------------------------------------------------------------------------------ 星の煌き Episode 04 -衝撃- ------------------------------------------------------------------------------ <山の麓の農村> 田舎の農村を荷馬車がゴトゴト通り過ぎて行く。周りには畑仕事をする農家の人達の姿 が見える。行く先に見える山々を越え、目指すは静岡県アルファドーム。 全国各地で開催されるチルドレンショーだが、シンジ達が選んだサキエル戦を、この一 ヶ月前後で開催するのは静岡県しか無い。 「あの山を越えたら、もうすぐだよ。」 そうは言っても日本アルプスを荷馬車で越えるのだから、それだけでかなりの日数が掛 かる。急がなければ間に合わない。 「絶対勝つんだからっ!」 「今迄これだけ頑張って来たんだ。大丈夫さ。」 「ねぇねぇ、あそこの空き地だったら訓練できそうじゃない?」 指差す方に目を向けると、程良い広さの空き地。以前は川の辺で訓練をしていたが、山 の中へ入って来てからというもの、広い河川敷のある川が見当たらない。 「いくよっ!」 「ええっ!」 カンっ! カキンっ! 剣と剣が交わり火花を散らす。最初の頃と比べて、アスカもほとんど無駄な動きがなく なりシャープにシンジを攻めてくる。 「たーーーーっ!」 カンっ! カンっ! カンっ! 既にしっかりと応戦しなければならないくらいに迄なっており、両手でソードをしっか りと握り巧みに防戦を続ける。 「マジックだっ!」 シンジの掛け声と共に剣をするりと回転させ逆手に持ち、両腕を前へ突き出す。リング が互いに共鳴し、赤い陽炎がゆらりと浮かび上る。 「ファイヤーボールっ!」 ズドンっ! ズドンっ! ズドンっ! ズドンっ! ファイヤーボールの連射が、何も無い地平線へ向かって発射。第1回戦出場者で、ファ イヤーボールの連射ができるチルドレンなどまずいない。まれに、レイの様なプロ上が りのチルドレンが、そういう技を披露することがあるくらいだ。 「アスカっ!」 ドガーーーーーーンっ! ファイヤーボールの連射から瞬時にマジックをファイヤードラゴンへと切り替える。長 い龍の尾が辺りの空気を焦がし飛び去って行く。 「十分だよ。きっと勝てるさ。」 「うん。頑張るねっ!」 贔屓目ではなく、これなら第1回戦のサキエルなら間違いなく勝てるだろう。2回戦で も出場可能にすら思える。その後、数時間の訓練の末、2人は今日の訓練を終えた。 ゴトゴトゴト。 そろそろ夕暮れも近い。訓練を終えた2人は、今晩寝むれそうな場所を探して夕焼けの 中、荷馬車を走らせる。 カーカー。 静かな農村の夕暮れをカラスが飛んで行く。 サラサラ。 日が暮れ掛かっても、荷馬車が通る脇を絶え間無く小川は流れ続け、その向こうには、 田んぼと農家がちらほら見える。 ドカンっ! その時、少し前方に建っていた1軒の農家から、大きな物音と共に1人の少年が転がり 出て来た。 「お許し下さいっ! ご主人様っ!」 「やかましいっ! この恩知らずがっ!」 「お許しをっ!」 「誰のお陰で生きてられると思ってんだっ!」 何かミスをしたか主人の機嫌を損ねたのだろう。その肉体労働用の少年奴隷は、家から 出て来た主人に太い棒で背中を何度も殴られている。 「ひーーっ! どうか、お許しをっ!」 「この粗悪品がっ!」 ドカっ! ドカっ! 「お許しをーーーっ!」 棒で殴られ顔を蹴り飛ばされ、あちこちから血を流しながらも、地べたに頭をすりつけ 必死で許しを請う。 「な、なんてことをっ! アスカは出てきちゃ駄目だっ!」 「うん。」 その様子を目の当たりにしたシンジは、とても黙って見ていられなくなった。念の為、 アスカを荷馬車に隠すと、有無を言わさず飛び出して行く。 ドスッ! ドスッ! 更に殴られ続ける少年奴隷。頭を両手で抱え、丸くなって怯えている。 「お許しを・・・。お許しを・・・。」 