あくまでも閑話です。
統一歴1927年7月初旬。
合州国からほど近い大西洋上に、2隻の船が寄り添うように停泊していた。
いや、大きさから言うと親と子か。
一隻は合州国艦隊所属、巡洋艦ペンサコーラ。
そしてもう一隻は――
「やはり、戦艦は良いものですな。栄えある連合王国の伝統を体現しているようだ」
「そのお言葉、しかと女王陛下にお伝えしましょう」
――連合王国本国艦隊所属、
今となっては由来も分からぬその艦名。その名を引き継ぐ7代目ウォースパイトはこの日、歴史に名を残す二人の人物を乗せて洋上に佇んでいた。
合州国大統領、テッド・ローズベルト
連合王国第一大蔵卿、ウィストン・チャーブル
世界史に残る二大巨頭の対談は、Uボートの脅威を避けるため、チャーブルを乗せたウォースパイトが合州国に出向く形式で行われた。
――いわゆる、『大西洋会談』である。
これは
「貴国の援助には心より感謝しております」
「困ったときはお互い様、なにより貴国と我が国は長い間友愛をはぐくんできた同盟国なのです。助けるのは当然でしょう」
「その言葉、我が国国民にとって何よりの希望でしょう」
チャーブルの発言は誇張ではなかった。
『通商破壊』
いまや連合王国の新聞で、この言葉を見ない日はないといって過言ではない。
開戦劈頭、帝国の最新鋭の高速長射程巡洋艦が本国近海まで出没した時など、それを抑えきれない本国艦隊司令長官公邸に暴徒が押し寄せたくらいである。
加えて、未だに続く潜水艦Uボートの跳梁跋扈。
ドックというドックは損傷艦と補充船舶で埋め尽くされ、一部新聞などは「このままでは2年以内に我が国は飢餓状態に陥る」と書き立てた。
それが現在沈静化しているのは、大西洋を挟んだ向かい側にあるこの超大国の援助があればこそ。
毎日ダース単位で進水する輸送船に護衛艦、週一隻のペースで就役する護衛空母。
「一隻沈められるなら十隻補充すればよい」というその理屈は、間違いなく、この超大国だけに許された解決方法であるに違いなかった。
ちなみに、これらと並行して連邦や連合王国向けの戦車やトラック、野砲から歩兵銃も万単位で出荷していると聞いたチャーブル政権の軍需大臣は卒倒した。
――曰く、『クレイジーにもほどがある』。全くもって同感だ。
そして、両者の会談の主題は『大陸反攻』であった。
何故ならば――
「由々しき事態ですな」
「まったくです。帝国め、碌なことをしない」
『帝国軍、クリーミャ半島に侵入す』
文章にすればたったこれだけの情報。
しかしそれは、連合王国情報部が齎したもう一つの情報と相まって、両国首脳の尻に火を点けた。
「帝国軍、新型戦略爆撃機を開発中の模様」
SB-1の開発を事前察知出来なかった苦い経験を糧に、彼らはレヒリンに関する情報を徹底的に調べ上げ、遂にその情報を掴んだのだ。
『XSF-1』
試作機を意味する符牒「X」を冠されたそれは、なぜか
「…飛行艇だと?」
「どうもバルト海や黒海での運用を想定しているようで。それにかの国には有名な飛行艇メーカーもありますし」
「そう言えばそうだったな。しかし帝国も妙なことを考える。どうせ陸上機より性能も出ないというのに…」
半ばあきれ顔で資料を受け取った男は、しかし――。
「…何なのだ、これは!?」
――手に握りしめた情報に、瞠目することとなる。
『――帝国軍試作飛行艇XSF-1に関するレポートーー
用途:長距離偵察及び爆撃行。
主眼:海洋もしくは大型河川を用いることで、陸上4発機の運用で必要となる飛行場建設を不要とし、以て速やかに作戦投入可能なことを目的とする模様。
仕様:目下精査中。以下は現時点での推測値。
全幅 約40m
全長 約30m
重量 25~35トン級
エンジン 4発(18気筒とみられる)
速力 220ノット前後(キロ換算:400キロ前後)
降着装置 主翼下補助フロートのほか、胴体下部に小型車輪多数を装備。陸上飛行場での運用も想定している模様。なお、当該機構の開発に手間取っている由』
ここまではまだ「デカい飛行艇だな」で済んだ。このエンジン出力なら飛行艇の割に速度が出せるのも納得だ、と。
ついでに陸上飛行場からの運用も可能という点で、連合王国には帝国の正気を疑う余裕すらあった。
――しかし、次の数値を見た瞬間に彼らは卒倒した。
『爆装 3.0トン程度』
『航続距離 偵察時約8,000キロ(推定)』
「…待て。爆弾を3トン詰める飛行艇だと!?」
「この航続距離、桁か単位を間違ってはいないかね?」
