インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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セシリアちゃんのターン!!


第150話 セシリアの躍進

 

 イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

 愛機ブルーティアーズをセカンドシフトさせて以降、彼女の上げた戦果は誰もが目を見張るものであった。

 単機で旅団規模の軍隊と戦い(戦力比4000対1で)、不殺を貫いた上で撤退に追い込むなど、各国のエース級ですら不可能だろう。

 また本国のエクスカリバーや束博士お手製の自動人形があったとは言え、巨大兵器2機とIS3機の混成部隊を相手にして、あと一歩のところまで追い込んでいる。こちらも最低限エース級の腕が無ければ、戦果以前に生き残れなかっただろう。

 そして絶対天敵(イマージュ・オリジス)来襲時、彼女はどこぞの国の横槍さえ無ければ、エクスカリバーで敵降下船を撃破出来ていたと言われている。

 これ程の戦果に加え、類稀なる容姿と名門貴族という出自の良さだ。イギリス国民が彼女に、絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うシンボル、という役割を期待してしまうのも無理からぬ事だろう。

 故に本国で、国家代表就任の話が出るのは必然であった。

 

 ―――イギリス議会。

 

 正式名称はグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国議会。

 ISパイロットの国家代表就任は、下院(庶民院)と上院(貴族院)で審議され、最終的にイギリス国王が承認するという流れで行われる。そしてセシリア・オルコットの国家代表就任案は、下院での全会一致を経て上院へと送られていた。

 

「彼女が国家代表か。良いのではないですか」

「私も良いと思います。むしろ彼女以上の適任はいないでしょう」

 

 次々と賛成の声が上がる中、冷汗をかいている者達がいた。

 かつて彼女にポンコツのような自動人形を与え、あわよくば私生活まで監視しようとした奴らだ。言うまでもない事だが、その者達にとってセシリアの国家代表就任は非常に都合が悪い。しかし、反対も出来なかった。

 世界に10人といないセカンドシフトパイロットであり、実力、実績、容姿、知名度、いずれも申し分ない。更に“天才”篠ノ之束博士のお気に入りであり、“NEXT”薙原晶が直接指導しているメンバーの1人でもある。これを覆して他の者を押すなど出来る訳がない。

 このため上院においても全会一致で可決され、後日セシリアの元に、国家代表への就任要請が届くのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――という訳で晶さん。1ヵ月後の就任式に招待したいのですが、来て頂けますか?」

「勿論行くさ。でもお前が国家代表かぁ。なんだか感慨深いな」

 

 2人が話しているのは、晶がセシリアにプレゼントしたペントハウスの一室だった。

 窓からはネオンに彩られた夜景が見え、眼前のテーブルには、チェルシーさんお手製のイギリス家庭料理が並んでいる。

 

「私もですわ。欲を言えば、国家代表最年少記録を更新したかったですけど」

「楯無の記録か。あれは今後も抜かれないだろうな」

「1年生後期。しかもパイロット層の分厚いロシアで。手合わせした事はありませんが、晶さんから見てどれほどの腕でしょうか?」

「純粋な腕で学園No.2を選べと言われたら、あいつの名前を出すだろうな」

「私でも、ラウラさんでも、一夏さんでもなく、ですか?」

「ああ。確かに機体性能では、白式・雪羅やブルーティアーズ・レイストームに劣っている。だが戦って誰が勝つかと聞かれれば、やっぱり楯無と答えるな。俺の見立てでは、多分ラウラが一番良い線行くと思う」

「それほどですか」

「ああ」

「悔しいですわ。セカンドシフトして、単体戦略兵器と呼ばれても、なお届かない相手がいる。私もまだまだ、ということですね」

「前向きだな」

「後ろ向きの方が良いですか?」

「いや、そっちの方が良い」

「でしょう」

 

 一年前のセシリアなら、面と向かって他者の方が上と言われれば虚勢を張ったかもしれない。だが今は違う。素直に相手の実力を認め、その上で超えようする事ができる。

 

(本当、変わったよなぁ)

 

 思わず出会った頃の事を思い出してしまう。すると何かを察知されたらしい。

 

「ちょっと、ここで昔の事を言うのは無しですわよ」

「言わないよ。思い出してはいたけど」

「やっぱり。もうぅ。恥ずかしいので止めて下さい」

「ちなみにどの辺りが?」

「分かってて聞くのは酷いです」

 

