「場所もない、人手もない」「上からの指示が二転三転」…自治体職員が語る、ワクチン接種“現場の壮絶さ”
2021年06月09日 06時20分 文春オンライン
2021年06月09日 06時20分 文春オンライン
2021年06月08日 12時00分 文春オンライン
「どうしてワクチンの予約ができないのか」と、疑問に思っている国民は多い。テレビでは、連日、電話がつながらないことや、予約のために長蛇の列に並ぶ高齢者が報道されていた。
日本では、国内治験を経て、2月から医療従事者の接種が、4月から高齢者の接種がそれぞれはじまったが、予防接種率は、先進国の中で最低レベル、途上国と同様のレベルといわれ、高齢者をはじめ、焦る国民は多かった。先日、1000万人が1回目の接種を終了したと報道された。
ワクチン接種が進まないボトルネックは何だったのか。ひとつは供給量が当初少なかったことがあり、もう一つは、国や自治体の仕組み、人員などの問題もあるだろう。
ここでは、ワクチン接種の現状を知るべく、大都市と小都市、ワクチン接種に奮闘する2人の自治体職員にそれぞれ話をきいた。また、現在の状況を前に、どのようにワクチン接種に向き合うのが賢い選択なのか、考えてみたい。
■「場所もない、医師などの人手もない」からスタート
小さな地方都市で、ワクチン接種を担当するAさんにまずは話をきいた。Aさんは、もともと自治体のワクチン接種の担当者で、新型コロナウイルスワクチンも担当している。
「国から急に、7月末までに高齢者接種を完了すると指令がでまして、本当に大変な思いで、なんとかここまで仕組みをつくってきました。病院を一つ作るような感じでしたね」
と、Aさんは話す。Aさんによると、ここ3ヶ月くらいは休みを取っていないという。
「最初は、場所もない、医師などの人手もないという状態でした。備品の購入も必要です。2月に、4月に配るための接種券を作る作業をしましたが、転入・転出や、死亡の人を抜いたり、そういった作業がまずは大変でした。会場は、長らく使っていない建物を使用したり、体育館を借りたりしましたが、清掃を入れたりして準備を行った。一番大変だったのは、4月末くらいの時期でした」
ノウハウがなく、手探りで、医師会などを頼って人も募集をした。
この都市は、主に集団接種でワクチン接種を行っている。開業医での接種が盛んな自治体もあるが、Aさんの自治体では、開業医は躊躇することが多かったという。
「急なキャンセルが出てワクチンを廃棄せざるをえなかったり、何らかの間違いがあると、開業医さんが責められてしまいます。ですので、乗り気ではないという開業医さんが多かったのです」
■接種開始予定の直前に、ようやく詳細を知った
Aさんに、どういった部分が一番大変だったのか、もっと合理的にできたのではないかと思うところはどこかと尋ねると、
「国に共通の、効率的で詳細なフォーマットを示していただけるとありがたかったかなと思います。というのは、ワクチンが来るまで、自治体担当者は、月に1回のオンライン説明会に出席していましたが、スタッフの集め方や報酬、ワクチンのロジスティクスなど、具体的な話はあまりありませんでした。
また、ワクチンがくる直前の2月頃に、首都圏で公開シミュレーション等がありましたが、そのときになってようやく、少しイメージを持つことが出来ました。当初は、接種を3月からと言っていたので、本当に直前ですよね。
医師会にも国から十分説明し、自治体への協力を求めて欲しかった。国も、初めてのことだったというのは理解していますが、具体的なことは、すべて自治体任せで、『丸投げ』ともいえる状態でした」
■ワクチンの希望者がとにかく多い…前例のない事態
その後、Aさんをはじめとして、自治体職員が休日も返上で奮闘し、現在では、該当する高齢者の多くが7月までのワクチン接種の予約を完了。ワクチン接種も着々と進んでいるが、人員不足がいまだに課題だという。
「医師、看護師も、どうにかまわしていますが、まだ、人員は大変です。休職中の看護師さんも募集しましたが、中には、『薬剤の希釈や充填に自信がない』など、実務に自信がもてずに辞退をされた方もいらっしゃいました。今は非常に忙しく、医師も休日返上でワクチン接種に奔走しています。
