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【総合2位!ありがとうございます!】幼馴染みに夢中な夫のせいで、私の住まいは物置きです~放置されたので好きにやることにします。今更すがってこないでください~

「リディア、わかっているな? 結婚したからといって、僕の愛を求めないでくれ」


 結婚式の当日、その夜。


 いわゆる初夜と呼ばれる場で、リディアは夫のシャルルからそう宣告されていた。


「この結婚は形だけ。白い結婚ととらえてくれ。どれほど君が僕のことを思おうと、僕に応えるつもりはないからな」


「はぁ。さようでございますか」


 シャルルの言葉に、リディアは少し驚きながらも頷きかえしていた。

 元よりこれは、家同士で結ばれた政略結婚。


 好きあって夫婦になった二人ではなかったとはいえ、ほどほどに仲良くやっていきたいな、と。

 リディアが考えていた矢先の、一方的な宣告だった。


 伯爵家出身のリディアに対して、シャルルは若くして侯爵家を継いだ身だ。

 容姿も甘く上品に整っており、社交界でご令嬢たちの熱い視線を集めていた。

 そんな彼だからか、リディアが惚れてすがってくることがないように、釘を刺してきたらしい。


「僕の愛を求めるな、と言うことは、旦那様には既に愛人がおられるのですか?」


「愛人だとっ!?」


 もっともな疑問を問いかけたリディアに、シャルルが一瞬にして怒気をあらわにしている。


「シシリーと僕は、そんな汚らわしい関係ではないっ! 穢れなく優しい心を持つ彼女は、僕の妹のような大切な少女だ!」


「シシリー様、ですか」


「愛人扱いしたその唇で、勝手にその名を呼ぶなっ!」


 リディアのなんてことのない返しにも、シャルルはいきり立っている。

 それほどにシシリーという少女は、彼にとって大切な存在だったようだ。


(初日から、私、旦那様に嫌われてしまいましたね)


 これは少し大変そうねと考えつつも、リディアは笑みを作った。

 敵意はないと伝え、少しでもシャルルに落ち着いてほしかったのだ。


「わかりましたわ。例のその方の名前、私は口にしないよういたします」


「例のその方……? なんだその、無駄に仰々しい呼び方は? 馬鹿にしているのか?」


「違いますわ。だって、私がその名前を呼ぶのは嫌なのでしょう? だからこその代替案ですわ」


「ふん、つまり僕への当てつけか。図太い女だな」


 シャルルの機嫌は直らなかったようだ。

 リディアとしても、これ以上へりくだり下手にでる気にもなれなかったので、無視して話を進めることにした。


「旦那様は世継ぎを作ることも、望まれていないということですか?」


「あぁ、そうだとも。子を作ればほだされるだろうと、どうぜそう期待していたんだろう?


残念だったな」


「いえ、旦那様の選択を私も支持いたしますわ。愛のない夫婦の元で育つ子を、私も産みたくはありませんし」


 貴族の家では、冷え切った夫婦の間で育つ子供も珍しくなかった。


 しかし、リディアの実家の伯爵家は夫婦円満であり、リディア本人もまた、仲睦まじい家庭で子を持ちたいと、そう願望を抱いていたのだ。


(旦那様と、あたたかな家庭を築いていけたらよかったのだけど……)