 彼女がつーんとそっぽを向いていると、第三者が乱入してきた。

 

「あらあら。薙原様、お嬢様は褒めて甘やかして、よしよしってして欲しいそうですよ」

「ちょっとチェルシー!!」

 

 部屋に入って来たメイドさんは、セシリアの幼馴染で今年19歳になる。

 

「そうなのか?」

「真面目に聞き返さないで下さい。良い殿方というのは、そのくらい察するものです」

「つまりして欲しいという事ですね」

 

 主の意を汲み取って言葉にするメイドの鏡。ただし主の羞恥心は一切考慮されていない。

 セシリアの顔がみるみる赤くなっていった。

 

「そうだな。じゃあ今度キャンプにでも行こうか。俺達なら誰にも邪魔されない山奥にでも、無人島の海辺にでも、何処にでも行ける。セシリアは何処が良い?」

「む、無人島の海辺が良いですわ。勿論、チェルシーも一緒ですわよ」

「仰せのままに。お嬢様」

 

 少しばかりのお節介を(デートのセッティング)したメイドが、一礼して去ろうとする。

 が、主によって引き留められた。

 

「待ってチェルシー。お祝いは、貴女にもして欲しいの」

「今日は薙原様と2人きりで、と仰っていたではないですか。そこに割り込むのはメイドの分を超えます」

「国家代表の就任祝いは、貴女も一緒にして欲しいの。晶さんも良いでしょう」

「勿論。じゃあ今日は無礼講ってことで。後片付けもみんなでやるか」

 

 こうしてセシリアは国家代表就任を、極々近しい人達に先に祝ってもらっていた。後日、本国で行われる盛大なパーティに比べれば豪華さは比べるべくもない。だが貴族の仮面を被らなくてもいいこの細やかな祝いは、豪華なパーティより何倍も心地良いものだった。

 その最中、チェルシーがふと言葉を漏らした。

 

「エクシアにも、今のお嬢様を見せてあげたかったなぁ」

「ん? 誰のこと?」

「私の妹です。本当なら一緒にお嬢様のメイドになるはずだったんですが、心臓病を患っていて入院して………………治りませんでした」

「そうか。悪いことを聞いたな」

「いいえ。先に言ったのは私ですし」

 

 普通なら、この会話はここで終わりである。

 顔も知らない死んだ人間についてアレコレ言う必要は無いし、姉が妹の事を覚えているなら、それで良いだろう。

 だが全く別の理由で、晶は今の話に興味を持った。

 理由は戸籍情報である。

 セシリアのメイド、チェルシー・ブランケットの戸籍情報は既に洗ってある。その時に妹がいるという情報は無かった。にも関わらず、チェルシー本人から「妹がいた」という情報が出たのだ。興味を持つな、という方が無理だろう。だがこの場は祝いの席だ。アレコレ聞くのも憚られる。よって晶は後日調べる事にし、今はこの席を楽しむ事にしたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして後日のこと。

 晶は自宅で束に先日の事を伝えていた。

 

「セシリアのメイドに、戸籍情報偽造の可能性?」

「ああ。チェルシー・ブランケットに妹がいたっていう情報は無いんだけどさ、この前本人が言ってたんだ」

「へんな話だね」

「だろ」

「彼女に関わることだし、ちょっと調べてみるね。妹の名前は?」

「エクシアって言ってた。あと心臓を患っていたらしい」

「ん、分かった」

 

 そう答えると、束は思考トリガーで検索プログラムをスタートさせた。イギリスを中心に電子の海が洗われていき、途中経過が周囲に展開された、無数の空間ウインドウに表示されていく。

 

「う~ん。めぼしい情報は無いか。もう少し深く探ってみようかな」

 

 続いて防壁解体プログラムを起動。本来なら機密に属するはずのものが、次々と暴かれていく。

 

「お、それっぽいのみぃ~つけた。………おや?」

「どうした?」

「ん~、これはどういうことかな?」

 

 束は晶の前に、一枚の空間ウインドウをスライドさせた。

 そこにはエクシア・ブランケットという名前と、生体融合型ISの稼動記録が記されている。

 

「実験? ………にしては妙に人道的というか、非道な実験って感じじゃないな」

「うん。これ、ISの生命維持装置を心臓の代わりに使ってるね」

「心臓を患っていたって言ってたから、状況としては理解できるな。けどなんで戸籍情報を抹消? 表で出来なかっ………あ、そうか。まだ生体融合型って、一般的には許可されてなかったな」

