月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか   作:くらうぇい

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分割前半、25000字くらいです。

総合評価が8000行ってました。これ程評価していただけるとは、文を書き始めた時は思っておりませんでした。
全ては素晴らしい原作とリスペクトする先達、感想評価お気に入り誤字報告等してくれる読者の皆様方のお陰であります。

これからも細々とやっていけるよう頑張りますので、よろしくお願いします。

今話も楽しんでいただければ幸いです。


29:【冒険者依頼】

 

 

 【ギルド】支部、エントランス。

 

 先日のミノタウルス騒動の騒ぎも表面上は収まり、普段と変わらぬ冒険者達の行き交う場所へと姿を戻しているそこだが、昼時ともなれば冒険者らもギルド職員も食事に向かい、人も(まば)らとなる物だ。

 

 その中で私は、自身のファミリアを担当する【ラナ・ニールセン】を向かい側にして椅子に腰掛け、【止り木】が休みの間エリス神がどう過ごすつもりなのかという質問に、昨日の会話を想起しつつ答えていた。

 

「…………つまりエリスの奴、【止り木】が休みになったから別の仕事を見つけてきたと? 本当なのか?」

「ああ。【止り木】が休みの間、摩天楼(バベル)にあるヘファイストス・ファミリアの店で働くそうだ…………正直、驚いたよ」

 

 茶を(すす)りながらに目を細めるニールセンに、私は愛想笑いと、乾いた笑い声を返した。

 

 【神会(デナトゥス)】の翌日となる今日(こんにち)。エリス神に半ば追い出されるような形で本拠(ホーム)を後にした私は特にやる事も無く、気まぐれに【冒険者依頼(クエスト)】でも請けてみるかと思い立ってギルドを訪れていた。太陽は昇っているものの夜の冷気が未だに残り、肌寒さを感じさせる時間帯にだ。

 

 本来であれば、掲示板に依頼が張り出される事の多い丁度今頃を見計らって訪れたかったのだが…………エリス神に追い出されたタイミングの早さがそれを許さず、ギルドを訪れて以降も、ギルドを行き交う人々を眺めたり、あるいはこうしてニールセンと言葉を交わすなどして時間を潰す事になっている。

 

 これと言うのも今日は家に【ヘファイストス】神が訪れるらしく、万が一にも<月光>を目に止められるのは拙い、と言うエリス神の考えに従った結果であった。その考えの正しさは疑う余地も無い。彼女が<月光>の危険性をそれなりに理解している事に感謝の念を抱きつつ私はそれに強く同意して、共に鍛冶の神の目を引きかねない品――――持ち切れぬ<血晶石>やら狩り道具やらを自室に押し込んだ。

 

 エリス神にはヘファイストス神が間違いなく帰っているであろう夕方まで家に戻らぬようきつく言い含められている。その為にこうして休憩中のニールセンと会話を交わしつつ依頼が張り出されるまでの時間を過ごす事になったのだ。だが先日までミノタウロス騒動に伴う聴取やらで多忙だった私にとって、それはむしろ、久方ぶりに穏やかな時間を過ごす口実になっている節もあった。

 

 …………そう言えば、家を後にしようとした時の事だ。一週間ほど後に都市の闘技場(コロッセオ)で行われると言う催しのチケットを前に唸っている彼女に声を掛けたのだが、何やらよくわからない逆鱗(げきりん)に触れてしまったらしく、随分(ずいぶん)と強引に付き合うように迫られ結局その剣幕に圧されてつい首を縦に振ってしまった。

 

 困る事では無いのだが、そこにはどうにも違和感がある。そもそもとしてどうやってあのチケットを手に入れたか分からない。それなりに値段は張る物ではないのか? 「眷族へのご褒美みたいなもの」と言う彼女の動機そのものはあり難いものだが……何も企んでいない事を祈る他あるまい。

 

「…………しかし、奴が働きたがるなど(にわ)かには信じ(がた)いな。気質からすればだらだらと過ごしたがりそうだが」

 

 思索に沈む私を他所に、まるで心底意外だとでも言いたげにニールセンが口を開いた。それを聞いて、私は彼女のエリス神に対する評価を否定しきれない事に少々可笑しさを感じながらも、エリス神が如何にして仕事を手に入れてきたかを想起し、彼女の名誉の為にもニールセンに説明する。

 

「最初は本人もそうするつもりだったようだが…………家計簿でも眺めて心を入れ替えてくれたのかもしれないな。まさか、エリス神自らヘファイストス神に直談判(じかだんぱん)して仕事を貰ってくるなどとは夢にも思わなかったがね」

 

 笑いながらに肩を竦めて、薄っすらと湯気を揺らめかせる茶を少し(すす)る。少しざらざらとした舌触り。珍しい物だなと感じて、私はグラスに注がれた渋い緑色の液面を見た。

 聞けば、東方の島国で好まれていると言う品らしい。いつだか、まだ狩人としての道をゲールマン(おう)の元で歩み始めたばかりの頃、<(からす)>が東国より来たった行商から調達して来た物の中に似たような物があった覚えがある。

 

 あの時は確か口にした者は皆あまりいい顔をせず、結局はマリアの提案で紅茶を煎れ直した。<烏>の奴はそれを大層恨めしげに眺め、結局は機嫌を損ねて工房を出てねぐらに戻っていったのだったと思う。あれ以降、彼は手に入れた嗜好品(しこうひん)を自分だけで楽しむようになったのだったか。

 

 懐かしい日々だ。…………まぁ、今となってはその味も思い出せないが。

 

 そんな感傷に浸りながら味の分からぬそれを啜って喉を潤していると、ニールセンは(いぶか)()な顔で何やら思案するように腕を組んで、それから私にエリス神の行動について尋ねて来た。

 

「………………ふうむ。ルドウイーク、エリスの奴から詳しい話は聞いてあるのか? その、仕事とやらについて」

「いや、今日ヘファイストス神を家に招いて、細かい部分の調整をするらしい。それで邪魔だと追い出されてしまって、今ここに居る訳だが」

「ふむ……?」

 

 疑念に満ちた顔でニールセンは口をきつく結び、目を閉じて何やら思索を巡らせ始めた。

 

 確かに、エリス神が自ら仕事を取ってくるなど、以前までなら考えにくい事ではあったが…………流石に失礼と言う奴ではなかろうか。彼女は実際に仕事を取ってきて、ヘファイストス神も動いている。エリス・ファミリアの復興を目指す彼女の熱意に疑う余地はあるまい。だがニールセンはそうは思っていなかったようで、私に怪訝そうな視線を向けながらに口を開いた。

 

「ルドウイーク、お前まさか、エリスの奴の言う事を信じているのではあるまいな」

「信じる? 騙す理由がないだろう」

「それはそうだが…………家でずっと寝ているよりはマシか。給料の入り方にだけは目を通しておけよ」

「言われんでも」

 

 正直なところあまり心配はしていないが、私は彼女の言葉に同調するかのように首を縦に振る。流石にエリス神が面子を気にして見栄を張りたがる神格(じんかく)の持ち主とは言え、そこまであからさまではないだろう……。

 

「……さて、休憩も終わりだ。私は戻るぞ」

「そうか。すまないな、暇つぶしに付き合ってもらって」

「構わん。担当冒険者とのコミュニケーションも仕事の内だ。ではな」

 

 彼女は私が飲み干したグラスと自身のグラスを手に取ると、早々に立ち上がり仕事に戻って行った。その背を見送ったのち、私はちらと依頼の張り出される掲示板へと目を向けたが、まだ依頼書の張り出し作業は行われていないようだ。私はソファに深く(もた)れ掛かり、白磁の神殿じみたギルドの天井に目を向ける。

 

「あ! ルドウイークさーん!」

 

 その時、自身の名を呼ぶ声を耳にして私は上を見上げていた視線を戻した。視線の先には、小柄な人間(ヒューマン)の少年。それなりに見知ったその姿を目にした私は、気負う事も無く穏やかに笑って彼の呼ぶ声に返事を返した。

 

「やあ、ベル。今日はどうした?」

「えっと、レベル2になったので、これからの事でエイナさんに相談しに来たんです」

「その件か。エリス神もとても驚いていたよ……私からも祝わせてくれ」

「ありがとうございます! それで今日は、ちょっとお話がありまして……」

「ふむ。それもいいが……その前に、そちらの彼は?」

 

