アクアと二人がかりでカズマを締め上げた僕らはダンジョン内の一室にいる。
「・・・・・・ちっ、ろくな物が無いな」
「ねえカズマ、この探索方法といいそのセリフといい、私、こそ泥の気分なんだけど」
「こそ泥の気分じゃなくて紛れもなくこそ泥だよ。それかダンジョン荒らし」
キールのダンジョンは一階構造のダンジョンだが、とにかく広い。カズマが先頭で罠とモンスターに警戒して、アクアが曲がり角の度にチョークで印を印をつけていた。あれ・・・・・・僕の仕事無くない?カズマに危なくない限りは手出し無用って言われたし。もしかして・・・・・・ダンジョン内だと爆裂魔法を撃っためぐみんの次ぐらいに役に立たないんじゃ・・・・・・。
「・・・・・・ねえカズマ、シュウ、あそこに何かあるわよ」
アクアは部屋の隅を指さすと、そこには宝箱が置いてあった。
「ちょっと宝よ宝、宝箱よ!やったわカズマ、シュウ、今回のダンジョン探索は大当たりぐえっ!?」
アクアが宝箱に駆け寄ろうとするのを服の襟を掴んで引き止める。その時にアクアが変な声を出した気がするけど無視する。
「お前、こんな何度も探索されたダンジョンに、唐突に宝箱が置いてあるっておかしいとは思わないのか?・・・・・・うん、やっぱり敵感知スキルに反応があるな」
「あー・・・・・・。それじゃああれは、ダンジョンもどきね。残念だけどしょうがないわね」
カズマはポーションが入っていた小瓶を宝箱めがけて投げた。小瓶が宝箱近くの床に触れた瞬間、宝箱の周りの壁や床が蠢き、大きな口が瓶と宝箱を丸呑みした。
「おおっー」
「き、気持ち悪っ!何だこれ!」
擬態能力があるのかな?宝箱に擬態して、敵感知スキルを持っていない冒険者をおびき寄せてバクリといくわけか。
「名前の通りのモンスターよ。歩いたりする事はできないけれど、体の一部を宝箱やお金に擬態させて、その上に乗った生き物を捕食するの。場合によっては体の一部を人間に擬態させて、冒険者を襲う様なモンスターも捕食するわ」
・・・・・・雑食なんだ。
―――――――――――――――――――
「ターンアンデッド!」
アクアの魔法でダンジョン内を徘徊しているゾンビを浄化していく。アクアの体質上、ダンジョン内のアンデッドが集ってくるのは分かっていたが、かなりの数を浄化しても減っている気がしない。それに、奥の方まで来た気がするけどゴールは見えない。
「・・・・・・なあ、幾らなんでもおかしくないか?ちょっとアンデッドの量が多過ぎだろ。こんなもん、アークプリーストがいるパーティーじゃなかったらとても攻略なんて出来ないぞ。結局お宝らしいお宝は見つからなかったガ、そろそろ帰るか?」
カズマはアクアの体質を忘れてるみたいだ。ダンジョン内のアンデッド達がアクアに救いを求めて襲い掛かって来てることに。
「そうねえ。お宝は無かったけど、アンデッドをたくさん浄化できたし私的には満足したわ。・・・・・・でも待って?なんか、まだその辺にアンデッド臭がするわね」
ダンジョンの最奥の行き止まりの壁をアクアが執拗にクンクンしだした。
「・・・・・・今のアクア、犬みたいだな」
「犬は犬でも狂犬寄りだと思うけどね」
僕とカズマも行き止まりの壁周辺を調べる。床を叩いたり、壁にボタンが無いかを探していると、突き当たりの壁の一部がクルリと回転した。カズマとアクアの顔を見るが二人とも首を振っている。僕らが何かした訳じゃないみたいだ。あの壁は向こう側から開いたみたいだ。
「そこに、プリーストがいるのか?」
回転した壁の向こうからくぐもった低い声が聞こえてきた。
―――――――――――――――――――
「やあ、初めましてこんにちは。いや、外の時間は分からないから、今はこんばんはかな?」