『希望するすべての人にワクチンを』が国の方針であり、わたしたちもそう考えています。わたしたちが少し驚いているのは、ワクチンの希望者が、思った以上に多いことでした。例年、インフルエンザは、6-7割の接種率です。現在、それをはるかに超える割合の人が接種を希望されています。自治体は、ここまで多くの市民の要望に対応するのは、はじめての経験かもしれません。
皆さん接種に前のめりで、副反応についてしっかり理解された上で希望されているのかどうかわからず、もし何か起きたら、誰が責任をとるのだろうと、かえって怖さを感じることもあるくらいです」
Aさんは、これから2ヶ月、さらに休みなしで、ワクチン接種に奔走するようだ。Aさんの奮闘は続く。
■昼間はクレーム対応、夜間にようやく本来の業務を…
Bさんは、前述のAさんとは対照的に、数十万人規模の都市の自治体職員だ。Aさんはもともと予防接種の担当者だったが、Bさんは、ほかの部署から、兼務で、新型コロナウイルスワクチンの担当部署に配属された。
Bさんが新たに配属された部署は、新型コロナウイルスワクチンに関するホームページやコールセンター、ワクチンの分配などを一括して業務を行っているが、すべて、兼務で招集された職員により行われているという。
「もともと、予防接種の担当だった人はいません。ワクチンをもともと担当していた部署はあるのですが、わたしの知る限り、今回の業務にその部署は関わっていません。また、会議などを一緒にやることもないようです」
夕方過ぎにようやく本来の業務に着手する日も少なくないという。
「昼間は、クレームの電話対応で、忙殺されてしまうことがあります。ワクチン予約の電話番号ではないのですが、予約が取れないというクレームの電話が一日中かかってきたり、直接クレームを言いに来る方もいます。
以前は、昼間はクレーム対応、夜間に仕事をして、2時か3時になってやっと帰れることもありました。最近は、クレームが少し減ったので、以前よりは早く帰れるようになりましたが……」
仕事の上で、Bさんが戸惑っていることは、上からの命令が、朝令暮改されることが頻繁にあることだ。たとえば、予約が殺到し対応しきれなかったため、予約方法を二転三転させたが、今度はその周知がなされなかったことでほとんど予約が入らないような事態になってしまったという。
予約の仕組みや会場のことについて、職員にも正確な情報がまわってきていないこともあり、クレームに対して、「わたしたちも把握していません」と答えざるをえないこともあるという。
国は、6月からは「一般の方にもワクチンを」とアナウンスをしているが、「もうこれ以上無理は言わないでほしいです」と、Bさんは悲鳴をあげる。
ワクチン接種の仕事を困難にしているのは、部署に専門家が不在であることと、大都市ならではの、委託業者が多く入り込んだ複雑なシステムだ。全体像の見えなさや、意思決定の複雑さについて、もう少し、仕事をする上で、きちんとした説明がほしいと思いませんかと、たずねたところ、こう答えた。
「やることは変わらないまま、会議が増えたりするのはつらいので、詳しく知りたいとは思っていません。とにかくもっと人を増やしてほしいです。本当に人が足りません」
Bさんの訴えは深刻だ。
■「それほど遠くない時期に、必ず打てます」自治体職員が伝えたいこと
ワクチン接種の仕組み作りに奔走している前述の地方自治体職員Aさんは、こう話す。
「クレームを入れられる方は、不安があると思います。でも、それほど遠くない時期に、必ず打てます。災害のときもそうですが、『奪い合えば足りないけれど、分け合えば余る』という言葉があります。
わたしたちは、これまで、コロナ禍を終わらせたい、以前のような外に出ていける世界を取り戻したい、市民の安心・安全のためにみなさんにワクチンを届けたい、そう思って奮闘してきました。不安を感じている市民の方もいらっしゃると思いますが、わたしたちを信頼して、もう少し待っていていただきたい」
自治体職員たちは、手探りの中、新型コロナウイルスワクチン接種のために、今この瞬間も奔走している。わたしたちは、それほど遠くない将来に、時期が来れば、順番が回って来れば、必ず打てるのだから、パニックになることなく、冷静に待っているのがよいのだろう。
(松村 むつみ)