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まず最初に言っておくが、タイトルにある通りこれを書いているのは当時の1期『涼宮ハルヒの憂鬱』をリアルタイムで視聴していない齢18の人間だ。一応後々アニメ版の全てや文庫本もすべて視聴・読破しているが、オタク文化に触れたのは2008年ころからとなる(それでも早い方だとは思うが)。だから、当時の情報は全てかつて電子網に流れた第三者から得た記憶であり、最もらしいことを言っていても実は中身はないものかもしれない。それを心して頂きたい。
僕がこんなタイトルでブログを書こうと思ったことの発端は、Twitterで物議を醸したあるツイートに由来する。それがこちらだ。
何故物議を醸したかは恐らく当時を知る人ならお分かりだろう。
「最近のオタクは長門みたいな便利なだけの女に逃げるようになってきた」というような扇情的・老害的な発言だけならまだしも、まるで「当時の長門は人気がなかった」と受け取られかねない含蓄があるからだ。曲解的ではあるかもしれないが、まずこの点に関しては明らかに嘘であると僕は思う。00年代半ばから定着し始めた「○○は俺の嫁」というオタク・スラングが長門有希に象徴されるように、明らかに人気がないわけではなく、寧ろ非常にあったはずだ。加えて2010年公開の映画『涼宮ハルヒの消失』がそれを確固不動たらしめた。所謂「消失時空」の「感情がある長門有希」に衝撃を受けた人は多いだろう。
そう言った訳で、まず「当時の長門は人気がなかった」ということは有り得ない。一応名誉保持のために氏のカバーリングも載せておくが。
現在の萌えのトレンドについての話も散見されるが、それについては以前に書いた「至高の萌え属性「ツンデレ」は何故見かけなくなってしまったのか?」(https://ch.nicovideo.jp/jury/blomaga/ar1799053)で触れているのでここでは言わない。あまり濃い内容を書いたつもりもないが、この記事は何故か1万PVを突破していた。痛み入る。
とまあ、これは前座である。
問題は先程のツイートに「当時涼宮ハルヒは人気がなかった」という反論が相次いだことである。
これに関してまず定義づけをしておきたいのが、「人気」の如何である。この反論の場合の人気のニュアンスというのは、支持を集めたというよりは、萌えとして成立していたかどうかということではないかと思う。この人気のことを便宜的に「オタク人気」と名付けるが、まずその辺を履き違えているとどうしようもないのではないか。
その場合、オタク人気ではない涼宮ハルヒの人気がなかったとはまず考えられないと思う。これだけ深夜アニメを膾炙しオタク界隈を席巻した『涼宮ハルヒの憂鬱』の顔であるメインヒロインがキャラとしての人気がなかったわけがないだろう。実際、当時の雑誌人気投票でもトップクラスに位置していたし、キャラソンだって聴かれていたし、件のスキャンダルまでは中の人・平野綾の人気だってうなぎ上りになっていた。いわばストーリーの中枢神経であるハルヒなしでいられるわけがないのだから、その時点で通常の意味での人気はあるに決まっているのである。涼宮ハルヒがかような性格でなければ物語は成立しないのだから。
だから、結局のところ「オタク人気」が焦点ではないのだろうか。その場合、確かに涼宮ハルヒが他キャラに比べてなかったのかもしれない。
というのも、『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品はオタクへの影響が巨大すぎて、涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくるのヒロインのみならず、メインキャラではない朝倉涼子や鶴屋さんなどもアニメを通じて絶大な人気を誇ったわけだし、それはアニメでは未出の佐々木だったり、古泉・キョンの男子にまで至る。それぞれ突出した個性があって、更にその上に涼宮ハルヒを中心とした舞台装置が出来上がっていくから、「好きになれるキャラ」が多すぎるのだ。こういった観点から涼宮ハルヒが舞台の中心としての人気のみであって、当時の萌えを主体に置いたオタク人気がなかったのではないかと思うのである。
