

どうでもいいが、ブラックなのは別に僕の好みではない。

UD-182らしさを追い求めての行為であり、僕の子供舌には大変苦行だった。

一昨日なんてこんなんで泣きそうになり、泣かないと言う誓いを破りそうになって僕は大変凹んだ。

そんな苦行を三分の二ほど終わらせた辺りで、隠蔽遮音結界を張る。

読唇術の使い手には意味がないが、それでも保険はかけておくべきだ。

とまぁ、そこまで準備してから僕は口を開いた。

 

「こっちはこんなんだったな」

 

 と、僕は得た情報を伝える。

ムラマサが持つ人間に経験を付与する力があること。

ムラマサの能力の一部である体力の回復。

ムラマサを追う女性、リニス。

 

「成る程、そっちも結構な情報が得られたみたいね……。

ちなみに、そのリニスさんは何処なのかしら?」

「ん、あのサングラス」

 

 僕は通りの向かいにあるバーガーショップに視線を向け、サングラスにトレンチコート姿のリニスさんを見る。

残暑の残るこの季節にコートである、ただでさえ怪しいのに動作も挙動不審で、二乗に怪しかった。

慌てて襟を立て顔を隠すリニスさんは、どう考えても尾行には向いていないだろう。

呆れ顔でクイントさんに視線を戻すと、彼女もなんとも言えない表情をしていた。

 

「成る程、危険は無さそうね……」

「だな、人格面でもそう思うよ」

 

 あの間抜けな姿には毒気を抜かれるが、それ以前にリニスさんはその母性溢れる人格からして、物騒な目的は持っていないように思える。

僕の勘はそれに対し何の答えも持たないようなので、何とも判断し難いのだが。

とりあえずそれは置いておく事にして、僕は話を戻す。

 

「さて、それじゃあ今度はクイントさんの話を聞かせてもらおうか」

「オッケイ、まかせて」

 

 と言いつつクイントさんが語ったのは、以下のような事柄であった。

ティグラと思わしき人間は何人か居たが、うち一人は行方不明者として届出が出ていた。

その一人の名を、ティグラ・アバンガニと言うそうだ。

遍歴は普通、普通に大学まで学校を出た後14歳で保険会社に就職、そのまま18歳まで勤務し続けてきた。

友人も適度にいて社交性もあり、異性関係は失踪時にはちょうど途切れてしまっている所。

住んでいるのも普通のアパートに一人暮らしで、近所にも評判が良い。

正に普通の女性を絵に描いたような女性だった。

所が彼女が失踪した後、届出が出ているにもかかわらず、それを調べる部署は実在しない部署でしかなかったのだと言う。

 

「で、次はナンバー12ね」

 

 ナンバー12の戦闘スタイルに酷似した先輩を、クイントさんは知っているらしい。

名はインテグラ・タムタック。

クイントさんの陸士訓練校の先輩で、卒業後空士訓練校を経由して執務官試験に合格。

単独で動くタイプの執務官として優秀だったらしく、武装隊などでの階級は一尉扱いだったと言う。

そんな彼女は、ある日秘匿任務で死亡、任務内容は家族に何も知らされないままだったそうだ。

しかも調べてみると、インテグラの死体は一切家族に見せられないまま、火葬を強行されたらしい。

 

「臭い話になってきたな」

「えぇ、ナンバー12が先輩だという予想があっていれば、だけど」

「っていっても、ナンバー12はクイントさんの事、名前で呼んでいたしなぁ」

 

 と、初戦の事を思い出す。

あの時駆けつけてすぐだったのならば、ナンバー12がクイントさんの名前を知っているのは少々可笑しかった。

とすれば、恐らく後輩を臭い仕事に巻き込みたくなかったから、と言うのが理由だろうか。

勿論出待ちしていたのならば、僕がクイントさんの名前を呼んだのを聞いている可能性はあったが。

 

「まぁ、優しい人だったから、ね……」

 

 目を細めながらクイントさんは言う。

その通りだとしても、インテグラは現在魔導師連続殺人犯の仲間なのだ、胸中は複雑だろう。

僕にはこういう経験が無い、どころか“家”を出てから好意的な知り合いなど、クイントさんとリニスさんと店長ぐらいしか居ないので、こんな時に言える言葉は思いつかない。

代わりに話を進めるぐらいが、僕にできる事だった。

 

