第九話 盗賊Ⅱ
「フッ、我を侮るなよ。貴様たちが潜んでいたことなど、食事をとっていたときより気づいておったわ。それにしても殺気を抑えきれんとはまだまだ未熟! 我と闘うには百年早いわ。さあ、実力の差がわかったのならばこの場から立ち去るがいい。さもなければ、あれがああなってうんたらこんたらだ」
タナカは突然の状況にテンパる。しかしそれを表には出すことはない。クールな態度で焦りを隠した。そして適当なことを言いながら時間をかせぐのだった。その結果生み出された貴重な時間。僅かではあるがその時間を使い逃げのびる方法を考える。その類まれなる頭脳をフル回転させながら。
しかし三人の男たちは待ってはくれなかった。タナカが適当なセリフを言い始めたときにはすでに移動を開始。男たちはタナカを逃がさないために囲むように位置を取っていた。
「俺たちが来たのはつい今しがただ」
男たちのうちの一人がそう言い放つ。その瞬間、三人が同時に動き襲いかかってきた。
「がんばって強がったんだから、そういうのはだまっててあげてぇー!」
恥ずかしさのあまり絶叫。そして三人の剣撃に対し小剣を抜いて防御態勢にはいるのだった。
これまでの異世界生活でタナカも小剣をそれなりに使いこなしてきた。その腕前はもはや一人前といってよかっただろう。しかし三人の剣技はそのはるかに上をいっていた。達人とまではいかないがかなりの実力者たちであるといえよう。
そんな男たちが洗練された無駄のない動きで次々と攻撃。対するタナカはやはり三人に比べるとぎこちない。もはや勝負は決していた……はずだった。
「なぜだ……。なぜ倒せん!」
三人は確かにタナカを圧倒していた。しばらく続いた攻防のほとんどは三人の怒涛の攻撃であったといえる。三人にとっては拙いタナカの剣技。その防御を軽く破っての攻撃だった。
剣技だけではなく体捌きもそうだ。三人から見ると洗練された動きとはほど遠い。ぎこちない身体の動かし方だった。小剣の防御が破られるたびに、タナカはバランスをくずしていた。それはどんな達人であろうと避けきれない体勢。そこに三人がほぼ同時に攻撃を加える。
今ので何度目の隙であっただろうか。間違いなく攻撃が当たるはずだった。しかし
「なんだ? 一体何が起こっている!」
三人の男たちは焦り始める。あきらかに技量で上回っていた。何度も有利な状況を作り出してはいるのだ。しかしなぜか倒せない。元通りの状況になっていた。それも認識できないままに……。次第に焦りは恐怖に変わっていった。
そんな空気が伝わったのか。それまで一生懸命防御して
「ふっふっふ、なんだ? 焦っているのか? まさか盗賊が赤子程度の実力だったとはな」
タナカの何気ない一言。タナカとしてはバカにしたつもりはなかった。単なる率直な感想だったのだが三人はその言葉に即座に反応。
「我らを盗賊風情といっしょにするな!」
「馬鹿にするな!」
「死ね!」
三人が激怒して荒々しく攻撃を仕掛けてきた。
「うわわわ! キレんなよ。お前らは思春期の青少年か? ……ん?」
タナカは自分の言葉でなにかに気が付く。とっさに後ろに飛んで三人から間合いをとった。
「ははーん。なんかおかしいと思ったんだよなあ。盗賊にしては弱っちいし。お前ら街のチンピラだな? 大方盗賊がでると聞いて、どさくさにまぎれておいしい思いでもしようとか企んでるんだろ。やめとけよ。そんな程度じゃ殺されるだけだって。ギルドにでも入ってまじめに魔物狩りから始めるんだな」
そう、タナカは気付いたのだ。目の前の連中が街で少し剣術をかじって勘違いした輩なのだと。そこで馬鹿な考えを年長者として注意してあげる。それはタナカにしてはめずらしくまともな行動であったといえよう。しかしそんなタナカの行動がますます三人を激怒させることとなる。
「おのれ! なめるなよ!!」
三人は力の限り攻撃していた。もはや当初の洗練された動きは見る影もない。感情的になったその攻撃は荒々しい。ただ力のこもっただけの攻撃だった。しかし逆にそれが功を奏した。三人の攻撃を受けていたタナカの小剣が根本から折れてしまったのだ。
「ぎゃぁあああ! うっそーん!!」
タナカは折れた小剣を見つめ絶叫する。そんな隙だらけのタナカを敵は見逃さない。
三人は今度こそ自分たちの剣撃がタナカの急所を捉えたと確信した。しかしその瞬間彼らの意識は途絶える。三人は一瞬にして腹部を失いその場に崩れ落ちたのだった。
「あっ、焦ったぁー! 思わずかなりの高出力の炎を振り回しちゃったけど、周り大丈夫だよな?」
小剣が折れ三人の攻撃に晒されたタナカ。焦った彼はイグニッションを剣のように振り回したのだ。焦っていたためかなり高出力の炎が噴出していた。しかし範囲をせばめられたのは幸いであったといえよう。おかげで森の木々が一夜にして切り倒される、という怪奇現象をおこさずにすんだのだから。
「襲いかかられて思わずやってしまったとはいえ……ウップ……」
自分がしでかしたことによって出来上がった三人の死体。それを見てタナカは吐き気を催す。切断面が焦げてそれほど陰惨な状態ではなかったのがせめてもの救いか。そのおかげでなんとかタナカは踏みとどまる。
「ふう。それにしても……。うーむ、これはどうしたものだろうか」
