一筋の可能性
主役のアルベルが全然しゃべらないターンがちょっと続きます。
人一倍虚栄心が強く欲深い――その癖、お粗末なオーエンが不自然な動きをしたのだろうか。それをアルベルティーナが察したのかもしれない。
ジュリアスの息の掛かった使用人は、何人もマクシミリアン家にいる。
(問題は魔法使いがいるということだ。あくまで、使用人として不自然でない者を放っただけ。魔法使いの技量によっては、手も足も出ない……逆にこちらの動きを察したら厄介だ)
グレイルの『影』のように密偵、暗殺、使用人としての技術を全て身に付けているわけではない。特殊訓練を受けた者たちで、実際ジュリアスやレイヴンのように表に立つ人間はもっと少ない。ほんの一握りといっていい程、ごく少数なのだ。
手柄を立てたとしても、失態や不備があれば容赦なく戻されるか処分される。
レイヴンはアルベルティーナのお気に入りで、懇願があったからこそ再教育に回されただけだ。そうでなければ、グレイルは間違いなくレイヴンを切り捨てていた。
(ラティッチェ公爵の影たちは、いわば私兵。国や王家よりもグレイル・フォン・ラティッチェに個人に忠誠を誓っている。
レイヴンはお嬢様にべったり懐いている。お嬢様には自覚がないが、あの懐かない獣が、ああもあっさり頭を垂れたのは、あのお方の人柄がなせる業だ)
グレイルに対しては絶対的な強さに対する畏怖や恭順だ。
カリスマとは無縁そうなアルベルティーナ。そんな彼女の隠れ人転がしの才能。アルベルティーナ自身が気に入った人間に対しては、百発百中である。
その法則は人外にも適用されており、脳味噌軽量型のドジっ子チャッピーだけでなく、あの得体のしれない狂暴なハニーすら手懐けている。
(もしかしたら、お嬢様……いや、アルベル様が招集をすれば、『影』は何人かは集まるかもしれない)
その精鋭らが使えれば、かなり有利になる。事実、レイヴンという駒がいるだけにアルベルティーナも各段に動きやすくなっている。
秘密裏にジュリアス達と連絡が取れたのも、レイヴンがいたからこそだ。
下手にアンナや、他の人間を介して手紙を出せば情報が漏れる可能性はあった。アンナはアルベルティーナ専属の侍女として有名な分、注目されている。忠義も厚いが、誰よりもアルベルティーナに近く、確実な情報を持っている。
動きを監視されていると言っていい。また、アンナはアルベルティーナの傍をあまり長く離れられない――アルベルティーナが安心して世話であっても、身を預けられる人間は極僅かなのだ。
その点、レイヴンは露出がないため隠密に行動しやすい。ヴァユ内ですら、アルベルティーナとあの珍獣たち、そしてアンナ以外には気づかれていない。
先輩ということもあるせいか、アンナにも扱き使われているレイヴン。
(アンナの奴、俺には随分と厳しい癖にレイヴンがアルベル様の私室でうろついていても殆ど放置なのがムカつく)
この辺は完全なる私情だが、護衛という点を差し引いてもあれだけ傍にいて邪険にされない異性は極めてレアだ。アンナはアルベルティーナにとって『教育に悪い』と判断した人間に容赦ない。
以前のちんまりしたサイズならともかく、今はジュリアスの背を軽々追い越した巨躯である。
「……レイヴン、お前は連絡を取れる影はいるか?」
レイヴンは無言で首を横に振る。
「時折、居るであろう気配は感じます。ですが、明確な人数や目的は分りません。
追えば捕まえることは可能ですが、自害を計る可能性もありますし、抵抗すれば無傷で捕らえるのは難しいでしょう。現状は、敵意がない以上放置するしかありません」
その影の中には「もしかしたらグレイルが戻ってくるかもしれない」と僅かな願いを掛けて、アルベルティーナを見張っている可能性がある。
そうでなければ、既にグレイルから死んだ後の命令を下されているかだ。
どちらの線も濃厚だし、グレイルの厳命があればこちらに靡く可能性は低い。それに、グレイルがアルベルティーナに危険を齎す命令はしないはずだ。
「それは間違いなくラティッチェの影なのだな? 王家や元老会の密偵は紛れていないだろうな」
「間違いなく、ラティッチェです。アルベル様の結界が消えた後、何度か接触しました。王家や元老会の密偵は、既に潰されておりますので残っているが消去法で……」
知らないところで潰しあいが起きていた。
元老会は兎も角、王家――ラウゼス陛下の密偵までいたのならば、潰さない欲しかった。
(いや、陛下は堂々と兵を派遣できるはずだ。フォルトゥナ公爵に警護を一任しているから、聞けるはずだ)
ラウゼスはアルベルティーナを気に掛けている。それは不幸の重なる少女への憐憫であり、肉親の情からくるものである。
となると、きな臭いのは王妃達や王の兄姉弟妹関連だろう。
レイヴンのことだ。問われなければ喋らない。だが、断言するからにはそれなりに彼の中で根拠となる物があるのだろう。
武器、癖、行動パターンはその暗部の訓練によって特色が出る。
「ラティッチェだけだと?」
「正確に言うならばラティッチェというより、グレイル様の私兵です。セバス様ならば何か知っている可能性はあります」
だが、セバスはいない。
キシュタリアを見る限り、彼に忠誠を誓いに行った影はいなさそうだ。
グレイルの溺愛っぷりから考えれば、すべてアルベルティーナに付けていてもおかしくない。
ジュリアスは褥に沈むアルベルティーナを見る。
アンナの話によると胸を押さえていたといっていた。過剰な魔力が、心臓に負担を掛けたり傷つけているのかもしれない。
主治医のヴァニアが相当危険だと言っていた。ゼファールにより余剰分は抜き取られたが、それも応急処置であり、僅かに状態悪化を緩やかにする程度。
ジュリアスは無力だ。何もできない。
(魔力を減らす方法? 増やすための鍛錬や研究は多くされているが、逆はあまり聞かない)
そこでふと気づく。いや、最近聞いた。誰でもない、アルベルティーナから。
魔力を散らす魔法薬。
「メギル風邪の特効薬……!」
ジュリアスは立ち上がり大急ぎで部屋を出る。
途中、隣室で待機していたアンナが物音に気付き「姫様がお休み中なので静かになさい!」と激しい音と共にけたたましい音が響く。
暫く二人は言い争いをしていたが、ジュリアスが柄にもなく騒ぎ立てている事も、アルベルティーナの部屋から出てきたことも許される理由だった為、アンナはそれ以上引き留めなかった。
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