「さて、予想が的中していたならば、この一件、裏では管理局が関わっているな」

「えぇ……そうね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、クイントさん。

自分の所属している治安維持組織の暗黒面を見る事になるのだ、当然といえば当然か。

テーブルに肘をついて指組みをし、口元を隠しながら話す。

 

「当然、危険な任務になるわ。

私の権力なんて殆ど無いに等しい、このままこの件を明かそうとすればやばい橋を渡る羽目になるわよ?」

 

 言われなくとも想像できている事だった。

どの程度上の人物がどの程度この件に関わっているのか分からないが、場合によっては僕やクイントさんが管理局に狙われるかもしれない。

その時相手にするのは、クイントさんの言う存在しないはず部隊のような、非合法の部隊だろう。

僕は正面からの戦闘にはある程度強くが、暗殺の類への対策は殆どした事が無い。

当然、そうなれば、路地裏に打ち捨てられるような最後を迎える事になると思われる。

 

 本当は怖かった。

正面からでも勝てるかどうか分からないティグラの相手でさえも、僕は怖かった。

一度戦闘に入れば大丈夫なのだが、こうやって日常の部分に居ながら彼女の剣戟を思い出すと、背筋が冷たくなるのを感じる。

UD-182は死ぬ事を恐れなんかしなくって、僕はその通りにしなければいけないのに、情けない事この上ない。

でも、怖い物は怖いのだ、少なくとも現状、事実としてそうなのだ。

昨日は殆ど一日中誰かの目のある所で過ごして、僕は自分を自由にさせなかったが、それはこの恐怖を誤魔化すためでもある。

もし僕が自由であれば、怖くてベッドの上でブルブルと震えながら泣きそうになって、一日中だって過ごしてしまえただろう。

それでも、僕はUD-182の遺志を受け継がなければいけない。

僕は死を怖がってはならないのだ。

そんな風に強がって、仮面で自分の感情を覆い隠して、やっとティグラに立ち向かう勇気を作ってきた所だった。

 

 そんな勇気は、何の役にも立たなかった。

所詮ティグラに立ち向かえるのはティグラに勝つ算段があるから、管理局と言う巨大な勝ち目のない相手になれば、僕のちっぽけな勇気なんて吹き飛んでしまう。

本当は管理局なんかに立ち向かう勇気なんて、無い。

UD-182だったらやってのけていたのだろうけれど、所詮紛い物の仮面を被る事しかできない僕には、そんな物高望みが過ぎると言う物だった。

 

 けれど。

だけれども。

 

「それが、どうした」

 

 内心ではブルブルと震えが止まらず、泣く事が許されていれば嗚咽を漏らしていたぐらいで。

自分の命の保証に縋りつく、弱くて醜くて格好悪い僕だけれども。

幸いに、と言うべきか。

僕には、演技の才能があるようだった。

 

 口元は不敵な笑みを。

目付きは鋭く、視線は吃驚するぐらい真っ直ぐに。

UD-182が見せていたあの野獣のような表情を、僕の顔は自然と形作っていた。

 

「俺は人の心が、どれだけ輝けるか知っている。

どれだけ人の心を打ち、感動させる事ができるか知っている」

 

 言葉は本当に思っている事。

UD-182のような輝く心を僕は知っているし、だから少しでもその輝きを持つ可能性のある人の命は尊いと思っている。

けれどそれを管理局相手に言える度胸は本当には無い。

だけど僕は、UD-182との約束を破りたくなくて。

だから彼の仮面を借りて、僕は続けるのだ。

 

「だから俺は、その人間を輝かせる間もなく殺す行為は、絶対に許せねぇ」

 

 仮面を被ったまま死ぬのか、それとも何時か強がりで作った仮面が滑り落ちて本性を晒すのか、それとも他の形でか。

どんな道を辿ろうとも、僕の前に待つ道は、破滅の道だろう。

そうと分かっていながら、僕はこの仮面を被りながら行く事を止められなかった。

現実を直視して自分の道を選ぶ事が、僕にはできなかった。

だからこれは、きっと間違った行い。

 

「……そっかっ!」

 

 でも、クイントさんは花咲くような笑顔で微笑んで。

まるで間違った行いを、それでも肯定してもらったかのような錯覚があって。

だから僕もまた、微笑み返す。

それが錯覚なのだと知りつつも、間違っていると思っている自分が、それでも肯定してもらえるのは、嬉しかった。

 

 瞼を閉じ、数瞬の感慨に浸る。

そして僕は恐怖と一緒に、正しいだの間違っているだのという観念的な考えを、頭の奥に蹴り込んだ。

闘う事は決定している。

今すべきなのは、少しでも勝率を上げるための会話だ。

 

「で、話は戻るが、ナンバー12と思われるインテグラの戦闘能力は、どんなもんなんだ?

