【中島みゆきさんお題】『はじめまして』について質問【第五弾 難解ソング】
【中島みゆきさんお題】『はじめまして』について質問【第五弾 難解ソング】 中島みゆきさんの作品中には難解といわれる歌がいくつかあり、『世情』(アルバム「愛していると云ってくれ」ラストを飾る大曲)などはその代表の一つでしょう。 さて、私にはアルバム「はじめまして」のタイトル曲にしてやはりラストを締めくくる『はじめまして』が意外なところで曲者に思えます。 【歌詞リンク】 https://www.oricon.co.jp/prof/236145/lyrics/I024769/ 明日(アシタ)に対し、”はじめまして”との挨拶につづいて”一度つきあわせてよ”と呼びかけているので前向きな歌だとは解釈できるのですが、実は歌の冒頭、 ♪新しい服を着る季節のように 今来た道を忘れてしまう _枯れた枝落とすように 悲しい人を他人のように忘れてしまう という箇所、これはどう解釈すべきなのでしょうか・・・ まず、これは自分のことを指しているのか?それとも擬人化して明日さんはそうであると述べているのか?・・・また、額面どおりに受け取れば、非常に忘却や気分転換が上手で、優しいというよりはドライ・冷淡な印象は否めませんんが、このような感性や態度を肯定しているのでしょうか?だとすると、次の ♪はじめまして~あんたと一度つきあわせてよへの跳躍(?w)がよけいに身勝手なものにも感じられるのです(尤も否定的に捉えても唐突感が完全に消えるものではありませんが)。今回も甚だヒマな問いで恐縮なのですが、どなたか、腑に落ちるご解説をいただけましたらありがたく思います。ぜひともよろしくお願いいたします。 ※お陰様で勝手に早くも第五弾を数えます。個別コメントは原則として〆切時にさせていただきますのであらかじめご諒承ください。
ベストアンサー
早速の第五弾うれしく思います。けど、メチャクチャな解釈かも。 片足失ったら悲しいなんてもんじゃないでしょうね。 でも、いつまで泣いていても何も変わらない。過去は消せない。 ならば片足のない状態で「誕生した」と思って生きるというのはどうか。 日々いろいろあるけれど、それらの経験・条件・状況を全部ひっくるめて 生まれてきたと考えて明日を生きる。 明日は常に一度。だから常に「はじめまして」。 私も日々誕生しているから「はじめまして」。 私を他者(例えばお前)に置き換えてみてもいい。 「あんた」とは片足のない自分、片足のないお前。 「あんた」は日々誕生する自分、日々誕生するお前。 「つきあわせてよ」って言えば初めての人とのおつきあいって感じ。 おたがいに。 「現在・今日」ではなくて「明日」なのは、産みの苦しみの時間ぶん みてるのかも。 「結果オーライ」のアンコール最後の曲は「はじめまして」でしたね。 これまでの結果すべてを前提条件にして、新しい中島みゆきが「誕生」 するからね、って言ってるのかもしれません。 そしてみゆきさんからも「あんたもね」と。 以上、お粗末さまでした。
質問者からのお礼コメント
晶子様 先刻通常の通信欄に長々と記させていただきましたので、こちらはサラッと・・・ベストアンサーを差し上げます。今回もわざわざのご回答、どうもありがとうございました! 例によって既定より早いですが、これにて当Q&Aをクローズさせていただくことにいたします。
お礼日時:2020/11/6 16:35