そして、この「オタク人気」において欠かせない『涼宮ハルヒの憂鬱』のキャラといえば、やはり長門有希だろう。その証拠は先述した通り、ネットスラングにも表れているし、特に『消失』公開後から顕著になったと思う。
彼女の人気の理由の一つとして、「セカイ系」に登場する「綾波系」のヒロインということが挙げられると思う。「セカイ系」という言葉は2002年にぷるにえ氏が個人ブログで運営していたものが初出なのもあって結局明確な基準は曖昧なのだが、『涼宮ハルヒの憂鬱』がそれに当たることについては異論はないだろう。同様に長門有希が「綾波系」というのも、そうそう異論はないものと思われる。「短髪」「口数が少ない無表情」という同一点はよく引き合いに出されることは周知の通り。
「セカイ系」「綾波系」という2つの特徴は、『新世紀エヴァンゲリオン』の影響が強い。セカイ系は当初エヴァを基準にして設けられていたし、綾波系についてはネーミングの通りであるが、正直先に挙げた「短髪」「口数が少ない無表情」以外は原型から乖離していっているような気もする。が、それについて話すとまた長くなりそうなので省略。
こうしたオタクに受けやすい2つの特徴に加え、長門有希には「主人公を守る圧倒的な強さ」がある。半ばデウスエクスマキナと言っても過言ではないほどにだ。彼女は終始一貫してキョンを守るが、こうした「長門有希に守られたい」という感情を昇華(或いは逆に凝華なのかもしれないが)したものが「萌え」となり、オタク人気が拡大した。
そして極めつけが『消失』である。今までその何でもありの強さでキョンや周囲を守り続け、ハルヒの観測をしてきた長門有希は、その実「普通の女の子」になることを望んでいた。そして「消失時空」で見せた表情のある長門。このオキテ破りのシナリオが、更にオタクの心をギャップ萌えとして揺さぶり、オタク人気の地位を盤石にしたのではないだろうか?
さて、かように涼宮ハルヒと長門有希について小規模ながら書いたわけだが、最後に作品愛について語りたい。僕は先述した「セカイ系」のようなボーイ・ミーツ・ガールのジュブナイルノベルが好きなのだが、なるべく中身は明るくあってほしいと思っている(勿論『イリヤの空、UFOの夏』のようなポストアポカリプスを眼前に構えるようなものも好きだが)。そのような点において、明るい涼宮ハルヒというメインヒロインを軸に、周囲が引っ張られていくという展開はまさしくジャスト・フィットと言っていい。だからこそ、余すことなくこの作品を好きでありたいのだ。そういうこともあって、今回のような内容を書いたのである。
正直御覧のように一貫性がなく、まとめきれてもいないし、自分ではまだ語り切れてもいないので、意見や反論を歓迎する。宜しく。
僕がこんなタイトルでブログを書こうと思ったことの発端は、Twitterで物議を醸したあるツイートに由来する。それがこちらだ。
何故物議を醸したかは恐らく当時を知る人ならお分かりだろう。
「最近のオタクは長門みたいな便利なだけの女に逃げるようになってきた」というような扇情的・老害的な発言だけならまだしも、まるで「当時の長門は人気がなかった」と受け取られかねない含蓄があるからだ。曲解的ではあるかもしれないが、まずこの点に関しては明らかに嘘であると僕は思う。00年代半ばから定着し始めた「○○は俺の嫁」というオタク・スラングが長門有希に象徴されるように、明らかに人気がないわけではなく、寧ろ非常にあったはずだ。加えて2010年公開の映画『涼宮ハルヒの消失』がそれを確固不動たらしめた。所謂「消失時空」の「感情がある長門有希」に衝撃を受けた人は多いだろう。
そう言った訳で、まず「当時の長門は人気がなかった」ということは有り得ない。一応名誉保持のために氏のカバーリングも載せておくが。
現在の萌えのトレンドについての話も散見されるが、それについては以前に書いた「至高の萌え属性「ツンデレ」は何故見かけなくなってしまったのか?」(https://ch.nicovideo.jp/jury/blomaga/ar1799053)で触れているのでここでは言わない。あまり濃い内容を書いたつもりもないが、この記事は何故か1万PVを突破していた。痛み入る。
