笑いアラカルト

笑いアラカルト

ここからは識者のみなさまからお寄せいただいた笑いと文化、芸術、芸能などについてご紹介してまいりましょう。食文化研究家の大江隆子氏から、昨年新春のこんなお話をご披露いただきました。

新春恒例の皇室行事「歌会始の儀」が1月12日、皇居・宮殿で行なわれた。今年の勅題は「笑み」。藪内家家元では、年初の初釜でその年の干支と勅題がテーマになり、さまざまな趣向が凝らされている。干支は丙戌歳。いくつかの戌の茶碗が出されたが、何といっても皆が「かわいい」と評判だったのが、円山応挙のころころした戌の茶碗だった。今年は色紙などにも応挙の戌がみうけられた。勅題の「笑み」はどこに出てくるのか期待したら、溜塗りの棗の蓋裏に朱でおかしみのある「笑」の一文字が書かれていた。拝見でしか見られない棗の蓋を開けて、一同大笑いした。

笑いは、思いもかけず訪れます。だからこそ、陽気に素に笑ってしまえるのでしょう。
まずは、「副作用は皺が増えることだけ」と言われる笑いと健康、医療、そして生き方などからご紹介を始めましょう。

健康、医療、生き方

大阪発笑いのススメ ~意外と知らない笑いの効用~

『大阪発笑いのススメ ~意外と知らない笑いの効用~』

最近、「笑い」が人間の「健康」に様々なプラスの影響を及ぼすということが、注目を集めている。「笑い」は府民に身近に親しまれてきた大阪の文化資源といえることから、この「笑い」を「健康」に役立てる取組みを、ここ大阪から全国に発信していきたいと考えている。このため、笑いと健康啓発冊子『大阪発笑いのススメ~意外と知らない笑いの効用~』を作成するとともに、シンボジウムを開催するなど、「笑い」の効用を広くアピールしている。また、現在、医療機関や福祉施設等に笑いの効用に関する講演会や漫才等のお笑いの実演などを派遣する事業を実施するなど、広く取り組みを進めている。(太田 房江:大阪府知事)

ユーモア療法

岡山県倉敷市の柴田病院の伊丹仁朗医師はガン患者のための「生き甲斐療法」を設け、ガン患者が富士山やモンブランを登頂し、ユーモア療法を実践してきた。安静にするより運動し、行動して達成感を持つこと、前向きに生きることが免疫力を高めるという。「生き甲斐療法」の基本理念は「森田療法」にも通じるそうである。森田療法は神経症の治療であるが、ガンや難病の患者は恐怖や不安にとらわれて日常生活が困難になるので、事実をありのままに受け容れて日々の目標をこなし病と共存していくこと、何か人のためになることをすれば、なお効果的であるとの理念である。「ユーモア療法」は腹の底から笑うことが免疫を高めるとの研究結果がある。患者それぞれが日常で「愉快なエピソード」を見つけて発表する、「ユーモア・スピーチ療法」である。テレビの落語やお笑い番組を見て笑うのも良いが、自分が人を笑わせる方がより効果的であるとのこと。患者の有志が大阪の吉本新喜劇を観にゆき、観る前と後に採血して、観た後のリンパ球の一種の「ナチュラル・キラー細胞」の数値が上昇していた検査結果が出たそうだ。(黒田 睦子:(社)奈良まちづくりセンター副理事長)

活力のフェロモン

普通のみかん農家のオバチャンが40歳半ばでヒョンな切っ掛けで芸能界へと飛び込みました。数年後にはダンナを引き込んで創めた芸能プロダクションに「私も辻さんのように輝きたい」とオバチャン達がたくさん集まってきました。そんな中には、中年女性特有の「更年期障害」や「鬱病」の方もおられましたが、いつの間にか彼女達が活き活きと輝いているのです。私には医学的なことは分かりませんが、彼女達は舞台で楽しい事に挑戦している間に「ライトを浴びる」・「観客の視線を浴びる」という事で、体内から「活力のフェロモン」が出てきたのではないでしょうか。同じことが観客の方にも「笑いという作用」が「活力のフェロモン」を呼び起こして、それが「笑いが健康に良い」という結果になっているのではないでしょうか。(辻 イト子:俳優、漫才師)

爆笑100回でエアロバイクに15分

2002年から開催している健康落語道場の参加者に、落語鑑賞の前後でストレスを感じると分泌されるコルチゾールとクロモグラニンの変化を調べました。コルチゾールは半数以上の人が減少し、男女別では女性の方が下がっていました。暮らしの中で笑う人の方が笑いの効果は多いようです。最近は、笑いを利用したダイエットの研究もしています。爆笑100回でエアロバイクに15分のっているのと同じ効果があります。(木山 昌彦:大阪府立健康科学センター医長)

動物の笑い

動物は笑う?