 残念ながら、それは難しいようだった。

 シャルルの心の大部分は、シシリーという少女のことで占められ、リディアの入る隙間は無いのだ。

 ならばリディアとしては、自分にやれることをやるだけだった。


「わかりました。では寝ますね。おやすみなさい」


「……は?」


 素早く横になり布団をかぶったリディアに、シャルルが目を点にしている。


「待て、まだ話は終わっていないぞ?」


「そのお話、明日の朝でも構わないでしょう? 申し訳ありませんが、私は疲れているのです」


 結婚式のため、ぎゅうぎゅうとコルセットを締め重い髪飾りをつけ、1日中愛想を振りまいていたのだ。

 リディアはなかなかに疲れていたし、睡魔にも襲われていた。



 それでも我慢して起きていたのは、ひとえに初夜の場でねこけ、夫であるシャルルに恥をかかせないためだ。


 シャルルの側に初夜の契りを行う気がない以上、リディアはさっさと眠りたかった。

 話がしたいなら、明日すっきりとした頭で行った方が有益だ。

 なんせ二人は夫婦であり、話し合いの時間くらいはいくらでも明日以降、簡単に取れるはずだった。


「おい、おまえ、ちょっと待て、本当にもう眠ってしまったのか?」


 シャルルの問いかけには、ただただ寝息が返ってくるだけ。

 呆然としつつ、シャルルは唇をかみしめた。


「なんなんだ、こいつは? 僕をコケにしているのか……?」


 いつだって女たちは、侯爵であり容姿に優れたシャルルへと群がってきた。

 リディアもきっと同じだ。

 わざとシャルルにすげなくすることで、興味を引こうとしているに違いない。


「ふん、簡単にその手に乗ると思うなよ?」


 安らかに眠るリディアの横顔を、シャルルは忌々し気に睨みつけたのだった。




 一夜明け、翌日。

 目覚めたリディアを出迎えたのはシャルルの寝顔でも挨拶の言葉でもなく、無情な追放の宣告だった。


「これからは、離れの物置で寝起きするように……?」


「はい。旦那様がそう仰っています」


 慇懃無礼に頭を下げたメイドが、リディアへと言伝を伝えた。


「私、侯爵夫人で、この家の女主人なのよね?」


「形だけはそうです。この家の真の女主人は、シシリー様でいらっしゃいますからね」


 メイドはどうやら、シシリーの味方でリディアの敵のようだ。

 蔑みと敵意を隠しもせず、視線へと乗せリディアへと突きつけている。


「愛人呼ばわりしてきたリディア様と同じ屋敷内で過ごすことに、シシリー様がおびえていらっしゃいます。シシリー様は病弱なのです。恐怖のあまりお体の調子を崩されては大変ですからね」


「へぇ、そうなの」


 リディアは相槌を打つと、寝台から起き上がった。


「わかったわ。離れに案内してちょうだい。離れの中は、私の好きにしてもいいのよね?」


「どうぞ、お好きになさってくださいませ」


 できるものならね、と。


 そうメイドの視線が語っていた。


 リディアが案内された離れの物置きは、とても人が住める状態ではなかった。

 屋根には穴が開き床からは草がぼうぼう。

 壊れた家具が無造作に詰め込まれていて、寝る場所もないありさまだった。


「わぁ、すごいわね」


「どうです? 諦める気になりましたか?」


 離れを見回すリディアに、メイドはほくそ笑んでいた。


 主人であるシャルルから、リディアをこらしめるよう申し付けられていたのだ。

 仮にも侯爵夫人になったリディアを、本気でこのような荒れ果てた離れに住まわせるつもりはシャルルにはなかった。


 ただ脅し怖がらせ、こちらへと頭を下げさせればそれでよかったのだ。


 シシリーを侮辱した罰を与え、ちょっとした躾を行ってやる。

 そのためにこのような、人が住めるとはとても思えない離れを、住まいとして紹介したのだったのだが、


「精霊様、どうか力をお貸しください!」


「はあっ!?」


 驚くメイドの目の前で、みるみる床から生えた雑草が薙ぎ払われていく。


 ぽかんと見ているとさらに、屋根の穴を草木が多い、隙間なく覆い隠していった。

 離れはどんどんと奇麗になっていき、寝起きするに不足ない様子になっている。


「な、今のは、まさか精霊様を操って……?」


「いえ、少しお願いしただけですよ」


 修復された離れを確認し、リディアがにっこりとほほ笑んだ。


「私、精霊様が見えて、なおかつ好かれやすい体質なんです。あまり大っぴらにはしてませんでしたが、シャルル様のお父様は、私の力をご存じでした。だからこそ、私をシャルル様の妻に、と。この結婚を考えられたんですよ」