執務官をやっていたって事は、スタンドアローンで戦える魔導師なんだろうが」

「何度も模擬戦して胸を貸してもらった事があるから、ある程度は分かるわ。

得意なのは幻術と正確な直射弾。

幻術は直射弾を透明化するのに大分リソースを使っているみたいで、他の幻術は自分を透明化するぐらい。

基本的に遠距離型の魔導師だったけれど、体術もそこそこできる方だった。

一瞬の隙に透明化直射弾を入れて距離を離すまで、まず押し切られないぐらいにはね」

「ちなみに最終魔導師ランクと、模擬戦の戦績は?」

「それは、ね……」

 

 クイントさんは、少しばかり口を濁した。

コーヒーで口内を湿らせてから、再び口を開く。

 

「空戦AAA。模擬戦では、一対一では3:7で負け越していたわ。

先輩の死から2年、今はどうなっているか分からないけれど……」

「そう、か……」

 

 嫌な沈黙が横たわった。

僕の目算では、剣を自由に振れる空間があれば僕はティグラよりもやや強い。

なので勝機はありと考えていたのだが、クイントさんがナンバー12に勝てないとなると、話は変わってくる。

昨日までならば、絶望的な状況になる所だった。

だがしかし、である。

 

「なら、追加戦力を連れて行く事にするか」

「へ? 追加戦力?」

 

 僕は頷いた。

肩越しに振り返り、サングラスにトレンチコートの女性を、親指で指さした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅん、やっぱり君の勘って凄いのね」

「今のところ、クイントさんの現場予測と同じだもんな……」

 

 と、僕を先頭にクイントさんが半歩後ろを歩く形で、僕らはティグラの次の犯行現場と思わしき場所へと足を進めていた。

僕は勘で、クイントさんは捜査で得た法則で。

ちなみに僕の勘を先入観無く発揮する為、その法則とやらは教わっていない。

そんな僕らの更に一歩後を、サングラスとトレンチコート姿を辞めたリニスさんがついてきている。

 

「うう~……」

 

 ちらりと振り返ると、赤面しうつむき気味に僕を睨んでくるリニスさん。

どうやらあの格好は相当恥ずかしかったらしく、それで赤面するのはわかるが、僕を睨んでくる理由は不明だった。

八つ当たりか何かかな、と首をかしげつつ、視線を前に戻す。

 

 リニスさんを同行させるのは容易かった。

あの姿のまま尾行してきたリニスさんを適当な人通りの無い路地裏で囲み、ちょっとお話をしただけである。

お話と言っても、目的がムラマサ自体にある事を聞いて、別に復讐者とかでは無いのを確認しただけ。

こちらがティグラとナンバ−12の情報を話すだけで、素直についてくるようになった。

リニスさんとしては僕とクイントさんが犯人らを倒した所で漁夫の利を得るつもりだったのだろう。

だが、そもそも勝てないかもしれないぐらい戦力差があるとすれば、僕らの方にテコ入れしにくるのは目に見えていた。

 

 勿論、それだけでは管理局が関わっている事が分からず、僕らがリニスさんを騙す事になる。

なのでクイントさんは積極的ではなかったが、僕は強引にこの一件に裏から管理局が関わっている可能性を説いた。

それを聞いたリニスさんは暫く考えていたようだったが、それでも最終的に首を縦に振った。

 

 昨日の、僕が7歳と聞いて僕を抱きしめたリニスさんの事を思い出さなかったかと言えば、嘘になる。

所詮他人の子だと言うのに、それを利用する事に罪悪感を覚えた様子の彼女は、母性が強い人なのだろう。

それはつまり、僕の危険を考えてこの一件に参加すると決めたかもしれないのだ。

罪悪感を覚えなかったと言えば、嘘になる。

その意思に僕の意図が孕まれていないとも言い切れない。

それでも大人が自分の意思で決めた事だ、僕は結局の所、彼女の意思を尊重すると言う飾り付けられた言葉を盾にして、彼女の同行を許可したのであった。

UD-182もきっとそうしたさ、と言う言い訳を使って。

 

