[4a-39] 四ノ獄 凍牢③
無秩序だった石の迷路は、二人がメモの通りに進んで行くにつれ、脇道や余計な部屋を減らし、奥まったどこかへと収斂していく様子を見せていた。
「あの部屋、ですね」
「……一、二……六匹か」
留置所迷宮の、奥の奥。一際堅牢で大きな独房の扉。
その周囲の廊下には全身を鎧で固めた騎士の姿の化け物がうろついている。
扉の前をがっちりと固めているものが二体。
他の四体は足を踏み出すタイミングすら揃えて、各々完全に同じルートで廊下を巡回していた。
ウィルフレッドは張り子で包んだクルミ大の物体を取り出す。
火を付けると爆発して音を立てる『爆ぜ玉』だ。少々過激な子どもの玩具。
本来冒険者用のアイテムではないのだが、これが意外と役に立つと評判で、ウィルフレッドは携行していた。
「こいつで釣り出しますが、全員出て行くとは限りません。
……残りは、俺が斬ります」
火の点いた爆ぜ玉を床の上にそっと置いたウィルフレッドは、それを
騎士たちは気が付いていない様子。
だが数秒後、爆ぜ玉がけたたましい音を立てて爆発すると全員が反応した。
『ナ……んだ?』
巡回していた四体が、全員全く同じ速度で、揃いも揃って音がした方を見に行く。
残りの二体は気になった素振りを見せたものの、独房の番を継続する。
――やっぱりこいつら、頭は悪いのか?
まるでゴーレムみたいだ。
なんとなくこうなるような気はしていたのだが、笑えるくらいに上手くいったという印象だ。
「行きますよ!」
「はい!」
ウィルフレッドの合図でキャサリンも走り出した。
「【
『敵ダ!』
門番の二匹が剣を構える。
ウィルフレッドの抜いたカタナがぼんやりと輝いた。
練技によって気を宿したカタナは斬れ味を増し、さらに本来は物理的攻撃が通用しない悪霊すらも斬り裂くのだ。
ここにウィルフレッドの腕前を合わせれば、鎧の悪霊すら恐るるに足らず!
「どけええええええっ!」
騎士たちの動きは緩慢で単純だ。その動きは『ただ剣を振り上げて振り下ろす』ことしか考えていないのが丸分かりで、ウィルフレッドには目をつぶっていても躱せるだろう。
靴が火を噴くような踏み込みから、ウィルフレッドはカタナを一閃、二閃!
薄闇の中に気の光跡を残し、カタナは首当てごと騎士の首を刎ねていた。
途端、亡霊の如き騎士は鎧も肉体も霧散。
門番の片方が腰に提げていた鍵だけ、澄んだ音を立てて石床に落ちた。
だが背後から、異変を察知した四体の足音が迫る。
「駆け込め!」
既にキャサリンは鍵を拾い上げ、独房の扉を開けていた。
ウィルフレッドはキャサリンを押し込むように独房に滑り込み、扉を閉める。
内側から鍵を掛けることはできなかったが、ウィルフレッドはすぐ近くにあった謎の鋼鉄像を引きずってきてバリケードにした。
「……なんだ? この部屋は……」
鋼鉄の像を背中で押さえながらも、ウィルフレッドは思わず息を呑む。
ただひたすらに暗く閉塞感があった石の迷宮とは違い、ここは冷たく寂しい場所だった。
高く小さな窓からは青白い月明かりが差し込み、雪の香りが鼻腔をくすぐる。
部屋は、独房とは思えないほど広かったが、色々な物が置かれているせいで手狭に感じられる。
手枷、足枷、首枷、鎖、革鞭、棍棒、針、刃物、棘だらけの椅子、焼きごて、ノコギリ、水桶。
よく見ればウィルフレッドが扉を塞ぐために使った鋼鉄の像も、少女を模った細工がされて、前面が開く構造だった。『
部屋の一番奥の壁に鎖で繋がれ、敷物も無い石床の上に、一人の少女が蹲っていた。
獣のたてがみみたいに荒れた銀色の髪。
雪の如く白い肌には、火傷の痕や、血を滲ませる生々しい傷跡がある。
身につけているのはボロボロの下着だけだ。
「ルネ!」
キャサリンが駆け寄り抱き起こすと、『ルネ』は疲れ切った様子ながら、微笑んだ。
「……ありがとう。来てくれたのね」
「酷い怪我……」
