追放先は
「突然の別れになってごめんなさいね。こちらで行っていた研究も、途中で放り出してしまうことになるわ」
あと少しで、大きな実を結ぶかと期待していた研究。
完成すれば、とある流行病に対する特効薬ができあがる予定でした。
残念ですが、今までの経過をまとめた資料を残し、薬師長たちに託すしかありませんね。
「クロエ様がいなくては、とても研究は進みませんよ……。クロエ様は薬づくりの天才ですからね」
「きっと大丈夫よ。薬師長たちは、今までいくつも素晴らしい薬を作り上げているわ」
「でも、我々じゃ、クロエ様の足元にも及ばないですよ」
「そんな大げさよ」
こちらを褒めてくれる言葉に、照れ臭くなってしまいます。
薬の研究と開発において、私の水の魔術は確かに役立っています。
ですが、それがここまでありがたがられているのは、ひとえに魔術を扱う魔術師が、薬づくりにかかわることが珍しいからです。
魔術師は希少な存在です。
王宮内で下に見られがちな薬師院に、魔術師たちがやってくることはほとんど無いようでした。
「少し予算はかかってしまうけど、私が抜けた穴は、別の魔術師を招くことで塞げるはずよ。それぐらいのお金は、この前の新薬の売り上げで賄えるはずですよね?」
「……その新薬の開発者も、クロエ様だったんですがね……。……国外追放、なかったことになりませんかねぇ?」
再度大きく、ため息をつく薬師長。
こちらの働きを認め、別れを惜しんでくれる姿に、申し訳なさを感じつつもうれしく思ってしまいます。
「ごめんなさいね。こちらに来れるのも、今日が最後になりそうだわ。婚約破棄されてしま
った私をお父様は恥ずかしく思っていて、国から出るまでは屋敷に閉じ込めておきたいみたいなの」
「……殿下だけではなく、公爵様も人を見る目が全くないんですね」
悪態をつく薬師長。
彼へと薬づくりの資料を手渡し、私は手早く研究の引継ぎを行っていきました。
名残惜しいですが、国外追放になった以上はどうしようもありません。
一通り引継ぎを終えた私は、薬師院をまわりなじみのある薬師達に挨拶をして回ることにしました。
「クロエ! 来ていたんだな」
「リーン!」
私の元へ、銀髪で長身の男性が近づいてきました。
声は低く滑らかな美声ですが、顔には何重にも、包帯が巻きつけられています。
この薬師院では、治療を求めた患者たちもやってきています。
リーンもその一人で、最初にやってきた時はたいそう弱っていました。
当時は生死の境をさ迷っていましたが、私の薬や治療と相性が良かったのか、今は回復しほぼ健康になっています。
残りは顔の腫れだけらしいので、処方した軟膏を自身で塗ってもらっているところです。
「腫れの具合はどう? 痛みはもう引いたかしら?」
「……あぁ。大丈夫だ」
私の問いかけに、少しの沈黙を挟みリーンは答えました。
沈黙の理由が気になります。
「本当に大丈夫ですか?」
「心配ない。気にするな。君の方こそ、国外追放との噂がでているが本当か?」
「本当です。残念ですが、今日でお別れになってしまいそうです」
「この国の王子は、実に愚かしいことをするな」
小さく吐き捨てるリーン。
「君が向かう先の国は決まっているのか?」
「おそらくですが、ルーンベルク帝国になるかと思います」
ルーンベルク帝国。
この大陸で屈指の領土を誇る大陸であり多くの人が暮らし、お父様の遠い遠い知り合いもいるらしいです。
数日後私は、いくばくかの路銀のみを渡され、ルーンベルク帝国に向かう予定になっていました。
「……ルーンベルク帝国。……もしやこれは運命か?」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもない。また君に、会うことができたらいいと思っただけだ」
「ふふふ、ありがとうございます。私もまた、どこかでお会いできたら嬉しいですわ」
リーンは優しく話題が豊富で、話していて心地よい相手でした。
仕草も綺麗ですし、本人は明言していませんが、おそらく貴族ないしは富裕層の平民でしょうね。
顔はわかりませんが、年は私より少し上といったところに感じます。
交流があったのは短い間ですが、リーンとの別れに、私は寂しさを感じていたのでした。
クロエが薬師院を去った後。
彼女を追うように薬師院を出たリーンの元へ、身なりの良い青年が近づいてきた。
「リーン様、どうしたのですか? そのように早足で、どこへ向かうつもりですか?」
「国へ帰るぞ」
「!」
リーンのごく短い言葉に、青年が驚き足を止めた。
「リーン様、いや殿下は、ついに国に帰ることにされたのですか……?」
「そろそろ頃合いだからな」
リーンは言いつつ、顔の包帯へと指先をあてた。
包帯の下の腫れは、既にほぼ完全に引いており、本当なら薬師院に通う必要もないものだった。
それでもリーンが薬師院へ足を運んでいたのは、クロエの顔が見たいからだったのだ。
「彼女を国外追放するなどと、この国の王族は愚か者ぞろいだな」
だがそのおかげで、リーンはクロエを手に入れられるかもしれない。
包帯の下、リーンの薄氷色の瞳に、どろりと熱い光が浮かんでいた。
「クロエ。俺に君を、逃がすつもりはないからな」
小声で、しかし鋭くはっきりと。
自らの決意を新たにするように、リーンは呟いたのだった。
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