「さて、もうそろそろか?」

「えぇ、確かに」

 

 と、僕とクイントさんは顔を見合わせて頷く。

リニスさんもそれに加わり、三人で密集した陣形をとって歩き出した。

都市区画から離れた此処は、道も三人が横に並んで両腕を伸ばせるぐらいはあり、僕のティルヴィングもなんとか引っかからずに振るえるぐらい。

空は夜の帳が下りてきており、一番星がキラリと輝く時刻である。

そろそろティグラ達の活動時刻だな、と思った、その瞬間であった。

 

「きゃあぁぁあっ!」

 

 悲鳴。

弾かれるように僕ら三人は飛び出し、すぐ近くだった悲鳴の元へと向かう。

視界にバリアジャケットを展開したティグラを発見、近くには魔導師らしき影が見えた。

いきなり、凄絶に嫌な予感が背筋を這う。

即座に嫌な予感の方向を、僕が指さした。

 

「リニスさんっ!」

「了解しましたっ!」

 

 と同時、25ものスフィアが展開。

薄い黄色の直射弾を発射し、うち殆どは空中へ消えるものの、数発は透明化していた直射弾に辺り誘爆する。

と同時、僕も直射弾を展開、感覚が告げるナンバー12の方へ打ち込む。

 

「切刃空閃!」

「……ちいっ!」

 

 舌打ちの音と共にオプティックハイドの透明化が解除され、ナンバー12も姿を表した。

当たり前だが、透明化していようと直射弾に直射弾をぶつければ相殺できる。

そして透明化した直射弾など一度にそう何発も打てるものではなく、大体の方向が分かれば弾幕で当てる事が可能だ。

更に言えば、直射弾のスフィアは本人の近くからしか出せないので、本人の透明化さえ剥がせば僕の勘が無くとも対応は可能である。

クイントさんとリニスさんがナンバー12の方へ向かうのを尻目に、僕はティグラへと突撃。

黄金の巨剣を振り下ろす。

 

「また、貴方ですか……っ!」

「おうよ、二日ぶりっ!」

 

 金属音と共に、一瞬の鍔迫り合いで視線が交錯した。

そのまま膂力に勝るティグラがムラマサを振るい、僕はその衝撃に乗って距離を取る。

相変わらず迷いのある瞳だった。

裏に管理局云々の話を聞いた上では同情を引く瞳だったが、この場に満ちる血臭がそれを否定する。

 

「また、一人殺しやがったのか……!」

 

 先の悲鳴を上げた魔導師は首を切断されており、明らかに事切れていた。

冗談のような量の血液が、元々赤黒いティグラの具足を鮮血に染めている。

腹腔に湧く怒りでティグラに対する恐怖を塗りつぶし、僕は半歩ティグラへの距離を縮めた。

 

「仕方ないでしょ、私だってこんな事、やりたくてやっているんじゃあないんです……!」

「…………」

 

 イラッと来る言葉だった。

それに力んでしまったのが分かったのか、即座にティグラは僕へと突撃。

上段からムラマサを振りおろしてくる。

 

 僕はティルヴィングで流して剣戟を回避。

続いて逆袈裟に切り上げられる斬撃に対し、飛行魔法を発動、地面に対し垂直にティルヴィングを振り下ろす。

 

「ムラマサ、ロードカートリッジ!」

『承知。大虎の剣』

 

 地面を這うような姿勢からの斬撃が、僕の斬撃を捉えた。

甲高い金属音が響き渡る。

僕ははじき飛ばされ、視界は周囲の景色が線状になって流れた。

空中で体勢を立て直すも、それより早くティグラはこちらへ突貫してくる。

 

「あんな気持ち悪いものを生かす為に、人殺しなんてしたくなかった……!」

『弾丸激発。大猪の剣発動』

 

 薬莢が排出される音と同時、ティグラのムラマサはオレンジ色の光を纏った。

明らかに速度を増し、肩の高さで真っ直ぐに構えた切っ先をこちらに向け、突撃してくる。

 

「気持ち悪いもの?」

『トライシールド発動』

 