とまあ、これは前座である。
問題は先程のツイートに「当時涼宮ハルヒは人気がなかった」という反論が相次いだことである。
これに関してまず定義づけをしておきたいのが、「人気」の如何である。この反論の場合の人気のニュアンスというのは、支持を集めたというよりは、萌えとして成立していたかどうかということではないかと思う。この人気のことを便宜的に「オタク人気」と名付けるが、まずその辺を履き違えているとどうしようもないのではないか。
その場合、オタク人気ではない涼宮ハルヒの人気がなかったとはまず考えられないと思う。これだけ深夜アニメを膾炙しオタク界隈を席巻した『涼宮ハルヒの憂鬱』の顔であるメインヒロインがキャラとしての人気がなかったわけがないだろう。実際、当時の雑誌人気投票でもトップクラスに位置していたし、キャラソンだって聴かれていたし、件のスキャンダルまでは中の人・平野綾の人気だってうなぎ上りになっていた。いわばストーリーの中枢神経であるハルヒなしでいられるわけがないのだから、その時点で通常の意味での人気はあるに決まっているのである。涼宮ハルヒがかような性格でなければ物語は成立しないのだから。
だから、結局のところ「オタク人気」が焦点ではないのだろうか。その場合、確かに涼宮ハルヒが他キャラに比べてなかったのかもしれない。
というのも、『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品はオタクへの影響が巨大すぎて、涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくるのヒロインのみならず、メインキャラではない朝倉涼子や鶴屋さんなどもアニメを通じて絶大な人気を誇ったわけだし、それはアニメでは未出の佐々木だったり、古泉・キョンの男子にまで至る。それぞれ突出した個性があって、更にその上に涼宮ハルヒを中心とした舞台装置が出来上がっていくから、「好きになれるキャラ」が多すぎるのだ。こういった観点から涼宮ハルヒが舞台の中心としての人気のみであって、当時の萌えを主体に置いたオタク人気がなかったのではないかと思うのである。
そして、この「オタク人気」において欠かせない『涼宮ハルヒの憂鬱』のキャラといえば、やはり長門有希だろう。その証拠は先述した通り、ネットスラングにも表れているし、特に『消失』公開後から顕著になったと思う。
彼女の人気の理由の一つとして、「セカイ系」に登場する「綾波系」のヒロインということが挙げられると思う。「セカイ系」という言葉は2002年にぷるにえ氏が個人ブログで運営していたものが初出なのもあって結局明確な基準は曖昧なのだが、『涼宮ハルヒの憂鬱』がそれに当たることについては異論はないだろう。同様に長門有希が「綾波系」というのも、そうそう異論はないものと思われる。「短髪」「口数が少ない無表情」という同一点はよく引き合いに出されることは周知の通り。
「セカイ系」「綾波系」という2つの特徴は、『新世紀エヴァンゲリオン』の影響が強い。セカイ系は当初エヴァを基準にして設けられていたし、綾波系についてはネーミングの通りであるが、正直先に挙げた「短髪」「口数が少ない無表情」以外は原型から乖離していっているような気もする。が、それについて話すとまた長くなりそうなので省略。
こうしたオタクに受けやすい2つの特徴に加え、長門有希には「主人公を守る圧倒的な強さ」がある。半ばデウスエクスマキナと言っても過言ではないほどにだ。彼女は終始一貫してキョンを守るが、こうした「長門有希に守られたい」という感情を昇華(或いは逆に凝華なのかもしれないが)したものが「萌え」となり、オタク人気が拡大した。
そして極めつけが『消失』である。今までその何でもありの強さでキョンや周囲を守り続け、ハルヒの観測をしてきた長門有希は、その実「普通の女の子」になることを望んでいた。そして「消失時空」で見せた表情のある長門。このオキテ破りのシナリオが、更にオタクの心をギャップ萌えとして揺さぶり、オタク人気の地位を盤石にしたのではないだろうか?
