01はじめに

「40歳になったら、死のうと思っていた。」桐野夏生『ダーク』の有名な冒頭の一文である。この一文のあと、主人公の女探偵は、自分のこれまでの人生に決着をつける旅に出る。

私の中で漠然と、40歳というものはそういうものだという認識があった。覚悟を決めたり、何かをつきつめたり、しっかりと定まった目標に向かってゆく年齢。若くはないとしても、その姿を想像すると、意志のあるそんな40女の顔は、どんなにかっこいいだろうと思っていた。

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実際のところ、40歳というものが、自分にもやってくるのだと実感したのは、37歳になったときだった。自分は「なんとなく35歳ぐらい」だと思っていたのに、ぐっと「だいたい40歳」側に近づいた感じがした。

30歳になるときに、こんなことはなかった。そりゃあもう、30歳になるということは怖かったから、25歳のときから心の準備をして、年が明けるごとに誕生日より早く「今年は26歳になるんだから、もう26歳のつもりで過ごそう」なんて思っていた。

30歳までに何かを成し遂げないといけないと思って、焦っていたのもある。仕事である程度やっていけるようになっていたい、結婚もしていたい、していなくてもいい恋愛をしていたい、30になってもまだ男から求められるような性的な魅力や美しさを保っていたい……。とにかく欲望だらけだった。その欲望だらけの30歳を迎えるために、25歳から必死で準備をしていたと言ってもいいだろう。

しかし、40歳については、なーんも考えていなかった。「仕事、続けていけるのかなー」という漠然とした不安はあったものの、今から転職っつうのもピンと来ないし、これから何か新しいことを初めよう! みたいな意欲もない。どちらかというと「40歳になったら、死んでもいっかと思っていた」という感じである。
なんでこんなに40歳について、何も考えず、何の覚悟もしていなかったんだろうか。

私はなんとなく、恋愛とか性欲とかそういうことは、40過ぎればそこまで興味のど真ん中にあるものではなくなるんじゃないかと思ってたし、自然と性欲も薄れて、穏やかな目で過ごせるんじゃないか、と思っていた。恋愛も、いい感じの距離感の人といい感じのおつきあいをしたりして、泣いたりわめいたり、結婚してくれるのしてくれないの!? みたいな話とは無縁になるんじゃないかと思っていた。

要するに、 40 歳になれば、自然と肩の力の抜けた、いい感じの女になれるんじゃないか、という幻想があったのである。

そして、もちろんそれは、ただの幻想だった。

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37歳になってみると、恋愛も性欲も下がるどころかあばれ太鼓みたいに「もうこれが最後の恋かも」「こんなたるんだ身体の女にセックス試合を申し込んでくれるのはこの男で最後かも」とガツガツし始めるわ、「で、結婚ってどう思ってるの?」と交際当初にストレートに詰めては去られちゃうわ、もう男女関係はめちゃくちゃになった。

自分をどう捉えたらいいのかもわからなくなった。周囲の視線がまず変わる。20代なら「若いですねー」で済む。30代だと「え、見えなーい」に変わる、37歳を過ぎてアラフォーと呼ばれる領域に入ると、その「え、見えなーい」の間にコンマ1秒の間が空くし、なんか、こっちも正直、そんな言葉が欲しいわけじゃないのである。

若くないことぐらい知ってる。自分がどのくらい若くてどのくらいきれいで、どのくらい男の視線を集めているかなんてことは、知りたくなくても知ってる。もう若くなくても、それでも魅力的であるということを褒めてくれるような言葉は、この国にはないのか。

私はこの前、医者にさえ「雨宮さんはもちろんまだそんな年齢には見えないですけど、このくらいの年齢になると視力にはだんだん問題が出てくるんですよ」と言われた。ねぇ、その前半要るか!? って感じだけど、サービスで褒めてくれてるんだろうから噛み付くのもバカみたいだし、「いやーもうこのトシですからねアッハッハ」と自虐でのっかってやるのも虚しい。

若いときは「若いね」で済むけど、歳を取ったら異様に美しい美魔女かババアかみたいな選択肢しか用意されてなくて、過剰に褒めるか不当に年齢や見た目のことでけなされるかの道しか待ってなくて、「普通の40歳」っていうのは、ないんだろうかと思い始めた。

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「私のままの40歳」って、ないんだろうか。そんなことを思い始めたときに、見なきゃいいのに自分への評価をネットで見てしまうと「ババアの発言ってネチネチしてて陰湿」「アラフォーババアだから若い女がうらやましくて仕方ないんでしょ」「サブカルこじらせババア」(妖怪ですか)というような言葉が並んでいて、肩の力ではなくヒザの力が抜けた。

なんか、もちろん、そう呼ばれる年齢だということは知ってはいた。けれど、自分としては、生きてて40歳になることなんか普通だし、見た目のことについても「今年40になるにしては、まあまあいいじゃん」と思える程度だったのに、「ババア」と呼ばれると、怒りとか失望とかよりも先に「ああ、こういう『女の年齢』ってものに、いつまでつきあわされるんだろう?」という気持ちがわいてくる。若さや美しさに嫉妬? そんなこと、まともにしていたら、40歳まで生き延びることはできなかった。自分より若くて美しい人間は死ぬほどいる。さらに自分より才能もずっとあって、お金もずっとあって、成功している人だっている。そういう人たちの前で、「自分は自分です」と存在するために、卑屈にならずに快適な友達付き合いができるように、どれだけ気持ちをしっかり持ってきたことか。

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いつまでも若い人でいたいわけじゃない。もうババアですからと自虐をしたいわけじゃない。私は私でいたいだけ。私は、私のままで、どうしたら私の「40歳」になれるのだろうか。そしてどんな「40歳」が、私の理想の姿なのだろうか。

そういうことを、40歳を迎える今年、書いてみたい。

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