「昔なら技術力も足りなかっただろうし、表でやったら人体実験扱いだろうね。ましてコア数の限られているISを使うとなれば、反対も相当なものだったと思うよ」

「だから戸籍を抹消して、裏でコッソリか。随分愛されてたんだな。ところで、この子は今何処にいるんだ?」

 

 束は画面をスクロールさせ、とある座標データを指差した。

 

「え? ここって………」

「うん。対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)の中。つまり衛星軌道上」

「なんで?」

「さぁ? まぁ心臓の代わりにISを使うだけなら、宇宙空間で肉体を保護するにしたってエネルギーの99.99999%くらいは余るからね。有効活用しようとしたのかもしれない」

「にしたってさ。あ、そうだ。束、生体融合型ってさ、パイロットの肉体に怪我、或いは欠陥があった場合どんな動きをするんだ?」

「生体融合型でもそうじゃなくても、基本的な動きは変わらないよ。怪我も欠陥も治すように動く。特性的に融合型の方が修復速度は速いけどね。でも欠陥の原因が、生まれつきの遺伝子情報に起因するものだと難しいね。IS側でもそのまま治したら拙いという事までは分かるけど、設計図そのものが間違っているから、どう治せば良いのかが分からないって状態になる。ISは医者じゃないからね」

「なるほど。あともう1つ。エクスカリバーが繋がっているデータベースに、もしかして医療系のデータベースってないか?」

「ちょっと待ってね………あった。幾つかの軍事コンピューターを経由して、痕跡を辿り辛くしてる。でもこれで、ISを使ってどうしたかったかは分かったね」

「ああ。ISの自己学習能力と肉体修復能力を使って治療する気だったんだ。でも分からないな。なんでエクスカリバーの中なんだ?」

 

 どう考えても、必然性が見当たらない。

 治療だけを考えるなら、地上でデータベースに繋いで安置するだけでいい。

 考えていると、束が新たな情報を見つけていた。

 

「晶、これ」

 

 空間ウインドウがもう一枚スライドしてくる。

 そこにあったのはセシリアの両親が、亡国機業と取引してISコアを入手していたという証拠だった。もし表に出たら、セシリアの立場が根底から覆りかねない特級にヤバイネタだ。それに加えてセシリアの両親がエクスカリバー計画に干渉して、ISと生体融合していたエクシア・ブランケットを、同兵器の中枢ユニットにするよう働きかけていたという証拠まである。

 

「ぉぉぉぃ」

 

 晶は頭を抱えてしまった。ヤバイ、ヤバ過ぎるネタだろう。セシリア本人の知らぬ事とは言え、両親がやっていたというのは外聞が悪すぎる。本国のセシリアを疎んでいる者達にとって、彼女を攻撃する絶好のネタだろう。

 

「まぁ………分からなくはない。分からなくはないよ。ISを中枢ユニットとして使えば、演算はスパコンより早く出来るし、エネルギー供給だって外部ジェネレーターを搭載するより遥かに効率が良い。慣性制御も使えるから軌道遷移も普通の衛星より楽に行える。衛星兵器の中に人がいるなんて思わないから、もしかしたら地上よりも安全にエクシア・ブランケットを治療できると考えたのかもしれない。でも、これはないだろう」

「晶、どうする?」

「全部削除で」

「それは簡単だけど、こういうのって大体物的証拠もあると思うよ」

「そっちも消さないとダメだよなぁ………」

 

 晶はハァァァァァァァァァァと深ぁぁぁぁぁぁぁぁいため息をついてから束に尋ねた。

 

「物的証拠の場所、分かりそうか? というかセシリアの為に動いてくれるのか?」

「彼女は私が見込んで引き抜いたんだよ。それにこの行いに彼女は何一つ関わっていない。足を引っ張る事しか考えない愚図どもに、好きにさせる理由は無いね」

「ありがとう」

「良いってこと。今日はいつも以上に愛してね。――――――で、証拠の場所なんだけど、大体の予想はつく。だけど此処から調べるのはちょっと避けた方が良いかな」

「そんなにヤバそうな場所なのか?」

「ううん。こっちの安全性の問題。無人機の投入で出来ない事は無いけど、もし何かあった場合、ここからじゃバックアップが効かない」

「ってことはイギリス国内にバックアップ可能な態勢を作って、それからか。厳しいな。あそこは更識の影響も余り及んでないし、セシリアの人気は高くても影響力って意味じゃそうでもない」

 

 すると束はニヤリと笑った。

 

「なに言ってるの。ようはバックアップが出来る状態なら良いんだよ。そしてイギリスには、丁度良いビックイベントが控えてるじゃないか」

 

 晶は首を捻った。セシリアの国家代表就任式以外に何かあっただろうか?