さて、かように涼宮ハルヒと長門有希について小規模ながら書いたわけだが、最後に作品愛について語りたい。僕は先述した「セカイ系」のようなボーイ・ミーツ・ガールのジュブナイルノベルが好きなのだが、なるべく中身は明るくあってほしいと思っている(勿論『イリヤの空、UFOの夏』のようなポストアポカリプスを眼前に構えるようなものも好きだが)。そのような点において、明るい涼宮ハルヒというメインヒロインを軸に、周囲が引っ張られていくという展開はまさしくジャスト・フィットと言っていい。だからこそ、余すことなくこの作品を好きでありたいのだ。そういうこともあって、今回のような内容を書いたのである。
正直御覧のように一貫性がなく、まとめきれてもいないし、自分ではまだ語り切れてもいないので、意見や反論を歓迎する。宜しく。
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>>37
ううむそうですね、何となく、本当に直感的ですけれど言い方が何となく扇情的なんですよね。だからそれにちょっとピリっとして胸中を吐きだしただけなので、見て頂けたら嬉しいとは思いましたが、明確に立場をもって書いたわけではないです。謂わば僕なりの自衛行為の一種ですね。自慰行為と言っても差し支えないです。
賛同しているかそうでないかで言えば「一部肯定的、一部否定的」といった感じです。
結局視聴者側が人間である以上そういう立場の変遷はあるのでしょうね。ましてや中高生というリミナリティに位置した人間も多く見ていたでしょうから、あまり素直に見れていなかったのかもしれません。
僕も「セカイ系」のトレンドはツンデレみたいな萌え属性と一緒にいつか回帰するものだと思っています。個人的にはその時を待ちたいものです。
みくるについては先述しましたが1期にあまり大きい出番がなかったのが最大の要因かと思います。殆どSOS団のマスコットとしてのイメージが強かったですから。未アニメ化の部分ですと結構また掘り下げられていたりしますので、いつか3期が来てくれたらいいなと思っています。
ううむそうですね、何となく、本当に直感的ですけれど言い方が何となく扇情的なんですよね。だからそれにちょっとピリっとして胸中を吐きだしただけなので、見て頂けたら嬉しいとは思いましたが、明確に立場をもって書いたわけではないです。謂わば僕なりの自衛行為の一種ですね。自慰行為と言っても差し支えないです。
賛同しているかそうでないかで言えば「一部肯定的、一部否定的」といった感じです。
結局視聴者側が人間である以上そういう立場の変遷はあるのでしょうね。ましてや中高生というリミナリティに位置した人間も多く見ていたでしょうから、あまり素直に見れていなかったのかもしれません。
僕も「セカイ系」のトレンドはツンデレみたいな萌え属性と一緒にいつか回帰するものだと思っています。個人的にはその時を待ちたいものです。
みくるについては先述しましたが1期にあまり大きい出番がなかったのが最大の要因かと思います。殆どSOS団のマスコットとしてのイメージが強かったですから。未アニメ化の部分ですと結構また掘り下げられていたりしますので、いつか3期が来てくれたらいいなと思っています。
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>>44
いや、わかりますよ
少子化や草食・絶食系などが取り沙汰されている昨今、確かに件のツイートには「お前ら草食系は強烈な個性の子より従順な子を選ぶんだろw」的なニュアンスを曲解して受け取ってしまいかねない危険性を孕んでいました(あくまで本人の意に反して)
また本人は人気の差に言及したわけでも無いとも書いています
実際のところどちらが人気だったか正確に測る術はなく、個人的にも重要では無いとも思っています
しかしそうなるとブロマガのタイトル自体ちょっと主題から外れているように思えますがどうでしょう?
juryさんも「人気」というよりは当時と今のキャラ萌えや流行の如何について周囲に振り返って欲しいように見受けられます
いや、わかりますよ
少子化や草食・絶食系などが取り沙汰されている昨今、確かに件のツイートには「お前ら草食系は強烈な個性の子より従順な子を選ぶんだろw」的なニュアンスを曲解して受け取ってしまいかねない危険性を孕んでいました(あくまで本人の意に反して)
また本人は人気の差に言及したわけでも無いとも書いています
実際のところどちらが人気だったか正確に測る術はなく、個人的にも重要では無いとも思っています
しかしそうなるとブロマガのタイトル自体ちょっと主題から外れているように思えますがどうでしょう?