肉体労働目的の奴隷が、ある程度過酷な仕事を強いられるのは、今の世の中ある程度目 をつぶらなければいけないが、いくら何でも我慢の限界というものがある。 「殺す気ですかっ!」 荷馬車から飛び降りたシンジは、バシャバシャと小川を横切り奴隷を殴っている主人の 元へ駆け寄る。 「なんだ貴様っ!」 「そんなに殴ったら、死んじゃうじゃないですかっ!」 「俺の物だ。どうしようと勝手だろうがっ!」 「そ、そうだけどっ! でも、死んじゃったら働く奴隷がいなくなって困るのはあなた でしょうっ!?」 なんでもいい。暴力を止めさせる理由を考える。 「フン。まだ他のも持ってる。こいつは見せしめだっ!」 「だからって、殺していいんですかっ!?」 「こんな粗悪品、死んだって構わん。」 「じゃ、じゃぁっ! ぼくが引き取りますっ!」 「ふん。構わんが、一応うちの労働力だ。そうだな~、1万出すってんならやろう。」 主人の男は、ニヤリと笑って土で汚れた手を差し出した。家出の身であるシンジにとっ て、アスカを買った300万はかなりの出費だったが、1万なら問題無い。 「買わないなら、この場で殺すがどうするよっ!?」 「わかりました。1万ですね。」 「おうっ!」 シンジがポケットから1万ゴールドを出すと、主人は大喜びでそれを受け取る。恐らく この奴隷はもっと安い値段で買ったのだろう。 「持ってけ。グハハハハ。 この棒も、おまけで付けてやるぜ。」 上機嫌の主人は少年のインタフェースヘッドセットから自分の所有権を網膜識別で解 除すると、今迄奴隷を殴りつけていた木の棒をぐいと突き出して来る。 「は? なんですか? これは?」 「こいつを叩く時に使ってた奴だ。これを見ると、真っ青になるんだぜ。」 ニヤリと笑って奴隷の少年の顔を覗き込む元主人の男。少年はビクビクと怯えてシンジ の後ろへ逃げて行く。 「おいっ! 今迄世話してやったのに、主人が変わった途端その態度かっ!」 「そんな棒いりませんから。じゃ、ぼくはこれで。」 「おうっ! とっとと持ってけ。おいっ! 誰か酒でも買って来いっ!」 シンジ達が荷馬車へ戻って行くと、主人は手にした金をちらつかせて別の奴隷に買出し を言い付けていた。 「アスカ。救急箱があっただろ。手当しなくちゃ。」 「ひ、酷い・・・。」 荷馬車に連れて来られた少年を見たアスカは、体中に痣ができあちこちから血を流して いる少年奴隷を目の当たりにし、急いで救急箱を荷台から取り出して来る。 「ありがとうございます。ご主人様。」 ふらふらの体をなんとか立ち上がらせて礼を言おうとする少年だったが、シンジは体に 手を添え荷台にその体を寝かせる。 「いいから、黙ってて。アスカ、水貸して。」 「はい。」 体の泥を濡れたタオルで拭い取り、傷付いた所に消毒液を掛ける。体には古い傷や新し い傷があり、これ迄どんな扱いを受けていたのかがわかる。 「とりあえずこれでいいか・・・。包帯の数が足りないけど、我慢してくれるかな。」 「ありがとうございます。」 起き直ろうとする少年を、そのまま押さえ寝かせる。 「そんな傷で動いちゃ駄目だよ。」 「そうよ。しばらくじっとしてなさい。」 手当をしている間、荷馬車を走らせていたアスカが、首だけ振り返ってニコリと微笑ん だ。 「君はいいね。いいご主人様にお仕えできて。」 「へへぇ。」 シンジのことが誉められると、まるで自分が誉められたかの様にニヤケ顔になってしま うアスカは、照れまくりながら荷馬車を走らせる。 「ぼくは、シンジって言うんだ。君の名前は?」 「はい。ケンスケと申します。」 「そうか、ケンスケか。でも、どうしてあんなに叩かれてたの?」 「それが・・・逃げ出そうとするのを見付かって・・・。」 「えーーっ!? アンタまさか、逃げ様としたのっ!?」 アスカは驚いて振り返った。いくら逃げてもインタフェースヘッドセットで、すぐに 場所を付き止められ、ほとんどの場合逃げた奴隷は殺されてしまう。 中には逃げ切った奴隷もいるらしいが、まず不可能なので犯罪を犯し死罪が確定してし まった奴隷以外は、逃げ様などとは考えないものだ。 「うん。実はあの山の向こうに、奴隷達が集まった組織があるらしいんだ。