 言って、私はクラネル少年と共に現れた人間(ヒューマン)の青年に視線を向けた。

 

 まず目を引いたのは血……いや、いつか<火薬庫>の工房で見た燃え盛る炎を思い出させる赤い髪。その長さは全体的に短いが整然とはしておらず、ただ邪魔だから短くしたという動機が透けて見える。体格は隣に立つクラネル少年に比べれば恵まれているようで頭一つほど高い。歳の頃もクラネル少年に比べて多少上だろう。

 

 私は立ち上がって、視線を下げて彼らの事を見下ろす。すると赤髪の青年は自身の利き腕と思しき右手をこちらに差し出して、男らしい低い声で自らの名を名乗った。

 

「【ヴェルフ】だ。二つ名はねえ。ちと事情があって、ベルとパーティを組んでもらおうと思ってるモンだ。よろしく、ええと……」

「<ルドウイーク>だ。二つ名は……【白装束(ホワイトコート)】、だったか。『二つ名』と言う奴にはまだ慣れなくてね」

 

 彼の差し出した手を私は握り返す。その手の平は硬く、何かを常に握りしめている者特有のそれだ。その点でも、私は嘗ての工房の職人たちを思い出す。彼らの多くはヤーナムを守らんとする狩人達を支える正に柱の如き存在であった。すると、彼も同調するように口元を緩めて小さく笑う。

 

「この街には長くねえって聞いたぜ。そんなもんさ。ところで、ええと……ルドさんでいいか? いきなりで悪ぃんだけど、ちと頼みがあるんだが……」

 

 握手した手を離した彼は少々ばつが悪そうに後頭部に手をやって歯切れ悪く言葉を紡いだ。それに対して、私は穏健に応対するべく微笑んで返答を行う。

 

「好きなように呼んでもらって構わない。それで、何かね?」

「背中の剣、見せて貰えねえかな」

 

 その言葉に一転して、私は思わず表情をこわばらせた。背中の剣――――<月光>を見たいと彼は言ったのか? 何故? 少し驚いたように目を見開く眼前の青年に遠慮する余裕も無く、私は彼の姿に再び視線を走らせる。その身に付けた黒い衣装はあまり見る機会の無い様式の物だ。(かつ)てヤーナムに居た極東出身の狩人が身に着けていたものに似てはいる。

 

 …………だがそれよりも重要なのは腰に下げられた鍛冶道具と思しき幾つかの工具と、露出の少ない服装から僅かに除く肌が鍛冶師(スミス)に特有の火に焼けたものである事。私は自分の不用心さにめまいを起こしそうになった。鍛冶師達も常に自身のファミリアに籠っている訳では無い。こうしてギルドに赴いたりする事はままあるだろう。

 

 そんな当たり前の事を勘定に入れぬなど何たる失態だ! 私は激怒して地団駄(じだんだ)を踏むエリス神の姿を幻視して内心頭を抱えた。もしこのような事で月光の存在が明るみに出たとなれば間抜けにも程がある。エリス神も『あれだけ隠したいっていうから協力したのに自分の不注意でばれるとか何やってんですか!?』などと言うに違いない。しかし、こうして明るみに出てしまった以上対処しなければなるまい。一体どう誤魔化すか……。

 

 そこまで考えた私は、唐突に一つの気づきを得た。そして、その気付きが正しいかを確かめるべく眼前の青年に向けて声をかける。

 

「……………君が見たいというのは、もしやこの、袋に隠れている方の剣かね?」

「ん? ……あ、ああ、スマン! 俺が見たいのはそっち、その【仕掛け大剣(ギミック・ブレイド)】の方だ。ウチの団長がそれについてなんだかぶつぶつ言ってんのを聞いてさ……もしダメってなら、全然構わねえんだけど」

「…………いや、構わんよ。好きにするといい」

 

 背の仕掛け大剣を彼に手渡した私は、彼らの見ている前だと言うにがっくりと肩を落として、大きく溜息を吐いた。

 

 ……まったく、我ながら何を早とちりしているのやら。そもそもとして、<月光>は人目に付かぬよう布で覆い隠しているではないか。一目でこの布の下にある物を見抜いたという可能性も無い訳では無いが……以前コルブランド殿と出会った際にそれが無かった以上、それよりも衆目に晒される形で背負っている仕掛け大剣に目が向く方がずっと自然だろう。更に言えば、仕掛け大剣は【ゴブニュ・ファミリア】の新製品として流通し始めてまだ一月も経っていない。普通に考えれば、まだまだ珍しい品のはずだ。

 

 鍛冶師と言うものに対して、(いささ)か警戒を向けすぎているな。過剰な警戒はむしろ怪しまれかねんし、丁度いい塩梅(あんばい)を見つけなければいけないか……。

 

 そう自身を戒めると、私は再びヴェルフへと目を向けた。彼は私の心中など気にも止めていなかったように、相当な熱意を持って仕掛け大剣を隅々まで精査している。そんな眼は以前にもどこかで見た覚えがあるな、などと私は想起して彼の発言を思い返し、自身の推理を確固たるものとするために一つの疑問を彼へと投げかけた。

 

「…………そう言えば鍛冶師と言っていたが、ヴェルフ君は何処の神の所属かね?」

「ク……じゃなくて、ヴェルフさんは【ヘファイストス】様の所の所属ですよ」

「なるほど、以前【コルブランド】殿も仕掛け大剣を見てヴェルフ君のように熱心に調べていたよ」

「団長を知ってるのかい」

「ああ。以前、仕掛け大剣を引き取る際に少しね」

 

 言いながら、以前(まみ)えた【椿・コルブランド】殿の姿を思い出す。鍛冶師としての熱意とその観察眼。かつて我々が狩り道具を任せた工房の職人らと比べても遜色なかろう。苦言を呈すのであれば、年頃の淑女にしては装いが少々開放的すぎる()()()があるとは思っているが…………まぁ、こちらの世界の常識を押しつけるのも野暮と言うものだ。私はそんな事を考えながら、ぎらぎらと目を輝かせるヴェルフに笑いかけた。

 

「今の君の眼と彼女のそれは良く似ているよ。彼女同様、君も高名な鍛冶師なのかね?」

「…………いや。まだ【鍛冶】のアビリティも持ってねえ半端モンさ。ま、すぐに『上』に上がって見せるぜ」

「そうか」

 

 私の言葉にしばし苦々しい表情を見せたが、ヴェルフはすぐに真剣な顔に戻って仕掛け大剣を観察し始めた。彼にも鍛冶師として、異界の武器たる仕掛け大剣に学びと気づきを見出しているのか。或いは、コルブランド殿同様、エドと言う男の技に思う所があるのか。あのエドの事だ。他の同業に嫌われていることは容易に想像できる。しかしその技術には、学ぶべき所があるのだろう。

 

 狩人としての規範、ヒトの様式美を逸脱していた<烏>の業を、結局は受け継いで行こうとする者が現れた様に。

 

「じゃああの、ルドウイークさん……」

 

 嘗ての同輩達を想起し思索に沈みかける私の意識を、申し訳なさそうなクラネル少年の声が引き戻した。私は一瞬はっとしてからすぐに表情を取り繕い、クラネル少年へと平坦な笑顔を向ける。

 

「ああ、すまないベル。話があるのだったね」

「いえ! すぐ済みますし大丈夫です! あっでもヴェルフさんは……」

 

 私の笑顔に対して心からのにこやかな笑みを浮かべて返すと、彼は首を巡らせてヴェルフを気遣うように問いかける。しかし当のヴェルフは眼前の仕掛け大剣に夢中で、傍から見ればぶっきらぼうとしか言えないような気の入って無い声でクラネル少年へと返事を返した。

 

「気にすんな。俺は隅でこの武器眺めてっから、終わったら声かけてくれ」

「わかりました! じゃあえっと…………」

「立ち話もなんだ、座って話をしよう。向こうのテーブルでいいか?」

「大丈夫です!」

 

 

 

 

 

「すみません、お待たせしました」

「いや。こちらこそすまないね」

「いえいえ! これくらい平気ですよ!」

 

 言って、クラネル少年は私の前に水の入ったグラスを置き、自身もソファに座って自らの手にしたままのグラスに口を付け、一度傾けた。

 

