「生きるっちゅうのはほんまにはしんどうて、おもろいなあ!」
千代が万感の想いを込めて言うと、客席通路にテルヲ(トータス松本)と母・サエ(三戸なつめ)とヨシヲ(倉悠貴)の幻が。「千代〜」「千代〜」「姉やん」……ついぞかなうことのなかった親子3人がそろった最初で最後の3ショット。ここは作り手・渾身の泣きポイント。SNSも沸いた。この場面は何度観ても泣ける。
作り手のすごさといえば、漆原。舞台袖にいるときも、カーテンコールでもずっと顔を隠している。撮影に参加できず代役なのであろう。顔を出さずともなんとなく成立してしまうことがすごい。
出てこない人もいれば出てきた人もいて。ずっとナレーションをやって来た黒衣(桂吉弥)が舞台袖にいてもらい泣きしている。この人、ずっと劇団の黒衣として働いていたのだろうか。いや、きっと、舞台をずっと見守っている舞台の妖精なのだろう。黒衣は影の存在だけれど、この物語に、お芝居に、あたたかい灯りをともしてくれていた。
千代は芝居で一平に勝った
千代と一平は演劇を通して、自分の人生を肯定した。しんどいことがあっても、失敗しても、前を向くしかなく、そこで出会った人たちや出来事を大切にして生きていく。あんなにひどいことをした一平を赦した千代は立派である。そうはいっても彼女の赦し方はなかなか手厳しい。『お家はんと直どん』のあの即興場面は俳優として一平に勝負を挑んだ場面と見ることができるからだ。
思い出してみよう。一平は即興をあまり好まない演劇人であったはずである。演劇を、俳優の面白さとしてきた千之助(星田英利)のようなやり方を好まず、台本のおもしろさで勝負したいと考えていた。それが、今回は千代の即興セリフでリードしていく。もちろん千代の特別出演回だから、彼女を立てて当然なのだけれど、「たとえ1日でもやるからには手ぇ抜けへんで」「望むところだす」と一平と千代は言い合ったのだから。
結果的に、千代のこれまで生きてきた積み重ねをすべて出しきったことがこの芝居の魅力になって、一平との物語もその一部になった。千代は芝居で一平に勝ったといえるだろう。ただ、一平も負けたわけではなくて、『桂春団治』で自分の人生をさらけ出した代表作を作りあげた。つまりそれぞれが人生を出し切った勝負作を作ったということ。
男に裏切られた女性がたくさん出てきた
普段言葉にできないことを、舞台上で役を借りたらできる。もしかしたら、舞台のほうこそ真実で、現実はかりそめかもしれない。そんな舞台の魅力と可能性を描いて来た『おちょやん』にはたくさんの劇中劇があった。千代が演劇を好きになったきっかけは『人形の家』で、主人公ノラが与えられた妻や母の役割ではない、自分自身の義務を行う決意をする物語は、戦争のとき、千代を励ました。