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悪役令嬢レベル99~私は裏ボスですが魔王ではありません~ 作者:七夕さとり

第一章

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09 野外実習

 野外実習中、私は暇を持て余していた。

 実習に参加している生徒が20人程なのに対し、狼型の魔物3匹程の集団が散発的に現れるだけである。

 森の中なのだが、崖を背にした見晴らしの良い広場に陣取っているので、緊張感は欠片も感じられない。魔物1匹に複数人で斬りかかったり、複数の魔法が着弾したりとオーバーキルに思える。

「あー、暇。欠伸が出そう」

「俺もそう思う。確かにこれは効率が悪い」

 私の独り言に返事がされる。誰かに聞かれていたようだ。

 私が声の方を向くと、灰色の髪をした青年がつまらなそうに戦闘が行われている方を眺めていた。

 彼は確かパトリック・アッシュバトン。辺境伯家の出で、ウィリアムと同じく入学時点でレベルは10に達していた。生徒たちの中では比較的、魔物との戦闘経験が豊富な方だろう。


「もう少し、魔物が多くても良いと思うのですけどね」

「そうだな、前衛と後衛に分かれて連携を取れば十分対応可能だと思う」

 おや? 少々素っ気ない感じとはいえ、私と会話をしてくれるとは珍しい。久しぶりの同年代との会話に、少し嬉しくなった私は彼との会話を続けた。

「アッシュバトン領では前衛と後衛に分かれてレベル上げを?」

「そうだ。前衛が魔物を押さえつけ、後衛が攻撃をする。これが基本だな」

 それではレベルに偏りが出ないだろうか。経験値の配分は魔物に与えたダメージ量で決まる。

「それでは前衛が育たないのではありませんか?」

「先程の逆でもやるんだ。後衛が魔法で魔物の動きを止めて、前衛が攻撃だ。安定性は下がるがな」

 成る程、私は個人での効率の良いレベル上げを模索してきたが、集団となると勝手が違うのだろう。


「それってここにいるメンバーでできますか?」

 私がアッシュバトン式のレベル上げが生徒たちだけで可能かと尋ねると、彼は不思議そうに答えた。

「それはできると思うが…… ここは魔物の数が少ないから意味がないと思うぞ」

「魔物が少ないということでしたら、私が良いものを持ってますよ」

 学園長には見ているだけで良いと言われたが、多少は協力してもいいだろう。私は懐から魔物呼びの笛を取り出す。

「それは? 魔物呼びの笛か!? おい、吹くのをやめ――」


 何故か彼は顔を青くして私を制止するが、私はもう息を大きく吸い込み笛を吹いた後だった。


 笛の音の正体にいち早く気がついた教師が生徒たちを守るべく、前に出ようとするが、私はそれを引き止めた。

「これくらいで過保護すぎますって。パトリック君が指揮をとってくれるみたいですよ」

 私がパトリックを指さしながら言うと、パトリックは慌てて生徒の集団に合流して指示を出し始める。

「前衛と後衛に分かれろ! 前衛は魔物の足止めだけに集中するんだ!怪我をしたらすぐに下がってポーションで治療を。

 後衛は魔力の多い者が範囲攻撃役を! 取りこぼした分は前衛が止めるから、残りの後衛が攻撃してくれ!」


 パトリックの的確な指示に感心していると、いよいよ魔物の集団と接敵するようだ。前方の茂みがざわめき出す。




 まあ結果、彼らは怪我人を出すこともなく魔物の波を凌ぎ切ることができた。

 パトリックが指揮をした彼らの連携は無駄が少なく、集団戦の心得の無い私は感心しっ放しだった。


 戦いを終えた生徒たちは疲れ切った様子で、魔力切れなのか座り込んでいる者もいる。

「おい、ユミエラ! いきなり何てことをしてくれたんだ!」

 人一倍前に出て魔物の群れを食い止めたにも関わらず、未だに元気なパトリックが怒った様子で詰め寄ってくる。

 彼は何をそんなに怒っているのだろうか? あ、彼は前衛だった。自分のレベルが上がらないことに怒っているのだろうか?