「シャルル様のお父様が? ですがそのような話、私どもは一言も聞いていません……」


「そうなんですか? てっきり話が通っているかと思いましたが、違ったんですね」


「知りませんでしたよっ!」


 メイドは青くなり頭を横に振った。

 ただ話しかけるだけで精霊を使役するなど、大神官ですらできない芸当だ。

 リディアは聖女、いや、大聖女とでも呼ばれるべき人間だった。


「シャルル様と、少しお話をしてきますっ!」


 メイドは慌てて屋敷へと駆け、シャルルの元へと向かった。

 リディアの秘める力について説明するも、シャルルは鼻を鳴らしただけだ。


「ふん。たかが伯爵家の出の女にしては偉そうだと思ったが、そんな事情があったのだな」


「偉そう、ではなく偉いのですよ。リディア様がその気になったら、この屋敷だってひとたまりもありませんよ」


「そんなこと、できるわけがないだろう?」


 シャルルは窓辺へと近寄ると、離れを精霊に掃除させているリディアを見下ろした。


「あいつだって、侯爵である僕を敵には回したくないはずだ。その証拠に今だって強がったまま、離れに住み着こうとしているじゃな――」


「シャルルお兄様?」


 控えめにドアのノックが鳴った。

 車いすに乗ったシシリーが、使用人に押され部屋へと入ってくる。


 ほっそりとした肩にかかる、星屑の輝きを宿す銀髪。

 華奢で可憐な、美しい容姿をしていた。


「どうされなの? そろそろ私と、お話してくれる時間でしょう? まさかあの恐ろしいお嫁様が、また何かしているの?」


「悪かったなシシリー。今行こう」


 瞳を潤ませ見上げてくるシシリーへと、シャルルは歩み寄った。

 病弱なシシリーは昔から、シャルルをお兄様と呼び慕ってくれている。

 体が辛いだろうにけなげにほほ笑む姿は、庇護欲をそそってやまないのだった。


「かわいいシシリー。君は何も心配しなくていい。父上亡き今、この家の主人は僕なんだからね」


「ふふふ、頼りにしてますわお兄様。おかげで体調も、少し良くなってきたようです」


「良かった。きっと薬が効いたんだろうね」


 病弱なシシリーはあちこちが悪いようで、よく新しい薬を試している。

 幸い今日は体の調子が良いようで、部屋の外へも出られたようだ。


 シシリーのことは僕が守らねば、と。

 そう思いを新たにしたシャルルだった。





 仲睦まじく語り合うシシリーとシャルルの一方で。

 リディアはどんどんと、離れの住環境を改善していった。


「はぁ~~やっぱり、お風呂は気持ちいいですね~~~~」


 けぶる湯気の中、間延びしたリディアの声が響いだ。

 リディアが離れに追いやられてから一年ほど。

 着々と離れの改装は進んでおり、ついには精霊たちの力を借りて、大きな風呂場が完成していた。


「きゅっきゅー!」


 湯船の中、長い首を持った竜の子供がはしゃいでいる。

 希少な水竜も、精霊と友人であるリディアにはなじみ深い相手だ。

 手で水をかけてやると、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいた。


「はぁ~~~~。いいお湯でしたね~~」


 お風呂から上がると、風の精霊が涼風を吹かせてくれた。

 リディアが心地よさに目を細めていると、使用人が数人やってくる.


「リディア様、あっちらも風呂に入っていいでしょうか?」


「どうぞどうぞ。私一人で楽しむのはもったいないものね」


 最初こそ険悪だった使用人たちとも、誤解が解け仲良くなってきている。

 今ではほのぼのと、交流を続ける間柄だ。


「旦那様も、意地を張らず奥様の元に来ればいいのにねぇ」


 屋敷を見上げ、使用人の一人が苦笑した。


 シャルルは相変わらず、リディアへと没交渉を貫いている。

 時折視線は感じるが、歩み寄ってくる様子はないのだった。


(離れとはいえ、住む場所はもらってますし、私は問題ありませんね)