 ギルドのエントランスには、雑談やらに利用する者達の為に給水機が用意してある。当然タダではないが、それ程の値段がする訳でもない。恒常的にある水などお世辞には綺麗とは言えず、そのまま飲むなどヤーナムでは考えられない話だ。

 他の都市部では上水道の水が飲める様な技術の整備が始まっていたような話を聞いた事があったが……ヤーナムは辺鄙(へんぴ)な地方都市であり、水の入手は井戸に頼っている者が殆どだった。長引いた<夜>に水を求めて家を出て獣に襲われる……そんな死もありふれていた。

 

 だが、この様な技術があればそのような理由で命を落とす者は大きく数を減らしていただろう。口惜しいが、これもオラリオの魔石技術のなせる業だろうか。

 

 良く冷えた水によって温度が下がり、少しずつ水滴の浮き始めたグラス。未だに拭い去れぬ未練や感傷に苛まれながらそれを惜しむように置いた私は顔を上げて、クラネル少年へと問いかけた。

 

「で。一体相談とは何だね? 聞かせてくれ」

「はい」

 

 私の質問に、クラネル少年は珍しく迷いのある重苦しい声音(こわね)で応じ、言葉を探すように視線を一度私から逸らす。それに私が目を細めると、彼は諦めたように、あるいは意を決したように体を強張らせながらに口を開いた。

 

「実は……僕個人として、そろそろ『中層』への進出を考えてまして」

「ふむ」

「でも流石に、僕とリリだけじゃ怖いかなって思ったんです」

「成程」

 

 確かに、彼の懸念は正しい物だ。彼らが今まで冒険してきた『上層』に比べ、『中層』たる13層以降は出現する怪物たちの強さも、ダンジョン自体の環境が持つ危険度も比にならぬほどに跳ね上がる。そのあたりを、チュール嬢はクラネル少年に耳が痛くなる程に教え込んでいるのだろう。

 

 そこで私に対してこの話題を持ち出すというのなら……啓蒙のもたらす高次元思索が無くとも解る。まず間違いなく、彼の用事と言うのは一つだ。そして、私の予想を裏付けるようにクラネル少年は拳を強く握って、絞り出すように口にした。

 

「それで、ヴェルフさんを加えて三人パーティになるんで、それならなんとか行けると思うんですが……良ければ、ルドウイークさんにもそこに加わってもらえないかな、って」

「……ふむ」

「中層の……最初の13層とか14層なんか『最初の死線(ファースト・ライン)』なんて言われるくらいですから。出来れば、経験者の人に付き合ってもらいたいなと思ったんです。どう……ですかね……?」

 

 私はクラネル少年の言葉に彼らの実力と中層の危険性、そして自身を取り巻く状況を視野に入れた上でどう返答すべきか思案する。

 

 彼らを助けるという観点からすれば、まず同行するべきだ。先も想起したように、13層以降の危険性はそれ以前の階層とは比べ物にならない。例えレベル1時代に中層でも特に危険なモンスターの一体とされるミノタウロスを撃破しレベル2に至ったクラネル少年とは言え、そのミノタウロスは中層においてあくまで数居るモンスターの一体に過ぎないのだ。

 

 それに、そもそもとして彼に【ヘスティア・ファミリア】への道を示した責任もある。

 

 ――――だが。

 

「それは、少し難しいな」

 

 私の下した判断に、クラネル少年は口を真一文字に結んで視線を落とした。その小動物めいた雰囲気に申し訳無さがこみ上げるが、判断を曲げる訳には行かない。今の私は【エリス・ファミリア】の構成員。エリス神の意思の元で動くと自身に決めている。

 それに、【ロキ】神との同盟の件もある。現状ロキ・ファミリアの主戦力の殆どが遠征へと向かってしまっている以上、万一の時その穴を埋めるために私が動く事になるかもしれない。

 

 ――――大丈夫だ。彼らは私のように18層までの強行軍を行おうという訳では無い。クラネル少年を加えた三人ならば、問題なく13層を冒険する事は出来るはずだ。

 

 言い訳めいてそのような事を自身に言い聞かせると、私は無力感に顔を歪ませながらクラネル少年へと視線を向けた。

 

「……正直な所を言えば手を貸してあげたいのだが……エリス神の考えとの兼ね合いや個人的な事情もあってね。今はフリーでなければいけない時期なんだ。本格的なパーティとして君達の探索に付き合うのは、厳しい」

「そうですか……」

「すまない。このような返事になってしまって」

 

 私はクラネル少年へと頭を下げた。すると彼は慌てた様子でソファから身を乗り出してその私の謝罪を窘めた。

 

「いえいえ! 無茶言ったのはこっちですから! そ、そうだ! ルドウイークさんは、もう中層に行ってるんですよね? どんな感じでした?」

「一度だけだが……酷い目にあった。モンスターも手ごわく、環境も悪い。君も中層に挑むなら、徹底的に準備をしていくべきだ」

「そ、そうなんですか……わかりました」

 

 私の言葉に自身の中の中層に対する警戒をより強いものにしたのか、クラネル少年は難しい顔で眉間に皺を寄せてうんうんと唸り始める。冒険も狩り同様、警戒するに越した事は無い。それでも、予想外の出来事と言うのは往々にして起きるものだが……死ぬ可能性を減らす事は出来るだろう。

 

 そんな事を考えながら、それでも払拭しきれぬ不安に私まで顔を歪めていると我々の居る席に一人のギルド職員が急ぎ足で近づいてきた。そちらに視線を向ければクラネル少年の担当であるチュール嬢が幾つかの書類を抱えており、少々焦った様子でベルの元へと駆け寄ってくるところであった。

 

「お待たせ! ごめんねベル君、待たせちゃって!」

「あっいえ! 急に押し掛けたのは僕の方ですから!」

「ふふ、ありがと。じゃあ相談室の2番が空いてるから、そこで話そっか。いいかな?」

「はい! あ、ちょっとやる事があるので先に行っててもらっていいですか? すぐ行きますので!」

「わかった。じゃあ先行ってるね」

「はい!」

 

 恐らく、中層に挑む際の下準備の相談や注意点のおさらいと言った所か。嘗て市井の狩人達が教会の名の元で徒党を組んでいた時代には同様の光景が良く見られた。頭の悪い私に代わって<加速>や<マリア>やらが良く指揮を取っていたが……。

 

 またしても過去の想起に意識を傾け始めた私はそこで一度溜息を吐いた。これほど長くヤーナムから離れているのは初めてだからか、何かにつけて懐かしい景色をすぐに想起したがる。ホームシックか? 笑えんな。

 

 自分の情けなさに小さく笑いを零していると、それに気付く事の無かったベルが荷を背負って立ち上がり、溌剌(はつらつ)とした声で礼を述べて来る。

 

「じゃあルドウイークさん。僕はこれで!」

「ああ。余りヘスティア神に心配を掛けないようにな」

「あはは……前、こっぴどく叱られたばっかで……」

「だろうな。中層に行く時にも気を付けたまえよ」

「ありがとうございます! では!」

 

 気持ちの良い挨拶を残して2番の応接室へと向かうクラネル少年の背中を見送った後、私も席から立ち上がって冒険者依頼(クエスト)の掲示板へと目を向けた。そこには先程までは無かったいくつかの新しい書類が張りつけられている。私は一度、掲示板へと向かおうとそちらへと足を向け……ふと立ち止まって、仕掛け大剣(ルドウイークの聖剣)を観察し続けるヴェルフ君の元へと歩み寄って行った。 

 

「ヴェルフ君。お楽しみの所悪いが……そろそろ、構わないかね?」

「ん、もうそんな経っちまったのか…………ありがとよ、ルドさん。勉強になった」

「礼には及ばんさ。作ったのは私では無いしね」

 

 名残惜しそうに仕掛け大剣を差し出すヴェルフ少年から剣を受け取り、背負い直す。そして、改めて掲示板の方へと向かうべく彼に別れを告げようとするが…………その前に、鍛冶師である彼の眼がこの剣から何を読み取ったのか気になって、私は彼に訪ねてみる事にした。

 

「……一ついいかね? ヴェルフ君はこの剣、どう見る」

「そうだなぁ…………所見だけどよ、これを作った奴は相当だぜ。各部位の作りが一見大雑把に見えるけど、細かい所は本当に繊細に作ってある。でなきゃ幾つもの素材をこうも上手く組み合わせられるはずもねえ…………ええと、作者は【ねじくれ】エドだっけか」