表情豊かな子どもチンパンジー 「レモン」表情豊かな子どもチンパンジー「レモン」

ヒトと動物の違いをヒトから考えると、(1)家族を作る(2)道具を作り、使う(3)火をおこす(4)言語を持つ(5)文化を持ち、継承する(6)分業と協調をする(7)分配する(8)2足歩行をするなどがあげられます。これに付け加えるなら、笑う、とか涙を流して悲しむなどが含まれると思いますが、笑いについては類人猿、特にチンパンジーなどが遊びの中や、くすぐりで笑うというのを、野生チンパンジーの研究家ジェーン・クドールや京大霊長類研究所の松沢教授らが確認しています。天王寺動物園のチンパンジーでも子どもの「レモン」はよく笑いますし、遊び相手になっている年長チンパンジーも喜んで微笑んで相手をしているのが確認されています。このほか、ヒトが感じる純然たる「笑い顔」ではありませんが、肉食獣のライオン、オオカミのほかキリン、ヤギ、クロサイ、シマウマなどの草食獣、或いは齧歯目の動物が「フレーメン」という行動を見せます。これは求愛行動の1つでオスがメスの陰部を舐めたり、尿を嗅ぎ取ったりすると口を開け、上くちびるをめくりあげる習性があります。その表情は恍惚の状態に陥ったような表情を示し、悦に入って笑っているように見えるから、その名が付いたようです。(中川 哲男:大阪市天王寺動物園協会理事長)

教育と笑い

15分に1回は笑い

「笑いごとではない」のが目下、教育が置かれた状況かもしれませんが、教育の場面でも笑いは重要です。まず「笑いと学校」について述べるのは大阪城天守閣研究副主幹の北川央氏です。

自分自身の記憶からしても、大阪では勉強のよくできる子やスポーツが万能の子よりも、他人を笑わせることに長けた子が、クラスのヒーロー、学校の人気者です。そういう環境の中で育ったせいか、今も私は職場で日々職員を笑わせ続け、私の講演会もいつも大きな笑いで包まれます。お陰で、近年はイベントで落語家さんや講談師さんとご一緒する機会も増え、中には主催者から15分に1回は笑いをとってください、と歴史の講演会では通常ありえない注文を受けたことさえあります。ありがたいことに(?)、一部の方々からは「色物研究者」なる称号まで頂戴する始末です。そんな親の影響もたぶんにあるのでしょうが、小学校6年生のわが息子も大のお笑い好きで、他人を笑わせては喜んでいます。最近は、いじめを苦にして自殺をしたり、あるいは逆に殺人を犯したり、また親が子を殺したり、子が親を殺したり、とにかくとんでもない世の中になってきましたが、学校が、クラスが、そして各家庭が笑いに満ち溢れていたら、こんなことは起こらなかったのではないか、と思えてなりません。子供たちには、ぜひとも笑いに包まれた中で、すくすくと育って欲しいものですね。私自身がそれをどれだけ実践できているかはともかくとして、大人たちはそういう環境づくりに努力しなければならないのではないでしょうか。子供たちの笑顔が眩しい、そんな社会になればいいですね。(北川 央:大阪城天守閣研究副主幹)

芸術

絵画・工芸-松屋耳鳥斎

「とりわけ戯画の世界で異彩を放った生粋の浪速っ子」の耳鳥斎は、「大阪的趣味を戯画で表現した、いわば「笑いの奇才」です。芝居絵から風俗画、あるいは版本に至るまで、作品は速筆でありながら当意即妙というべき的確さと「おかしみ」とを合わせ持ち、「世界ハ是レ即チ一ツノ大戯場」と堅苦しい世間を喝破しています。(藤巻 和恵:伊丹市美術館)

松屋耳鳥斎の「水や空」 (中之島図書館蔵)より松屋耳鳥斎の「水や空」
(中之島図書館蔵)より

耳鳥斎の戯画のおもしろさは、よく知られていると思う。役者絵本『水や空』に描かれた役者は、その人の特徴を極端に誇張して描く。鼻が高い役者は、天狗のような鼻になる。役者が怒り出しそうな奇妙な描き方なのだが、そんな本が売れたところに、大阪らしさがあった。江戸時代の終わり頃から明治の中頃まで活躍した松川半山の絵にも、ほのぼのとした可笑しさが漂っていて、好きだ。歴史上の人物などを描くと、細かな写実的な絵で、のちには教科書の編纂にも関わったようで、真面目な物堅いイメージがあるが、狂歌師を父にもつ彼の若い頃の絵には、遊びの雰囲気をもつ洒落たものも多かった。特に市井の人物を描いた図は、決まったように、まん丸な福々しい顔、開いた口に特徴がある。子供も、大人の男女も、じっとみつめていると、ほほえんで話しかけてくるような人物なのだ。(荻田 清:梅花女子大学教授)

歴史、宗教、祭礼

笑いの芸能の起源

天宇受売命

日本の古典に見える笑いの初見は、『古事記』の神話です。天の岩戸の段に天宇受売命(うずめのみこと)が神がかりして俳優(わざおき)したおり、「八百万神ともに咲(笑)ひき」とある例です。芸能と笑いは古くから不可分であったことを象徴しています。(上田 正昭:京都大学名誉教授)

笑う埴輪(ハニワ)

