美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
会場を映しているモニターには既に何十人、いや、優に百は超えていそうな長蛇の列があった。
わたしが遅刻してしまったにも関わらずずっと待ってくれていた人や、到着したという報告から列に加わった人たちがそこにはいた。
案内された防音室はその名の通り周囲の音を一切通さないせいで、集中できる環境は逆に色々な事を考えては頭を過ぎってしまう。
一人目から遅刻について罵倒されたらどうしようとか、トーク中に失言してしまったらどうしようとか、そういった不安。
いや、まあ、わたしが遅刻してしまったのが全面的に悪いんだから平謝りするしかないんだけども……。
LINEがピコンと音を立てる。確認するとマネージャーさんからで、始めてくださいという文字。
すぅ、はぁ、と深呼吸をして気持ちを切り替える。
色々思うことはあるけど、今は目の前のファンに集中しよう!
手順通りにパソコンを操作すると、モニターの前から「おぉ……」という歓声が聞こえた。
多分、向こう側のモニターに黒猫燦が表示されたんだろう。
さぁ、もう後戻りできない。
やっぱり今日はサボったほうが良かったなんて結果にだけはならないようにしなきゃ。
「こんばんにゃ~~~~!!!!!!」
うっっっっさ!?!?!?!?!?!?
返ってきた自分の声があまりにもうるさすぎてイヤホンしてる耳がキーンってした!
見れば開場側の人達も全員が耳を抑えて騒音レベルの挨拶に顔を顰めていた。うぅ、ごめん……。
イベント会場にはわたしの声が聞こえるようにスピーカーが設置されている。そして相手の声を拾う用のマイクも当然、設置されている。
仕様上、スピーカーから流れたわたしの声がマイクに乗ってある程度返ってくるのは想定していたんだけど、それにしたって音がデカすぎる。
誰だマイクの調整したスタッフ!?
慌てて機材のツマミを調整して、パソコン側の数値も小さくした。
見た感じ、デカければデカイほど良い思考の人が全部マックスにしたような大雑把な調整だった。音響スタッフじゃなくて防音室の設営スタッフがやったんだろうか……。
ま、まあ、知識無かったら分かんないよね。わたしも初配信で同じことやらかしたし。
「えーっと、私の美声が鼓膜に刻まれてよかったな!」
会場から「オイオイ」という声が重なって聞こえてきた。解せぬ。
「じゃあ遅れてるし巻きで! お喋りはじめっぞ!」
そんなこんなでトークイベントが始まった。
「巻きってことは時間が減るってことですか?」
先頭の開口一番がコレだった。
「あ、や、気持ちの例えで、別に時間は一分です……」
「あ、はい」
「………」
「………」
「ッスー……」
え、気まずくね???
「ほ、ほら、時間ないしなんか言いなよ!」
「何喋ったらいいのか分からなくて……。こういうのってVの人が会話主導してくれると思ってたんですけど……」
「は? 私に期待すんな」
あ、口が滑った。
「始発で並んで一番取ったなら燦ちゃん大好きーって気持ちぐらい叫んでみな」
「燦ちゃん大好きー!!!!!」
「ほんとに叫ぶバカおる?」
そんな事を言ってたら一分が過ぎてしまって彼は退場した。
なんかロクなこと喋ってないのにどこか満足げな表情を浮かべていた気がする。それで良いのか……?
「はい、次の人。お悩みをどうぞ」
「お悩み限定!?」
「べ、別に何でもいいけど……」
「じゃあ結ちゃんとはガチなんですか!?」
「なんだこいつ」
「確認したくて始発で来ました」
「バカじゃん!」
いや、本当にバカだと思う。
もっとさ、貴重な一分を大事に使いなよ。
試験がどうので応援してとか、自分だけしか知らない情報を聞くとか、なんかあるじゃん!
「ゆいくろの真相を確かめたら5chに書き込みます」
「やめて!?」
思いっきり個人特定できるし! ちょっとマナー違反かもだし!
わたしが返答に悩んでいると一分が過ぎて彼は泣く泣く去っていった。朝から並んでたのにごめんね……。
分かっていたことではあるけど一分で会話をするというのは短いもので、何を喋るか考えているとすぐに時間が来てしまう。
だから若干反射で喋らないと追いつかないんだけど……、そのせいで失言が飛び出そうになるんだよなぁ。
「はい、いらっしゃいませ」
次に来たのは大学生ぐらいの女の子だった。
ちょっとは女の子が来るとは思っていたけどまさか始発から今まで並ぶ猛者がいるとは思わずにちょっと驚いた。
「あの! 黒猫さんに聞きたいんですけど!」
「あ、はい」
「上手な炎上ってどうしたらいいんでしょうか!」
「は?」
「わたし、インスタとかTwitterやってるんですけどいまいち伸びなくて……。だから黒猫さんの炎上するけど炎上しない炎上芸を学びたいんですよ!」
「芸じゃないんだが」
しかし彼女の目はすっごくキラキラしていてふざけている様子もなく、本当にわたしの炎上を尊敬している目だった。盲目かな?