「ああ。腕前に比して、大いに性格上の問題がある男だよ」

「ふうん、一度話が聞きてえな」

「やめておいた方がいい。本当に性格が悪いぞ、奴は」

「………………団長も、似たような事言ってたな。やめといたほうがいいのか……」

「その方がいい」

 

 どうやら、コルブランド殿からもエドの悪評は彼に伝わっていた様だ。エドのあの態度を考えればそれも仕方のない事だろう。……そこでふと、疑問に思う。あの二人の間には、何か因縁めいた物があるのだろうか。片やオラリオ最高の鍛冶師、片や腕は確かながらロクに仕事もしない難物。以前の取っ組み合いなどを見るに、同業の嫉妬と言う訳でも無さそうだが…………。

 

 そんな事を考えながら、私は悩むように腕を組むヴェルフ君のつぶやきに肯定の意を返し、今度こそ掲示板に向かうべくヴェルフ少年へと別れを告げた。

 

「では、そろそろ失礼するよ。クラネル少年をよろしく頼む」

「あいよ。その剣、次会った時はまたじっくり見せてくれ。そんじゃな」

 

 狩人の礼を向けた私はヴェルフ少年の元から離れ、足早に掲示板へと向かった。依頼の張り出されたばかりのそこには、既に幾人かの冒険者が集まり始め、張り出された冒険者依頼のどれを請け負うべきか吟味(ぎんみ)している。

 

 基本的にこう言った依頼の受託は早い者勝ちだ。張り出された依頼書の内容を確認し、依頼者の元に向かって改めて詳しい話を聞く。だが、その間には一度ギルドの受付に受託の確認を行う必要がある。数多ある依頼の中から如何にして()()依頼を見つけ出すかは冒険者それぞれの眼力に委ねられているが、実行不可能な依頼を受託させないためにギルドから一定のレベルに到達しているなどを初めとした条件が指定されている依頼もあるからだ。

 

 分不相応な依頼を請けた冒険者が案の定失敗すれば、依頼者からの信頼低下に繋がるのは自明の理。依頼の報酬からいくらかの手数料を回収しているギルドにとってはそれはあまりよろしい事では無い。そのあたりの判断はかなりシビアにさせて貰っているとニールセンも話していた。場合によっては、依頼を失敗した冒険者に対するペナルティが課される事もあるという。

 

 故に、依頼は良く吟味せねばならない。期日、依頼者、依頼内容、報酬の内訳、情報の信頼性など……場合によっては、今回依頼を請ける事を諦める事も視野に入れていかねばならないだろう。

 

 ひとまず、私はまず自身のレベルで請け負う事の出来る依頼を探した。普段はある程度探すのに苦労するのだが、今回は先日のミノタウロス騒動を受けてだろう、レベル2以上の冒険者を要する依頼はそれなりにあり数に困る事は無かった。となると次は報酬だ。

 

 基本的に、報酬の高さと難度の高さは比例する。難しい依頼に安い報酬を提示した所で誰も請けてくれはしない。当然、依頼者との交渉で報酬額を上げてもらう事もあるというが、そう言った技能の無い私は額面通りの報酬をしっかりと受け取る事を考えていた。

 

 幸い戦闘能力に関しては同格の冒険者達よりも高いという事は分かっている。ならばエリス神の為にも多少報酬の多い依頼を請けるのが私の役目だ。レベル1時代のダンジョンでの一日の稼ぎが10000ヴァリスとちょっとであったならば……内容にもよるが、25000ヴァリスも稼げれば十分、30000に届けば御の字だろう。基準を定めた私は掲示板を睨みつけるようにして、依頼書の報酬金額に目を通していった。

 

 9800ヴァリス、14000ヴァリス、22000ヴァリス、38000ヴァリス、26500ヴァリス、20000ヴァリス、140000ヴァリス、30500ヴァリス、23000ヴァリス………………。

 

「…………14万?」

 

 私は一度目を逸らした一枚の依頼書に再び目を向けた。数字の見間違いかと思ったが、そこには1と4、そのあとに4つの0が並んでいる。どう言う事だ? 明らかにその報酬額は逸脱していると言っていい。他の冒険者の何人かも口々に驚きの声を上げ、慌てて依頼の詳細を問い質さんと次々に窓口へと向かってゆく。私も身を乗り出し、依頼の内容に目を凝らす。そこには達筆な公用語(コイネー)でこう記されていた。

 

 

 

 

【捕獲依頼:クリスタル・リザード(結晶トカゲ)の捕獲】

【依頼者:クローム商会オラリオ支社】

【報酬:140000ヴァリス】

 

 先日上層、12階層で目撃証言のあった希少種(レアモンスター)、【クリスタル・リザード】の捕獲を依頼したい。

 

 対象はダンジョン全域に姿を現す特殊なモンスターであるが、一週間前、我が社と契約している冒険者が十数匹の群れを上層12層で目撃した。

 奴らの背負う魔石や表皮は様々な面で高い商品価値があり、その稀少さも含めて各商会が(こぞ)って手に入れようとしているものだ。我々もその例外ではない。

 

 今回この情報を手に入れ依頼を先んじて出す事に成功したのは僥倖(ぎょうこう)としか言いようがないだろう。ムラクモやバージュの連中が動き出すにはまだ時間があるはずだ。このチャンスを逃す訳には行かん。

 

 そこでだ。今回の依頼、成功報酬ではなく、1匹捕獲するごとに提示された報酬を払おう。ケチケチした事は言わん。我々は成果には正しい対価を以って応える。

 

 この際誰でも構わん。オラリオでの我々の地位を盤石のものとするいい機会だ。朗報を待っている。

 

 ※先日のミノタウルス騒動を受け、この依頼の受託はレベル2以上の冒険者、或いはそれを含むパーティ限定とさせて頂きます。依頼の受託はギルド第三窓口、アディ・ネイサンまで。

 

 

 

 

 

 どうやら、この世界で争っているのはファミリアばかりではないらしい。今更になってそんな当たり前の事を考えながら、私は依頼内容を反芻(はんすう)した。

 

 捕獲任務。モンスターの捕獲などと言う発想は今までの私には微塵も無かった。だが、先日の【怪物祭(モンスターフィリア)】で調教(テイミング)されたモンスターが(もよお)しに使われる筈だったことを考えてみれば、そう言った仕事が存在しているのは想像に(かた)くなかっただろう。私の視野が狭いと言うしかない。

 

 しかし初めてダンジョンに潜ったその日、手加減したにもかかわらずゴブリンを殺戮して回った事を想起して私はどんよりとした心持ちとなった。この依頼、受けたとして本当に成功できるのか? 一匹捕獲ごとに報酬を出すとは書いてあるが、それはつまり捕獲できなければ報酬は出ないという事でもある。だが140000……その数字は余りにも魅力的だ。

 

 添付の資料を手に取って確認してみても、【クリスタル・リザード】……結晶トカゲと呼ばれるモンスターは強力とは言い難いモンスターらしい。危険性も低いようだ。ならば、その稀少さまたは捕獲難度の高さ。あるいはその両方がこの依頼の報酬をこれほどまでに高めていると見て間違いない。

 

 生活の為に禽獣(きんじゅう)を狩る真っ当な狩人と違い、我らは<獣狩りの夜>に狩りを行う異端の狩人。死体を調達した事は有れど、生け捕りをした経験は殆ど無い。私個人に至ってはゼロだ。だが、今置かれているファミリアの状況、そしてこの報酬額を(かんが)みれば――――

 

 

 

 ――――やるだけやってみるとしよう。失敗したとして、すぐにエリス神が破産するわけでもない。

 

 

 

 確かに困窮(こんきゅう)はしているものの、最近は最低限の生活を送れていると私は自負している。何せ、出会った頃のエリス神など日々疲れが抜け切れず死んでいたように眠っていたが、今はそのような事も無く、酒が関わらなければ健全な生活を送っているのだ。

 

 実際の所は、ヘファイストス神への借金も含めエリス・ファミリアの金銭事情が慢性的に窮地に瀕しているという事に他ならぬのだが…………慌てた所で、エリス神が長い時間をかけて積み上げたものをすぐにどうにか出来る訳でもない。狩りと同じく、やれるものを一つずつだ。私は依頼書の写しを一枚手に取り、受付に向かおうとする。その時だった。

