呪い満ちるこの空を -flying MIKO-   作:水野嵐

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最初のオリキャラは使い捨て。たぶんもう出てこない。

後半は、原作展開との絡みに入ります。




【第弐話:紅白巫女は駆けつける】

 

 

 補助監督のひとり、鹿原幸生(かばらゆきお)は高専所有の車の側で人を待っていた。

 すでに時刻は深夜。しかも山中にある廃れたキャンプ地ともなれば人気は皆無。

 アイドリング中の自動車ライトが唯一の光源である圧倒的暗闇。虫の輪唱する声と、時折思い出したようにがさりと揺れる枝葉が、梅雨明け直後の暑苦しい外気と相乗し、彼の精神をジリジリと削っている。

 補助監督の代名詞、黒スーツの上着を座席に脱ぎ捨てカッターシャツをめくり、暫定クールビズスタイルで顔を扇ぐ。学生のため用意された多めのミネラルウォーターをひとつ開けてあおり、鹿原はスマホで時間を確認した。

 

(一時間・・・・・・博麗さんなら心配ないと思いたいが、少し時間がかかってるか?)

 

 送り届けた少女を思い、鹿原は彼女が向かった先を見つめる。

 元キャンプ地であるゆえに、放置されたロッジの崖下には大きめの河原がある。かつては家族連れや釣り好き、バーベーキューを行う若者などで賑わっていたそうだが、一年ほど前、子供が河原で溺れるという事故以来、不可解な水難事故が目立つようになった。

 死亡事故が相次ぎ、それがネットに取り沙汰されて客足は途絶え、キャンプ場は廃業・閉鎖に追い込まれた。さらにそれ以後も、噂を知らないぽつぽつ訪れる写真家や釣り人などが、謎の失踪を遂げている。

 そして現在、一部の界隈では心霊スポットとして話題となり、高専が調査員を派遣。河原に強い残穢(ざんえ)を確認し、準一級術師二人組が呪霊討伐に向かったが・・・・・・いまだ帰らぬまま。

 相手が一級以上の呪霊である場合を考慮し、派遣員として特級の霊夢に指名がかかり、出向いたというのが、此度の経緯である。

 基本、めんどくさがりで労働時間に縛られるのを嫌う霊夢の性格を知っている鹿原は、妙に時間がかかっている事実にほんのりと嫌な予感をため込み始めていた。

 

(まさか、博麗さんが? 特級が? いやいや、今までだって一級案件、特級案件はあったし、ちゃんと傷一つなく帰ってきたじゃないか。気のせいだよ、気のせい。蒸し暑さで嫌な想像に振れちゃってるだけさ)

 

 再びボトルのを水あおるも、気付けば一本空にしていた。暑いと思っていたはずなのに、その実背筋を這う冷たい不快感。時計を確認する頻度が増える。

 

(ヤバイんじゃないか? 高専に連絡したほうが・・・・・・でも勘違いかも。いや、勘違いかどうかとかいう話じゃなくて・・・・・・)

 

 ドチャ!

 

「ひぃ!?」

 

 すぐそばで水気を含む物体が落ちた音。

 悲鳴を上げて音の方向に携行ライトと視線を遣ると、一抱えほどある変形した鯉のような魚類の頭が、異形の血に塗れ地面に転がっていた。首の断面は、引き千切られたように乱雑な切り口をしている。(すす)が風にさらわれるように塵と化していく異形は、鹿原にとって馴染みある存在だった。

 

「じゅっ、呪霊?」

「あぁ、サイアク・・・・・・」

「うぴゃあ!?」

「なに、大の男が萌えキャラみたいな悲鳴上げても需要ないわよ」

「は、博麗さん」

 

 いつの間にか男の背後に立っていたのは、待ち人たる少女であった。

 全身に水気を吸わせて、巫女服の端から水滴を落としている。鬱陶しそうに額に張り付く前髪をかき分けて、霊夢は鹿原に問いかけた。

 

「タオル持ってきてる? あと着替え」

「あ、はい。バスタオルとジャージが」

「じゃ、寄越して。全身ずぶ濡れで気持ち悪い」

 

 急ぎトランクから荷物を取り出して霊夢に渡し、車の対角側であらぬ方向を眺める鹿原。

 ほどなく布擦れの音が聞こえ、着替えているのがわかる。

 

「あの、呪霊は」

「祓ったわよ。領域に引きずり込まれてね。たぶん特級に半身突っ込んでたんだわ。お陰でずぶ濡れ。しかも二体いたし」

「に、二体?! だ、大丈夫だったんですか?」

「大丈夫よ、不意打ちで裾の一部持ってかれたけど。問題なく倒せたわ。似た外見で、能力的にも相性合致してたし、二体で特級相当なのかもね。ま、もう祓ったんだからどーでもいいけど」

 

 衣擦れが終わり、鹿原の横合いから湿ったタオルが返される。

 赤いジャージに着替えた霊夢は、濡れた髪が邪魔だったのか、リボンでセミロングを一房にまとめて背中に流していた。

 

「はぁ。こういうとき、無下限を常時発動させてられる悟が羨ましく思うわ。あたし反転術式苦手だからどうしようもないけど」

「はあ。私には分からぬ話ですが、素人目には博麗さんも十分以上お強いかと」

「力の強弱じゃなくて、便利かどうかの問題。・・・・・・ちなみに、悟、いまどこにいるか知ってる?」

「少々お待ちを・・・・・・五条さんは、出張中ですね。一級術師が失踪した任務調査で、場所は東北の―――」

「つまり、東京にはいないのね?」

 

 頷いたのち、霊夢は自身のスマホでとある連絡先へ電話をかける。その間に、鹿原も呪霊討伐の簡易報告を高専のネットワークに上げ始めた。すでに次の任務地情報が割り振られている辺り、特級の多忙さと、動員できる術師の不足が察せられる。

 

「・・・・・・、悟? あたしだけど。訊きたいことがあるの。あ? あんたの阿呆な課金額なんか興味ないわよ。いいから、真面目に聞け。こないだ、『宿儺の器』の少年保護したって言ってたでしょ。あの件どうなった? 秘匿死刑? 高専に入学したの? ソイツの容姿、簡単に説明して」

 

 連絡相手は五条悟らしい、と薄っすら意識を傾けつつ、話が進むにつれて霊夢の声音に苦い風味が広がっていく。

 

「じゃあ黒髪のツンツン頭の男子に覚えは? ・・・・・・アレが恵って奴か。わかった。了解。オーケー。・・・・・・ええそうよ。さっきの呪霊討伐中、あたしは神感で二人を観たの。で、質問」

 

 霊夢はこめかみを抑え、語調を落とし通話口の教師へ訊ねた。

 

 

「悟、あんた虎杖だけが死ぬのと、虎杖以外の大勢が死ぬの、どっちが最悪?」

 

 

 ***

 

 

 伏黒恵(ふしぐろめぐみ)は、正しく窮地に立たされている。否、死地というべきか。

 少年院で発生した特級呪霊に端を発した此度の事件。

 緊急時につき派遣されたのは一年三人。

 領域に取り込まれた民間人の生き残りはなく、同行した釘崎野薔薇(くぎさきのばら)と共に脱出するのが精一杯。残ったもう一人の同級生は、伏黒たちが逃げるまでの足止めを引き受け、特級呪霊を食い止めた。

 しんがりをつとめた虎杖は最凶の呪霊・両面宿儺を内に宿す、五条いわく千年現れなかった前代未聞の逸材。

 彼は、伏黒たちが脱出した暁には合図を出し、宿儺と特級呪霊をぶつける算段をつけた。

 結果的に、それは功を奏したのかもしれない。だが、ことは都合よく運ばなかった。

 

 

 宿儺の暴走。

 

 

 なんらかの理由で、虎杖の肉体は彼の制御下から遠ざかり内なる怪物の手に委ねられた。

 鍵のかかっていない檻に宿儺が行儀よく収まっているはずもなく。

 揚々と自由を得た宿儺は、特級呪霊を祓ったのちに伏黒の前へ現れ、己の心臓を抉り出した。虎杖が肉体の主導権を取り戻しても、意識を戻せなくするためだ。意識を取り戻すのは死と同義。元が呪霊である宿儺自身は心臓を欠いていても生きていられる。ダメ押しとばかりに特級呪霊から奪った呪物の『指』を飲み込んで、ヤツは伏黒に襲い掛かってきた。

 相手は特級とはいえ呪力量は『指』三本分程度。全盛からすれば一割強。さらに主要臓器を欠損した現状は、死なずともダメージを負っていることに変わりはない。

 活路はあると思っていた。勝てぬまでも、ある程度危機を意識させ、心臓を己で治癒させさえすれば、虎杖は無事に戻って来れると。

 けれど、いや、やはりというべきか。

 格が違う。呪いの王は、万全と程遠い状態をして、弱小な術師を圧倒した。

 術式もなく、呪力量は指三本分であるにもかかわらず、人外の膂力と敏捷性で伏黒をおもちゃのように翻弄し、吹き飛ばす。

 顧みれば、受肉したばかりの宿儺相手にすら勝てるビジョンが見えていなかったのに、より力を増した特級呪霊に対抗できるはずもない。

 受肉した宿儺を止めたのは虎杖と五条。自分はただ、気圧されていただけ。

 かくして、伏黒は死地の断崖に追い詰められ、命を捨てねばならなくなった。

 ――自分が助けた人間が、将来人を殺したらどうする。

 自分が放った言葉だ。

 巡り巡って、それが今、己に帰ってきている。

 呪術高専の規定に基づけば、虎杖は死刑になっているはずだった。彼が生きているのは、伏黒が発した私情(ワガママ)を、五条が叶えたから。無論、それが全てでもないだろうが、懇願したのは事実だ。

 宿儺を野放しにすれば、間違いなく甚大な被害と犠牲をもたらす。邪悪な呪霊として、祓われるそのときまで。

 

(それはダメだ。宿儺に・・・・・・虎杖に、そんな真似をさせるわけにはいかない)

 

 殺させないために、命を懸ける。

 たとえ虎杖を殺してでも、止める。

 それが、助命をこいねがった伏黒が背負わなければならない責任であると思うから。

 

「いいぞ、命を燃やすのはこれからだったわけだ」

 

 追い詰められたこの局面にきて、突如雰囲気を一変させた伏黒に、宿儺が喝采する。

 伏黒の身体から迸る呪力の陽炎に、尋常ならぬ気配を感じながら、しかし歓待するように両腕を広げ自ら歩み寄ってくる。ナメているのか、自信があるのか。どちらにしろ真正直に相手してくれる気概とは好都合だ。

 

「魅せてみろ、伏黒恵!」

(ああ。やってやるとも)

 

 歴代の十種影法術師(とくさのかげぼうじゅつし)が誰も使役できず、敵と術師を殺さない限り消えない制御不能の式神(バケモノ)

 目の前の宿儺(バケモノ)(たお)すために、その封を破る。

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)―――」

 

 言霊を紡ぎかけた伏黒と宿儺の間に、赤と白の人影が割り込んだ。

 そして、次の瞬間、伏黒を襲った浮遊感。

 

「は?」

 

 気が付けば、涙を落とす曇天を視界一杯に映し、仰向けに倒れていた。まるでコマ送りのような唐突さに、思考が空白化する。

 

「やめなさい。ソレやると、死ぬの、あんたとこいつだけじゃ済まないわよ」

 

 眼球に飛び込んでくる雨粒を庇いながら、伏黒が声の方向に視線を巡らせれば、そこには―――。

 

 

 

「死にたくなきゃそこで寝てなさい。面倒だけど、(アイツ)の代わりにやったげる」

 

 

 

 日本で五人しか存在しない特級術師(最強)のひとりが立っていた。

 

 

 

 





読了感謝です!

霊夢「どけ! あたしが相手だ!」(某お兄ちゃんオマージュ)←なってない。

次回は宿儺とのくんずほぐれつ。



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