「だいじょうぶ。わたしはもう生きてもいないし、これは二度目だから
「そういう問題じゃないでしょう!」
キャサリンは
しかし、それは彼女の肌を濡らすばかりで、それ以外の変化を及ぼさない。
「効かない……」
「だって、このお薬は生きてる人のためのアイテムだもの。
でも、ありがとう。その
「追撃?」
「……っと!」
その時。
ドン、と音を立ててウィルフレッドの押さえていた扉が軋んだ。
騎士たちがタックルを仕掛けているらしい。
ウィルフレッドは更に、棘だらけの鉄椅子を引きずってきて扉の押さえとし、絶対座りたくない座面の上に、適当に物を積み上げた。
「済まない。何がどうなってるか聞きたいんだが。
あなたがルネで、“怨獄の薔薇姫”?」
「そうとも言えるし、
作業をしつつ問うと、銀色の少女は首を振る。
「キャサリン。この
「……
「
だからこの世界には昼夜があるの」
さらっと『ルネ』が言ったのを聞いて、ウィルフレッドは空恐ろしくなった。
一人を罰するために街を丸ごと巻き添えにしたということか。
……あるいは、ニールを罰さず受け容れたことそのものが、『ルネ』にとってはこの街に住まう者らの罪だったということか。
『一ヶ月間苦しめる』ため、彼女はこの異界に昼夜の概念を与えた。
街の外の者に気付かれて邪魔が入る前にそれが終わるよう、異界の時間を加速させた。
……メチャクチャだが筋は通る。
「“
でも問題が起きていたの。
それは、あなたたちが
わたしにはもう一つの目的が生まれてしまった……」
「それは?」
「……待って」
『ルネ』は言葉を句切り、耳を澄ませるような仕草をした。
ウィルフレッドも気が付いた。
静かすぎる、ということに。
扉の外に居た騎士たちのタックル攻勢が、いつの間にか止んでいる。
不思議と、気配も消えたように思う。
だが。
ならばこの、首筋に刃を突きつけられているような異常な殺気は、冷たい死の予感は何だ?
「負けたみたい。
「何? じゃあ、だとすると……」
「“
じゃらりと、鎖が啼いた。
どこからか生えてきたとしか思えないほど唐突に鎖が迸り、『ルネ』の身体を縛り上げた。
「あっ……!」
「ルネ!」
手足を完全に拘束された『ルネ』はバランスを崩して倒れる。
いや、それだけではない。
闇から染み出すように、全身を鎧に包んだ騎士たちが現れ、『ルネ』を抑え込んで鎖を手繰っていた。
「なんだ!? 騎士が、急に……!」
さっきまでこの場所にはウィルフレッドとキャサリンと『ルネ』しか居なかった。
唯一の出入り口はウィルフレッドが封じていたはず。
だが部屋の一番奥、ルネの傍らにいつの間にか騎士たちが居る。
「戦いが終わって……こっちに集中してる……
わたしには、
『ルネ』が悲痛な声を上げる。
ウィルフレッドは、自分が押さえていた背後の扉から爆発的な殺気を感じ、カタナを手にしつつ弾かれたように飛び離れた。
扉が爆発するかと思った。
あるいは、爆発したかと思った。
しかし現実にはどちらでもなかった。
壁が消え、積み上げた拷問道具が消え、月明かりが辺りを照らす。
容赦の無い雪風が吹き付けてきて、気が付けばそこは、外だった。
その場所はウィルフレッドも見覚えがあった。
王城の前にあった大きな広場だ。
夜闇の中、広場の中央には大仰な処刑台が設えられている。高く禍々しいギロチンが月明かりを受けて、刃を燦めかせる。
広場に詰めかけているのは、処刑を見に来た見物人……ではなく、痛々しい姿の悪霊たちだ。
数え切れないほどの悪霊は完全にウィルフレッドたちを包囲していて、広場の中心にドーナツみたいにできた空白にウィルフレッドたちは居る。
「そう……間に合わなかった、ってことね」
「…………ルネ」
銀色の少女が、もう一人。
深紅の剣を手にした彼女は、処刑台の縁に腰掛けて、こちらを見下ろしていた。
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