 こちらは対抗して白い三角形の防御魔法を発動する。

橙色の光と白光が激突。

一瞬の停滞の後、防御魔法が割れてその破片が地上に降り注ぐ。

その行く末を見る間もなく、僕は体を一気に動かし、突きを回避した。

突きは剣技の中でも最速とだけあり、見切るのは難しい。

だがトライシールドで一瞬でも止めれば軌道もタイミングも読め、そのどちらも読める突きなど児戯に等しい。

そして突撃突きの技後硬直は、考えるまでもなく大きかった。

僕の振り下ろしたティルヴィングが、ティグラの肩口へと突き刺さる。

 

「……っ!?」

 

 声にならない悲鳴をあげつつも、ティグラはそのまま突撃、僕と距離を取る。

殺傷設定であれば骨すら断つレベルの魔力ダメージがティグラを襲っている筈なのだが、タフな相手だ。

再び相対し、僕らは向かい合う。

ふと、何かに濡れた頬に触れると、結構な勢いで血がこぼれ出していた。

先ほどの突きを避けきれなかったのだ、と遅れて理解が通る。

 

「ま、互角って所か」

「ええ。まさかムラマサの突きを、一瞬とは言え防御魔法で抑えるとは、驚きましたよ」

 

 傷は僕の方が浅いが、血液の減少は体力の減少を招く。

対しティグラは骨折級のダメージだが、非殺傷設定による魔力ダメージなので、痛いだけで副次効果は無い。

先程魔導師を殺し、ティグラの体力が満タンになっているだろう事を考えると、互角かやや僕有利と言う程度だろう。

再びティルヴィングを構え直し、ティグラを見据える。

 

「質問の答がまだでしたね。

気持ち悪いものは、気持ち悪いものですよ。

あんな人に生命力を注ぐために人殺しをしているなんて考えると、自分が嫌になります」

「…………」

 

 勿論、質問に答える義務などティグラには無い。

が、ムラマサの機能がまた一つ明らかになったのであった。

ついでに、黒幕がムラマサを何のために使っているかも、なんとなく。

 

 しかし、である。

此処にいたって、ティグラの口数の多さは、たんなる間抜けでは無いのでは、と僕は思い始めた。

ティグラは言外に、助けを求めているのではなかろうか。

自分で意識しているかどうかは不明だが、自分を止めてくれる人を求めているのではないだろうか。

 

 決して、ティグラは許せる相手ではない。

13人、今は14人目となる犠牲者を出しながら、いくら脅されていたという事実があるからといって、許していいはずが無い。

だが、だけれども。

だからといって、助からなくていいとは言えないのではないだろうか。

一瞬の迷いが、記憶を呼び覚ます。

こんな時、UD-182ならばどうしただろうか。

 

 決まっている。

あの熱く、心の奥底が燃え盛るような言葉で、諭すのだ。

 

「お前は……本当に人を殺すのが、嫌なんだよな?」

「い、嫌に決まっているじゃあないですかっ!」

 

 気づけば僕は、口走っていた。

僕は生きているだけじゃあ意味がない。

UD-182の生き方を継承していかなくてはならない。

最初は殺人犯であるティグラを止めればいいだけだったけれども、今は。

 

「ならさ、お前のやる事は……俺に愚痴を吐く事じゃあないだろ」

「……え?」

 

 怖かった。

本当はティグラの様子は僕を欺くための嘘で、会話に意識を傾けた僕が殺されるんじゃあないだろうかと怖かった。

だけどそれが一番怖い事じゃあ、ない。

それが一番怖くては、いけない。

もっと怖いのは、この説得が欠片も通じない事でなくてはならない。

そうなれば、僕はUD-182を演じきれておらず、その生き方を継承する事ができていないと言う事なのだから。

 

「お前を脅している存在がある事は、何となく分かった。

お前が本心から人を殺しているんじゃあないと言う事も、何となく分かった」

「え、あ、え……?」

 

 ティグラが呆然とムラマサを下ろし、言葉にならない声を漏らす。

涙さえ滲ませているその顔は到底演技のように見えず、僕の勘もその判断を是としている。

ならばより僕は、説得に力を入れなければならなかった。

 

「だけど、どんなに諦めたくなるぐらいの苦境でも、乗り切る道は必ずある!」

 

 自分に言い聞かせるように、僕は内心で繰り返す。

もし本当にティグラの心に炎をもたらす事ができなかったのならば——。

僕は、UD-182の遺志を受け継げなかった事になるのだと。

そうなれば僕には、生きている価値すら無いのだと。

本当は死にたくないだけの弱い自分を、無理やりに曲げて強い自分を形作る。

 

「諦めるな、目を逸らさず、自分の人生に目を向けろ!