そこへ行け ば助かると思って。」 「ウソっ!? そんなのがあんのっ?」 「でも、逃げ出すとこ見つかっちゃって。」 ケンスケは握り拳を固め、その時のことを思い出し悔し涙を浮かべる。 「そうなんだ。じゃ、そこまで送ればいいんだね。」 「えっ? 逃がしてくれるんですか?」 ケンスケは驚いて目を見開く。1万ゴールドも出して買った自分を、自由にしてくれる と言うのだ。 「今なら主人がいない状態だから、丁度いいじゃないか。ショー迄には間に合うと思う から、寄り道してもいいよね?」 「そんなの、全然構わないわ。」 「あっ! それより、今晩のご飯足りるかな?」 「うーーん、なんとか水増ししたら3人分くらいになるんじゃない?」 ゴソゴソと食料の入った皮の袋を覗き込み、頬に指を当てながら分量を計算する。 「この近くじゃ、お店も無さそうだし、そうするしかないか。」 「任せてっ! アタシそういう水増しとかって得意だからっ!」 「じゃ、今晩のご飯は任せるよ。」 「まっかせなさいっ! よーし、さっさと今晩泊まるとこ探さなくちゃっ!」 日も落ち、辺りも暗くなり始めているので、野宿できる手頃な場所を探しながらアスカ は荷馬車を走らせて行く。 「・・・・・・。」 そんな会話を聞いていたケンスケは、自分の境遇とあまりにも違うアスカを羨まし気に 見ているのだった。 <山の中腹> 翌日、ケンスケが聞いた話というのを元に、シンジ達は奴隷ばかりが集まる組織を探し て山道を進んでいた。 「ごめん。はっきりしたことがわかんなくて。」 「そりゃ、隠れてるんだから仕方ないよ。そういう組織ってのは。」 「本当にあるのかどうかも、よくわかんないんだ。」 一晩を楽しく喋りながら明かしたケンスケは、シンジとかなり打ち解けて喋る様になっ ていた。だが、肝心の奴隷の組織がなかなか見つからない。 「かなり山の中に入って来たけど、何処にも人家らしい物無いなぁ。道、間違えてるの かなぁ。」 「俺が聞いたのは、この山だったんだけど・・・。ごめん。」 朝も早くから山に入り、探し続けてもう3時を回っている。本当にそんな組織があるの なら、なんらかの反応がありそうなものだが人っ子1人見当たらない。 「聞き間違えているのかもしれないから、隣の山も探してみようか。」 「うん・・・。任せるよ。」 だんだんと自信が無くなってきたケンスケは、自分の為に迷惑を掛けているという想い もあり、元気が無くなってくる。 ゴトゴトゴト。 その時、道の前から真っ黒の馬4頭に引かれた大きな黒い馬車が迫って来た。こんな山 奥にそんな大それた馬車が通るのは不自然なので、シンジは何気にその馬車に乗ってい る人の方に目を向ける。 「あっ!!!」 「どうしたのっ!?」 突然のシンジの叫び声に、手綱を握っていたアスカはびくっとして振り返る。 「あの人だっ! こないだ警官に追われてたっ!」 「そうなのっ!?」 「あんなに綺麗な人だもん。見間違うわけないじゃないかっ!」 「ムッ!」 「ちょっと、止めてっ!」 「イヤ。」 「え?」 「もう~っ!」 なんとなく不機嫌そうだったが、アスカが馬車を止めると、シンジは荷台から飛び降り 前から進んでくる馬車の前に立つ。 「すみませんっ!」 「何かしら?」 険しい目付きでシンジを見下ろす女性。その頭には、インタフェースヘッドセットが 光っている。 絶対そうだっ!。 きっと、この人がケンスケの言ってる・・・。 ケンスケが言っている山に現れた、警官に追われていた女性。しかも、奴隷でありなが らそれを感じさせない身なりと雰囲気。まず間違い無い。 「匿って欲しい人がいるんですっ!」 「何のことかしら?」 「この辺りに、逃げた奴隷が集まっている組織があるって聞きました。」 「知らないわね。」 「うーん・・・。」 奴隷の組織など、間違いなく地下組織だ。そう簡単には正体は明かしてくれないだろう。 どうやって事情を説明しようか考える。 「そうだっ! ケンスケーっ! ちょっと来てよっ!」 「ん?」 呼ばれて荷馬車から降りてくるケンスケと、その後ろから不機嫌さ爆発で呼ばれていな いアスカもなぜか一緒に出てくる。