自己評価や他人評価の基準を見誤らないようにするための俺的心得です。
どういうこと?
「人は自分の鏡」ってフレーズを、たまにですが見聞きします。
意味としては
・自分にどのような人が寄ってくるかは、自分の性質による
・周囲の人の性質はそのまま自分の性質と同一である
・アホな人が周囲にいる?実はあなたがアホな人だからである
・人は自分を映す鏡である!
こんな感じです。おーこわ。
本日の投稿は、「人は自分の鏡」コレを真に受けないよう、
このしょうもないフレーズのアホらしさ加減を以下に分解してまいります。
「人は自分の鏡」のウソ
・他人と自分はどのようにしても同一の性質にはならない
自分の性質を周囲の他人と重ねて推定する発想、
それ自体がアホの極み
・「他人は自分の鏡」は、
周囲の他人を見れば自分のことがまるで手に取るようにわかるかのような言い草だが、
実際そんなわけない
他人の本質を捉えることも、自分の本質を捉えることも
人生かけての難題であるはずでは?
・どんなに素晴らしい人でも、実際アホは寄ってくる
・人からどう見られるかを気にしすぎ
あるいは、自分が周りの人をどう見ているかを気にしすぎ
・選民思想の助長
・自分はアホじゃない、周りがアホなだけ?それホントに??
・どのコミュニティをどのように切り取ってもアホはいる
・新しく知り合う人の中にも一定割合でどうしてもアホは混じる
・アホ、あるいは愚かな人間、
こんなものは定義が人それぞれなので、
他人は自分の鏡!と発表する人の印象操作で
このフレーズの意味は自由に改変可能である
(なので人からこのフレーズを聞いてもスルーしておけばよい)
・苦し紛れの言い訳
メンターやカウンセラーやアドバイザーなどなど
親身になってアレコレ提案してくれる人がいたとして、
言われた人はどうせ言うこと聞きません。
その結果、メンター等は苦し紛れにこう言います。
「人は自分を移す鏡。俺のアドバイスは正しかったが、周囲のアホ共の影響があって聞き入れられなかった」
・あえて周囲をアホで固めた賢い人もいる
・アホとの人間関係を退けられない弱い人はアホなのか??
「人は自分の鏡」のホント
・周囲の人格が自分の人格に影響を及ぼすはホント
ただし、周囲の賢さをもって自分の賢さとするのはアホの極みであり
周囲のアホさをもって自分のアホさとするのもアホの極み
・自分がアホならアホが余計に寄ってくるはホント
ただし、周囲がアホ揃いの人がアホと決めつけるのは別の話
本人の目的や資質を見て判断するべきである
・アホを退ける意思があれば周囲のアホは減るはホント
ただし、そのような意思はホントに正しいものなのか?
たとえば「俺は友人に賢い人しか選ばない」というヤツは本当に賢いのか?
も、その本人の目的や資質を見て判断するべきである
・周囲が素晴らしい人格者で埋め尽くされているお方の人格は素晴らしい、は多分ホント
ただし、そのお方の周囲がアホばかりであっても、
そのお方はどうせ素晴らしいままであろう
じゃあどうするか
☆格言顔してるしょうもないフレーズに騙されず、
自分の人格(アホ、賢い、感情的、etc)は自分で見極めてください。
自分の人格を判断する際に周囲の人格を想像するのはアホ丸出しです。
☆格言顔してるしょうもないフレーズに騙されず、
他人の人格(アホ、賢い、感情的、etc)も、自分で見極めてください。
人の人格を判断する際にその人の周囲の人間を想像するのはアホ丸出しです。
☆どうしてもこのフレーズを座右の銘にしたいなら、順序を逆にすればよいでしょう。
「人は自分の鏡」でなく、「自分は人の鏡」として考えます。
・友人にアホがいればソイツをアホから賢いヤツに引き上げてやる
・周囲をアホにしたければ自分がアホになる
こんな感じで、自分から積極的に相手の鏡になってやればよいのです。
ただし、他人を自分の鏡として見ないようにご注意。
自分のことは鏡を使わず自分自身で見つめてください。
──
以上です。
この格言風フレーズの巧みさは
「もっともらしい響き、たくさんのウソ、少しのホントをブレンド」
の3点に由来します。
コレに騙されたら、
周りの人のせいにして自分を貶す、周りのせいにして大切な人を貶す
というしょうもないメンタルのやられ方をしますので気をつけてください。という提案でした。
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