「ただしこの数値は偵察時であって、爆撃時は半分程度?…当たり前だ馬鹿者!」
「片道4000キロだと?…帝都からでもグリーンランドが収まるではないか!?」
「情報が本当ならジブラルもアレクも…、それどころかペルセポリス湾まで収まってしまうぞ!?」
「帝国は何だってこんな化け物を!?」
――言うまでもなく、どこぞの誰かさんの入れ知恵によるものである。造船技師だった父に連れられて、一時期『船の●学館』に日参していたのは伊達じゃない。
彼女はそのスケッチを、招聘したとある人物に差し出した。
その名は、グラディウス・ドルニエ。
言わずと知れた帝国の航空機メーカー『
かの飛行船メーカー『ツェッペリン飛行船会社』から独立を果たして10年、この時期になると飛行艇から高速試作機まで、およそ空を飛ぶものなら何でも作り出す、帝国でも一、二を争う飛行機設計者であった。
彼ならば、自身の考える「大艇」を十二分に実現できるだろう。そういう考えが彼女にあったのは疑いの余地がない。
「妙な
「えぇ…(困惑)」
「無論、予算は潤沢に付けてやるとも」
「喜んでお造りしますとも!」
こんなやり取りが本当にあったのかは兎も角、そのオーパーツ染みた性能ゆえに実用化は遅れに遅れ、ようやく実用化の目途が立ったところであった。
…というか二式大艇も、世界標準から見れば十二分に「妙な怪物機」です殿下。
もっとも『水陸両用』という当初の
「ま、まぁ良い。これだけの性能だ。装甲や防御火器を極限まで減らしているんだろう。簡単に撃ち落とせるさ。はっはっはっ」
『――防御火器 13ミリ機銃6門(うち、尾部及び上部は旋回式連装機銃)、その他7.92ミリ機銃用銃架を多数用意。
特記事項 防弾燃料タンク、エンジン自動消火装置を有する模様』
「…再調査を行いたまえ。飛行艇がこれだけの性能を出せるわけがないだろう」
――そうだったら、どれほど良かった事か。
関係者はのちにそう述懐することとなる。
ともあれ、この恐るべき新型機の情報とクリーミャ半島の情報を通覧したとき、両国はあることに気付く。
「バクー油田か!」
バクー油田。
それはこの当時世界最大級の油田地域であり、連邦の石油使用量の実に9割を賄う文字通りの『生命線』。
仮にここが破壊された場合、連邦の戦争継続に深刻な悪影響をもたらすことは必至である。合州国産を送り込むとしても、相当な時間と労力を費やすことになるだろう。
この時期になると、同盟諸国は帝国軍SB-1の戦闘行動半径を1,000から1,200キロとほぼ正確に――帝国空軍の資料によれば、1,153キロ。ただし爆弾搭載量を減らせば延伸可能――割り出していた。
ゆえに、いままでならクリーミャ半島で何があろうとバクー油田は安全だった。
だが、2000キロに達するとみられる帝国の新型飛行艇になると話が違ってくる。
「…十二分に作戦行動範囲だな」
「いや、それどころか距離と引き換えに爆弾搭載量を増やす可能性すらある」
「我が国でもやる方法だからな、ありうる」
「連邦の防空体制は?」
「警告は発したが…」
まずいことに、仮にクリーミャ半島が帝国の手に落ちた場合、同地から発進した帝国軍機は黒海海上…つまり地上から発見されるリスクの低い状況下、バクー油田上空に達することが可能であった。
「いや待て、ダキアのクロエシュティ油田のことを思い出せ」
「…そう言えばあのとき帝国は…」
「魔導師による空挺降下か!」
それは、我らが第203航空魔導大隊の打ち立てた金字塔。
開戦翌日に敵の油田を無傷の状態で占領し、2か月後には帝国の動力源と為したその顛末を知らぬ者はない。
無論距離的に見て占領、支配は考えにくいが――
「魔導師ならば、空爆とは比べ物にならぬ綿密な破壊が可能だろう」
「…不味いぞ、そうなれば連邦は本格的に脱落しかねん!」
「クリーミャ半島の、セバスチャン・ト・ホリ要塞の戦況は!?」
「セバスチャン・ト・ホリ周辺を除き、既に大部分が帝国軍の手に落ちたと…」
「なんたることだ…!」
「支援を、そうだ、黒海経由で直接の支援を!」
「無理だ、トルキア王国が海峡の通過を認めるとは思えん。あの国は表向き中立国とは言え、帝国とは友好関係にある」
「なんてこった…」
「…軍艦で強行突破というのは、どうかね?」
実にチャーブルらしい提案は、しかし古巣の海軍によって一蹴される。
「残念ながらボスラポス海峡、ダーダコネルスネオ海峡とも、両岸に多数の砲台を構えております。…着底して海峡を塞ぐのが関の山でしょう」