壁の向こうの部屋には小さなベッドとタンス、テーブルとイスだけが置いてある。部屋の主はベッドの隣のイスに腰掛けている。テーブルの上には使いふるされたランプが置いてある。カズマは部屋の主に一言断りをいれて、ティンダーでランプに灯を点けた。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらって行った、悪い魔法使いさ」
ランプの灯りで照らされたのは、ローブを目深にかぶり、肌は水気を失い干からびた皮は骨に張り付いている骸骨だった。――――――リッチー。ウィズと同じ、アンデッドの王が椅子に腰掛けていた。何かあればすぐに対応出来るように二人の前に出て、腰の干将の柄を握る。
「・・・・・・つまりなんだ。あんたは、悪い魔法使いじゃなくて良い魔法使いだったって事か?その貴族の令嬢は、親にご機嫌取りのために王様の妾として差し出され、でも王様にも可愛がられず、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず。で、その子が虐げられているところを、要らないんなら俺にくれと言ってさらっていったと」
「・・・・・・昔ならではのよくある話だけど、気分が良いものではないね、やっぱり」
キールが話した内容は世間一般で語られている事とほぼ一緒だった。違う所、それは王様に褒美が何が欲しいか聞かれた答えだ。
――――――それは、虐げられている愛する人が、幸せになってくれる事
キールは貴族の令嬢の幸せを要求した。そして、その貴族の令嬢を攫ったそうだ。
「そういう事だな。で、その攫ったお嬢様にプロポーズしたら二つ返事でオッケー貰ってなぁ。お嬢様と愛の逃避行をしながら、王国軍とドンパーティーやった訳よ。・・・・・・いやあ、あれは楽しかったな。おっとちなみに攫ったお嬢様が、そこにいるお方だよ。どうだ、鎖骨のラインが美しいだろう?」
キールが指す方には、小さなベッドの上に白骨化した骨が綺麗に整えられて横たわっている。・・・・・・とりあえず今にも襲い掛かりそうなアクアを腕で止める。
「で、だ。そこの女性に、ちょっと頼みがあってね」
キールはアクアを指さして、とんでもない事を頼んできた。
「私を浄化してくれないか。彼女は、それができる程の力を持ったプリーストだろう?」
―――――――――――――――――――
アクアはキールを浄化するために部屋全体にまで届きそうな魔方陣を書いている。
「いや、助かるよ。アンデッドが自殺するなんてシュールな事は流石にできないのでね。じっとここで朽ち果てるのを待っていたら、とてつもない神聖な力を感じたものだからね。思わず私も、長い眠りから覚めたってものさ」
キールは王国軍との逃亡生活の際、お嬢様を守りながら戦って重症を負ったが、お嬢様を守るために人であることを辞めてリッチーになったらしい。お嬢様もキールとの逃亡生活の中で、一度も不満や文句は言わず、絶えず幸せそうに笑っていたとキールは自慢気に話してくた。
「・・・・・・一つ聞かせてほしい」
「何かな?あ、妻のスリーサイズなら内緒だよ。妻と私だけの秘密だからね」
キールはカラカラと皮が張り付いた顔で笑いながら冗談を言ってきた。僕はその冗談を無視して、質問をする。
「――――――貴方は、後悔をしなかったのか?」
キールは笑うのを止めて、微かに微笑んだ。
「後悔・・・・・・後悔か。無論、しなかったとも。後悔などあるはずが無い。私は妻を愛している。それが、たとえ人からリッチーに成って、永い時を一人で過ごしたとしても、妻への愛が揺らいだ事など無いよ。だから、私は胸を張って、大きな声で叫ぶことが出来る。――――――私は、妻を今でも愛している!後悔なんぞしてたまるか!っとね」
キールはカラカラカタカタと骨を鳴らしながら、とても満足そうに笑った。
「さあ、用意が出来たわよ」
魔方陣を書き終わったアクアがキールの前に立つ。僕は部屋の隅で成り行きを見守っていたカズマの隣に移動する。
