某巨大掲示板に載せられた新潮45の記事について2006年か2007頃 うどん男、高松商業高校の応援部リーダーとして活躍する平岡都さんを見初めてファンになる。以来追っかけファンとして生きてきた。
2007年 高校2年の平岡都さんが1ヶ月ほどバイトした実家近くの割烹店に何度も通う。
(うどん男は当時は高松市内居住 高校卒業後専門学校へ、後に自動車販売等の仕事を転々。高校卒業時期は記述されてないが平岡都さんより少し年上のよう。この頃より浜田市内平岡都さん通勤路で目撃された黒の乗用車、臥龍山で目撃された黒いワンボックスを乗り回す。)
2009年春以降 平岡都さんの県立大進学後広島県内に移住。
県立大周辺の廃屋を作業場兼物置として借りる。 2009年10月 10月4日にロシアの練習帆船が浜田寄港。船内での学生交流イベントに平岡都さんが参加。ロシア青年とメールアドレスを交換後メールのやり取り。ロシアの大学訪問の話も出る。これを聞きつけたうどん男は密かに嫉妬の炎を燃やす。
平岡都さんは(10/19の週か?)5日間アイス屋のバイトを休む。その間平岡都さんのバイト先、実家に無言電話が掛かる。電話は1ヶ月前から始まる。
実家母が心配して警察に逆探依頼するも失敗。うどん男の仕業かは不明。 このことを心配して母親が急遽浜田市を訪れ平岡都さんにバイト先の変更等を助言。黒い乗用車も同時期から浜田市内で目撃情報有り。
時期不明 「絶対にバレない死体処理」「人体解体指南書」というサイトをうどん男が閲覧。サイト内容と遺体の状況が酷似。
10月25日 平岡都さんの友人が平岡都さんから「先日、香川の先輩から久々に『浜田市に行くから会おう』と電話を貰った」ことを打ち明けられる。
通信記録から公衆電話からの電話ではと推測。
10月26日 凶行。
ここで気になるのが、事件よりも前に不振な無言電話について母親が警察に逆探知を頼んでいることである。
薄々、ストーカーのようなこの男の存在に勘が働いてたのであろう。
後は物証だけであるが、1年も経ってしまってどうなんだろうか?進展を期待している。
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