「やはりそうなるか。いよいよもって不味いな…」
こうして、帝国のクリーミャ侵攻の報は非常な脅威として各国に受け止められた。
ゆえに幾つかの問題点――特にレンドリースの対価――と対立要素を残しながらも、二人はある一点においては完全な意見の一致をみる。
「大陸反攻を急がねばなりません。それも速やかに」
「全くです。我らが親愛なるルーシー連邦が危機に瀕する前に」
そして、大統領は続けて呟く。
「大義名分が必要です。我が国の世論を介入で一致させるに足る、明確な『正義』が」
◇◇◇
その空間は、ひどく暗かった。
しかし、目が暗闇になれてくれば、夜間用の赤灯に照らされた機械類が目に飛び込んでくるだろう。
壁という壁を埋め尽くす配管とバルブ。
何らかの数値を示す計器と、それに目を配るクルー。
周辺情報が書き込まれた海図を載せた、とても小さなテーブル。
――そして、発令所の中央に佇む艦長の姿を。
「…どうだ?」
「当たりです、艦長」
聴音手たちの最先任、シュナイダーが告げる。
「大船団を感知。方位、280」
「距離の見当は?」
「…少々時間を」
「分かった。引き続き、聴音を続行せよ」
「ハッ」
その声を聴きながら、グレッチマーは思わず拳を握りしめる。
――ようやくここまで戻ってこれた、と。
時に、統一歴1927年7月。
開戦劈頭、帝国海軍は大西洋を大いに荒らしまわった。
水上では連合王国艦艇に速力、射程で勝るライプツィヒ級が縦横無尽に駆け巡り、水中では帝国期待の新兵器、潜水艦Uボートが戦闘艦艇、輸送船の別なく海の藻屑としていったのだ。
しかし、それはもう昔のこと。
「7つの海に覇を唱えし海洋帝国」、その異名は伊達では無かった。
キャプテン・ドレイクの末裔たちは彼らの生命線たる「海」をその手に取り戻さんと、夜を日に継いで様々な対抗策を模索し、試行し、洗練していったのだ。
『
連合王国が帝国海軍潜水艦の脅威に対処し、あるいは本土防空戦術を確立するために始めたこの取り組みは、統一歴1926年以降目覚ましい成果を見せた。
それは戦争に統計解析を用いることにより、今まで感覚的にしか分からなかった様々な事象を数値化、分析して解決方法を示す取り組み。
例えば、『護送船団方式』。
このころになると、商船に軍艦を随伴させるべきだという原則についてはだいたい意見が一致していたが、船団の規模の大小については意見の一致がなかった。
例えばある者は、「速力の遅い船を組み込んだ大船団より、発見されにくいという点からも小さな船団の方が有利だ」と主張した。
その一方で、「いや逆だ、多数の船団をまとめて大きな護送船団を組むようにすれば、それだけ多くの軍艦を護衛に付けることが出来、安全だ」という者もあった。
どちらも正しいように思われるこの論争に、終止符を打ったのがORであった。
ORに参加した学者たちは、「統計上、船団の被害はその全船舶数ではなく、むしろ護衛艦の数と相関関係を示している」、つまり「護衛艦を増やせる方法、つまり大船団の方が被害を減らせる」ことを明らかにしたのである。
そして、船団の上空に張り付いている哨戒機にもORの視点が導入された。
すなわち、「哨戒機の塗装を白色塗装にすれば、黒色塗装の時よりも20%近い位置まで発見されない」ことを突き止め、全ての哨戒機に導入したのである。
この結果、対空レーダーを持たない――開発こそ進められていたが、実用化はもう少し先のことだった――帝国海軍水上艦艇は連合王国護衛船団に近付こうとすると、よほどの幸運に恵まれない限り先に発見され、呼び寄せられた連合王国陸上攻撃機の空襲を受けることとなった。
確かにライプツィヒ級は世界でも類を見ない『航空魔導師運用能力』を有してはいたが、いかんせん、航空機に魔導師が対抗できたのは過去の話である。
「ならば連合王国軍機の行動半径外、すなわち北大西洋の真ん中で襲撃すればよい」
帝国海軍のそんな考え、兆候を見逃すORでは無かった。
彼らは合州国の協力を得て、1926年末から船団に「あるもの」を追加したのである。
――それこそが、「護衛空母」。
建前上、それは「商船を連合王国が勝手に改造したもの」。
しかし、その大量建造に最適化された構造と航空機運用能力を見れば、そんなものが嘘八百であることは、誰の目にも明らかだった。
何より、毎週1隻のペースで就役している時点で何をかいわんや。