ケンスケはまだ体のあちこちが痛いらしく、足を引 き摺りながら傍までやって来た。 「この子を匿って下さいっ! お願いしますっ!」 「おいっ。シンジ。この人はっ?」 「いいから、ケンスケからもお願いするんだ。」 「あ、アタシは違うわよっ! アタシは、シンジとは離れないんだからっ! シンジのお 世話はアタシだけで十分よっ!」 誰も聞いていないことをべらべら1人で喋り出し、シンジの手をぎゅっと握りつつジロ リと女性を見上げるアスカ。一方ケンスケは、シンジに頭を押さえられ一緒に頭を下げ ている。 そんな様子をしばらく冷ややかな目で見ていた女性だったが、ふっと溜息を零した。自 分達を騙そうとしている会話には、到底思えない。 「いいわ。付いてらっしゃい。」 「はいっ!」 ようやく少しは信用して貰えた様だ。その女性は馬車を180度回転させ元来た道を上 って行く。シンジ達も自分の荷馬車に乗り込み、後を付いて行った。 「アスカ、あの人に付いて行って。」 「なんでよっ!」 「え? なんでって、ケンスケを匿って貰うんじゃないか。」 「わかってるわよっ!」 先程からどうも機嫌の悪いアスカだったが、言われた通り荷馬車を走らせ始める。しば らく走ると、山道から外れた所に大きな洞穴の様な物があり、前行く女性はその中へと 入って行った。 「へぇ、こんな所に隠れてたんだ・・・。」 シンジは暗い洞穴の中をきょろきょろしながら荷馬車に乗って入って行く。しばらく走 ると、洞窟の中にも開けた場所があり、大きな扉の前に幾頭もの馬車が並べられていた。 「入りなさい。」 「はい。」 扉を潜ると、中は四方を岩山に囲まれた小さな盆地になっており、あちこちに多くの奴 隷達の姿が見えた。 「ミサト様、お帰りなさいませ。ん? なんですか、その男は。」 見張りをしているらしき男は、アスカとケンスケはあまり気にしなかったが、唯一奴隷 でないシンジには警戒した目を送って来る。 「わたしの目に狂いは無いわ。この子は大丈夫よん。」 「しかし、今は・・・。時期が時期ですし。」 「そう気嫌いするもんじゃないわ。市民や貴族のパイプも広げないといけないのよ。今 後の為にも・・・。」 「はい。わかっておりますが・・・。」 「とにかく中へ通してあげて。」 「はっ!」 眼前には自給自足がある程度できそうな、立派な街ができ上がっており、そこに住む奴 隷達は今迄見て来たいろいろな奴隷と比べて、生き生きと生活を営んでいる様に思える。 「へぇ、こんなにいい所も日本にはあるんですねっ!」 「でしょ。でも、そんなことを言ってくれる市民は少ないわ。」 「でしょうね・・・。」 「でもね。わたし達を支援してくれる市民や、貴族もいるのよ。今の世の中は間違って るってね。」 「はいっ!」 シンジは元気良く返事を返す。何より嬉しかったのは、奴隷制度が間違っていると感じ ているのは、自分だけじゃなく多くの市民や貴族もいるんだとわかったことだった。 そうだっ! 父さんは間違ってるっ! いくら国力を上げないといけないからって、奴隷制度なんかっ! 軍備増強も駄目だっ! アメリカのゼーレが戦争を仕掛けるなんて、そんなの言い訳だよっ! シンジがゲンドウと揉めたのは、大きく3つのことがあった。1つは身分制度。2つは 税金の50%を使う軍備増強。そして3つ目は植民地政策の推進。 しかし、力こそが全てのゲンドウからすれば、シンジの言っていることは理想だけの子 供の遊びにしか思えず、一切シンジの意見を受け入れ様とはしなかった。 だが、セカンドインパクト後、現実はそこまで緊迫した世界情勢になっているのも事実 であり、ゲンドウの力によって世界列強から日本は守られていると言っても過言ではな かった。それだけゲンドウの対外交政策は強力だった。 しばらく集落の中をシンジに案内していたミサトだったが、一通り外周道路を回るとシ ンジの前に立って話始める。 「わたしが、どうしてあなたにここを教えたと思う?」 「え? それは・・・。えっと。」 「それはね。いくらわたし達だけで頑張っても、まだまだ自分達だけでできることには 限りがあるの。」 「はい。」 