 

「おっ、ルドウイーク。奇遇やん」

 

 かけられた、特徴的な(なま)りを持つ声。振り向いた私の前に居たのは小柄な赤髪の女神、ロキ。

 

 私はひと時、どのようにロキに対応するべきか悩んだ。【ロキ・ファミリア】との関係を知られる可能性が脳裏に過ぎったからだ。だが、周囲を見渡せば人の影も(まば)らで、それぞれが高額報酬の依頼に気を取られているのかこちらに意識を割いても居ない。それ以前に向こうから自然体で声をかけてきたのだ。むしろ、直ぐに応じない方が不自然であろう。私はそう結論付けて、眼前のロキ神に向けて深々と頭を下げた。

 

「これはロキ神、どうも」

「うん、どーもどーもや。儲かっとるか?」

「いえ。何とか生活できていると言った所です」

 

 神は嘘を見抜く。それを既に学んだ私は正直にエリス・ファミリアの台所事情を口にした。だがその無難な返答にロキ神は何故か憮然とした表情になって、腕を組みんで呆れたように溜息を吐いた。

 

「あんなぁ。そーゆー時はんな真面目腐っとる返答やのうて、とりま『ぼちぼちでんな』って返しときゃええんや」

「……神には嘘は通じないのでは?」

「だーっ、嘘と冗談は(ちゃ)うねん! 自分ホンマ真面目やな! 嫌いやないけど!!」

「ははは……申し訳ない」

 

 納得行かぬ様に喚くロキ神に外見相応の子供っぽさを見出すと同時に、嘗ての同輩達からの評価を思い出し私は苦笑した。<加速>に何度『お前は冗談が通じない』と愚痴られたことか。それをしばし懐かしんで一抹の寂しさを感じ、だが私はそれを表に出さぬよう、今現在多くの眷属達を遠征に送りだしている筈のロキ神が何故この場に現れたかという疑問を彼女にぶつけた。

 

「……しかしロキ神、貴女は何故ここに? 私に用があったようには見受けられませんが」

「ん、ああ。ちーっとばかし気になる事があってなあ。【ジャック】の奴を探しとったんやけど…………ルドウイークでも構へん。ちゅーわけで、質問ええか?」

「ふむ? 構いませんが……私に答えられる質問なのですか?」

「問題あらへんて。エリスにも関係しとる事や」

 

 エリス神()()? その物言いに私が更なる疑問を覚え、思わず身構えた。彼女が言っていたジャックと言うのは、恐らく【ジャック・O】と言うギルド職員の事だろう。彼はエリス神も認めるほどの厄介者だと聞いてはいるが、そのような相手に対する用事とエリス神がどのように関係があると言うのか…………私が足りぬ頭で必死にその意味を思案していれば、ロキ神はそれを気にする素振(そぶ)りも無く、率直に問いを投げかけて来た。

 

「…………聞きたいことっちゅーんはなぁ…………【止り木】、また休みんなったんってマジなん? いつ頃からなん?」

「あ、ええ。事実です。時期は…………確か、【神会(デナトゥス)】の頃には既に門を閉めていたかと」

「何で休みんなったかとか聞いとる?」

「……いえ、それは聞いてませんね。エリス神は保証のお金を貰えると言っていたので、彼女に責任がある事では無さそうですが」

「じゃあ、従業員らが何してるかってのも知らんか」

「申し訳ないですが、エリス神以外については、何も」

「ふーん……」

 

 こちらの返答に、ロキ神は思う所があったのか腕を組んで眉間に皺をよせ、への字に口を歪めてギルドの床に視線を向けた。話を聞くに、【止り木】の従業員たちの動向が気になっているようだが……それが彼女と、何の関係があるのだろう? オラリオの勢力闘争に関わる事であれば、私に分かるべくもないが……。

 

 彼女に合わせるように私は腕を組み首を傾げた。<マリア>や<加速>であれば多少はそう言った事情も見通せるのであろうが。そんな事を考えている内に、気付けば、ロキ神は何事かをぶつぶつと呟いている。

 

「……あんのジジイ、突然ウチに来よったと思ったらまさか…………いや、もうちっと情報を集めんと…………」

「……ロキ神? どうかされましたか?」

「ん、ああスマンスマン。十分助かったわルドウイーク! っと、なんか急に急用思い出したんで失礼するで! ほなまた!!」

 

 気遣う様子を私が見せると、彼女は取り繕うように笑顔を見せ、そのまま礼と別れの言葉を畳みかけて走り去ってしまった。

 

 ……どう言う事だ? 一体、どのような思索を以って彼女が礼を言う結論に達したのか。何故(きびす)を返して立ち去ったのか。私の知識と思考では及びもつかぬ。しばらくの間、私は無為に思索を重ねたが――――結局諦めて、依頼書の写しを手にギルドの受付で同じ依頼を目当てとする冒険者を捌き続けるギルド職員の元へと向かう。

 

 分からぬ事に悩んでも仕方ない。エリス・ファミリア復興の為にも、目の前の仕事をこなして金を稼ぐことに集中しよう。血ばかりがやり取りされ、金自体の価値が忘れられ始めたあのヤーナムに住んでいた私が言うのも何だが、金の力は強大だ。己が主神にその力が大いに欠けている以上、今後の為にも奮起せねばなるまい。

 

 私は改めて気合を入れると、レベルが足りずこの依頼に参加できない事を嘆く冒険者達をかき分け、ギルドの担当職員へと依頼書の写しを提出した。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 私が迷宮(ダンジョン)の入口に辿り着いた時、人が数人は入れそうな檻を背にして椅子に座った現地の担当職員の元に、既に何組かの冒険者達が集合していた。眠たげに目を閉じていた担当に問うたところ、今回の【クリスタル・リザード捕獲依頼】は依頼者の意向もあり、複数の冒険者の合同作戦となるらしい。

 

 ……それで歩合制(ぶあいせい)の高額報酬と言う、随分な大盤振る舞いに思える条件だった訳か。

 

 依頼者の意図を汲み取った私は心中で溜息を吐いた。合同任務と言えば聞こえはいいが、実際には商売敵(しょうばいがたき)と言った方が正しい。依頼者は歩合制とする事で多くの人員を動員しながら、最小限の出費に抑える。賢いやり方だが、不満が出そうなものだ。そう考えた所で私は気づく。そう言った文句を受け付けないための、高額報酬でもある訳か。

 

 つまりそれは、数多の獲物を捕まえる事が出来れば驚くべき程の儲けを得る事が出来る可能性を意味しているが…………同時に報酬ゼロでこの仕事を終える可能性どころか、最悪の場合は獲物の奪い合いが起きるかもしれない事も意味している。

 

 正直、困った。私は頭を抱えたい気持ちに襲われる。生涯でも初の捕獲と言う仕事だ。慎重に、様々な状況を加味して動きたかった所だが、他の冒険者達と競争ともなればそうのんびりとはして居られない。ここまでの道中、持ち帰った高額報酬によってひっくり返るエリス神を想像して楽しんでいたが、タダ働きの報酬ゼロによってひっくり返らせる可能性すら出て来た。

 

 どうしたものか…………。私は助けを求めるように周囲に目をやる。しかし周囲の冒険者達は如何にこの仕事を成功させるかを思案しているようであり、私の視線に気づくものなどいない。当然だろう。我々は商売敵。敵に手を差し伸べる者はいるかもしれないが、それは勝者の行いだ。戦う前からそのような行動に出る者などいない。

 

 ならば、どうする? 悩んでみたはいいが、全くいい案が浮かばない。私は危機に陥った時の刹那的な状況判断はともかく、こう言った大局を見据えた判断が出来る人間ではない。かねてよりそれを重々承知していたが故に、狩人としては皆の先頭に立つ象徴としての姿勢に徹してきたのだ。

 

 だが嘗ての頼れる友人、同胞達も今は居ない。月光の導きも多くの場合窮地にしか訪れない以上――――正直に言えば、私にとってはこの状況も窮地と言うに十分過ぎる物なのだが――――自分の頭でそうにか解決策を考える必要がある。だが、いきなり無い頭を絞った所でそんなうまく行く筈も無く。しばし腕を組んで唸っていれば、私の耳に、後方から土とも石ともつかぬダンジョンの地面を踏みしめる足音が迫ってくるのが聞こえた。

 