…何?商船なら一日一隻は造れるから誤差の範疇?…うん、その理屈が通るのは君の国だけだよ。
かくして、大西洋のど真ん中であっても連合王国の船団への接近は命がけとなった。
それらの敵航空機に対抗しうる帝国海軍の新鋭正規空母『グラフ・ツェッペリン』はいまだ公試段階にあり、結果少なくない数の帝国海軍艦艇が海の藻屑と消え、その数倍の数が損傷を被り、そして帝国海軍は再び大陸沿岸へと追いやられたのである。
苦境は潜水艦でも変わりはない。
いや、むしろそれ以上だろう。
何故なら連合王国にとって、Uボートによる通商破壊こそ最も恐るべき脅威であり、それを封じ込めることは、即ち国家の命運を左右する最重要課題であったからだ。
ゆえに、彼らが打ち出した対策は非常に多岐にわたった。
ソナーの弱点――至近距離だとロストする――を補うための『ハンター・キラー』戦法。
詳細な位置を掴めずとも潜水艦に損傷を与えうる、『超大型爆雷』。
航空機から投下でき、潜水艦の方はその存在を察知できない―つまり、無防備な状態となる――『ソノブイ』。
あるいは輸送船を守り、かつ敵潜水艦を攻撃するのにも適した護送船団航行序列の研究、など…。
大まかなものでもこれだけの対策が講じられ、北大西洋は輸送船の墓場であると同時に、Uボートの墓標ともなった。
グレッチマーがともに潜水艦戦術を学んだ同期のうち、少なくない数が二度と浮上出来ない潜航に沈んでいったのだ。
「…しかし、それも今日までだ」
「では?」
問いかけつつも、声音に期待を隠し切れない副長の問いかけに、グレッチマーは力強く頷く。
「ああ、やるぞ」
この艦ならば出来る。
グレッチマーには確信があった。
新型Uボート、『U-2700』型。
一見すると、開戦直前に就役した2500型との違いが見当たらない――せいぜい水上砲戦用の単装砲が全廃されているくらい――それは、事実「カタログスペック」上では全く同型と言って過言ではなかった。
では、何が違うのか?
それは『完成度』。
そもそも、どこぞの潜水艦好きの趣味…もとい肝いりで造られたU-2500型は、ハッキリ言って「早すぎた」。
なにせ西暦世界1944年の、それも熾烈な大西洋戦争を経て建造された「XXI型」を統一歴1925年の技術で造ろうとしたのだから、無理が出るのは至極当然の帰結だった。
加えて、それまでの潜水艦とあまりに使い勝手が違うことが、乗員のヒューマンエラーを誘発した。
例えば、無音潜航を目指しながら、新機軸に慣れない乗員が、かえって騒音を発生させた。
別のUボートではシュノーケルの取り扱いクルーが誤り、乗組員の大半が一酸化炭素中毒に斃れた。
酷い例だと自動懸吊装置の設定ミスが原因で、気付かぬままに圧壊深度に突っ込んだものがあった。
様々な問題点と中途半端な完成度が、この新時代の潜水艦の能力を損なった。
――しかし、それから1年あまり。
初期不良の多くは解決され、連合王国との戦いで得られた様々な戦訓を踏まえた改良と技術革新が、帝国海軍の潜水艦を進化させた。
それこそが、『U-2700』型。
書類上の性能こそ2500型と大差ないが、改良された防振ゴムの上に備え付けられた主機類は振動音をほとんど発生させず、低速航行用の小型静粛モーターも追加されている。
また、艦首下面に備え付けられた新型パッシブ・ソナー「バルコン・ゲレートⅡ」は、理論上90キロ先の音をも感知できた。これは左右両舷に追加された補助聴音器と組み合わせることで、従来型よりはるかに高い精度で音源の方向を見極めることが出来る優れものであった。敵艦との距離を測るアクティブ・ソナー「ズーフ・ゲレード」も改良されているのは言うまでもない。
「
「了解、自動懸吊解除、微速前進0.5…ピンガーは?」
「直前に一度だけ打つ。外してくれるなよ?」
「了解」
時に、統一歴1927年7月。
その気になれば
●「SF-1」
どう見ても二式飛行艇ですありがとうございます。
船の科●館と言い鹿屋と言い、何故か筆者と縁がある(二カ所とも住んでるところから行けた時期がある)飛行艇です。
あと父さん、私だったから良かったけど、あそこ多分年頃の娘連れて遊びに行くところじゃない(少なくとも、母はすぐに飽きた)。
●「ドルニエ」
尿路結石破砕装置の大手メーカーです。爺ちゃんがお世話になりました(嘘じゃないよ)
●OR
コロナ対策でやってるアレコレがまさにこれ。
感染者数の推移や予測に「数理分析」というところが筆者的にゾクゾクしたのはこれが原因(おい淑女