 実家の伯爵家に住んでいたころから、リディアは精霊たちと一緒に、マイペースに過ごしていたのだ。

 下手に干渉されない現状は、なかなかに好ましいものだった。


 そう考え、のんびりと過ごしていたが。

 その日はいつもとは違う人間が、離れを訪れることになった。


「リディア様は、何をしていらっしゃるのですか?」


 か細くもリディアを責めるような声色が、離れへと響いた。


 シシリーだ。

 メイドに車いすを押させ、精霊たちと一人戯れていたリディアへと近寄ってくる。


「侯爵家の敷地に、こんなに手を加えられてしまって……。なぜ、こんな好き勝手できるのですか?」


「シャルル様の許可はもらっているわよ?」


 リディアとしては首をかしげるばかりだ。


 シャルルはもちろん、シシリーに迷惑をかけた覚えもなかった。

 離れで自由気ままに、精霊たちと暮らしているだけだ。

 そう思い尋ねると、シシリーがいら立つのが感じられた。


「……そう。わかりましたわ。せっかく、穏便に済ませてあげようと思ったのに――うっ!」


 胸を押さえ、急に苦しみだすシシリー。

 車いすを押していたメイドが、大声で叫び助けを求め始めた。


「誰かっ! 誰か来てください! シシリー様がっ!」


 叫びにつられ、屋敷から人がやってくる。

 その中には慌てて駆け付けたらしきシャルルの姿もあった。


「シシリー!? どうしたんだ!?」


「シャルル様っ!」


 駆け寄ってきたシャルルへと、震えながらもひしと抱き着くシシリー。

 車いすを押していたメイドが、リディアのことを指さし弾劾した。


「リディア様です! リディア様の心にもない言葉に、シシリー様が傷つかれ体調を崩されてしまったのです!!」


「なんだとっ!!」


 眉を吊り上げ、シャルルはリディアを睨みつけた。


「おまえ! なんてことをしたんだ!? ここのところ少しばかり、見直しやっていたのにどういうことだ!?」


「旦那様、私はシシリー様に何もしていませんわ」


「嘘をつくな! シシリーのこのおびえっぷりを見ろ!」


「見ていますが……。嘘つきは、シシリー様の方でしょう?」


「何をいって――――」


「きゃあっ!?」


 シシリーのあげた悲鳴に、シャルルが振り返った。

 突如現れた火の玉をよけようと、シシリーが立ち上がり逃げ回っている。


「やあっ! こないで!! なんなのよこれぇっ!?」


「シシリー!? やめろリディアっ! これはおまえの仕業だな!?」


「はい。その通りです」


 リディアは肯定すると、火の精霊へと指示を出し落ち着かせた。


「どういうつもりだリディア!? シシリーを焼き殺すつもりか!?」


「違います。リディア様はだって、自分の足で立って歩けるじゃないですか」


「……な?」


 シャルルがぽかんとしている。

 シシリーは病弱で、車いすなしでは出歩けない。……はずだった。

 しかしシシリーはしっかりと二本の足で立ち、火の玉から逃げ回っていた。


「こ、これはっ! 必死になって気が付いたら歩いていて……!」


 言い訳をするシシリー。

 しかし彼女がしっかりと歩いていたのを、その場の人間は見てしまっていた。


「シシリー、どういうことだい……? 体が弱いと言っていたのは嘘だったのか……?」


「違いますお兄様っ! 私は病弱で、お薬もたくさん飲んでいます!」


「それも嘘ですね」


 リディアは断定すると、風の精霊にお願いをして動いてもらった。

