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故富沢雅彦氏の言説

おたくの本 (別冊宝島 104)

おたくの本 (別冊宝島 104)

で、この前別冊宝島の『おたくの本』の「おたくに死す 殉教者・富沢雅彦へにレクイエム」(千野光郎)を読んで気付いたんだけど、1986年に亡くなった故富沢雅彦氏はすでにかなり似たようなことを言っていた。
富沢雅彦氏は主に同人誌「PUFF」を中心に活動していたライターで、商業ベースの仕事は『美少女症候群』(ふゅーじょんぷろだくと)などかなり少ない。初期は、怪獣映画、特撮番組、SFをベースに、その後ロリコン方面に活動を移していく。
富沢雅彦氏を語った有名人はあまりおらず、浅羽通明氏が『天使の王国』で一章を割いて触れているぐらいだ。現在ネット上では、富沢雅彦氏に関する言説はかなり少ないのだが、浅羽通明氏に言及する流れで言及する人が多いようだ。浅羽通明氏に造詣の深い葦原骸吉氏(id:gaikichi)が1997年に書いたコラムでも、富沢雅彦氏に触れられている。
B級保存版 歴史の整理 80年代おたく文化の思想
http://www.axcx.com/~sato/bq/04.html
下記の文章は『おたくの本』の該当記事より引用。

三次元の現実はつねにこの社会内でのアイデンティティを確立せよ、“現実”の生活や家族、出世、“現実”の女との恋愛やセックスに欲望を持て、それによって社会に帰属せよと迫る。ぼくらはどうしてもそれに対する齟齬感を抱かずにはいられなかった。

「学校や会社」も「メジャー文化」も「他人を蹴落とし、優位に立つことを強いる競争原理」に貫かれている。「恋愛すらもその中では、いかに他人より先に他人よりいい女をモノにするかのパン食い競争の如きものになっている」と彼は断じる。そして彼には、「七十年代末に一斉にある種の男の子たりがロリコンとしての自己主張を始めたということは、その背後に“社会変革の意志”の存在が感じられた」。

“社会変革の意志”は橋本治氏の『青空人生相談所』からの引用だそうだ。また、富沢氏は岸田秀氏のミーハー的ファンを自称しており、岸田秀氏の唯幻論を理論的背景にしているようだ。
富沢氏はこうしていわゆる男性中心の現実的価値体系が生み出す社会的抑圧に対しての異議申し立てを続けていたという。これは本田透氏の『電波男』に連なる問題意識といえる。
WEBアニメスタイル REVIEW 待望の「アニメーションの宝箱」ついに刊行 これぞレビューのお手本!
http://www.style.fm/log/03_book/review041022.html
五味洋子氏は富沢雅彦氏の姉なのか…。知らなかった。
googleで「富沢雅彦」を検索すると、自分のこの記事が上位に出てくるが、富沢氏の姉の五味洋子氏の記事が上位に出てこないのはもったいないので紹介。
WEBアニメスタイル | アニメーション思い出がたり[五味洋子] その109 「PUFF」そして富沢雅彦[↑B]

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  • ’X

    富沢雅彦氏、懐かしいです。(何歳だ>自分)
    みのり書房のOUTだかその辺の雑誌にも書いていたような記憶があります。快傑ズバットの魅力を商業誌で最初に評価したライターさんではなかったかしら?
    その当時全盛を極めていた戦後反戦教育の結果、「自衛隊が怪獣や侵略してくる悪の恐竜・宇宙帝国と戦うシチュエーションに燃える視聴者たる自分」に居心地の悪い思いをしていたオタク(当時はそんな言葉はない)にある種の明快な自己承認を与える言説に喝采したものです。(<ホントか?)
    それはそれとして、バトルフィーバーJなどで当時必ずあったお約束の「変身前ヒーローの女装エピソード」に異常に肩入れしていたのですが、それが、21世紀に翻って現在の↑評価(ジェンダー、セックス、トランスヴェスタイト、異議申立て)と地続き、という訳ですね。(<日本語変)

  • ’X

    ついでに。
    その当時(明末清初)アニメや特撮の評論というのは長浜ロマンロボ、トミノ作品、宇宙戦艦ヤマトや1950〜60年代円谷作品を題材に、「いかに大人の視聴(論評)に耐えられる点があるか」を列記して論ずる、という大きな流れがあって、それは要するにオタク(当時はそんな言葉はない)の「アニメを卒業しなきゃいけないでもしたくない」といった煩悶の反映でもあったわけですが。
    富沢評論はそれとは別次元の魅力がありましたね。なんせいい年したお兄さんが「ハイネル様」ですから。
    ポスト大塚英司、平成のパースペクティブからすれば、「パフォーマンス・演技なんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、そうじゃなかったと思うな…(<日本語変)

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