「でも、この組織は全国的に広がってるわ。」 「全国的にっ!?」 「そう。本部は富士の樹海にあるわ。既に、全国100箇所以上にこんな隠れた街があ るの。」 「そうだったんですか。」 富士の樹海と言えば、王宮のある第3新東京市に近い所であり、これから自分達が向か うアルファドームにも近い。 「奴隷は武器が買えないとかいろいろあってね。半ば泥棒みたいなことしたりもするけ ど。寄付して貰うことも多いのよ。」 そうか・・・あの時はそうだったんだ・・・。 「私達は、必ず今の社会を変えてみせるわ。」 「そうですっ! 奴隷制度なんてっ! いえっ! 身分制度自体駄目なんですっ! 」 「そうね。だから、あなたも今日みたいに、ここの組織に参加したいって言う人がいれ ば、また連れて来てくれるかしら。」 「はいっ! ぼくもっ! ぼくもいつか必ず今の社会を変えたいと思っていますっ!」 「そう・・・。お互い頑張りましょ。これが、ここのメンバのカードよ。」 「はいっ!」 メンバカードを受け取りつつ、シンジは嬉しくなっていた。奴隷と言っても、ただ虐げ られているばかりではないのだ。未来を見詰め夢を見て頑張っている人達がいることが、 嬉しくて仕方が無かった。 「じゃ、ぼく、そろそろ行かないと。」 「あら、遠慮することはないわ。今日は泊まって行けば?」 「いえ。来月迄に、静岡のアルファドームに行かなくちゃいけないんです。」 「えっ? チルドレンショーに出るの?」 「はいっ! このアスカを必ず市民にしてみせるんですっ!」 「そう・・・。そうなの。頑張ってねっ!」 「はいっ!」 ミサトに頭を撫でられたシンジは、よりいっそう勇気を奮い立たせその集落を後にし、 出て行こうとする。 「アスカっ! ミサトさん達も頑張ってるんだっ! ぼく達も頑張ろうっ!」 「そっ。」 「ん?」 嬉しそうな顔で1人盛り上がるシンジの前を、アスカは不機嫌そうに素っ気なく返事を し、さっさと1人で先々歩き荷馬車へと乗り込んで行ったのだった。 <アルファドーム> 1ヶ月と少しが経過した。 訓練をしつつ山を越え、いよいよチルドレンショーの第1回戦を開催しているアルファ ドーム。チルドレンショーは全部で5回戦あり、第1回戦を開催するアルファドームは、 全国に13ヶ所ある。 ガヤガヤガヤ。 シンジ達が選んだのは、静岡のサキエル戦。空中戦を得意とする者はシャムシエルを、 水中戦を得意とする者はガギエルが選択できるが、やはりベーシックなサキエルの人気 が高く、周りを見ると数多くのチルドレンを連れた主人がドームの周りに見える。 奴隷が武器を持って集結する場所である為、銃を持った警備兵が周りをぐるりと取り囲 む中を2人は歩く。 「ぼく達は、3時30分からのショーになったよ。」 「わかりました。ご主人様。」 何十人という警備兵の目が光る様な場所だ。アスカが緊張するのは当然であり、シンジ もいつもの様に馴れ合いで接していては何が起こるかわからないので、緊張した面持ち でアスカに接する。 「まだ時間があるから、ご飯食べに行こうか。」 「はい。そうします。」 このドーム敷地内の飲食店や宿泊施設は、他の場所とは違い奴隷と主人は常に一緒に入 れる様になっている。ショーに対する作戦などを立てたいという要望が多かった為、そ う言った配慮が取られている。 「何食べる?」 「お任せ致します。」 「うーん・・・。もうすぐショーだから、軽い物がいいかな。ラーメンくらいにしとこ うか。」 「はい。結構です。ありがとうございます。」 ラーメンを注文すると、しばらく互いに向き合って椅子に座る。自分もそうだが、今か ら命を張って戦おうとするアスカから、ピリピリと緊張した様子が伺える。 折角一緒にご飯食べれるのに・・・。 笑いながらアスカとレストランに入れたら・・・。 そうなる為に頑張らなくちゃっ! できることならいつもの荷馬車の中で食べるご飯の様に、ワイワイと話をしながら食べ、 アスカの緊張を解してあげたかったが、場所が場所なのでさすがにそうもいかない。 「わーーーっ! 堪忍やー、ご主人様。」 