〈７月３１日〉 乗代雄介
文字数 1,992文字
さいごのしれい
こんな時 じゃ、遊 びに行 く気 にもならない。スマホで動 画 を見 ていたら、突然 、知 らない番号 から「ゆうじか」とメッセージがきた。
「そうだけど、誰 ？」
だいぶ経 ってから「いまはあかせない、きみのかぞくこうせいをおしえたまえ」ときた。
「両 親 と弟 ひとりです」
またしばらくして「そふぼは」ときた。
「おじいちゃんが一緒 に住 んでますね」
「わすれちやだめじやないか」
「すみません、うっかりしてました」
「これからきみにいくつかのしれいをだす」
「はあ」というやりとりも小 一時 間 かかった。
「しれい、おとうとにかんちようせよ」
これはカンチョーのことか？ いつもやっていることだが、考 えた末 に「そんなことできません。ケンカもするけど、大切 なかわいい弟 なんです」と送 る。
「かんしんなせいねんだ」
「ありがとうございます」
「つぎのしれい、おかあさんのへそくりからせんえんぬきとれ」
「盗 みはしません。まして、あれは母 が自 分 はぜいたくをせず少 しずつ貯 めたお金 です。尊敬 する母 のお金 を盗 むなんて！」
「そのことばがききたかつた」
次 がなかなかこない。動 画 の続 きを見 始 めた頃 にやっときた。
「しれい、おじいちやんにかんちようせよ」
どうなるんだろう。弟 よりいいリアクションがあるか逆 に全 くないか、実 に興 味 深 い。ただ、動 画 もいいところなので放 っておいた。
「やるきなのか」
面 倒 になってきて「考 え中 」とだけ送 る。
「しれいをへんこうします」今 までで一番 早 い返 事 の後 、考 えこむような間 があった。
「しれい、おじいちやんにつばをはけ」
動 画 を最 後 まで見 て、トイレに立 って戻 ってくると、メッセージがたまっていた。
「やるきなのか」「ひまつかんせんとかもあるのに」「どうしてわしのときだけ」「かくなるうえは」
そして、たぶん最 後 の指 令 が出 された。
「しれい、おじいちやんをころせ」
ぼくは部屋 を出 て階段 を下 りた。立派 だけれど古 い木造 の家 は、一歩 ごとにギシギシと不気味 な音 が響 く。おじいちゃんの部屋 をノックすると、ドアの向 こうから、免許 返納 の代 わりに持 つのを許 されたスマホを取 り落 とす音 と、一心 不 乱 の念仏 が聞 こえてきた。
乗代雄介（のりしろ・ゆうすけ）
１９８６年 、北海道 生 まれ。法政 大学 社会 学 部 メディア社会 学 科 卒 業 。２０１５年 、「十七八より」で第 ５８回 群像 新人 文学 賞 を受 賞 しデビュー。２０１８年 、『本物 の読書 家 』で第 ４０回 野間 文芸 新人 賞 を受 賞 。２０１９年 、「最高 の任 務 」で第 １６２回 芥 川 賞 候 補 となる。著書 に『十七八より』『本物 の読書 家 』『最高 の任 務 』『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』がある。
【近刊 】
こんな
「そうだけど、
だいぶ
「
またしばらくして「そふぼは」ときた。
「おじいちゃんが
「わすれちやだめじやないか」
「すみません、うっかりしてました」
「これからきみにいくつかのしれいをだす」
「はあ」というやりとりも
「しれい、おとうとにかんちようせよ」
これはカンチョーのことか？ いつもやっていることだが、
「かんしんなせいねんだ」
「ありがとうございます」
「つぎのしれい、おかあさんのへそくりからせんえんぬきとれ」
「
「そのことばがききたかつた」
「しれい、おじいちやんにかんちようせよ」
どうなるんだろう。
「やるきなのか」
「しれいをへんこうします」
「しれい、おじいちやんにつばをはけ」
「やるきなのか」「ひまつかんせんとかもあるのに」「どうしてわしのときだけ」「かくなるうえは」
そして、たぶん
「しれい、おじいちやんをころせ」
ぼくは
乗代雄介（のりしろ・ゆうすけ）
１９８６
【