お前のやるべき事は、本当に誰かの為に人を殺し続ける事なのか!?」

 

 そんな事を言う資格が僕には無いのは分かっている。

でも僕は、言わねばならなかった。

弱い自分を見ない為に。

かといって強い自分になる事すらできず、僕は強い自分の仮面を演じる事しかできないから。

だから僕は、演技の言葉でティグラの人生を左右しようという、最低の行為を続ける。

そんな僕の言葉に、それでもティグラはゆっくりと視線を上げ、言った。

 

「……違、う」

「……っ!」

 

 僕の全身を、電撃が走る。

本当は僕は、死ぬ事を恐れるただの弱虫。

それでも必死に仮面を演じてきて、何のためだとか、それが何になるとか、そんな事から無理して視線を逸らして。

そこに、この台詞である。

僕の言葉を受け入れてくれたと見れる、この台詞である。

 

 嬉しかった。

誓って禁じていた涙が出そうなぐらい、嬉しかった。

僕の紛い物の言葉でもティグラに届いたのだと思うと、心の奥に炎が灯るのが分かる。

僕がUD-182の生き方を、僅かでも継ぐ事ができているのだと思うと、感動で体が震えそうだった。

水面下で必死に足掻くのを取り繕う白鳥のような、全体を見れば滑稽なだけの僕。

さっきまでは、どうにかして自分から目を逸らさなければ、そんな滑稽な努力すら続けられなかった。

だけどそれでもいいと、偽物でもこんなにも嬉しい事なのなら、続けられると、思えたのだ。

 

 瞳に力が宿るのが、自分でも分かった。

全身が感覚器になったかのようで、風の動きが、魔力の動きが、手に取るように分かる。

吐く息は巨大な質量を伴うかのようで、全身には活力が満ち満ちた。

言葉に少しだけ出てきた自信を乗せ、続ける。

 

「だろう? なら、今お前がやるべきことは、今すぐ俺の手を取って、ナンバ−12の居る組織から逃げ出す事だ」

 

 未だに構えていたティルヴィングを下ろし、僕は手を伸ばした。

ティグラの視線が、僕の手へと下ろされる。

 

「俺を信じろ、必ずそれはできる!」

 

 しばし、沈黙がその場に横たわった。

クイントさんにリニスさんにナンバ−12達の戦闘音を背景音楽に、僕は固唾を飲んで答えを待つ。

チャキ、と、金属が鳴り響く僅かな音が響いた。

ムラマサを構える音であった。

 

 少し前の僕ならば、視界が真っ暗になったかのような感覚を覚えただろう。

だけど今の僕ならば、言葉が通じたかもしれないと思うだけであんなにも幸せな僕だったならば、違う。

まだだ、と内心で叫び、全身に活を入れる。

今なら少しだけ、UD-182があんなにも強くあれた理由が分かるようだった。

誰かに自分の中の炎を分ける事ができる事は、それがほんの少しであっても、こんなにも嬉しい事なのだから。

 

「それが、答えか……。

なら、ぶちのめしてでも連れて行くっ!」

 

 全身にみなぎる雄々しさを乗せ、大口を叩く僕。

ティルヴィングを構え、ティグラに突きつける。

今や僕には、負けるかも、とかそういう不安は少しも無かった。

むしろ、今の僕に負けは無いと、確信じみた感覚すら覚える。

その感覚を信じて、僕はティグラとの戦いを再開するのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「シュートバレット……」

 

 嗄れ声と共に、再び透明化直射弾が発射。

舌打ちつつクイントは一旦ナンバ−12と距離を置き、直後目前を薄黄色の直射弾が通りすぎる。

閃光、続いて爆発が四つ。

空中で魔力煙が上がり、同時にクイントの背筋に冷たい物が走る。

直後、魔力煙が盛り上がり、クイントの目前にナンバー12が出現。

何も持っていない筈の両手を、軌道が交差を描くように振るった。

 

「右ぃっ!」

 

 それに対し、クイントは勘で右側の空中へ迎撃の拳を打ち出す。

金属音と共にナンバー12がはじき飛ばされ、距離が出来た。

直後薄黄色の直射弾がナンバー12を襲うも、あっさりと弾かれる。

そのクイントから見て右側、左手には透明化が剥げた、普遍的な杖型デバイスが姿を現した。

 