その時、シンジ達の隣の席にやって来た奴隷の少年が、涙目で主人に詫びながら大きな 声を出した。 「すーーずーーはーーらーーっ! どういうつもりぃっ!」 「ご主人様、許してくだはれぇ。悪気はありまへんのや。」 「なーにーが、悪気が無いってのよっ!」 ゴチン☆ 主人の少女のゲンコツが、鈴原と呼ばれた黒いジャージの奴隷の頭に炸裂する。それと 同時に涙目になってうな垂れるチルドレンの奴隷。 「そんなに、わたしの作ったお弁当が食べたくないっていうならっ! ここにずっとい なさいっ!」 「堪忍やぁ、お弁当作って貰ってるなんて、知りまへんかったんやぁっ!」 「知らないわけないでしょっ! 毎日、誰が誰の為にお弁当作ってあげてると思ってる のよっ!」 ゴチン☆ 再びゲンコツが炸裂する。 「ショーに出るって朝から急がしかったっすから、まさか今日迄作って頂いてるなんて、 ほんまに知りまへんかったんやぁっ!」 「『レストランですわっ! ワイ1度、レストランで美味い飯食ってみたかったやっ!』 ってどういうことっ!? わたしの弁当がまずいって言いたいわけっ!? 今迄嫌々食 べてたって言うのっ!?」 ゴチン☆ 「ほんなことありまへんがなっ! ヒカリ様の弁当は、最高ですがなぁっ! つい言って しもたんですわっ!」 「しかも、そそくさとわたしの断りもなく、勝手に入って来てっ!」 ゴチン☆ 「すんまへんっ! すんまへんっ!」 「もう、2度とお弁当なんて作ってあげないんだからねっ!」 「それだけは堪忍やぁぁぁっ!」 そんな様子を、隣に座っていたシンジとアスカは、唖然と見詰めていた。 「ご主人様? また虐待されている奴隷がいますけど、お助けにならないんですか?」 「いや・・・ほっとこう。邪魔しちゃ悪いよ。」 「そうですね・・・。クスクス。」 予定外の珍客と言った感じだったが、おかげで少しアスカの緊張も解れた様だ。その後 も、レストランの中には、黒いジャージの奴隷の少年が涙目で「堪忍やー」と許しを請 う声がしばらく響き渡っていた。 食事は終わったが、ショー迄はまだ時間がある為、シンジとアスカは大きなアルファド ームの周りを並んで歩く。 ドームの表の方へ行くと、チルドレンはあまり見掛けなくなり、見物客がワイワイガヤ ガヤと賑わっている。客として入れるのは市民以上のクラスである為、その中に奴隷の 姿は全く見当たらない。 『今回の一押しは、洞木財閥のお嬢さんのチルドレン。鈴原って奴だぜ。』 『また、掛けたのか?』 『鈴原が1番短時間でサキエル倒したら、3000ゴールドの儲けさ。』 『お前も好きだねぇ。』 『こないだなんかなぁ。女のチルドレンが、プラグスーツ全部破かれちまってよぉ。』 『う、うそぉ。俺も見たかったなぁ。』 『その後なんか、もう血みどろよ。そそるものがあったぜ。』 『そっちは、あんま興味ねーけどな。』 『コイツの風系マジックが凄いんだ。推定攻撃力が、平均の70%増しなんだぜっ!」 『コイツの方がすげーぜ。水系マジックを出すタイミングが、めちゃくちゃ速いんだ。 こんなチルドレン見たことねーぜ。』 『カーーーーッ! 俺も早くチルドレンを買って、勝負してみてーっ!』 などなど、賭け事目的の者からチルドレンショーマニア,女のチルドレンが死ぬ所を楽 しみにする者まで様々な観客がたむろっている。 「あんなに大勢の人の前で戦うんですね。」 「気にすることないよ。アスカは今迄やってきたことをやればいいんだ。」 「はい。」 「変に緊張しちゃ駄目だよ。絶対勝てる相手なんだから。」 「わかっています。」 そうは言っても、初めてのショーでこれだけ多くの人の見せ物になるのだ。緊張するな と言う方が無理かもしれない。 緊張しちゃまずいよ・・・。 なんとかしなくちゃ。 端から見ても、ガチガチになっているアスカの緊張をなんとか和らげるには、どうすれ ばいいのか・・・。 「ねぇ、アスカ?」 「はい?」 「べろべろばーーっ。」 振り向いたところを、顔を引っ張りべろべろばーと笑わそうと試みる。 「はははっ・・・でも、アタシなら大丈夫ですから・・・。ありがとうございます。」 駄目か・・・。 