(写真提供:埼玉県本庄市文化財保護課)(写真提供:埼玉県本庄市文化財保護課)

古墳時代以降には「笑う埴輪」が登場します。

古墳時代の5世紀中期以降、河内を中心とした畿内地方で人や動物を象った埴輪が出現するようになった。やがて、6世紀後半には関東地方で最盛期を迎えた。とくに埼玉県や群馬県の古墳からは自由な雰囲気の人物埴輪が出土している。両手を上げて踊るユーモラスな人物や笑いを含んだ人物などはとくにユニークである。これらは関東の埴輪工人たちの自由な作風を物語っている。関西発の埴輪が関東に移って、いっそう人間らしい生のままの姿となったといえるだろう。(西田 孝司:編集者)

スポーツ・芸能

大阪にちなんだキャラクターを出して華麗で楽しいプロレス

大阪プロレスを旗揚げするとき、大阪にちなんだキャラクターのレスラーを出場させる構想があり、また私が大阪府和泉市出身で吉本新喜劇を見て育ったので笑いを導入して観に来てくれたお客さまに笑ってもらい、感動してもらおうと思いました。大阪プロレスは、常設会場のデルフィンアリーナで毎週土日に試合を行なっております。デルフィンアリーナではリングと観客の距離が近く選手との掛け合いも楽しみ方の一つです。日曜日は楽しいプロレスを中心に興行を行なっておりますが、土曜日はシリアスなストーリーのある展開も行なっております。また、大阪プロレスは大阪の地域に密着したエンターテイメント型のプロレス団体ですので、出てくる選手も大阪にちなんだキャラクターが多数いて、大阪ならではのお笑いを取り入れております。大阪プロレスは、小さなお子さまからお年寄りまで楽しめるように、流血を禁止し、くいしんぼう仮面やえべっさんなどの大阪にちなんだキャラクターを出して華麗で楽しいプロレスを展開しています。吉本新喜劇を見るように気軽に楽しんでいただきたいです。(スペル・デルフィン:大阪プロレス(株))

狂言-日本ではじめて笑っていいお芝居

舞踊的要素が強く悲劇的なものが多い「能」に対し、「狂言」は物まね・道化的な要素からなり、風刺や失敗談など滑稽さのあるものを主に扱います。狂言の言葉も仏教用語の「狂言綺語」に由来するとされています。
狂言を演じる立場から、大阪を本拠に活躍する和泉流狂言方の小笠原匡氏は、狂言を「日本ではじめて笑っていいお芝居」と評し、その笑いは「和楽」の世界にあるとしています。

見た後、微笑ましいとか、豊かな気持ちになる。決して人を蔑んだりするのではなく、根底にある温かみが感じられる。狂言の魅力はお客さまやTPOに合わせて振幅させることの”含み“にあると思う。狂言は60%が様式性で、残りの40%は演者の工夫、つまり見せ所。狂言のストーリーは素朴で、舞台も非常にシンプルにできている。これは、”見立ての演技“を取り入れているため。落語もそうだが、実際にはないものをあるように見せる。観る人が自分なりに想像することができる。狂言の最後は、『やるまいぞ、やるまいぞ』などと謝りながら逃げていく場合が多く、ハッキリと終わらないし、決して理詰めではない。観る人が結末をそれぞれ想像するので、観る人の数だけ結末がある。この”含み“のあるところが魅力。同じ題材を演じても、演者によって、その時によって全く違うように感じるのは、このため。少ないセリフと絶妙の間で、多くのことを演者が醸し出す空気感を感じて欲しい。そして、登場した瞬間から演者が放つ存在感とそこにできる空間を堪能して欲しい。(小笠原 匡:和泉流狂言方)

浪花節-ひとりミュージカル

浪曲は、浪曲師がひとりで、登場する人物を何役もこなし、節に乗せて物語を語り、物語の世界の中にぐいぐいと引き込みます。聴いていくうちに頭の中に物語の世界が映画のシーンのように広がっていきます。それが、浪曲師の腕の見せ所だと思っています。短いものでは15分ぐらいですが、長いものでは1時間以上。お客さまの心を引き込んで離さないように、節や言葉(責め)にメリハリをつけ、”感動した“といわれるような舞台をこころがけています。浪曲は難しそうだとか、年輩の男性の方々の専売特許のように感じておられるかも知れませんが、実はとってもおもしろい笑いと涙、感動また感動の”和風ひとりミュージカル“なんです。言葉で大笑いするところもありますし、聞いた後、ほっこりした気持ちになっていただいたり、いろんな笑いや涙の要素が含まれています。一度実際に聴いていただくと、浪曲イコール難しそうというイメージは払拭できます。しかし、じっくり浪曲の魅力を伝える機会が少ないので、”ワンコインライブ“というのを年に数回開催しています。500円で楽しんでいただけるとあって、今まで浪曲なんて—と思っていた方や、浪曲を知らない若い方々が体験してくださり、ファンとなってリピートしてくださっています。とにかく、多くの人に浪曲の魅力を知っていただきたいです。(菊地 まどか:女流浪曲師)

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