 

「分からない? なら教えてあげる。セシリアを引き抜いた私が、国家代表就任式に顔を出すんだよ。それなら私の安全を確保するっていう名目で晶は同行できるし、カラードの装備も全て投入できる。ね、簡単でしょ。あとはそうだね。この件だけを片付けると目立っちゃうかもしれないから、ついでにゴミ掃除もしてあげようかな」

 

 “天災”の気まぐれが発動した瞬間だった。

 

「オッケー。ならお前が行くっていうのはいつ発表する? 直前に発表したら、色々慌てふためいて隙を突きやすいかな?」

「そうだね。それでいこうか」

 

 これにより後日、真面目に働いているイギリスのお役人さん達は、否応なく長時間労働を強いられることとなった。何せ発表されたのが金曜日の夕方、定時間際である。そして就任式は日曜日。つまり受け入れ準備に使える時間が、1日半程度しかない。篠ノ之束という世界を救った超VIPを受け入れる為の準備時間が、たった1日半しかないのだ。これで相手が普通のVIP程度だったなら、直前に申し入れるなんて外交儀礼を知らないのかと突っ返せるが、束博士相手に出来る訳がない。

 このため役人達は定時過ぎから各方面へ連絡して、根回して、その他モロモロの準備を整える為に徹夜で奔走する羽目になったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、国家代表就任式の前日。

 セシリアは宿泊しているホテルの一室で、頭を抱えていた。

 

(絶対、絶対何か企んでますわ!!)

 

 あの束博士が普通にお祝いに来る? 式に参加する? あり得ない。博士なら最大限譲歩したとしても祝電程度だろう。

 

(なのに、晶さんと一緒に来る? イギリスで、NEXTが必要になるような事をする気ですの!?)

 

 かつて2人を利用しようとしたドイツが、どんな目にあったかはセシリアも知っている。それだけに、気が気ではなかった。あの2人はやると言ったらやるのだ。

 

(いえ、もしかしたら普通にお祝いに来てくれるのかも………)

 

 あり得ない可能性に縋って、精神の安定を保とうとしてみる。が、無理であった。どう考えても違和感があり過ぎて、不自然さしか出てこない。

 

(全く。みんな騙され過ぎですわ。まぁ、心情的には分からなくもないですが………)

 

 昨日の発表以降、イギリス国民は熱狂の真っ只中にあった。あらゆるメディアが、セシリア・オルコットはあの2人に祝われる程の人物なのだ、と繰り返し誇らしげに報じている。

 好意的な報道が嬉しくないと言えば嘘になるが、博士の人となりを多少でも知る彼女にしてみれば、声を大にして違うと叫びたいところだった。

 

(でも今更違うなんて言えませんし、何より表向きはお祝いに来てくれるのですし………)

 

 部屋の中をウロウロウロウロ。

 国家代表に就任式する事よりも、博士が何の目的で来るのかが気になって全く落ち着かない。

 するとメイドのチェルシーが紅茶を淹れてくれた。

 

「お嬢様。少し落ち着かれてはどうですか?」

「これが落ち着いていられますか」

「なら、直接―――は難しいかもしれないので、薙原様に聞いてみては?」

「そ、それもそうですわね」

 

 博士が来るという事ばかりにとらわれて、視野が狭くなっていたらしい。セシリアは紅茶を一口飲んで、晶にコアネットワークを繋いだ。

 

(晶さん。今、よろしいですか?)

(おや、どうした?)