「神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。・・・・・・目が覚めると、エリスという不自然に胸の膨らんだ女神がいるでしょう」
普段のアクアが絶対にしないであろう優しい表情でキールに向けて笑いかけながら、後輩の女神をさらりと貶すアクア。――――――不覚にも、アクアの優しげな表情に見惚れてしまった。
「なあ・・・・・・あれって本物のアクアか?」
「・・・・・・アクアの女神としての慈愛とかじゃないかな?自分から浄化を願い出たキールにたいする優しさってところじゃない?」
確かに今のアクアは普段では想像出来ない柔らかな笑顔だ。普段からあんな感じなら、ギルドでも人気者になるだろうに。
「たとえ年が離れていても、それが男女の仲でなく、どんな形でも良いと言うのなら・・・・・・。彼女に頼みなさい。再びお嬢様に会いたいと。彼女はきっと、その望みを叶えてくれるわ」
キールは光に包まれながら、アクアに深々と頭を下げた。
「セイクリッド・ターンアンデッド!」
部屋を照らした光が消えると、アクアの前にいたキールは消えていた。そして、ベッドに寝かされていたお嬢様の骨も消えていた。
「・・・・・・帰るか」
「そうだね。ここは・・・・・・キールとお嬢様の家だ。あまり、長居して良いところじゃ無いよ」
―――――――――――――――――――
「なあ、あのアンデッド、またお嬢様に会えるかな?」
「・・・・・・どうかしら。まあ、エリスなら何とかしてくれるでしょう」
女神エリスなら、本当にどうにかしてくれる気がする。少なくとも、悪いようにはならないと思う。
「そういや、あのリッチー良い人だったな。もう要らないからって、タンスにしまってた財産くれたぞ。どれぐらいの価値があるのか知らないけど、街に帰ったら山分けな」
キールは逃亡生活をしている時に多くの財産を貯えていた。そのすべてをくれた。現にカズマが背負っている風呂敷から装飾品がついた王冠やネックレスがちらほらと見えている。
「・・・・・・そうね。彼らの分まで、大事に使ってあげましょう」
どうもアクアはキールを浄化してから沈んでいる。
「今回、アクアがキールを浄化したのは紛れもなく女神らしいことだと思うよ。そんな風に沈んでないで、いつもみたいに胸を張って、『水の女神である私が本気を出したのよ!そこらのアンデッドなんて一撃よ一撃!だから私を甘やかしなさいよ!』って自慢してるアクアの方が僕は好きだよ?」
こんなこと言ったら、本当にそんな事を言い出しそうだけど、こんな風に沈んでられるよりはましだ。
「・・・・・・うんっ、ありがとシュウ」
・・・・・・本当、調子狂うな。
「・・・・・・あの人さ。とてつもない神聖な力を感じて目覚めったって言ってたけど。このダンジョンで、やたらとアンデッドに出会うのって、別にお前と一緒にいるからじゃ無いよな?」
「ッ!?」
カズマの言葉にアクアがピクッとその場で停止した。うん、まあここまでアンデッドに集られたり、キールが神聖な力を感じたって言ってたしね。
「そ、そそそ、そんなー、そんな事はない・・・・・・と、思うわ・・・・・・?」
すごく曖昧な返事だ。
「・・・・・・・・・・そういえば、以前にデュラハンが攻めて来た時も、お前、デュラハンの部下のアンデッドナイトにやたらと集られてたよな」
「!?」
アクアがビクッと震えた。だから、言わんこっちゃない。
「・・・・・・シュウがアクアを引き留めたのって、アクアが邪魔をしないようにするためと、アンデッドが集ってる事が分かってたからか?」
「うん。アクアが一緒に行ったらこんな事になるとは思ってたよ」
「シュウ!?」
アクアがバッと僕の方を向いた。カズマがゆっくりと後退してアクアから距離を取る。ダンジョンの奥から遠吠えや咆哮が聞こえてきた。
「・・・・・・潜伏」
千里眼でいち早くモンスターに気づいたカズマは潜伏スキルで自分だけ姿を隠した。
