プロローグ
4月。
桜が舞い散る季節、俺は赤いブレザーの制服を身に纏い、教室にある自分の席に座っていた。
職員は確かに仕事をしたようで、俺は望み通り高度育成高等学校の入学を認められた。
因みに配属されたのはDクラスで、周りも俺と同じ制服を着込んだ生徒が見受けられる。俺はそれらを見て品定めのような事をしていた。
長身のイケメンは既に何人かの生徒と交流を図っていてカリスマ性の高い人物だと分かる。もし異世界召喚されたらあいつが『勇者』になるだろう。
赤髪の不良やギャル共は見てて不快だった。俺はああいった社会不適合者が大嫌いであり、同じクラスである事に最悪な気分となる。異世界にいたらかませ役やすぐに殺されるモブ程度の存在にしかならない。
「(……て、まただ。どうもこの世界に来てから人を異世界基準で色々考えちまうな)」
嫌な思い出の筈なのにこうした考えになるのも、俺のオタク気質は変わっていないからだろう。案外俺は異世界の日々を楽しんでいたのかもしれない。
そんな事をしていると、また新しい生徒が教室へやってきた。
「(こいつらも同級生か……黒髪のキツめそうな女に胸のでかい女、そしてオールバックのキザな金髪…あ、無気力そうな奴もいるな。他にはどんな奴が教室に来るのか実に楽しみだ)」
新しい生活へのそんな一般の高校生のような感情が芽生える。
何せ一年間中学に通ってなかったせいで修学旅行や文化祭に参加できず、俺は『青春』と言うものを知らなかった。異世界で心が荒んだとはいえ、楽しみに対する感情は残っていたのだ。
「(青春といったらやはり定番なのは恋愛……は別にいいな。女なんてセックスできればそれで十分だし、人を思いやるなんて事やりたくもねえしな)」
そんなクズすぎることを考えていると学校のチャイムが鳴り、教室に教師らしき女性が入ってきて教卓の前に立った。
「えー新入生諸君。私はDクラスを担当する事になった茶柱佐枝だ。教科は日本史を担当している。初めに言っておくがこの学校は三年間クラス替えがない。卒業までこのクラスで学んでいくのでよろしく」
茶柱……スタイルは申し分ないが性格はキツそうだ。守備範囲じゃないと判断した俺は興味を無くした。そんな失礼なことを考えていると知らず、茶柱は話を続ける。
「入学式は1時間後だが、その前にこの学校のルールを改めて説明する。今から資料を渡すので確認してくれ」
そう言って渡されたのは合格後、入学案内として送られてきたパンフレットだった。
内容として気になるものと言えば、
・生徒は寮生活を義務付け、特例を除き外部との接触を禁じる。
・肉親でも簡単に連絡は取れない。
・学校の敷地内から出る事も禁じる。
といった所だろう。全て入学前に記憶していた通りだ。パンフ通り敷地内には様々な施設があるようなので娯楽不足という事態は起こらないだろう。
「今から配る学生証はその施設を利用したり商品を購入する際に使用できる。この学校でポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものならば、何でも購入可能だ」
何でも……本当に何でもなのだろうか? 『他人を奴隷にする権利』とか『服を着せない権利』は可能なのだろうか? いや、そんなどこぞのエロゲみたいなものは流石に無理か。
「ポイントは毎月一日に振り込まれる。価値としては1ポイントで一円。お前たちには現在、10万ポイントが支給されているはずだ」
その言葉にクラスメイトはざわつく。まあ、いきなり十万円貰えた訳だから仕方ない。だが異世界で金事情に悩んでいた俺はそんな上手い話を信じていなかった。
……ポイント、何かあるな。何せ生徒を事前調査で判定するような所だ。必ず裏があるに違いない。俺はそれを見定める為に茶柱の話を集中して聞く。
「驚いたか? この学校では、実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちにはそれだけの価値があると言うことだ。なおこのポイントは卒業後回収され現金化はできない。ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。いらないなら譲渡も可能だがカツアゲのような真似は厳しく指導する。この学校はいじめには敏感だからな」
これだ。実力で生徒を測る……おそらくこれでポイントの支給に影響が出るのだろう。それにいじめに敏感とは良いことを聞いた。それなら中学の時のような事態になっても生徒に罰を下せるわけだ。
「質問はないようだな。では良い学生生活を送ってくれ」
その言葉を最後に茶柱は教室から出ていった。その後教室は再び活気だし生徒達が互いに話している。莫大なポイントをもらったせいで浮かれているようだった。あまりに滑稽な姿に俺は小さく吹き出す。
「みんな、少しいいかな?」
クラスメイトを内心で馬鹿にしていると朝に見かけた『勇者』が似合いそうなイケメンが声を上げた。
「僕らはこのクラスで過ごす事になる。だから今から自己紹介をして、一日も早く仲良くなれたらと思うんだけど、どうかな?」
「賛成〜! 私達、まだみんなの名前とか分からないし」
「そうだなっ! やろうぜ!」
「じゃあ僕から……僕は平田洋介。気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーをやっていて、この学校でもサッカー部に入るつもりなんだ。よろしく」
その言葉にクラスは盛大に拍手をした。特に女子生徒の大半は目をハートにしている奴までいる。
それを見て俺は異世界で聖女が使用人のような物言いをしてきた癖にイケメンを見つけると好意的な感情をあらわにしていたのを思い出し、とても吐き気がした。
それにしても自己紹介……丁度いいな。ついでにこいつらのステータスを見てみよう。そう思った俺はスキルーー【鑑定】を発動させる。
これは俺が持つスキルの中で最も使用してきた力でお気に入りの一つだ。効果はその名の通り対象を視る事で様々な情報を知ることができる。
「(筋力値や体力値…特に敏捷値が高い。サッカーをやっているのは本当だろう。知能値も結構あるし、まさに完璧超人だな。ま、俺には及ばないけど)」
そんな事を思いながらもクラスメイトの自己紹介が続き、俺は全員を鑑定していった。
「わ、私は、井の頭心…です。趣味は裁縫とか編み物関係をします」
この女子生徒の能力値は平均よりだいぶ低い…器用さはあるので裁縫が得意なのは本当なのだろう。
「俺の名前は山内春樹。小学校は卓球で全国に、中学は野球で四番だったけど、いまはリハビリ中だ。よろしく!」
嘘だ。【鑑定】では能力値が低く怪我の状態もない。目立ちたいからといってホラをふくとは……あいつとは関わらないでおこう。
「私は櫛田桔梗と言います。私の今の目標はここにいる全員と仲良くなることです。後で連絡先を交換して下さい」
能力値は結構高い女子生徒。見るからに人当たりが良さそうなやつで平田の時とは違い男子生徒が色めきだった。
それにしても【鑑定】でバストが82と記されていたが……このクラスの中で上位に食い込む胸の大きさだ。長谷部や佐倉と言う女子生徒と比べると一回り小さいかとも思われるが、体型とあった身体つきをしているので実に素晴らしい。
そんな風に順調に自己紹介が進められていくと、赤髪の不良が机を叩いた。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけやってろ。俺は別に仲良しごっこをする為にここにきたわけじゃないからな」
「強制するつもりはないんだ。僕はただクラスメイトとはやく仲良くなりたいだけ。不快にさせたら謝りたい」
そういって平田は不良に謝罪する。それに女子生徒は不満を持ったのか不良を責め立てたが不良は軽く舌打ちすると教室を後にするのだった。
自己紹介くらいでなにキレてんだか……テメェこそガキかよって話だな。
そんな訳でしばらく微妙な空気が続きたが、その後も自己紹介は続いた。
「俺は池寛治。好きなものは女の子で嫌いなものはイケメンだ。彼女は随時募集中なんでよろしくっ!」
何とも正直なやつ。能力値は平均以下だがキャラで何とか乗り切るタイプなのだろう。
「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの1人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知り置きを、小さなレディー達」
オールバックの金髪…こいつは筋力値、体力値、知能値……どれも桁外れに高い超人だった。こんな数値を見たのはこの世界でも初めてで久しぶりにステータスで驚いた。といっても態度がものすごく悪いので残念に感じてしまう。
そしてようやく自己紹介は俺の番になった。
「俺の名前は村上光太。青春を謳歌する為にこの学校にきた。特技は……まあこれからの生活で分かるだろうからそこで知ってくれ。これからよろしく」
一応俺も自己紹介をしといた。あまり特徴のないものだが無難にしといた方がいいだろう。クラスからもそれなりの反応だったので出だしは成功したかに見えた。
しかしそれは、とある生徒により崩れる事になる。
「青春て、そんな格好でいうことかよ。似合わねえな〜」
「……何だと?」
何とここで先程ホラ吹きで自己紹介をしていた山内が、俺に余計な事を言ってきた。
「それは俺を馬鹿にしてるのか?」
「まあ馬鹿にっていうかさ〜、青春を謳歌したいってならもう少しファッションに気を使えよ。そんなんじゃ女の子にモテないぜ?」
ふざけた口調で不快な声を上げる山内。この目……明らかに俺を下に見ている。俺の目を隠す長い前髪を見て陰キャだと思い込んでいるようだ。
「山内くん辞めるんだ。そんなことを言ってはいけない」
「いやいや、俺はただ善意で忠告しただけだぜ? だってこいつの今の感じじゃあ陰キャのままだしーー」
ガターーーーーンッ!
不快な言葉を遮るように、俺は自分の机に拳を叩き込む。教室に沈黙がはしった。
「……言い忘れてた。俺がこの世で一番嫌いなのは俺を馬鹿にする奴だ。もしそんな事をしたらこの机みてえにぶっ飛ばしてやるからよ……分かったか?」
「ヒ、ヒィイイッ!!」
殺意を持って睨みつけると山内は悲鳴をあげ怯えた表情になる。クラスメイトも同様な目線を向けて俺を見てきた。
それを見た俺はついやっちまったなぁと反省すると、無言で平田に顔を向ける。
「悪いな平田、最後に良くない雰囲気になっちまって。入学式が始まるまで退散しとくわ」
「あ、村上くんっ! 待ってくれ!」
平田の静止を無視し、教室から去る俺。
こうして俺はDクラスの連中に最悪の印象を与えながら、高校生活が始まるのであった。