 また、競争相手が増えるのか。若干憂鬱となりながら私はどのような風体(ふうてい)の冒険者が参じたのかと後ろを振り返った。

 

「ん、ルドウ()ーク。貴公も来ていたのか」

 

 私と目が合い、驚いた様な言葉を発したのは、他の冒険者とは一線を画した異装の剣士。大剣を背負い、翁の仮面で素顔を隠した彼女は、以前のミノタウロスでしばし道行きを共にした相手だ。名前は、確か――――

 

「――――【ルカティエル】殿…………でしたか?」

「ああ、間違っていない。私の名はルカティエルだ。…………そちらこそ、ルドウ()ークで間違ってはいないか?」

「……いえ、<ルドウ()ーク>です」

「すまない、それは失礼した」

 

 名を違えた事を知るとルカティエルは躊躇なく頭を下げた。それを見て、私は気まずくなって頭を上げるよう彼女に懇願する。

 

「おやめくださいルカティエル殿。そう気にする事はありません。名を間違われるのは、慣れていますので」

「そうか、すまない。そうだ。お互いレベル2なんだ。あまり、気遣う口調でなくて構わないよ」

「…………では、お言葉に甘えて」

 

 彼女の言葉に、私は肩の力を抜きその姿を改めて見据えた。装い自体は以前と変わりない。いや、よく見れば彼女は木製のバックパック――――或いは、簡易な柵のような物を背負っている。成程。確かに捕獲ともなればその為の装備が必要になる。捕獲対象のサイズにもよるが、まだ生きたモンスターを抱えたままで探索を行う訳にもいかんからな…………。

 

 私はそれを理解して、自身の準備不足に思い至る。最低限ニールセンにでも捕獲任務のセオリーを問うてから来るべきだったか。しかしその考えも今となっては意味がない。私は、改めて重苦しい気分に押しつぶされそうになりながらも、とりあえず会話で場を繋ぐべく眼前の彼女に尋ねた。

 

「……ここに来たという事は、ルカティエル殿も捕獲任務に?」

「ああ。あれ程の高額依頼は滅多に無いからな。上手く行かなければタダ働きだが……それでも並の依頼を五度こなすよりも儲けが大きいんだ。来ない理由はない」

「考える事は皆同じ、と言う訳か」

「それにしては、意外と人の集まりが悪いように思えるがな」

 

 周囲を見渡す彼女に(なら)って、私も周りの冒険者達に目をやった。周囲には、自身と彼女を含めて五つほどのグループがあり、それぞれがパーティを組んでいるか、あるいは単独(ソロ)の冒険者のようだ。仲良さげに談笑をする者、装備の確認をする者、或いは、これから行われる任務に人生でもかかっているのかと思えるほどの深刻な顔をした者と、数は少ないながらもそれぞれが全く異なる表情を浮かべている。

 

 彼らにも、やはり事情がある訳か。そんな当たり前の事を私がしみじみと考えていると、ルカティエルは彼らの顔をまじまじと確認して、どこか興味深そうに頷いた。

 

「しかし、今回は随分と個性的な面々が集っているな。依頼内容からしても、むしろ自然なのかもしれないが」

「そうなのかね? ……私は、他の上級冒険者に詳しくない。良ければ、教授してもらいたいんだが」

「ふむ? 貴公、随分と手練れに見えたが…………まぁ、私もここに居る全員を知っている訳では無いがそれでもいいか?」

「頼む」

「分かった。まずはそうだな…………」

 

 私の願いを快く聞き入れ視線を巡らせるルカティエル。彼女はしばらく品定めでもするように冒険者らを眺めていたが、その内の一人、空色のウェーブの掛かった長髪の何処か生気の無い顔で溜息を吐く女エルフに目を止めると、単独(ソロ)と思しき彼女の事を顎で示して、その素性について語り始めた。

 

「あそこで暗い顔をしているエルフ、彼女は【エイ・プール】と言う。レベル3の射手(アーチャー)で二つ名は…………むう、何だったかな、忘れてしまった。それはまあいいとして、とにかく支出の多い冒険者と評判でな、収入の割に大分ひもじい思いをしているらしい。にしても、任務の開始前からあんな顔をしているのはどうかと思うが」

「レベル3ともなれば引く手は数多だろうに。どういう事だ?」

「ああ。何でも、自動で相手を追尾する矢を作ったのはいいが、その(やじり)に宝石――――魔導士が杖の先に付けているような奴を使うらしくてな。制作にかかる金が凄まじい事になっているらしい」

「ならば、それを使うのを止めればいいんじゃないか?」

「同意見だが、何か事情があるのかも知れん。詳しくは流石に知らんよ」

 

 私の疑問にルカティエルは肩を竦め、そこで説明を打ち切った。なんという事だろう。事情があるのだとは思っていたが、まさか自身の使う武具によって困窮しているなどとは夢にも思わなかった。きっと、相当苦労しているに違いない。私は思わず彼女を励ますべきか悩んでしまったが、同様に困窮した状況にある自身が手を差し出そうなどと、正に傲慢極まりないと言えよう。そう考えた私は、胸中の何とも言えぬわだかまりを無視して、次に尋ねるべき冒険者らに視線を向けた。

 

「そうか…………では、あそこの三人は?」

「あれは……また、珍しいな」

 

 私が示した男三人組のパーティを見て、ルカティエルは驚いたように呟いた。犬人(シアンスロープ)人間(ヒューマン)、そして小人(パルゥム)。種族も装備も統一性の無い一見即興のパーティとも思える彼らは、しかし気さくに長年の付き合いがあるかのように言葉を交わしている。その中で、最も若々しく勝気な表情を浮かべる犬人(シアンスロープ)の青年の事をルカティエルはつらつらと語り出した。

 

「あの犬人(シアンスロープ)の男は【猛獣(サベージビースト)】の【カニス】。レベル2だ。大口を叩く自信過剰で知られた男だが…………まぁ、実力が無いと言う訳では無い。(ちまた)では、それなりに有望だとはされていると聞いた事がある」

 

 大口を開けて笑う青年は彼女の示す通り、この依頼の報酬を如何にして使い切るか、そんな話を仲間達に対して語っていた。どうやら失敗する可能性など無いと断じているらしい。同じくらいの背の人間(ヒューマン)の肩を叩き、自信満々の言葉を口にしている。その、肩を叩かれ少し困り気味に苦笑いを浮かべている青年に目を向けて、ルカティエルは口を開いた。

 

「あちらは…………【ダン・モロ】、だったか? レベルは1だが……今回はカニスのサポーターか何かとしての参加か」

 

 青年は背に大きな麻袋を背負い、そして随分な軽装。一見サポーターかとも思ったが、通常のサポーターと違いダンジョンで使うべき道具類(アイテム)を殆ど携帯せず、武器の長剣一つを除けば麻袋以外には何の装備も無い。あれは、捕獲任務を想定した装いなのか? 疑問に思った私は一先ずルカティエルにその事を尋ねるべく声をかける。

 

「カニスを中心としたパーティと言う訳か。しかしあの軽装…………捕獲任務と言うのは、何か役割分担があるのか?」

「そうだな。捕獲とは言え、多くの場合戦闘があるものだが……捕らえたモンスターを放置しておく訳にも行かん。多くの場合は戦闘要員と通常のサポーター、そしてモンスターの運搬担当の三つの役割に分かれて行うのがベターだ。少なくとも、この類の任務の最大手である【ガネーシャ・ファミリア】ではそうした手法を取っていたはず。最低でも、戦闘要員とサポーターで二人は欲しいな」

「なるほど。ではあのパーティはカニスが戦闘要員、ダンが運搬要員、そして……」

 

 私は三人のうち最後に残ったカニスの言に辟易したような顔を見せる、これまでの冒険で幾度か邂逅した事のある小人(パルゥム)の男性に目を向けた。

 

「あの小人(パルゥム)、【RD(アールディ)】が通常のサポーターと言う訳か……」

「何だ、奴は知っているのか」

「ああ。元から有名人だし…………前に少し、話した事がある」

「そうか」

 

 ルカティエルの返答を聞きつつ、私は以前の彼との邂逅(かいこう)を思い出していた。最初のミノタウロス騒ぎの時もリヴィラでの騒動の時も随分と怖がられた物だ。嘗てのヤーナムで民草に向けられた悪意とも違う、及び腰のそれは私を複雑な気分にさせた。恐れられるのはどうにも悲しく、辛いと言う悲嘆と、己の()()を考えればその対応は間違っていないのだろうと言う諦観。