「え、っと、炎上したら素直に謝るのが大事だと思います。はい……」
「やっぱり燃えきる前に火消しするのがバズの秘訣ですか!?」
「いや、バズとか狙ってないし……」
この人のインスタ界隈とかはよく知らないけど、最近は新人Vtuberが話題性を求めてデビュー直後に初手炎上しようとするって噂はよく聞く。
普通に考えて初手に炎上しても良いことなんかないのに、なんか黒猫燦は炎上で伸びた! とかそういうイメージで初配信で燃えたがる人が多い。
年明けに見たネット記事だと、「【2019年新人Vtuber向け】超簡単!一ヶ月で収益化オススメ講座!Part1,黒猫燦に習って何かと炎上しましょう。新人Vtuberは話題性が命なので取り敢えず燃えれば注目されます」とか書かれてて危うくキレそうになった。
燃えないなら燃えないほうがいい! ぞ!
「わたし、頑張って燃えます! そしたらこんばんにゃーって言うんだ! 見ててくださいね!」
「燃えるな!?」
絶対それ黒猫燦の入れ知恵とか尾ひれ付いてわたしが燃えるやつ!?
それからも色んな人が来た。
パンツの色を聞いてくるオタクとか、ゆいくろはガチなのか聞いてくるオタクとか、ニートだけど働いたほうが良いのか人生相談してくるオタクとか、Vtuberにガチ恋してるけどこの気持をどうしたらいいか聞いてくるオタクとか、パンツの色を聞いてくるオタクとか、一分間ひたすら無言のオタクとか、ゆいくろはガチなのか聞いてくるオタクとか、色々。
てかパンツとゆいくろが多すぎる! 多分質問系の半分はセクハラとゆいくろ関連で埋まってたぞ!
Vtuberがそういうキャラでもセクハラ系はやめような! わたしはそういうキャラじゃないですけど。
一人一分で回しても入れ替えのタイミングがあるせいで、一時間で六十人と会話できるわけではない。数秒のロスだとしてもそれが何十人と重なると結構なもので、一時間がたった今でも列の消化は微々たるものだった。
予定ではもう少し捌けているはずなんだけど、それもこれも全部わたしが遅刻してしまったせいだ。
本来なら12時に一旦休憩を挟んで、13時から三期生とステージが控えている。
遅刻したにも関わらずこれだけ待ってくれているなら全員と話してあげたいけど、後ろのイベントを疎かには出来ないし……。
今も一人消化し終わると、入れ替わりの僅かなタイミングで丁度LINEがピコンと音を立てる。
見ればマネージャーさんで、「そろそろ休憩の時間です」と書かれていた。
確かに一時間喋りっぱなしで流石に疲れてきたから休憩は取りたい。休憩を取るのも後のことを考えると大事な仕事の一つだ。
でも……でも、ここで終わらせるなんて絶対に無理だ。
それはファンじゃなくて、誰よりもわたしが納得しない。
ここで引き下がるなんて嫌だった。
だったらわたしに出来ることは一つ。
マイクのボリュームを引き上げ、大きく息を吸う。
そして、
「はい! 黒猫燦のトークイベントは残り一時間になりました! 後ろで待ってくれてるみんなごめんね! 多分時間足りない! でも少しでも多くの人とお喋りするために頑張るから許せ! スタッフさんに残り出来そうな人数カウントしてもらうから、ハズレた人はお昼食べるか他のイベント回って来てね! ほんとごめん!!!」
要はわたし目当てに並んでくれていた人に対してお前の番こないからwという宣言に等しいんだけど、それでもやっぱりこれ以上彼らの時間を無駄にさせるよりわたしの口からこう言ってしまうのが一番だと思った。
見るからに会場では落胆の雰囲気が後方から漂ってくるけど、仕方ない。
全員が幸せになる都合の良い展開なんて存在しないんだから、せめて今わたしが出来うる最善の選択をするしかない。
そしてスタッフさんが予定にない延長とカウントで慌ただしくしているけど、本当に申し訳ないと思う。一緒に昼食抜きしような!
LINEには一言「頑張ってください」とだけあった。
さて、もうちょっとだけ頑張るかぁ。
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