「……ったく、いつの間にそんな根性悪い技、覚えたんですか? 先輩」

「誰の事だか知らんが、2年もあればそれぐらいできるようになるものさ」

 

 残る魔力煙を払うように、杖を振るうナンバー12。

そう、ナンバー12は直射弾の他に、自分のデバイスを透明化できるようになっていたのだ。

幻術は強い衝撃に弱いため一撃しか持たないが、それでも迎撃の為魔力煙を作らねばならないこの状況では、何度も見えない初撃を捌かねばならない。

直射弾同様暗殺にも不意打ちにも役立ち、実戦でも脅威となる、最悪の一手である。

クイントもこれまでに迎撃できた攻撃は、半分しかない。

 

「……これは、マズイわね……」

「えぇ、少々嫌な展開になってきましたね……」

 

 そして加えて悪いのは、クイントとリニスの連携がまだ上手くいっていない事が挙げられる。

当たり前と言えば当たり前と言えよう、二人はまだ出会って数時間と経っていないのだ。

さらにクイントはリニスの目的がムラマサにある事を知っており、ムラマサを奪取される可能性を脳裏で否定できない。

クイントがリニスを信じられる一点は、あの凄まじい勘を持つウォルターが信じていると言う、ただ一点である。

加えて言えば、何となくクイントから一方的にではあるが、馬が合わない所があるのだ。

そんな状況でいきなり信頼関係を築こうにも、無理がある。

 

 戦闘の手順は先程から変わらず、リニスが継続的にクイントとナンバー12を結ぶ直線上を直射弾で満たす。

その上でナンバ−12が突撃してくれば一気に直射弾を撃ってナンバー12を攻撃し、クイントが突撃を選ぶなら直射弾を取りやめる。

透明化直射弾による一撃がある以上、クイントはリニスの援護を確実にもらえるコースしか動けず、得意の変則的な軌道は行えない。

にもかかわらず、リニスは本来必要な近接戦闘時の誘導射撃による援護は行えていない。

時折油断したリニスを堕とそうと透明化直射弾が飛んでくるため、スフィア20以上の維持が欠かせない為だ。

唯一の朗報は、開所でのウォルターが予想以上に強かった事か。

先程まで説得をしていたウォルターは、修羅もかくやと言う勢いでティグラに斬りかかり圧倒している。

とは言え、ナンバ−12も時間稼ぎに徹させてくれる程甘い相手では無い。

 

 内心の苛立ちを抑えつつも、しかし、とクイントは思う。

それでも全く情報が得られていない訳ではない。

恐らく透明化直射弾の最大保持数は、2年前から2つ増えた4つ。

威力は高いが一発二発なら根性で耐え切って突っ込む事も可能で、そこに突破口があるとクイントは考える。

 

(透明化直射弾を2発惹きつけてくれれば、私が突っ込んでナンバー12を打ち倒せるわっ!)

(透明化直射弾を10秒程惹きつけてくれれば、私の最大魔法でナンバー12を仕留めますっ!)

 

 念話は、奇しくも同時に輪唱した。

相手が聞き分けてくれる物と考え体を動かし始めてから、相手の念話を脳が理解。

動き出したまま固まったままのクイントと、詠唱を開始した所で固まったリニス。

焦りが産み出した、最悪の隙であった。

 

 ——やばい、どっちかが殺られるっ!

内心の叫びと共に思わず防御姿勢を取ったクイントだが、ナンバー12はクイントにもリニスにも目をくれなかった。

 

「シュートバレット・マルチショット……!」

 

 慌ててナンバ−12が杖を向けた先を、思わずクイントは辿ってしまう。

その先に、居たのは。

 

「ウォルター!」

「ウォルター君っ!」

 

 ウォルターは、今まさにティグラを追い詰めた所であった。

ムラマサを大きく空振り隙を見せたティグラに対し、最後の一撃を叩きこむその寸前。

クイントとリニスの声に目を見開き、超反応でウォルターもまた直射弾を生み出す。

爆音と同時、魔力煙がウォルターとティグラを覆い隠した。

魔力煙から糸を引くようにティグラが脱出、ナンバ−12もまた離脱し、即座に転移魔法の術式を開始する。

 

「くっ!」

「させませんよっ!」

 

 咄嗟にリニスが15発もの直射弾を打ち出すも、ティグラが迎撃。

その頃やっとウォルターが煙から脱出、パルチザンフォルムとなったティルヴィングを構え、何らかの魔法を放った。

が、煌く白光も容易にティグラに弾かれ、ナンバ−12の高速転移魔法が完成する。

 

「悪いが、勝機の薄い戦いはここまでだ」

「すいません、ウォルター君。さようならです」

 

 深緑色の魔力光が煌き、二人は姿を消した。

逃げられたのだ。

遅れて脳がそれを理解し、クイントは思わず叫ぶ。

 

「くっ! これで暗殺に回られたら、こっちに勝ち目は……!」

 

 事実だった。

この勝負は、逃げられてはいけない戦いだった。

より権力が上手のティグラとナンバ−12は、クイントらの情報などいくらでも手に入れる事ができる。

そうなればクイントらを襲うのは、暗殺だ。

特に夫と言う明確な弱点を持つクイントには、人質を取られる可能性すらある。

事態の深刻さを理解したのだろう、リニスも体に震えが走り、瞳が揺れている。

だが、ウォルターがそこに待ったをかけた。

 

「いや、最後の一撃で、どうにか魔力トレーサーをマーキングできた」

「へ?」

 

 思わず目を見開くクイントにリニス。

最後の透明化直射弾を避けきれなかったのだろうか、左肘付近に回復魔法をかけつつ、上空で戦っていたウォルターが下りてくる。

 

「つっても、昨日感覚で作った付け焼刃だ。

昨日リニスさんで試した所、持つのは丸1日ぐらいって所だろうな。

それまでに奴らと再戦しなけりゃならないし、逃げ回られたら厄介なのは確かだけど」

 

 と言うウォルターの言葉を、クイントの脳が遅れて理解。

やったじゃない、と肩を叩いてクイントがウォルターを労ろうとした、その瞬間である。

 

「お手柄じゃないですか、ウォルターっ!」

 

 飛び込むようにして、ウォルターに抱きつくリニス。

豊満な胸に首を押しやられ、何とも言えない顔のウォルターだったが、その顔が一瞬だけ嬉しそうに笑みを作るのをクイントは見逃さなかった。

ウォルターは、深刻さを醸しだそうとしているのだろう、低い声色で続ける。

 

「つっても、何時やられたんだか分からないが、こっちもなんかトレーサーくらってるみたいだな。

となると、効果時間ギリギリまでこっちに有利そうな場所で相手を焦らしながら待ち構えて、時間が来そうになったら襲撃って所か。

多分あっちも俺のトレーサーに気づいている、お互いに同じ行動に出るだろうな。

まぁ、さすがに突貫で作った俺のトレーサーより相手のトレーサーの方が性能が低いって事は無いだろうから、こっちが襲撃する事になるんだろうけど」

「それでも偉かったですよ、ウォルター」

「はいはい……、分かったからもう無でなくていいよ」

 

 と、嫌がるウォルターを撫でに撫でてから、リニスはウォルターを離す。

ようやく離れられたウォルターは、深い溜息をつきながら明後日に視線をやり、それからクイントへと視線を下ろした。

訝しげな顔。

 

「どうしたんだ、クイントさん。

なんか固まっているけどさ」

「えっ、いや、なんでも無いわ」

 

 と言いつつも、クイントは今自分が氷の視線でリニスとウォルターを見ていた事に気づいていた。

両手をブンブン振りつつ、何時もの明るい表情で誤魔化す。

首をかしげつつも、ウォルターは納得したのだろう、うんうんと頷きつつ続けた。

 

「それはそうとして、俺達は個別行動は厳禁だ、今晩はちょっと狭いが俺の部屋で、三人で交代で寝るようにするか」

「えぇ、それで構いませんよ、ウォルター」

「こっちもそれでいいわ、夫を巻き込めないしね」

 

 と話に乗りつつも、クイントはさり気なく自分の胸を抑えた。

先程、リニスとウォルターを見て走った痛切な痛みを、目を細めながら思う。

そんな感情が、自分にあるとは思っていなかった。

何時も明るくてパワフルに動けて、こんな悩みなんて持たないと思っていた。

けれど事実、クイントは醜い感情を持っていて。

歯噛みしつつ、クイントは自分のその由来不明の感情を思う。

 

 クイントは、嫉妬していた。

リニスの持つ母性に、嫉妬していたのだ。

 

 

 

 

 


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