(いえ、今回博士がいらっしゃるという事で………その………)

 

 まさか何か企んでますか、などと聞く訳にもいかず言葉に詰まってしまう。すると晶は笑いながら答えた。

 

(ああ、考えてる事は大体わかる。そりゃ束が急に行くって知ったら色々考えちゃうよな)

(え、ええ)

 

 控え目に同意すると、待ってましたとばかりのタイミングで束がコアネットワークに接続してきた。

 

(え~、ひっどいなぁ。セシリアは人がせっかく祝ってあげようっていうのに疑うの? ふ~ん。貴族様は人の好意を疑うんだぁ)

(い、いえですね。疑うという事ではなくて、博士もお忙しい身ですので)

 

 突然の介入にアタフタするセシリア。

 だが束は気にした様子もなく続けた。

 

(まぁ、そう思うのは仕方が無いかな。後は………そうだね。サプライズプレゼントがあるから楽しみにしていると良いよ。君の悪いようにはしないから)

 

 これほど不安を煽る言葉があるだろうか?

 “天才”にして“天災”からのサプライズプレゼント。そして“君の悪いようにはしない”という言葉。裏を返せばセシリア・オルコット以外には、何か悪い事があるとも取れる。深読みし過ぎだろうか?

 

(あの、博士)

(なぁに?)

(お、お手柔らかにお願いしますわ)

 

 空間ウインドウは展開されていないが、博士がニヤァァァと笑った気がした。

 

(ふふ、ふふふふふふふふふふふ。うん大丈夫だよ。君の晴れ舞台を穢す気はないから)

 

 絶対何かする気だ!!

 不安がセシリアの心を掻き乱す。小舟が台風の荒波に翻弄されるかの如く、全く落ち着けない。が、不安メーターが振り切ってしまったせいか、彼女は仕方ないと開き直る事にした。博士がやると言っている以上止められないし、「晴れ舞台を穢す気はない」という言質も貰った。なら後は、もう流れに任せるしかないだろう。

 

(ありがとうございます)

(うんうん。じゃあ、君の晴れ舞台楽しみにしているよ)

 

 そうしてコアネットワーク通信が切れ、一息ついたところで――――――。

 

(あ、そうそう。言い忘れてた)

 

 不意打ちのように博士がもう一回繋いできた。

 

(ひゃぁ!! な、なな、何でしょうか!?)

(そんなにビックリしなくて良いよ。明日はタイフーン(EF-2000)を稼働状態にしておくから、リンクを繋いでおいてね。じゃ、おやすみ)

 

 束がセシリアに与えた純白のタイフーン(EF-2000)12機は、無人機仕様の高性能パワードスーツだ。外見は空力特性が考慮されている為、現在最も量産されている撃震に比べれば華奢といった印象を受ける。だが設計は撃震よりも遥かに攻撃的なものだった。頭部、両前腕部外縁、肩部装甲ブロック両端、膝部装甲ブロックから下腿部前縁、前足部及び踝部に至るまで、機体各所に固定武装としてスーパーカーボン製ブレードが装備され、近接戦闘能力を飛躍的に高めている。また射撃戦においてもAI特有の無機質さと高性能な機体性能が相まって、高い命中精度を誇っていた。

 そんな機体を稼働状態にしておくとは、一体何に使うのだろうか? 不安が募り良くない想像が脳裏を駆け巡っていく。が、長くは続かなかった。

 博士はサプライズプレゼントと言っていた。なら楽しみに待っていれば良いだろう。

 こうして再度開き直った彼女は、現実逃避するかのように寝室に向かうのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は瞬く間に流れ翌日。

 セシリアの国家代表就任式は、イギリス王室所有のウィンザー城で行われていた。会場として選ばれたのは城内のセント・ジョージ礼拝堂。同国最高位の勲章(※1)とされるガーター勲章の授与にも使われる場所で、会場の格としては国内最高位になる。また出席者も、イギリス女王を筆頭に高位貴族や政財界の重鎮という、錚々たる面子が揃っていた。1年前の彼女なら、気後れしていたかもしれない。しかし、今は違っていた。世界に10人といないセカンドシフトパイロットであり、単機で戦局を覆した実績を持つ単体戦略兵器なのだ。この程度の面子に気後れする理由はない。

 凛とした姿に、誰もが魅せられていく。

 そんな中で国家代表の証となる勲章を授与されたセシリアは、自国の騎士団が愛用している座右の銘「悪意を抱く者に災いあれ」、という言葉を引用して宣誓を行った。

 これで式は終了。後は晩餐会――――――と思ったところで、動いた者が動いた。

 紫を基調とした艶やかな着物姿の束が、拍手をしながら立ち上がる。

 

(は、博士!? 今、この場でですか? 何をするおつもりですか? 止めて下さい。お願いですから、平穏に式を終わらせて下さいまし!!)