なんとか緊張を解こうとしたのだが、アスカはその意図を察して愛想笑いをしただけで あまり効果が無かった。 「えーいっ! もうっ!」 破れかぶれになったシンジは、無理矢理アスカの脇腹をこそばし始めた。さすがに物理 的な手段に出られると笑うなという方が無理。 「あはははははは。ご、ご主人様。あははははは。」 「アスカが、笑わないからいけないんだっ!」 「あははははははっ! ちょ、ちょっと。アハハハハハハっ!」 なんとか逃れようとするアスカを無理矢理こそばし続けるシンジ。半ば強引だが、涙を 流して笑っているうちに、少しは緊張が解けたかと思う。 「おい、見てみろよ。」 「はは。馬鹿じゃないか?」 そんなシンジとアスカに、2階の渡り廊下から同じ年くらいの男の子の声が聞こえて来 る。 「まるで恋人気取りだな。」 「奴隷をか?」 「もてない野郎は、奴隷で満足するのさ。わはははは。」 「チルドレンショーにあの奴隷が優勝でもしたら、あの男捨てられるぜ。」 「わははははははっ! ちげーねー。」 思わずムッとするが、ここまで来て揉め事を起こして、出場停止になるのは許されない。 アスカに至っては、場所が場所だけに下手をすると即刻銃殺される恐れすらある。 「行こうか。」 「はい。」 怒りを押さえてその場を去って行くシンジ。その後をアスカも遅れて付いて行く。 「アスカ、早くおいでよ。」 「はい。」 ドームの表に出ると一般市民が多くいる為、また裏手の方へ戻る。無理矢理だったもの の折角アスカを笑わせることができたのに、腹が立って仕方が無い。 くそーっ! 同じ人なのにっ! 仲良くして何がいけないんだっ! なんであんな言い方されなきゃいけないんだっ! ふと見ると、アスカはとぼとぼとシンジからかなり遅れて歩いて来ている。さっきの心 無いセリフがショックだったのかと、シンジは心配して近寄ろうとした。 「あっ! すぐ行きます。」 「あんなの気にしなくていいよ。」 「はい。わかってます。慣れてますから。アタシのことは・・・。」 しかし、アスカはまだとぼとぼと歩いて来るだけで、なかなか近付いて来ない。ショー を直前に控えたこの大事な時に、つまらないことを気にしていてはまずいと、とうとう シンジは駆け寄って行く。 「あんなのほっとけばいいんだよ。気にすることないって。」 「はい。よくあることですし。アタシは何を言われてもどってことありません。」 「じゃ、どうして。」 「ただ、アタシと一緒にいるとご主人様が、恥ずかしい想いをされますから。」 「はぁっ!?」 「お願いです。少し距離を・・・。」 「なに言ってんだよっ! アスカはっ!」 「わかってます。ちゃんとわかってます。でも、我慢できないんです。」 「え?」 「今日は、ショーがあるんで、あまり気持ちを高ぶらせたくないんです。」 「だから・・・。」 「アタシは何言われても仕方ないです・・・。けど・・・けどっ! ご主人様のことを 言われるとっ! ダメなんですっ! 押さえがきかなくなるんですっ!」 「・・・・・・。」 「だから・・・後2時間。気持ちを落ち着かせる為に・・・。お願いです。」 アスカの言う通り、何を我慢してでもショー迄の2時間はかけがえのない大切な時間。 ショーに向けてアスカが落ち着くことが、最も優先事項であることに間違いは無い。 「わかった・・・。」 「すみません。」 「お互いに、気持ちを落ち着けよう。」 それからの2時間、互いに少し離れたベンチに座り、ショーに向けて気持ちを落ち着け る。 アスカの言う通りだ。 つまんないことでイライラしてたら、取り返しのつかないことに・・・。 アスカを殺してたまるもんかっ! そして、3時15分。 いよいよ2人は、ショーの待機場所へと入って行く。 <アルファドーム内> 待機している場所から、ドームの中に設置された3つの決闘場を見ることができる。第 1戦は参加人数が多い。いらなくなった奴隷を、おもしろ半分で出すやからや、禄に訓 練もせず市民になりたい気持ちばかりが焦って出場してくるチルドレンがいる為だ。 ズシャーーーー。 「あっ!」 目の前で戦っていたチルドレンの体から血が噴き出す。無惨にも肉片となっていく少女。 