juryさんも「人気」というよりは当時と今のキャラ萌えや流行の如何について周囲に振り返って欲しいように見受けられます
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ハルヒは…彼女自体が萌え云々というより「“やれやれ系”のキョンが輝くための狂言回し」みたいな役割が強い気がする。ていうか、ハルヒがはっちゃけてるのってわりと初期だけで、原作勢は特に、巻数が進むにつれ「一見 奇矯に見えるけど、実は根はすごく常識人」という色合いに傾いていく気が。むしろ、キョンの方こそ表面的に常識ぶりつつ「SFチックな不思議なこと」への期待はずっとくすぶっていて、それをストレートに表に出せるハルヒに“付き合わされてる”体で投影発散している部分はあると思う。
>>21
>暴力ヒロインの走り~なんて意見も
それは絶対ちがうだろ。ラムはじめるーみっくヒロイン全般やシティーハンターの香や、もっと昭和からあるって。
>>21
>暴力ヒロインの走り~なんて意見も
それは絶対ちがうだろ。ラムはじめるーみっくヒロイン全般やシティーハンターの香や、もっと昭和からあるって。
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>>50
すみません。しかしながら、別になろうが人気な世代層は何も僕らの世代だけではないと思います。寧ろ、40代がかなり多かったりします。
「なろう系が苦手」というのはあくまで個人的な意見なのでご了承願います。優良なコンテンツかどうかで言えば、『小説家になろう』という媒体自体は、気軽に小説を投稿できるという点でメリットは大きいと思います。しかしながらそれが原因で、ある程度小説のノウハウを積まずとも容易にアニメ化できてしまい、結果として制作側の負担が増えているというデメリットもあります。なのでいわば「SS」程度に留まっていた方が僕にとっては好ましいですね。
序に周りの知り合いについて言えば、表にはオタク気質を出さない人間なのでそれはどうかわかりません。またTwitterでは近い年代の方々はいますが、趣味が合うから選んでいるので、僕と似たような気質の人たちが多いですね。
すみません。しかしながら、別になろうが人気な世代層は何も僕らの世代だけではないと思います。寧ろ、40代がかなり多かったりします。
「なろう系が苦手」というのはあくまで個人的な意見なのでご了承願います。優良なコンテンツかどうかで言えば、『小説家になろう』という媒体自体は、気軽に小説を投稿できるという点でメリットは大きいと思います。しかしながらそれが原因で、ある程度小説のノウハウを積まずとも容易にアニメ化できてしまい、結果として制作側の負担が増えているというデメリットもあります。なのでいわば「SS」程度に留まっていた方が僕にとっては好ましいですね。
序に周りの知り合いについて言えば、表にはオタク気質を出さない人間なのでそれはどうかわかりません。またTwitterでは近い年代の方々はいますが、趣味が合うから選んでいるので、僕と似たような気質の人たちが多いですね。
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>>51
やれやれ系の主人公が広まった契機はキョンなのもありますし、その点も大いにありうるかもしれませんね。作中で進むにつれキョンは「やれやれ」の相好は崩さないまでもハルヒに「望んで」付き合っていきますから、そう言った意味でも「成長」の描写がしやすいのかもしれません。
暴力系のヒロインについての意見は実際その通りで、読んで頂ければわかると思いますが>>21で明確に否定しています。ついでにいえば10年代に流行った暴力系ヒロインと、槇村香とかラムの系統は違うと思うんですよね。前者の場合は本当に理不尽というか、当たり散らした感じが強いのですが(別に嫌いなわけではないです)、後者の場合は主人公が「スケベ」したときに制裁として振るった暴力が多いと思います。その辺は体系的に違うのではないかと。
やれやれ系の主人公が広まった契機はキョンなのもありますし、その点も大いにありうるかもしれませんね。作中で進むにつれキョンは「やれやれ」の相好は崩さないまでもハルヒに「望んで」付き合っていきますから、そう言った意味でも「成長」の描写がしやすいのかもしれません。
暴力系のヒロインについての意見は実際その通りで、読んで頂ければわかると思いますが>>21で明確に否定しています。ついでにいえば10年代に流行った暴力系ヒロインと、槇村香とかラムの系統は違うと思うんですよね。前者の場合は本当に理不尽というか、当たり散らした感じが強いのですが(別に嫌いなわけではないです)、後者の場合は主人公が「スケベ」したときに制裁として振るった暴力が多いと思います。その辺は体系的に違うのではないかと。