 

 国家代表としての表情を必死に維持しながら、心の中で叫ぶ。

 だが願いは届かない。束は誰もが騙される猫被りモードで話し始めた。

 

「素晴らしい宣誓でした。単機で一軍を押し返した実績を持つ貴女なら、悪意を抱く者に災いあれという言葉、そのまま実行できるでしょう」

「は、博士にそう言って頂けるとは光栄ですわ」

 

 どんなサプライズなのか分からない。若干声が震えてしまったのは仕方が無いだろう。

 

「そんなにかしこまらないで下さい。お願いし辛くなってしまいます」

 

 セシリアの嫌な予感警報は最大限の警告を発していた。出来るなら逃げだしたい。しかし逃げられない。

 

「お願い、ですか」

「ええ。ちょっと調べものをしている最中に、緊急を要するような事を見つけてしまって。対処したいけど、人手が足りないのです。なので、出来れば手伝って欲しいと思いまして」

「今、ですか?」

「ええ。今です」

 

 返答と共に空間ウインドウが展開され、、セシリアの前にスライドしてきた。

 そうして情報を目にしてしまえば、もう断れない。

 見逃せば、宣誓を自ら破る事になる。

 

「分かりましたわ。協力させて頂きます。その前に――――――」

 

 セシリアは女王陛下に向き直り、跪いて口を開いた。

 

「――――――この場でISを展開したいのですが、許可して頂けますでしょうか」

「どのような要件でですか?」

 

 公式にカメラが入っている場で内容を口にすれば、イギリスの恥を世界中に晒す事になる。

 よって彼女は言葉ではなく、女王の眼前に空間ウインドウをスライドさせた。

 言うまでもなく非礼に当たる行為だが、女王は黙認した。ウインドウに記されている情報が、それどころではなかったからだ。

 故に、返答は明快だった。

 

「貴女の初仕事です。全力でやり遂げなさい」

「承知いたしました。では――――――」

 

 立ち上がったセシリアが緑の光に包まれると、各部のパーツが展開され始めた。

 まず目につくのは、有機的な一対二枚の純白の翼。

 次いで両手足を守る装甲。セカンドシフトの際に行われた大胆なシェイプアップにより、生身の人間が纏う防具と変わらないサイズにまで小型化されている。

 そして腰部。膝上まであるスカート状の装甲には、両サイドに1機ずつ、腰裏に2機のBT兵器が懸架されていた。

 胸部装甲は腕の動きを妨げないよう、必要最小限の範囲の胸当てとなっている。結果少々女性的な膨らみが強調される形になっていたが、性能と引き換えなら些細な問題だろう。

 肩部非固定装備(アンロックユニット)は、懸架されているBT兵器の高性能化に伴い大型化していた。流麗で白を基調としたデザインは、彼女を左右から包み込む翼のようにも見える。

 頭部装備の超高感度ハイパーセンサー「ブリリアント・クリアランス」の外見は第1次形態と変わっていなかったが、性能は桁違いに強化されていた。元々のセンサー系が優秀だった事もあり、索敵性能はデュノアの最新型、ラファール・フォーミュラのTYPE-E装備(電子戦型)を遥かに上回っている。早期警戒管制機(AWACS)すら置き去りにしていると言えば、どれほど隔絶した性能かが分かるだろう。

 そうしてISの展開を終えた時、見ていた者が抱いた印象は、純白のドレスに蒼い鎧を纏った天使だった。

 誰一人殺さず、単機で一軍を退けた蒼天の守護天使。

 

「――――――始めましょうか」

「ええ。では、半分任せましたよ」

 

 2人の周囲に無数の空間ウインドウが展開され、突然始まった“天才”との共同作業に周囲がざわつき始める。

 そこでセシリアは会場に大きな空間ウインドウを一枚展開して画面を分割、幾つかの現場状況を映し出した。

 

「これは?」

 

 誰かが尤もな疑問を口にする。

 セシリアは思考オペレーションで無人機達の制御を続けながら答えた。

 

「博士が偶然見つけた、国内にある悪党どもの巣です。いずれもICPOに登録された国際指名手配犯で、容疑は殺人、麻薬や人身売買、密輸等々、色々ある人達ですね」

 

 空間ウインドウには、大量の麻薬が今まさに取引されている状況があり、人が売られ、泣いている者達が映し出されている。

 故に、命令は簡潔だった。

 