「あっ!カ、カズマ!?一人で隠れるとかズルいわよ!?出てきなさいよカズマ!!出てきてくださいカズマさまぁー!?」
カズマが潜伏スキルで姿を隠したのに気づいたアクアが、半泣きになりながら必死にカズマを探している。僕もアクアの隣を通り抜けようして、服を軽く引っ張られた。
「シュウぅ・・・・・・」
アクアが捨てられそうな子犬みたいな顔で、小さく名前を呼んできた。え、なにこのアクア。すごい保護欲を掻き立てられるんだけど。
「逃げるよアクア」
「あっ・・・・・・うんっ!」
アクアの手を引いて走る。
「カズマ!!先に僕らはダンジョンを出るから、潜伏しながら隠れて撤退しなよ!!」
後ろに向かって大声で、潜伏スキルで隠れているであろうカズマに叫ぶ。背後から薄情者ーっ!って言う叫びが聞こえた気がする。・・・・・・アクアを連れてるから、アンデッドとかはこっちに引き付けられるから、死にはしないだろう。
―――――――――――――――――――
「殺す気かっ!?」
「あっ、お帰り」
避難所の扉を乱暴に開けたのは埃やクモの巣で全身が汚れたカズマだ。
「二人だけで先に逃げやがって!俺も連れてけよ!?」
「だって、潜伏スキルで隠れてたし」
よっぽどの事がない限りは潜伏スキルで隠れれば大抵のモンスターからは逃げられる。それに、カズマは幸運のステータスが高いしね。案外、死にそうになってもどうにかして生き残りそうだ。
「フーッ!」
「・・・・・・なあ、何で俺はアクアに威嚇されてんの?」
「一人で潜伏スキル使ったからじゃない?」
アクアは僕を盾にしてカズマを猫みたいに威嚇している。
「ア、アクア?そろそろカズマの事を許してあげませんか?カズマも悪気が・・・・・・あったかも知れませんが」
アクアを宥めるのはめぐみんに押し・・・・・・もとい、任せる。
「それで、何があったのだ?」
「秋から何も聞いてないのか?」
「カズマが帰って来てからの方が説明するのが楽だと思ったからね」
カズマがかいつまんでダンジョンの中であった事を説明した。
「アクアの話じゃ、そのお嬢様は未練なく、綺麗に成仏していたらしいけどな。そのお嬢様にとって、厳しい逃亡生活はどうだったんだろうな。あのリッチーは、お嬢様を幸せにできただろうか、とか言ってたけれど。お嬢様は、幸せだったのかねぇ」
「・・・・・・幸せだったさ。幸せだったに決まっている。断言できる、そのお嬢様は、逃亡生活の間が人生で一番楽しかったに違いない」
ダクネスは寂しそうな笑顔で、そう言った。
オマケ
「なあ、アクア。キールが浄化されて消えたのは分かるが、どうしてお嬢様の骨まで一緒に消えたんだ?」
ギルドの酒場で夕食を食べてるいると、カズマがアクアにお嬢様の骨も一緒に消えたのかを聞いた。
「はぁ?そんなの私が分かる分けないじゃない」
アクアはカエル肉の唐揚げを頬張りながら、雑に返した。
「確かに不思議な話ですね。リッチーのキールが浄化されて消えるならともかく、未練も何もないお嬢様が浄化されて、骨が消えるとは考えにくいですね」
「時間が経ちすぎて、アクアの魔法の余波で消えたとは考えられないか?」
皆、難しく考えすぎなんだよ。お嬢様の骨が消えたのはたぶん、もっと単純な事だ。
「全員、難しく考えすぎだよ」
全員が僕の方を見てきた。
「あのお嬢様は確かに未練は無かった。でもね、一つだけ、心残りがあったんだ」
――――――それは、とても純粋で、とても尊い心残り。
「お嬢様はキールの事が心配だったんだ。自分を攫い、人生のほとんどを犠牲にして、人であることをも捨てた愛した人を一人残して逝く事への心残り。あの時、アクアがキールを浄化したのと同時に、お嬢様の心残りも綺麗に成仏させて、骨も一緒に消えたんだ。それにさ・・・・・・たとえ違ったとしても、そう思った方がロマンがあるだろ?」
話終わると全員、呆けた顔していた。・・・・・・柄にも無い事を言ったかな。