 一陣の風が屋敷へと吹き折り返してきて、ばらばらといくつかものを落とした。


「これは、薬……? シシリーに出したはずの……」


 やはりシャルルには見覚えがあるようだ。

 青い顔をするシシリーへと、リディアは問いを投げかけた。


「シシリー様、薬を飲んだフリをして捨ててたでしょ? でも、それだけじゃ風の精霊はごまかせないわ。ほかにもまだまだ回収した薬があるけど、見たいかしら?」


「あ……」


 ぶるぶると、震えだしてしまったシシリー。

 その姿に、シャルルが義憤にかられたのか叫びだした。


「そんなにシシリーを責めるな! 薬を飲みたくない時くらい、あったておかしくないだろう!?」


「……まだ、シシリー様をかばわれるんですか?」


「なんだと?」


「シャルル様のお父様を殺されたの、おそらくシシリー様ですよ」


「なっ!?」


 いかずちに打たれたように、シャルルが固まっている。


「いきなり何を言うんだ……? 父上はただの病死だぞ?」


「本当にですか? お父様はそれまで、大きな病気もなかったはずでしょう? 不審な点はなかったのですか?」


「……」


 シャルルは黙り込んだ。

 指摘通り、前侯爵である父親の死は急だった。


 外部からの侵入者の形跡はなかったため、心臓の発作かなにかだと処理していたのだ。


「……だが、だからといって、どういうことだ? まさかシシリーが、毒殺でもしたというのか? シシリーはこの屋敷から出ていない。どうやって、毒を手に入れたというつもりだ?」


「薬ですわ。薬って、飲み合わせによっては危険になるでしょう? 自分のために出された薬を飲まずにためておいて、毒殺に使ったんだと思いますよ。薬の流れ、一度きちんと確認されるとよいんじゃないでしょうか?」


「……シシリー……?」


 疑念に蝕まれたシャルルが、恐る恐るシシリーを見た。

 シシリーははじかれたように、ぱっと視線をそらしてしまった。


「シシリー!? どういうことだ!? 答えてくれ!? 本当に君が父上のことをっ……!?」


「旦那様、どうやらそのようでございます」


 話を聞いていた執事が、書類を手に前へ出た。

 彼もまた、リディアと交流するうち、彼女の味方になっていたのだ。


「私はおかしいと思ったのです。なぜ、リディア様が精霊を見る目をお持ちになっていることが、旦那様も含む私たちに知らされていなかったのか」


「なっ……? どういうことだ……!?」


「シシリー様の仕業ですよ。リディア様の精霊を見る目を最初から旦那様が知っていたら、離れに追いやるなどという仕打ちはしなかったはずでしょう?」


「それは………」


「その通り、ということでしょうな。シシリー様は、リディア様がこの侯爵家の女主人として迎え入れられることを恐れていたのですよ。だからこそ、リディア様との縁談を進められていた先代様を毒殺し、リディア様の情報がシャルル様や屋敷の者たちに回らないよう、隠ぺい工作を行っていたのですよ。これはその証拠と調査報告書です」


「そん……な……シシリーが、なぜそんなことを……?」


 書類を確認し終え、恐れを宿した瞳で、シシリーを見つめるシャルル。

 長年かわいがってきた幼馴染が、まるで別の人間に見えて仕方ないようだ。


「シャルル様が、シシリー様をかわいがっていたからですよ。シャルル様の寵愛を失えば、シシリー様がこのように、働きもせずぜいたくをして暮らすことは不可能です。今の優雅な生活を、手放したくなかったのでしょうな。……違いますか、シシリー様?」


