第二次世界大戦中のソ連で、軍用サイドカーを生産するためシベリアのウラル山脈の麓に作られた工場がルーツという、ロシアのサイドカーメーカーがウラル。以来現在まで約80年に渡り脈々とサイドカーを生産してきたウラルだが、そのラインナップの中でも代表的なモデルといえるのがギアアップだ。
文:山口銀次郎、小松信夫/写真:柴田直行/モデル:葉月美優
ウラル「ギアアップ」インプレ(山口銀次郎)
強固で堅牢な作りだが走りは柔軟性に富んでいる
2019年モデルで大幅な改良が加えられたエンジンだが、2020年モデルにおいても各機能部品が見直され、耐久性能の向上が図られた。ルックスや性能面では大きな変化はないものの、毎年確実に進化し続け、世間のニーズに応えているというのがウラルの特徴ではないだろうか? 誰もがウラルサイドカーに求めるリアル“ミリタリー”イメージを崩すことなく、実用性と信頼性を高めているのだ。
世界で唯一のサイドカー専門メーカーであるウラルは、通常のオートバイ同様の1輪駆動のサイドカーと、側車側の車輪も駆動する2輪駆動のモデルを用意しているが、今回は1輪or2輪駆動切り替え可能なギアアップに試乗してみた。
試乗したのは、ギアアップの中でもベーシックな仕様になるが、予備タンクといえる大容量のジェリー缶や、折りたたみ式のスコップ、そして前後横同サイズのスペアタイヤを標準装備し、アクシデントを考慮した充実装備となっている。日本では大げさと言えるほどの装備と思われるかもしれないが、ギアアップが生まれ育ったロシアの道路状況等を鑑みると必須アイテムといえる。そんなリアルにタフネスな仕様が、日本でそのまま手に入れられることはファンならずとも嬉しい限りだ。
個体差があるかもしれないが、構造上複雑となるバックギア(後退)や1輪or2輪駆動の切り替えのギア操作が、前年モデルよりも格段にスムーズになっているのはありがたかった。ただしスムーズとはいえ、なんでもかんでもボタンひとつで操作可能な電子制御機能とは異なり、メカメカしくもダイナミックな操作感は損なわれていないので、ウラルらしい醍醐味は満喫できるはずだ。
悪路を走行する際は迷わず2輪駆動での走行をオススメするが、高速道路での巡航時においてもサイドカーとは思えぬ落ち着いた走行を実現してくれる。ただひたすら直線を一定の速度で走行する場合は、2輪駆動だと振られが極端に少なく、目的地に辿り着いた時の疲労感が格段に少なくて済むし、安全であるといえよう。通常の1輪駆動のサイドカーならではの振られをコントロールする、「乗りこなしている」という醍醐味はかなりスポイルされるが、時と場合により選択できる幅があるのもギアアップならではだろう。
高速道路を降りた、ストップアンドゴーが多く曲がりのキツイ市街地の道では1輪駆動が向いているので、2輪駆動から即座に切り替えをした方が良いだろう。このシチュエーションの変化でスムーズに1輪or2輪駆動の切り替えが出来るのは、2020年モデルに乗って最も嬉しかったポイントだった。
ちなみに、タイトなカーブや右左折時に2輪駆動(サイドカーに乗員あり)のままだと、アンダーステアー(外側に膨らんでいく)のクセが強く思うように曲がれないので、サイドカー特有の曲がり方を理解した上での1輪駆動の方がイメージ通りの走行ができるだろう。2輪駆動でタイトなターンを行う場合は、それこそ繊細なスロットル操作&腕力勝負になるため、乗り手を確実に選ぶことになるだろう。これらの理由から、街乗りからあらゆるシチュエーションでオススメの1輪駆動に切り替えるのだ。
スチール製のサイドカー(船)にそれを支える強固なフレームは、重厚な造りで重そうな印象を与えるが、平坦な場所なら押し引きが簡単にできるほどで、切れ角のあるハンドルと相まって取り回しは意外と軽やかである(成人男性であるならば、そう感じるのでは?)。もちろん、エンジンがかかっていればバックギアを使えるので押し引きする必要はないのだが、それだけ均衡がとれた構成といえるのだ。この素直に取り回せられるバランスの良さにより、アンダーリッターエンジンであってもパワーロスが少なく、充分な加速力と定速走行時に必要なトルクを活かすことが可能となっている。さすがサイドカー専門メーカーだけあって、絶妙なセッティング(車体構成)は一級品。
高出力化に不向きなフラットツインエンジンを採用し続けているのには、サイドカーならではの安定した走りを求めるが故のチョイスであるというのが、乗れば乗るほど理解することができるだろう。1輪駆動サイドカーは、エンジン回転の上昇下降の反応がダイレクトに車体の挙動となって現れるので、エンジンのツキ(スロットルに対しての反応)はある程度大らかであったほうが正直気持ち良く走行できるだろう。なので、低回転域から中回転域で太いトルクを発生させるフラットツインエンジンが、ウラルサイドカーのパッケージととても相性が良いと断言。
パッセンジャー(サイドカー側の乗員)が乗り込み、タンデムライダーもいる3人乗り状態であっても、力不足を一切感じることがないのは、これも太いトルクが有効に作用しているからだろう。また、数値的にアンダーパワーに思われるかもしれないが、現代的にも見た目に細くブロックパターンのリアタイヤを採用することにより、余計なグリップ力(抵抗でありパワーロスにも繋がる)を有さず程よくブレイク(グリップ力を失う)してくれるので、小気味よくも鋭いコーナリングやターンが可能となっている。
ともすると限界値がただ低いだけという印象を与えてしまっているかもしれないが、それは大きな間違いだ。永くロシアの地で求められる走破性や突破力は、トップクラスであり最上級仕様と言っても過言ではないだろう。そう、ウラルサイドカーは、夢見がちな雰囲気モノとは別格のリアルアドベンチャーなのだ。
ウラル「ギアアップ」各部装備・ディテール解説
軍用モデルをルーツとする堅牢でハードな扱いにも耐える造りの車体に、シンプルなメカニズムを長い年月熟成・発展させ、現代的なFIを備えるまでに進化した749cc空冷フラットツインエンジンを搭載。そして何より特徴的なのは通常の駆動輪に加え、サイドカー側のホイールも駆動可能なパートタイム2WD機構を採用し、驚くべき走破性を備えていることだろう。今なお細かな改良は続き、完成度を高め続けている。
ウラル「ギアアップ」主なスペック
文:山口銀次郎、小松信夫/写真:柴田直行/モデル:葉月美優