三人の死体を前に悩み始める。
「そういえば爺さんの話によれば、アイテムボックスの中身がぶちまけられるんじゃなかったっけ。……なにもないけどやはり盗賊ではなかったわけか」
とくに三人の死体は盗んだものをぶちまけた形跡はない。それどころか何の持ち物も持ってはいなかったようだ。
「となると俺は襲ってきた不良を、とっさに殺してしまったサラリーマンというわけか。まずいな……。この世界の法律はどうなってるんだろうか。正当防衛はなりたつのか……、うむむむむ。……ん? いまさらだがこの世界に法律あるのか?」
タナカは改めて、自分がこの世界のことをほとんど知らないことに気が付く。とりあえず今はそれを頭の隅に置いておく。問題はこの状況をどうするかだ。
「うむ……、俺が思うにこの不可解な殺され方は、……魔物だな」
顎に手をやりキリッとした顔でタナカは断言する。この現場を客観的、かつ都合よく検証した結果だ。
「……それにしてもなんとむごい殺され方だ。許せんな魔物のやつら」
自分自身に言い聞かせるように独り言を続けるタナカ。徐々に正義の心が燃え上がる。そしてやがては居もしない魔物への怒りをあらわにしたのだった。
「……前途有望な若者がこんな場所で魔物に出会うとは不幸な事故だな。とはいえ俺にはこれ以上なにもできそうにない。すまないな」
そういって燃え上がった心を落ち着かせ立ち去ろうとする。しかしふと自分の手にある折れてしまった小剣に気が付いた。
「この小剣は爺さんにもらったもんだし記念に取っておくか」
タナカは折れた小剣をアイテムボックスに入れる。そしてそのまま帰ろうとするタナカ。しかしそこでタナカの目に剣が映った。不幸にも魔物に襲われた犠牲者の使っていた剣である。
「これはもったいないな。うむ、しょうがない。剣は形見としてもらっていくか」
剣と鞘を手に入れ調子を見てみる。なんの変哲もない普通の剣だった。しかしなかなか使い心地は良い。満足して剣を鞘に納めると、すばやくこの場を立ち去ろうとする。――が最後に犠牲者たちに振り返った。
「名も知らぬ戦士たちよ、安らかに眠れ。仇は俺が必ずとってやる!」
タナカは熱い心を胸に森へと消えていく。自分のカッコよさに酔いしれながら……。
タナカが立ち去った後、タナカいわく不幸な事故現場に、立ち入る人影があった。
「すごいですねえ彼。いったい何者でしょうか……」
エチゴヤは分断された奇妙な死体を前に、先ほどの戦闘を思い出していた。
元Bランクの彼にも認識できなかったタナカの戦いぶりを。
「Aランカーを初めて見たときは、その戦いぶりに人外の化け物だと思いましたが……。本当の化け物は認識すらさせてもらえないものなんでしょうかねえ……」
いつのまにか握られた手は汗ばんでいた。その手から力を抜いて思考を切り替える。
「それにしても問題はこの連中。盗賊を偽装しての通商破壊とは思っていましたが……。さきほどの技量から考えると、ヒノキの兵の間引きでしょうか? ……まったく碌なことを考えませんねあの国は」
そう言い残すと静かに現場から立ち去るのだった。
エチゴヤ一行は無事一夜を明かす。そして次の朝、再び街に向けて出発したのだった。あえてなにかを挙げるとしたらタナカが若干、挙動不審気味であったことくらいであろう。エチゴヤは華麗にスルーしてあげていたが……。そうして夕方には無事フグの街へ到着したのだった。
一行は早速この街のギルドまで移動する。到着したところでようやく任務完了。エチゴヤとギルドメンバーは別れることになった。
「いやあ、本当に護衛ごくろうさまでした。私はここで商売した後もさらに別の街へと流れていきます。なのでみなさんとはここでお別れですね」
臨時パーティは解散ということだ。お互い簡単にあいさつを終えるとギルドメンバーはそれぞれ街へと消えていく。
エチゴヤはそんな彼らを見送っていた。ちょうどそこに知り合いであるのか男が近づいてくる。
「エチゴヤさん、おひさしぶりです。それにしても、最近盗賊がでて街道は物騒だと聞いていましたが……。無事に到着できてなによりですな。物流が滞っては、我ら街の商人としても、たいへんな問題ですからなあ」
どうやら男はこの街の商人らしい。交易商であるエチゴヤが街に到着できたことを素直によろこんでいるようだ。そんな商人にエチゴヤは笑顔で答える。
「ええ本当に。今回の旅は運がよかった」
エチゴヤは街に消えていくタナカの後ろ姿に目を向ける。そのままさらに言葉を続けた。
「なかなかにいいものも見つけましたし……」
創世暦5963年秋、ハザマの街を中心とて起こった盗賊騒ぎ。この事件はタナカの知らぬうちに次第に収束していったのだった。
遅ればせながら説明します。
タナカのステータスの数値は指数表記です。
たとえば仮にいまここにすんごく強いひとがいたとします。
彼の強さを数値化すると530000でした。それは
5.3×100000
なわけです。
5.3×10×10×10×10×10
これをこうして
5.3×10^5
こうなると。これをタナカのステータス表記にならうと
5.3e05となるわけです。
なぜ仮数部分5.3が2ケタなのかというとタナカの本質がめんどくさがり屋だからでしょう。きっと