イメージを描く匠たち
必然性のあるデザインで、普遍的な美しさを表現する。
~モノづくりに込めた想いとその責任~
その瞬間瞬間の光景に心が奪われる、
不均一な“うつろいの美”。
「次に考えたテーマが、“うつろいの美”です。例えば、朝もやが山あいに流れ、一瞬として同じ風景がないような場面を見た時、人はその瞬間瞬間の美しさに心奪われます。この美しさが、うつろいの美だと考えます」(星)。
この美しさをクルマでどう表現するか。その答えが、インストルメントパネルやドアトリムの素材として採用した“ウルトラスエード®ヌー”だ。
この新素材は、最新の工業技術と日本の伝統技術のコラボレーションによって、豊かな艶と上質な風合いを併せもつ新しい質感を実現している。
「ウルトラスエード®ヌーは、スエードならではの毛足の細かいムラ感と、表面加工の絶妙なムラ感が重なることで、自然で不均一な表情を生み出します。
これに光を当てながら動かすと、光の受け方が変化するのです。
ドアを開けると、光が差し込む角度によってキラキラと輝きながら光が動いていく。
その情景の中に、私たちが目指したうつろいの美が実現できたように思います」(保坂)。
「通常、アパレル向けに使われるウルトラスエード®ヌーをクルマの素材として用いるには、耐褪色性や耐磨耗性などが課題でした。
そこで、日照実験を行っては染料の濃度を変えたり、磨耗テストを重ねては表面加工を調整したりと、ひたすらトライ&エラーを繰り返しました。
そうしてすべての課題をクリアし、結果、世界初※の量産車への採用を実現したのです」(星)。
- ウルトラスエード®ヌーを、量産車に世界で初めて採用。2018年4月現在(マツダ調べ)
- ウルトラスエードは東レ株式会社の登録商標です。
モノと人との間に凜とした空気を生む、
予測できない“緊張感”。
「3つめのテーマは、“緊張感”。例えば、割れてヒビが入ったガラス玉。キラキラ光ってきれいだけど、触ると壊れてしまいそう。美しすぎることで、逆に近づきがたい印象を生む。そんなモノと人との凛とした感覚を表現しようと思いました」(保坂)。
「この緊張感という考え方を具現化したのが、金属調パネルに施した“ナチュラルヘアライン”です。
ヘアラインとは金属加工の際に生じる切削痕のことで、通常は規則正しく一定間隔で並んでいます。それを、あえて人の手で削ったようにすることで、不規則に光がきらめく、ちょっとドキッとするような緊張感を生む素材に仕上げました」(星)。
「金属加工の均一なヘアラインでは、無機質な印象になると思うのです。
規則正しく並んでいるので、光の動きも予測できてしまう。それでは心も揺さぶられない。
不均一で予想外の光の動きがあるからこそ、人の手で創られたぬくもりを感じ、引きつけられると考えました」(保坂)。
「その不均一さを生むために、2種類のヘアラインを用意し、それぞれを微妙にずらしながら重ねるというトライアルを繰り返しました。
実際にはそれを金型に起こすわけですが、完成品でも狙い通りの不均一さが再現できたと思います」(星)。
究極の目標は、“不完全の美”。
「最後のテーマは、“不完全の美”です。これは私が究極的に目指している美しさです。例えば、生け花。華やかに花が咲き誇っているのではなく、枯れ木のような枝がアンバランスに飾られているだけ。そのようなものにも日本人の美意識は、見えない美しさを感じ取ることができる。そんな究極の美を、クルマでいつか表現したいと思っています」(保坂)。
「もちろん、これは物質的に不完全という意味ではありません。それでは単なる欠陥品です。
私たちが表現したい不完全の美とは、余白というか、見えていないところにも美しさが続いているという感覚。何もない部分も、心が補完して何かがあるように感じる。
先ほどの生け花なら、極端に曲がった枝が花瓶に挿されている際の、枝がない部分。
その余白のような空間も含めて美しいと思えるということです。
はるか昔から培われてきた美意識が脈々と受け継がれ、日本では文化として根づいている。
そして、この美意識はグローバルの舞台でもちゃんと感性に響くものだと思っています。そんな日本ならではの美意識をクルマを通じて表現できたらと考えています。
簡単にできるとは思っていません。本当に究極の目標ですし、もはや野望ですね」(星)。
普遍的な美しさをデザインし、より永く愛されること。
それが私たちの役目であり、責任だと思う。
カラーデザイナーとしてさまざまな美しさの背景を考察し、その具現化に挑み続ける二人。そのクルマづくりに対する真摯な姿勢はどこからくるのだろうか。
「根本には、責任感というものがあります。私たちは大量生産大量消費されるクルマというプロダクトをつくっている。だからこそ単に消費されるモノではなく、永く愛されるモノをつくりたい。
そして、永く愛されるためには、美しくある必要があると思うのです。
その時々の流行を追ったデザインというより、長い年月を経て育まれてきた普遍的な美意識によるデザインで、ずっと愛され続けるクルマを造る。
そのほうが乗る人もクルマも幸せなんじゃないかと、私は思っているのです」(保坂)。
「より人に愛されるクルマを求めて、デザインの情緒的価値を高めていく。これはカラーデザイナーである自分としても、マツダのデザインとしても、向かうべき次の領域だと思っています。
だからこそ、デザインの奥にあるものをしっかり見つめる。
なぜその造形、色、素材なのか。見える部分の裏側にある根拠を積み上げることで、必然性のあるデザインを追求していきたいと思います。
そういう考え方から生まれたクルマは、きっとお客様に愛される存在となり、お客様の心や暮らしをもっと豊かに輝かせていくはず。
私は、本気でそう信じているのです」(星)。