「ドナドナドーナドーナ・・・・・・」
アクアはオリの中で謎の歌を歌っている。というか目立つから止めてほしい。
「・・・・・・お、おいアクア、もう街中なんだからその歌を止めてくれ。ボロボロのオリに入って膝抱えた女運んでる時点で、ただでさえ街の住人の注目を集めてるんだからな?というか、もう安全な街の中なんだから、いい加減出て来いよ」
「嫌。この中こそが私の聖域よ。外の世界は怖いからしばらく出ないわ」
アクアの引きこもり宣言を聞きながら内心でため息を吐く。このままにしておく訳にはいかないし、無理矢理オリから引きずり出すか。
「おい秋。アクアをどうにかしてオリから出してくれ。このままじゃ目立ってしかたない」
「・・・・・・その考えには賛成だけど、どうして僕に言うんだい?」
「だってお前、アクアの保護者だろ?」
「・・・・・・その結論にどうして辿り着いたのか小一時間問い詰めたいけど、今はアクアをどうにかするよ」
隣に近づいてきた佐藤君にアクアの保護者扱いされたのは不本意きわまりないけど、佐藤君の言い分にも一理あるから、アクアを説得するために馬車の荷台に飛び乗る。
「アクア。いい加減オリから出てきなよ」
「嫌よ!外の世界は怖いもの!それに皆私を放っておいてご飯食べるんでしょ!?」
自分一人がオリの中でワニに襲われてる中、僕らが昼食を食べていたのが気に入らなかったみたいだ。
「アクアの分のサンドイッチもあるから、ね?オリの中だと美味しい物も美味しく無くなるし出てきなよ」
アクアの分のサンドイッチを取り出して見せる。
「・・・・・・食べさせて」
「オリから出てきたら食べさせてあげる」
興味は引けたみたいだし、あと一歩だ。アクアが食べ物に弱くて助かった。
「・・・・・・シュワシュワも飲んでいい?」
「・・・・・・飲んでいいよ」
本当この女神いい加減にぶん殴ってやろうか。
「・・・・・・出る」
「良かった・・・・・・ちょっと待ってて、今鍵開けるから」
佐藤君からオリの鍵を受け取って、オリの天井に取り付けられている南京錠に鍵を差し込もうとして――――――
「め、女神様っ!?女神様じゃないですかっ!何をしているのですか、そんな所で!」
――――――どこからともなく駆け寄って来た男に押し飛ばされて邪魔をされた。馬車がゆっくり進んでいた事もあって、地面に当たる時に受け身をとれて大事になることはなかった。男はモンスターが噛みついても壊せなかった鉄格子を曲げて、オリの中に座っているアクアの手を取ろうとするが。
「・・・・・・おい、私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様、何者だ。知り合いにしては、アクアがお前に反応していないのだが。なにより、まずは先に謝罪するべき相手がいるだろ」
横からダクネスが男の手を掴んで、睨み付ける。・・・・・・何だろう。今のダクネスはとても頼りになるクルセイダーみたいだ。男はダクネスを見るとため息を吐いて首を振った。どうやら僕を突き飛ばした事に気づいてないみたいだ。
「・・・・・・おい、あれお前の知り合いなんだろ?女神様とか言ってたし。お前があの男を何とかしろよ」
「・・・・・・ああっ!女神!そう、そうよ、女神よ私は。それで?女神の私にこの状況をどうにかして欲しいわけね?しょうがないわね!」
「アクア・・・・・・今の今までの自分が女神だって忘れてたの?」
何かを話していた佐藤君とアクアに近づいたら、アクアがとんでもない物を忘れていた。
「・・・・・・あんた誰?」
オリからもぞもぞと出てきたアクアの一言にずっこけそうになった。
「何いってるんですか女神様!僕です、御剣響夜ですよ!あなたに、魔剣グラムを頂いた!」
魔剣・・・・・・グラム!?『ニーベルゲンの歌』に登場するバルムンクと度々同一視される魔剣。・・・・・・すごく興味が湧いた。腰に下げてるのがグラムかな?