「心配しないでも大丈夫ですよ。魔力切れの方もいるでしょうから足止めは私がやります」

 前衛のレベル上げは手伝うから安心しろと微笑む私を訝しげに見るパトリック。

 そんなに心配しなくても大丈夫だって。私は魔物呼びの笛をもう一度大きく吹いた。


 この場にいる全員に、お前は何をやっているんだという目で見られたのでしっかり説明をする。

「私が魔物の動きを止めるので、前衛の方たちはゆっくりとどめを刺していってください」

 私は広場に躍り出た魔物たちを次々とダークバインドで足止めしていく。

 ダークバインドは対象の影から黒い手が出現し、その手が敵を掴み動きを止める闇魔法だ。

 生徒たちは2度めの魔物の群れに及び腰になっていたが、魔物が影に捕まり動けないことに気がついたようだ。前衛の面子が次々と魔物に斬りかかっていく。



 魔物が粗方片付いたころには、広場には血の匂いが漂っていた。いつもなら、これを1日放置して臭いで魔物を寄せ集めるのだが、今回それはできないだろう。

「魔物の死体は消してしまうので、素材が欲しい人は早めに集めてください」

 私がそう言うと、意外なことに全員が魔物の素材採集に取り掛かる。1番数の多い狼型の魔物は、確か牙に価値があったはずだ。

 女生徒も恐る恐るといった様子で狼の牙を剥ぎ取っており、地方貴族って結構逞しいなと思った。これが中央貴族になると魔物の死体に触ることも嫌がるだろう。


 みんなのちょっとしたお小遣い稼ぎが終わるのを待ち、私は魔物の死体を闇の炎で何も残らなくなるまで溶かしていく。

 そこにパトリックが私の作業が終わるのを見計らって話しかけてきた。

「ユミエラ、今度から魔物呼びの笛を吹くときは前もって知らせてくれ」

 そう言う彼は疲れ切った顔をしていた。

「お疲れ様です。パトリックさんの指揮は見事でしたよ」

「はあ ……悪気はないんだな」

「何の話ですか?」

 悪気? 何か悪いことでもしただろうか? 何のことか聞き返すと彼は更に疲れた顔をした。



 背後の茂みから音がしたので振り返ると、魔物が飛び出してくるところだった。

 近くにパトリックがいるので巻き込まないように攻撃せねばと考えていると、彼は突然私の前に躍り出た。認識外の出来事に私は頭が真っ白になってしまう。

 何故、彼は私の前に出た?

 とにかくパトリックを守らねばと思い直したときには手遅れで、彼は左腕を魔物に噛みつかれる。

「ブラックホール!」

 焦った私は思わず最上位魔法を放ってしまい、魔物の頭以外が消滅することとなった。


「ぐうう、ポーションを……」

 右腕で魔物の頭を取り払った彼は苦痛にうめき、ポーションを用意するように言う。

「大丈夫です、私は回復魔法も使えます。ヒール」

 世間ではヒールと言えば光魔法だが、闇魔法にもヒールは存在する。ゲームでも回復魔法を使う部下を連れたボスキャラが存在し、その部下は闇属性の魔物ながらヒールを使う。

 ゲームのユミエラは使わなかったが、私は普通に使えた。裏ボス本人が回復魔法を使うなどクレームが来そうだが、使えちゃったものは仕方ない。

 ただ1つ難点があるとすれば見た目が非常に悪い事だ。光のヒールは傷を光が包み癒やすのに対し、闇のヒールは傷から肉がボコボコと膨れ上がり再生する。傷自体は綺麗に治るのだが、その過程が非常にグロテスクである。

「……うわあ」

 その光景に絶句したパトリックは遅れて唸り声を上げた。


「大丈夫だと思いますけど痛みはありませんか?」

「無い、大丈夫だ。助かった」

 闇属性でない者には副作用でもあるのではないかと、少し心配していた私は安堵した。

「何で私の前に出たのですか?」

「すまん、危ないと思って……」

 危ない? 魔物が? いや、私のことか。私の身を案じるとはどういうことだろうか?


「危ない? 私が?」

 私が不思議に思っているとパトリックは声を荒げた。

「お前はもっと自分の身を大事にしろ! 守護の護符を付けていないのだろう? 何かあってからでは遅いのだぞ」

 彼は本当に私を心配して守ってくれたらしい。こういうことは初めてなので何だか恥ずかしい。

「あ、ありがとうございます」

 私がお礼を言うと彼は更に続けた。

「更に言わせてもらうとな! 魔物呼びの笛なんか普通は吹くもんじゃない! ここにいる奴の中には初めて魔物を見る奴もいたんだぞ! それに――」

「あ、えっと、ごめんなさい」


 私は咄嗟に謝るも、パトリックの私が非常識だという説教はしばらく続いた。


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