「アスカっ。見ちゃ駄目だ!」 「ううん。今からアタシは、この戦いをするの。見ておかなくちゃ。」 「アスカ・・・。」 シンジは思った。アスカは強い。自分も現実を見詰め、逃げてはいけないのだと。もし かしたら、自分こそがアスカに多くのことを教えて貰っているのかもしれないと。 それからアスカの順番が回ってくる迄の間、目の前で戦っていたチルドレン達は、その 全てが例外無く無惨にもサキエルの前に肉片と化していった。今日勝利したのは、現在 あの鈴原と言っていた少年と、他1名のみ。 血に染まる決闘場。チルドレンが死ぬ度、バキュームでその肉片は吸い取られ焼却炉へ へ送られ焼かれる。ゴミ同然の扱い。 「次だね。」 「はい。」 それまで気丈に戦いを見ていた様に見えたアスカだったが、ふと気が付くとその足はガ タガタと震えていた。 「大丈夫っ! 勝てるっ! 自信を持つんだっ!」 「わかってます・・・。」 「必ず戻ってくるんだっ!」 「はい・・・。」 ピーーー。 ホイッスルが鳴り響く。3時30分からのショーが始まる。レッドシグナル点灯。 アスカの足は震えており、その顔からはいつもの元気な様子は失せ、怯えている様子が ありありとわかる。 ソードとシールドを握り締め、やんややんやの歓声の中、サキエルとの死闘場へ震える 足を1歩踏み出す。 「アスカっ!」 「はい?」 振り返ると、そこには澄んだ笑顔。 「好きだ。」 「え・・・。」 驚き、目を見開く。 「アスカ、ぼくはっ!」 ゆっくりと、アスカに笑みが漏れ。 「・・・・・・。」 一粒の涙が落ちる。 「好きだっ! アスカっ!」 蒼い瞳に生気が宿る。 「はいっ!!」 元気な返事を大きく返すと共に、アスカは悠然と戦場へ視線を戻す。 全力で駆け出すアスカ。 足取りも軽やかに、既に怯えは微塵も無かった。 決闘場へ踊り出る。 レッドシグナルから、グリーンシグナルへ。 ソードを振り翳し、目前に現れたサキエル目掛け戦闘開始。 キッと見開いた蒼い瞳が輝き、光が漲った。 : : : 「アスカっ!」 剣で追い詰め、マジックスタート。シンクロ開始。 「うりゃーーーーーーっ! ファイヤーボールっ!!!!」 ズドドドドドドドドッ!!!!! 戦闘が始まりわずか18秒。観客は総立ちになっていた。 ファイヤーボールの12連発。 第1回戦でとても見ることなど、まずできない高等技術。 「はぁぁぁっ! ファイヤードラゴンっ!!!!」 ズドーーーーーーーーーーーーン! ズドーーーーーーーーーーーーン! ズドーーーーーーーーーーーーン! 間髪入れず、ファイヤードラゴン3連発。 サキエルが耐え切れるはずもない。 会場全体が熱気に噎せ返る程の熱量。 ピーーーーーーっ! 開始21秒。本日3人目の勝利者となり、記録的短時間で試合は終了。 「シンジーーーーーーっ!」 試合場から駆け戻ってくるアスカ。瞳には涙が浮かんでいる。 シンジは両手を広げて笑顔で迎える。 「アスカっ! やったよっ!」 「シンジぃぃぃっ!」 その時。シンジの前に現れる3人の黒服の男。 「王子様。参加者リストから、見つけました。」 「あなた達は・・・。」 シンジの前に膝を折り、最上級の礼を持って接する黒服の男達。その後ろから、アスカ が近付いて来る。 「王がお呼びです。」 「父さんが・・・。」 「お戻り下さいませ。王子様。」 跪く黒服の男達の前に立つシンジの横へ、アスカが近づいて来る。 「お、王子様って・・・。」 「うん・・・。」 「ご主人様は、王子様だったんですか?」 「そう・・・なんだ。」 「!!!」 「あまり言いたくなくて・・・その。」 「し、失礼しました。」 顔を真っ青にして、その場に土下座するアスカ。 「ちょ、ちょっと。アスカ。」 「知らなかったんです。すみません。すみませんっ!」 「待ってよっ!」 「本当に知らなかったんですっ! 今迄の無礼、お許し下さいっ!」 アスカは、完全に怯えてしまい、その場で土下座し謝り続けるだけであった。 To Be Continued.作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。