 

 私はいつの間にか足元に目を向け、小さく口元を歪めた。自嘲の笑み。だが、すぐに口元を結んでその思いを脳裏から追い出した。そう、今気にするべきはそれではないのだ。眼前の依頼を完遂し、エリス・ファミリアの復興に一役買わねばならない。この世界に残していく憂いを断ち、後腐れ無く故郷へと戻る。そうして、我が故郷に降りた<夜>の帳を払うのだ。

 

 …………だがそれも、不確かな事である。あの狩人が、私を狩り果たした<最後の狩人>が、既にヤーナムの呪いを打ち払い、あの街に夜明けをもたらしているかも知れぬ。むしろ、この世界に来て数か月が経っている今、あの狩人程の者であれば、そうなっていると信じた方が間違いないとさえ思えてしまう。

 

 もう悪夢を見る必要はないと、悪夢にて私を断じたあの狩人の言葉。あの言葉は、今でも先刻の事のように思い出せる。そうすると、ふと思ってしまうのだ。私は狩人の言う通り、悪夢と(よすが)の無いこの世界で、細々と生きて行くべきでは無いのかと。むしろ、狩人の言葉に従うのであれば、自らまたかの悪夢の地に踏み込もうなど恩を(あだ)で返すのと同義のはずだ。

 

 だが……私には狩人達の時代を築き、ヤーナムの多くの市民たちを狩りに巻き込んだ責任がある。例えあの街の夜が既に明けていたとしても、それを、この目で確かめなければなるまい。

 

 ――――その為にも、今は眼前の依頼に集中しなければな。

 

 そう、自身に言い聞かせて顔を上げると、いつの間にかRDは驚いたようにこちらに視線を向けていた。その内、彼は意を決したような顔でこちらに歩み寄ってきて、そして小さく頭を下げた。

 

「ども。お久しぶりっス。以前は助けてもらってあざっした……あの時は悪い事言っちまってすんません。姐さんにもさんざ怒られちゃいまして」

 

 RDは苦笑いしながら後頭部に手をやって、こちらを伺うかのように上目遣いで視線を向けて来る。私としてはそのように頭を下げてくれるのはとてもあり難かったのだが、身長差もあって、表情からこちらの意図はうまく伝わらなかったようだ。彼は少し怯えたように顔を歪ませ、しかしすぐに表情を引き締めて改めて私に頭を下げた。

 

「いや、自分でも悪いとは分かってんスけど…………どうにもビビっちまって。とにかく、ホント悪かったっス」

「…………気にする事じゃあない。むしろ、君のそれは才能と言い換えてもいいだろう。私の事は気にせず、これからも彼女の助けになってあげてくれ」

 

 彼の改めての謝罪に、私はそれを(たしな)めて、慰めるかのように彼の才能に言及した。

 

 実際、彼の才能――――恐怖を察知する才能、とでも言えばいいのだろうか。それには目を見張るものがある。彼の様な才の持ち主がヤーナムにもいれば、一体どれほどの人々が獣の爪牙から逃れる事が出来たか…………いかんな。何事もあの街に結びつけて考えてしまうのは私の悪い癖だ。ここはオラリオ。ヤーナムでは無い。少なくとも、こちらに居る間はこちら側の流儀に従うべきだろう。

 

 そんな事を考えている内に、私の言葉に安心したのかRDは何処となく照れくさそうに視線を明後日の方向に向けて、少々にやつきながらに答えを返した。

 

「そうっスか? へへ……じゃあすんません、失礼するっス。もしサポーターが要り様だったら声かけてくださいっス。自分ら仕事はいつでも大歓迎なんで! じゃ!」

 

 そう、自身達を売り込む言葉を残すと、彼は自身のパーティと思われるカニスとダンの元へと駆けて戻って行く。その背中を見送って微笑む私に、ルカティエルは肩を竦めた。

 

「さて。正直、今居る面々で私が説明できるのはこの程度だ。無学ですまないな」

「いやいや、十分勉強になった。では、私達もこのあたりで――――」

 

 それぞれ準備をしよう、と言おうとした私は、こちらに向かって来る大勢の足音を耳にして、思わずそちらを振り向いた。

 

 姿を現したのは。統一された装備の強靭な男たち。望遠鏡に近しい物と思われるレンズの付いた兜と鈍色の鎧をそれぞれが身に着け、そして大型のクロスボウを背負ったその姿は冒険者と言うよりも軍隊と形容した方が正しいだろう。

 

 そしてその先頭に立ち、彼らをまるで臣下のように従える少女。プラチナブロンドの長髪と百合の髪飾り、蒼い瞳に白磁の如き肌。純白の、しかし確かに戦闘用の改良が成された戦闘衣(バトルクロス)を纏うその姿は、オラリオ中の神々の注目を集めると言う【剣姫】と並べても遜色のないであろう美貌の持ち主だ。

 

 そして何より――――この場に集った冒険者達の中で、最も強い。そう自身の直感に警戒の音を鳴らさせる彼女へと目を向けると、ルカティエルも驚いたように小さく声を上げた。

 

「まさか、あれは…………随分な大物が出て来たな」

「大物…………一瞬良家の令嬢かと思ったが、どうやらそうでは無いらしいな」

「当たらずとも遠からずだ。彼女はウォルコット…………【リリウム・ウォルコット】。【剣姫】に並ぶという才の持ち主で、10歳から冒険者になって僅か4年で既にレベルは4。ランクアップも目前とされ、すぐにでも【剣姫】に並ぶとすら言われた天才だ。まぁしかし、【剣姫】の方がレベル6になってしまったので、彼女を超えるというのは当分先になるだろうが…………相変わらず、風格があるな。【次代の女王】などと噂されるだけはある」

 

 確か、クラネル少年もそのくらいの年頃だったか。それでレベル4とは……才能もそうだが、本人も相当努力を重ねているのだろう。露出の少ない白の戦闘衣(バトルクロス)の袖から僅かに覗いた肌に幾つかの生傷を垣間見た私は神妙な顔でウォルコット嬢を見据え、その後先程のルカティエルの言葉の中に一つの疑問点を見出して問い質した。

 

「先ほど当たらずとも遠からず、と言っていたが……どういう事だ?」

「ああ。ウォルコット家はオラリオでも長い歴史を持つ冒険者の一族だ。その長い血筋の中でも、彼女は最高傑作だと持て(はや)されている……実際はどうか知らないが、恐らく真実だろうな。今回は是非、お手並み拝見と行きたい所だ」

 

 その様な会話を交わす我々の事など視界に無いかのように一団は待機場所とされているギルド職員の周囲に辿り着いて、装備の確認等をし始めた。先頭に立っていたあの少女、ウォルコット嬢も背負っていた背嚢を下ろすと、中から幾つかの骨組みを取り出して、慣れぬ手付きでそれを組み立て始める。

 

「ふむ……あれも、運搬用の(かご)か?」

「だろうが……あれを彼女自身が持つつもりか? 手の空いている者は他にも大勢いるというのに」

 

 私の質問に答えながら首を傾げるルカティエル。確かに、彼女は付き従う者達より明らかに格上の存在であり、籠の運搬など彼らに任せ、戦闘要員として矢面に立つべきに思える。だが、籠を組み立て終えた彼女はそれを他の者達に渡す事も無く一度は下ろした背嚢と共に無理矢理に背負って、そして他の冒険者達と同様に依頼の開始時間をその場で待ち始めた。

 

 その姿は先程私が学んだ捕獲任務のセオリーからは明らかに外れた姿だ。だが、思索を巡らせたところで結局彼女の姿からその意図を見出す事が出来る訳でも無く。揃って首を捻っていた私は考えるのを諦めて、隣で同様に彼女の意図をお見出そうとしていたルカティエルに声をかけた。

 

「……分からない事をあまり悩んでいても仕方ない。そろそろ、お互い準備を始めよう。今回は、本当に世話になった」

「ん、いや、礼には及ばんさ…………ところで、貴公に一つ提案があるんだが」

「む、何だね?」

「今回の任務、私と合同で挑まないか?」

 

 隣に立つルカティエルの突然の提案に、私は正直困惑した。そして思わず疑問の言葉が口を()く。

 

