韓国地裁、元徴用工の訴え却下 個人請求権の行使認めず

(更新)
think!多様な観点からニュースを考える
峯岸博さんの投稿峯岸博
原告の訴えを却下したソウル中央地裁

【ソウル=恩地洋介】韓国の元徴用工や遺族が日本企業16社を相手取って損害賠償を求めた集団訴訟で、ソウル中央地裁は7日、訴えを却下した。原告の個人請求権は1965年の日韓請求権協定で消滅はしていないが「訴訟では行使できない」との判断を示し、2018年の大法院(最高裁)の判決内容を覆した。

最高裁が18年に日本企業に賠償を命じて以降、韓国の裁判所が元徴用工に関する訴訟で原告の主張を退ける事例は初めてだ。

訴訟は15年5月、元徴用工と遺族ら計85人が一人当たり約1億ウォン(約1千万円)の損害賠償を求めて提訴した。日本製鉄やENEOS、西松建設など16社が被告となっていた。原告の弁護士は判決後、記者団に「判決は不当だ。既存の判断と相反する」と述べ、控訴する考えを示した。

日本政府はかねて、元徴用工の請求権問題に関し「日韓請求権協定で解決済み」との立場を取ってきた。これに対し18年の最高裁判決は、日本の植民地支配を「不法」と断じ「日本企業の不法行為を前提とする強制動員被害者の請求権は協定の対象外」との判断を示していた。

7日、ソウル中央地裁判決を受けて取材に応じる原告関係者=共同

7日の判決は18年の判断を覆した。個人請求権は消滅していないが「韓国国民が日本や日本国民を相手にした権利の行使は制限される」と結論づけた。「この事件の請求を認めることは、国際法違反の結果を招き得る」とも指摘した。

最高裁判決が日本の植民地支配を「不法」と扱ったことも「不法性は国際法的に認定されていない」と逆の判断を示した。この日の判決を担当した判事は先に、元慰安婦訴訟での日本政府資産に対する強制執行は「国際法違反に該当する」との見解を示したことがある。

最近、裁判所が歴史問題に絡む訴訟で原告の訴えを認めないケースが相次いでいる。4月21日には日本政府に損害賠償を求めた元慰安婦らの訴えをソウル中央地裁が却下し、1月に同地裁が出した日本政府への賠償命令とは逆の判断を下した。

韓国の裁判は、政治や世論の風向きに影響されやすい傾向がある。保守と革新が激しく対立する政治風土のなかで、判事個人の政治的スタンスが明確になりがちだ。判事の人事が政権の意向に左右されることも多い。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、元徴用工訴訟を巡り「判決は尊重せざるを得ない」と述べてきたが、1月にスタンスを修正した。記者会見で「日本企業資産の現金化は韓日関係に望ましくない」と語り、解決に向けた日本との外交協議に期待を示した。

文氏の姿勢には、同盟国間の関係改善を望むバイデン米政権の意向も影響しているとみられる。11日から英国で始まる主要7カ国(G7)首脳会談では、日米韓3カ国の首脳が会談する可能性もある。

文政権は日本が受け入れ可能な解決策を示せていない。重要な外交舞台を控えるなか、日本企業に対するさらなる賠償判決は、文氏への負担になるとの見方があった。

韓国外務省は7日の判決直後に「韓日関係を考慮しながらすべての当事者が受け入れ可能な合理的な解決策を論議することについて、開かれた立場で日本と協議を続ける」とする見解を表明した。

ただ、判決が確定している日本製鉄を巡っては、原告による現金化手続きが進んでいる。原告が差し押さえた同社と韓国鉄鋼大手ポスコとの合弁会社の株式について、大邱(テグ)地裁は資産鑑定を終えており、売却命令はいつでも出せる状態にある。

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

  • 峯岸博のアバター
    峯岸博日本経済新聞社 編集委員・論説委員
    ひとこと解説

    2018年の最高裁判決とは真逆の判断です。韓国が主張してきた植民地支配の「不法」性が国際法的に認定されていないとまで踏みこんだのは、まっとうでありながら驚きました。 ただ、これもまた漂流型のザ・韓国司法です。舞台が「地方裁判所」だったのがミソで、最高裁などと違って政権の意向をいちいち忖度しないのが一般的です。裁判官も保守系、革新系に色分けされる韓国では、全国に多数ある地裁に個性的な裁判長や判事が多く、自らの立場に基づき判断するため統一性には欠けます。一方で逆説的になりますが、文大統領が1月に「日本企業資産の現金化は韓日関係に望ましくない」と明言したことで判事も気が楽になった可能性はあります。

    (更新)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり