
原因不明の痛みや関節炎などの副作用被害の報告が相次いでいる子宮頸がんワクチン。「多くの被害者が生まれたのは、十分な情報が提供されない中で、公費負担する自治体が拡大し、国が定期接種化したためだ」。そう指摘するのは、国の機関で公衆衛生に関わる調査研究に取り組んできた母里啓子さん=横浜市戸塚区。被害者に適切な治療を施し、被害を潜在化させないために、「国は事例を集め、対処法の確立を」と求める。
「効果が不完全で不確かなもの。打つ必要はない」
元国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)感染症室長や、横浜市の保健所所長などを歴任した母里さんの主張は、子宮頸がんワクチンが国内で認可された当初から変わらない。
一般的に、ワクチンは病原体と1対1の関係で感染を防ぐ。だがこのワクチンが対応しているのは、子宮頸がんの原因となる15種類ほどの悪性ヒトパピローマウイルスのうちの二つ、または四つとされる。防げるのは子宮頸がんの50~70%程度。「すべてのウイルスを防ぐものではない、という点で、このワクチンは不完全」
歴史が浅いため、確実な効果が得られるか不明という点も問題視する。現在、日本で子宮頸がんで亡くなるのは50代以降が中心。「今接種している10代の子たちが50代になった時、死亡率が低くなるかどうかはまだ分からない」のが現状だ。
「でも、国が勧めれば、一般の人は『がんにまで効くワクチンができた』と受け取めてしまう」
病気に対する抵抗力(免疫)をつくるため、予防接種はあえて体内に「病気の種」を取り入れる。そのリスクや、副作用被害が出た場合の届け出先などはどれだけ周知されたか。実際、体に異変が現れても医師は診断ができず、多くの患者が病院をたらい回しにされている。「ワクチン接種でもうかる機関ががんの恐ろしさを強調し、その効果だけが誇大広告された」との疑念が拭えない。
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もともと「ワクチンは必要最低限にすべき」と考えている。「昔のように衛生状態が悪かった時代の必要性は高かった」。だが現在は生活環境は改善され、研究が進んで比較的重くない病気にもワクチンが開発されるようになった。
未接種の期間ができれば世代間に不公平が生じるため、一度定期接種を始めると、その病気が世界中で撲滅されない限り、やめるのが難しいのが予防接種でもある。
だが、接種のリスクと効果をてんびんにかければ、すべてのワクチンを打つ必要はない、というのが母里さんの持論だ。「今は医者も患者もワクチンに頼りすぎている。その結果、医者の“養生訓”が引き継がれなくなった。病気の予防は、ワクチン接種だけではないのに」
外国で認可されたのに、日本で認可しないのはおかしい。金持ちだけが接種できるのは不公平だ-。子宮頸がんワクチンが定期接種となり多くの人に接種された背景にも、ワクチンに対するそんな「過剰な期待」があったとみる。
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多くのワクチンは乳幼児が対象で、保護者ら周囲が異変に気付くまで副作用が分かりづらい。だが、子宮頸がんワクチンの場合、「接種した患者がものを言える年頃だったから、早い段階で被害が明るみに出た」という。「その訴えを無駄にしてはいけない」との思いを強くする。
接種との因果関係が解明されていないからこそ、必要なのは、ワクチン接種後に起こった事例を集め、しっかりとした対処法を講じることだという。
「国が定めた基準しか認めなかった水俣病のように、安易な定義付けはほかの可能性を排除してしまうことになり危険」とした上で、「まずは被害者数や被害例の正確な把握に努めるべき」と強調する。文部科学省や医療機関、製薬業者など、各機関が集計した数字を突き合わせ、患者の実態を把握するよう求めている。
では、子宮頸がんを防ぐための手だてとは。「まずは、検診」。厚生労働省の指針では「20歳以上で2年に1回」とされ、多くの自治体が費用の一部を助成している。「そして、日常での不正出血や性交痛など、体の異変に気をつけてほしい」と訴えている。
◇もり・ひろこ
医学博士。国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)の元疫学部感染症室長。横浜市の瀬谷、戸塚、旭区の保健所長などを務めた。ウイルス学が専門で、著書に「子どもと親のためのワクチン読本」(双葉社)などがある。同市戸塚区。79歳。
●接種推奨是非、今月にも方針
女性の子宮の入り口部分にでき、毎年約9千人が発症、約2700人が死亡する子宮頸がん。主に性交渉によるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因とされるが、「早期に発見されれば、比較的治癒しやすい」とする厚生労働省は、1982年から国が公費補助をする形で検診を導入した。だが、検診の受診率が2割程度と伸び悩んだ。
このため、HPVによる感染を防ぐワクチンの導入を検討。「サーバリックス」が2009年10月に、「ガーダシル」が11年7月に承認された。
いずれも計3回の接種が必要で、費用は計4万~5万円程度と高額だったため、自治体の公費助成の動きが広まり、10年11月には国の補助も始まった。さらに今年4月、小学6年生から高校1年生相当の女子を対象に無料で受けられる国の「定期接種」に位置付けられた。
ただ、接種後に手足の痛みや失神を訴える事例が相次いで発生。因果関係は詳しく解明されていないが、厚労省の専門部会は6月、発症の時期などから「接種との関係が否定できない症例が多くありそうだ」とし、積極的な接種の呼び掛けを控えるよう求めた。接種の推奨を再開するかどうか、今月中にも方針が示される予定だ。
県によると、10年11月以降に県内で副作用の報告があったのは25件。県は今月中に副作用に対する診療が可能な医療機関を公表するとしている。
【神奈川新聞】