「それは……何故?」

「まぁ、理由は二つある。まずは貴公の実力だな。私一人となると……また未確認モンスター(アンノウン)が出た時、万一と言う事がある。だが、貴公も居れば何とかなるかもしれない、と思ってね」

 

 確かに、彼女の言い分には一理ある。先日のミノタウロス騒動の際我々が遭遇した未確認のモンスター。あれが万一また出現すれば、レベル2の冒険者だけでは手に負えないだろう。その点、私の力ならあの怪物をどうにかする事は可能だ。

 

 ――――だがそれも、他の冒険者に戦闘する姿を見られなければの話だ。あの怪物を倒そうとすれば間違いなくレベル2の偽装を続けるのは不可能。故に、その点を考えるのならば私は単独で行動したいのだが…………ひとまず、残りの理由も聞いてから判断しても遅くはあるまい。私は視線で次の理由についての話を促すと、ルカティエルはその意志を正確にくみ取って頷いた。

 

「次はそうだな……私は先程、捕獲任務は役割分担をするべきだと言っただろう?」

「ああ」

「だが、ここに私は単独で現れた……少し、不自然ではないか?」

「…………言われてみれば、そうだ」

 

 顎に手をやって、私は彼女の問いに首を縦に振る事で答える。成程確かにおかしい。本来であれば、捕獲任務に挑むのであれば最低でも二人は欲しいと彼女は口にしていた。ならば彼女ももう一人を伴って現れるのが筋の筈。だが実際には単独……何かあったのか?

 

 そのような考えを視線に込めて私が彼女の翁の面を見据えると、彼女は視線を逸らし、そしてどこか恥ずかしそうな雰囲気を漂わせながら語り出した。

 

「実はな……本当ならば、兄が戦闘要員を、私がサポーター役をする予定だったんだ。だがここに来る途中兄が急に体調を崩してしまってな。端的に言えば、パーティに欠員が出ている」

「成程、私はその穴埋めと言う訳か……」

「ああ。だからどうか、今回の任務に協力してはくれないか? 貴公は腕も立つし、何より誠実だ。報酬についてはそちらが六割で構わない。頼む」

 

 言い終えると、ルカティエルは姿勢を正し、そして真摯に頭を下げた。その姿を見ながら私は思索を巡らせる。彼女の申し出は、むしろ願っても無い話だ。私には捕獲任務への慣れなど皆無で、獲物を捕らえておくための檻や籠と言ったものも用意していない。そもそもとして獲物の姿も憶測無いのだ。だが、ここでオラリオの冒険者たる彼女に同行してもらえれば、その問題が一挙に解決する。

 

 断る理由は、見当たらなかった。

 

「…………報酬だが、五分五分で良い。むしろそちらが六でも構わない。実はな、私も捕獲任務は初めてで、正直右も左も分からないんだ。むしろ、こちらから同行をお願いしたい所だった」

「ありがとう。よろしく頼む。……報酬の件だが、こちらから言い出した事だ。そちらが六、こちらが四。それで構わないか?」

「それはそうだが……本当にいいのか?」

「ああ」

「……何から何まで、本当にかたじけない」

 

 真実を口にした事が功を奏したのか、彼女は予想だにしないほど素直に取り分について譲歩してくれた。それを受けた私は、先程の彼女と入れ替わったのように深々と頭を下げる。それがルカティエルの琴線に触れたのか、彼女はどこか楽しそうに肩を震わせて、小さく笑った。

 

「何。私も昔、見ず知らずの戦士に随分と世話になった事がある。巡り合わせと言う奴か? こう言うのは、また別の誰かの助けになる物だ」

 

 言って、彼女はまた肩を震わせた。……表情こそ見えないが、楽しそうに笑っているのだろう。私もつられて笑みを浮かべ、肩を竦める。その時だった。

 

「おう、それじゃあそろそろ時間だ。事前説明始めるぜ。【クリスタル・リザード捕獲任務】の参加者はもうちょいこっち寄ってくれよな」

 

 椅子に座り半ば眠っているかのように動かなかったギルド職員――――精悍(せいかん)な顔つきの、むしろどこか冒険者めいた雰囲気を漂わせる人間(ヒューマン)の男が立ち上がり、周囲の冒険者達を一瞥(いちべつ)してから呼び集める。そして、冒険者達が集まったのを確認すると(ふところ)からメモと思しき書類を取り出して、そこに視線を走らせながら依頼の詳細を説明し始めた。

 

「依頼主はいつもの……って程依頼回してこねえけど、クローム商会。そんで捕獲任務だ。内容はもう分かってるよな? 手短に行くが、とりあえずクリスタル・リザード…………結晶トカゲを捕獲したら連れ帰って俺の後ろの檻にぶち込んでくれ。その数をこっちで記録して証書を出すから、それをギルドで換金してもらうぜ。ちと手間かもしれんが、報酬額から考えりゃ軽い労働だろ。作戦時間は開始から4時間。先方は出来るだけ捕まえてほしいみてえだから多少は待つが、出来るだけそれまでには戻って来いよ。なんか質問は? ねえな。じゃあ――――」

「お待ちください!」

 

 素早く(まく)し立てて質問を応答を流そうとするギルド職員に、少女の声が待ったをかける。皆が声のした方に振り向けば、今回の参加者達の中で最後に現れたリリウム・ウォルコット嬢が控えめに、しかし礼儀正しく片手を上げていた。

 

「リリウムは質問があります。よろしいですか、【オニール】様」

「…………手短に頼むぜ」

「ありがとうございます」

 

 とこか気だるそうに答えたギルド職員。しかし、その気持ちも分からないでもない。しかし、そんな彼の様子も何のその。許可を得て一歩前に歩み出たウォルコット嬢は、透き通るような綺麗な声でギルド職員へと質問を投げかけた。

 

「リリウムは今回、罠を仕掛けて結晶トカゲ様を捕まえようかと思っているのですが、そもそも、罠をダンジョンに仕掛けるというのはギルドとして何か不都合があったりはしないのでしょうか。もし問題があれば、教えて頂きたいです」

「んん? 人海戦術じゃあねえのか、その頭数で?」

「ええと、【サイレント・アバランチ】の皆様はリリウムの護衛として参加してくださっているだけで、依頼とは関係ありません。『大人(ターレン)』には一人でも大丈夫だと申し上げたのですが……」

「んまぁ、お宅らの身内事情はどうでも……いやなんでもない」

 

 ウォルコット嬢の言葉に興味無さげな態度を一瞬見せた職員はしかし、【サイレント・アバランチ】なる冒険者らの面々から飛ばされた鋭い殺気を察知して素早く言葉を撤回した。そして、ゴホンと咳払いを一つしてから、改めて彼女の質問に答え始める。

 

「とりあえず罠の件だが、撤退する時しっかり片付ける様にしてくれりゃあ問題ないぜ。つか、あれだ。どう言う罠かは知らねえが、もし別の冒険者が引っかかってトラブったりしたところで、ギルド(こっち)はダンジョン内でのいざこざにまでは関知しない。そっちはそっちでうまい事やってくれれば俺らの事は気にしないで構わないぜ」

「わかりました。お答えしていただいて、リリウムは安心しました」

「そりゃどうも。で、他になんかある奴はいるか? …………いねえな」

 

 質問に答え終えたギルド職員は、先ほどの説明の時よりも少し間を取って、今度こそ質問を締め切った。そして手にしていたメモを懐に仕舞い、代わりにどこか武骨さを感じさせる懐中時計を手に取って、しばしタイミングを計った後、冒険者たちの顔を改めて一瞥して、合図を送る様に片手を上げた。

 

「そんじゃあまあ、時間だ…………4時間後、この檻がいっぱいになるのを期待してるぜ。じゃ、始めてくれ」

 

 彼の号令と共に、冒険者達の多くが全力で飛び出し、それぞれダンジョンの入り口へと飛び込んでゆく。その様には鬼気迫る物さえある。彼らの勢いに唖然として思わず私は立ち尽くしてしまったが、規律正しく整列してダンジョンに消えてゆくリリウム・ウォルコット一行を見送ったルカティエルに怪訝な視線を向けられている事に気づいて、慌てて共にダンジョンへと足を踏み入れるのだった。

 

 

 





後編、【クリスタル・リザード(結晶トカゲ)捕獲依頼】に続く。


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