「……っ!」


 ぶるぶると、一層体を震わせるシシリー。

 しかし開き直ったのか、にぃと唇を吊り上げ獰猛な笑みを浮かべた。


「えぇそうよ! だまされる方が悪いんじゃない! ばっかじゃないの!!」


 言い捨てると、動かないはずの足を素早く動かし、逃走へ移ろうとしたシシリーだったが、


「それは駄目です、シシリー様」


「ぎゃあっ!?」


 リディアが精霊に起こさせた風にまかれ、空中でくるくると回っていたのだった。





「……まさかシシリーが、あんなにひどい女だったとはな」


 シシリーが捕らえられた後、シャルルは深くうなだれていた。

 長年かわいがってきた幼馴染の豹変に、心が付いていかないようだ。


「……それに比べリディア、君は素晴らしい女性だ。シシリーのたくらみを見抜き、僕を救ってくれたんだろう?」


「シャルル様のお父様の死にもかかわっている彼女を、放置することはできませんでしたからね」


 シャルルの父親は、リディアの精霊を見る瞳の秘密を知ってなお、吹聴することもなく隠してくれていたのだ。

 リディアとしても感謝しているし、彼の人柄は好いていた。

 だからこそ息子であるシャルルとの結婚も、結び気になったのだ。


「リディア……」


 自らのことを、そして侯爵家のことを真に思ってくれていたのが誰であったのか。

 ついに悟ったシャルルは、リディアへと手を伸ばした。


 偏見に満ちた嫌悪の感情を外してみれば、リディアはなかなかに魅力的な少女だった。

 少しマイペースなところはあるが、些事に惑わされない強い心の持ち主ともいえる。

 精霊と語らう姿を思い出せば愛らしく、気が付けばシャルルの胸は高鳴っていた。


「なぁ、リディア、そろそろ離れでの生活も飽きただろうから――――」


「わかりました! この家から出ていくことにしますね」


「……へ?」


 朗らかに言うリディアに、シャルルはぽかんとしてしまった。


「いきなり何を言うんだ? もう僕はおまえに怒っていないんだ。一緒に屋敷に住むことを許してやると言ってるんだぞ?」


「なんでそうなるんですか?」


 リディアが首を傾げた。


「私たち、もう今すぐにでも離縁できますわ。白い結婚。一年間男女の関係がなかった場合、あとくされなく離縁できる決まりでしょう?」


「あ……」


 シャルルは思い出した。

 確かに自分は結婚初日に、この結婚は白い結婚だとリディアに告げていた。


 しかしあれはあくまでたとえ話。

 肉体関係を持つつもりはないと、そう伝えるために言っただけのことで、本気で離婚する気はなかったのだ。


 いかに白い結婚とはいえ、一度離婚歴が付けば、次からは縁談がきにくくなってしまう。

 そしてそれはシャルルだけではなく、リディアも同じはずだ。


「ま、まてっ! 考え直せ! 僕と離婚したところで、おまえに次の縁談は来ないはずだ! 僕はシシリーの呪縛を断ち切り心を入れ替えたんだ! これからおまえのことも愛してやるから、離婚するひつようなんて――――」


「そんなの今更ですよ」


 リディアが苦笑を浮かべていた。


「シャルル様が、自分が気に食わない相手に対してどんな風にふるまうか、私は身をもって知ってしまったんです。恨んでるわけじゃありませんが、これから愛することもできないと思いますから」


 リディアだって、結婚してしばらくはシャルルに期待し愛情を持とうとしていた。

 しかし、愛情という水を与えられなかった植物はいずれ枯れてしまうものだ。

 リディアの中には今やどこにも、シャルルへの愛情は残っていないのだった。


「なっ、そんなこと言わないでくれ! もう一度! もう一度だけでいい! 僕にチャンスをくれっ!」


 リディアの拒絶にもめげず、シャルルが近づいてくる。


「君だって、そっちの方が幸せになれるはずだ! 僕と離婚したところで、誰も貰い手なんて――――」


「いるぞ?」


「ふがっ!?」


 シャルルの体が、大量の水で地面へと押し付けられた。

 水を操っているのは精霊のようだ。

 かなり強い力を持っているのか、シャルルの目にも姿が映っている。

 流れ落ちる水のようなみごとな髪を持つ美しい青年の姿をした精霊が、リディアへと優しく語りかけている。


「リディア、やはりおまえの伴侶は、ただの人間では駄目なようだな。精霊王である私が、おまえを幸せにしてやることにしよう」


 甘く優しく、リディアを見つめる精霊王。

 ずっと傍らにあった精霊の告白に、リディアははにかむように笑みを浮かべた。


「ふふふ、精霊様の元へ嫁ぐのも、なかなか楽しそうですね。 でもたまには、お父様たちの元へ里帰りさせてくださいね?」


「あぁ、もちろんだとも。おまえが望むのなら国ごとだろうが、私の元へ連れてきてやろう」


 仲睦まじく、これからの生活について語り合うリディア達。


「リディア! 嫌だいかないでくれ!! 僕たちはきっとわかりあえるはずだっ!!」


 一人みじめに叫ぶシャルルを残し、リディア達は去っていったのだった。




 ―――のちに、逃がした魚はとんでもなく大きかったのだとシャルルが悟り後悔の中で一生を送った一方。


 精霊王と添い遂げたリディアは、精霊の花嫁としておとぎ話に語られることになるのだった。



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「聖女の妹と、脇役扱いされていた私。婚約破棄され追放されましたが、真の聖女は私だったようです。」


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