「さぁ、蹂躙なさい」

 

 ブルーティアーズ・レイストームの広域管制能力が、イギリス各地に散らばっている純白のタイフーン達を動かしていく。

 遠隔地であるにも関わらず、その動きに一切の淀みはない。スタングレネードや非殺傷性のゴム弾が問答無用で撃ち込まれ、次々と無力化されていく。

 中には一般人に銃口を向けようとする者もいたが、セシリアの管制はそれを許すほど甘くない。現場の状況は無人機により刹那の遅れすらなく彼女の元に届き、ISによって最適な行動が演算され、フィードバックされていく。

 結果として出現するのは、未来予知じみた行動予測だ。

 一般人に銃口を向けようとした時には、射線は無人機の頑強なボディによって遮られている。同時に、放たれたゴム弾が悪党の意識を刈り取っていく。

 また運良く車に乗ってその場を離れられた者達も、末路は変わらなかった。

 無人機仕様の高性能パワードスーツである純白のタイフーン達は、一般車両よりも遥かに速いのだ。しかも移動に道路という縛りもない。逃げ出した者達は車に巨大な大剣をブッ刺され、強制停車させられた挙句、車内にスタングレネードを放り込まれていた。

 見ている者達の胸がすくような、鮮やかな蹂躙劇である。

 そして話を持ち掛けた当人である束は、セシリアの活躍をカモフラージュとして2つの事を行っていた。

 1つはセシリアの両親が関わっていたヤバイ証拠の抹消。こちらは蒼いパルヴァライザーの投入により、何ら問題無く片付けられていた。晶が護衛として近くにいるお陰で、最強無人機の一角を遠慮なく使えたのだ。そして蒼いパルヴァライザーのステルス能力は、ブルーティアーズ・レイストームのセンサー系すら欺ける。バレる心配など無い。

 もう1つはイギリスが亡国機業に奪われた、という事にして悪い事に使っていたBT試作3号機の破壊だ。理由は正義感から、な訳はない。セシリアを快く思っていない奴らが関わっていたので、ついでにちょっと(?)叩いておこうと思った程度だ。尤も投入された猟犬達は、流石は元IS強奪犯という働きを見せてくれた。機体は破壊。コアは回収。目撃者無し。色々な奴らの表沙汰にできない情報も、しっかりと回収してきている。これで今後、セシリアはイギリス本国で動きやすくなるだろう。

 コアネットワークで、2人が話し始めた。

 

(よし。晶。終わったよ)

(お疲れ様。でもこんなに大掛かりにやる必要あったか?)

(ぶっちゃけ無かった。でもね。思った通り面白かったから私的にはオッケーかな。だって私が立った時のセシリアの顔見た? 必死に表情作って、でも内心では多分、とっっっっても慌ててたよね)

(あんまり虐めてやるな)

(虐めてないよ。可愛がってるんだよ)

 

 そんな話をしていると、セシリアがコアネットワークを繋いできた。

 

(博士ぇ~。お願いですから、こんな心臓に悪い事は止めて下さいまし。就任式の最中にアドリブで凶悪犯襲撃なんて、もし犠牲者が出ていたらどうなっていたか………)

(大丈夫大丈夫。安全策は講じていたから)

(どんなのですか?)

(ひ・み・つ♪)

(博士ぇ~!!!!!!!)

 

 彼女の絶叫がコアネットワーク内に響き渡る。

 そしてコアネットワーク内の会話では弄る者と弄られる者であったが、2人とも顔芸は達者だった。

 現実世界では協力して一仕事終えたかのように、穏やかに微笑みあっている。

 よってこの場にいた者達は、見事に勘違いした。というかさせられた。

 セシリア・オルコットは、束博士と対等に付き合える人間だ――――――と。

 

 

 

 ※1:同国最高位の勲章

 この上にはヴィクトリア十字章とジョージ・クロスの2つしかない。

 ヴィクトリア十字章は敵前での勇敢な行為を対象とした顕彰における

 第1レベルの賞とされるクロス章で、ジョージ・クロスは人命救助等に

 於ける極めて勇敢な行為に対して与えられるクロス章である。

 

 

 

 第151話に続く

 

 

 




セシリアさんのターンはもう1話続くと思います。
エクシアちゃんの話に決着をつけてしまおうかと。

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