■帰る場所無く
同級生が成人式で盛り上がる今年1月。神奈川県内の全寮制施設を飛び出した沖縄出身のサトルさん(21)=仮名=は、ネットカフェを転々としていた。初めて過ごす県外の冬。なけなしの金を節約するため、昼間は当てもなく街をうろついた。食事は1日1食。水を飲んで腹を膨らませた。「寒くてみじめで。なぜこんなことに」。むなしさが込み上げた。
昨年10月、施設から逃げ、助けを求めて近くの役場に駆け込んだ。運転免許証もスマホも持たず、自分を証明するものは何もなかったが、同じような人が過去にいたのか役場職員はすぐに事情を察してくれた。毛布をかぶせてかくまい、生活保護手続きができる別の庁舎まで車で送ってくれた。身を縮め「見つからないように」と祈り続けた。
「やっと安心だ」と思ったのもつかの間だった。行政に紹介された無料低額宿泊所では、さまざまな事情でホームレス状態になった中高年の人たちと集団生活を余儀なくされた。月に約11~13万円の生活保護費から宿泊費や食事代など8万9千円が差し引かれ、手元に残った数万円も宿泊所の「先輩」の飲酒代などに消えた。「お前の親を知っている」と脅す人もいた。
今年の元日。度を越した金銭要求に耐えきれず、サトルさんは宿泊所からも逃げ出した。
親に連絡しても、沖縄に戻ってくるよう促す言葉はなく「そこで頑張れるなら、頑張ってほしいと突き放された」。帰る場所はもう、なかった。
現在、サトルさんは関東地方で暮らしている。1月中に別の無料低額宿泊所へ移って必死で生活を立て直し、アパートを借り、スマホや通帳も手に入れた。ここまで来られたのは、施設でも、両親でもなく「自分の力だ」と語気を強める。
今も、施設スタッフが突然現れて再び入寮させられる悪夢に悩む。両親や業者に抱く負の感情に苦しみながら、貧困状態からは抜け出せず、未来は描けない。
自宅から連れ出されてから428日がたった10月下旬。「なぜ『引き出し屋』に頼んだの」。悶々(もんもん)とした思いを抱え1泊2日で帰郷し両親と再会したが、納得のいく返答はなかった。「きっと冷静に向き合えない」との思いから、実家には泊まらず、安宿で過ごした。両親もまた、それを望んだ。
ひきこもりの人や家族への公的支援が乏しいがゆえに、本人の意に寄り添わない形で業者が入り込み、親子関係の修復は見通せない状況に追い込まれた。施設には、沖縄出身者がほかにもいたという。サトルさんは「同じ目に遭う県出身者が二度と出てほしくない」と願い、言葉を振り絞った。「428日前の『あの日』に戻してほしい」







































![[特集・自然がリビング]SNSで話題!沖縄の山奥にある地上約10メートルのツリーハウス](https://oki.ismcdn.jp/mwimgs/4/4/120m/img_44cd7b5bed411d6be9f61ebe6adbae7b969901.jpg)
![[沖縄 住宅リノベーション事例]築39年のマンションを全面改修 壁取り払い子育て仕様に](https://oki.ismcdn.jp/mwimgs/5/5/120m/img_55fc0027c4fae8a9fe633ee22cce64d0353021.jpg)







