「ああっ!いたわね、そういえばそんな人も!ごめんね、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人を送ったし、忘れてたってしょうがないわよね!」
御剣響夜なる人物の事を忘れていた事をアクアは開き直った。
「ええっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張ってますよ。職業はソードマスター。レベルは37にまで上がりました。・・・・・・ところで、アクア様はなぜここに?というか、どうしてオリの中に閉じ込められていたんですか?」
御剣は僕と佐藤君をチラチラ見てくる。どうやら彼には僕と佐藤君がアクアを閉じ込めたように見えたらしい。・・・・・・見えないことも無いか。御剣は一人で話を進めていき、あまつさえアクアとめぐみん、ダクネスを引き抜こうとしている。
「ちょっと、ヤバいんですけど。あの人本気で、ひくぐらいヤバいんですけど。ていうか勝手にはなし進めるしナルシストも入ってる系で、怖いんですけど」
「どうしよう、あの男は何だか生理的に受け付けない。攻めるより受けるのが好きな私だが、あいつだけは何だか無性に殴りたいのだが」
「撃っていいですか?あの苦労知らずの、スカしたエリート顔に、爆裂魔法を撃ってもいいですか?」
女性陣からの不評の声が聞こえてきた。気持ちはわからなくも無いけどね・・・・・・。
「ねえカズマ、シュウ。もうギルドに行こう。私が魔剣をあげといてなんだけど、あの人には関わらない方がいい気がするわ」
「僕もアクアに賛成かな。彼に関わると面倒な事に巻き込まれると思うんだ」
「・・・・・・そうだな。ここは然り気無くあいつの横を通り過ぎて、一気に走って逃げるぞ」
僕らは頭を寄せあって御剣から逃亡する算段を立てた。全員が頷き、御剣の方を向く。
「えーと。俺の仲間は満場一致であなたのパーティーには行きたくないみたいです。俺達はクエストの完了報告があるから、これで・・・・・・」
佐藤君が馬を引いて御剣の横を通りすぎようとする。
「・・・・・・どいてくれます?」
横を通りすぎようとした佐藤君の前に御剣が立ち塞がる。
「悪いが、僕に魔剣という力を与えてくれたアクア様を、こんな境遇の中に放ってはおけない。君にはこの世界を救えない。魔王を倒すのはこの僕だ。アクア様は、僕と一緒に来た方が絶対に良い。・・・・・・君は、この世界に持ってこられるモノとして、アクア様を選んだという事だよね?」
「・・・・・・そーだよ」
・・・・・・何となくだけどこの先の展開が見えた。というか、こんな境遇って何だろう?アクアをオリに閉じ込めたり、アクアがカエルに食べられたりの事だろうか。
「なら、僕と勝負しないか?アクア様を、持ってこられる『者』として指定したんだろう?僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」
「よし乗った!!じゃあ行くぞ!」
「ストップ」
佐藤君が御剣の提案にすぐに乗って小剣を抜こうとしたのを僕は止めた。
「彼の相手は僕がするよ。佐藤君はすぐに逃げれるようにしておいて」
「お、おう・・・・・・」
佐藤君を後ろに下げて、代わりに僕が前に出る。冒険者の佐藤君とソードマスターの御剣だと、圧倒的に佐藤君が不利だ。・・・・・・佐藤君の事だからスティールで魔剣を奪って倒すつもりだったんだろうけどね。
「悪いけど、君の相手は僕がさせてもらうよ」
「僕は君じゃなくて佐藤和真に用があるんだ。そこを退いてくれ」
御剣は佐藤君の前に出た僕を睨んでくる。こういう手合いは少し挑発すれば、あとはなし崩し的に向こうから乗ってきてくれる。
「魔剣使いのソードマスターは駆け出しの冒険者を一方的になぶる事が好きだなんて驚いたよ。他の上級職の冒険者も君みたいに駆け出し冒険者をなぶる事が好きだと考えるとゾッとするね」
さて・・・・・・乗ってくるか?乗ってこなかったら、他の手を考えないといけないね。
「・・・・・・君に勝ったらアクア様を譲ってくれるんだね?」
「もちろん。僕が勝ったら何でも言うことを聞いてもらうけどね」
「ああ、それで構わない」
乗ってきた。懐から革手袋を取り出して、手にはめる。
「ルールは
御剣は頷いた。そして僕を上から下まで見てくる。
「君は・・・・・・武器を持っていないのかい?」
「うん?ああ、武器は使わないよ」
生身の相手に黒鍵を使うつもりはない。危険だし、もったいないからね。
「怪我をしても、僕は責任を取らないよ。それでも良いのかい?」
「別に。むしろ、武器を持ってない相手を怪我させないために手加減した、なんて言い訳は無しだよ」
革手袋に刻んだ『硬化』のルーンを起動する。身体強化の魔術は使わない。御剣は腰から下げている魔剣の柄に
「それじゃあ――――――行くゴボォ!?」
一息で御剣との距離を詰め、腹部を殴る。御剣は呻き声を出して、背中で舗道を削りながら仰向けに倒れた。御剣は白目を剥いて気絶している。腹部の鎧が罅割れている。
「――――――僕の勝ち」
後ろの四人にVサインを送る。四人は思いっきり引き釣った顔で親指を立ててきた。
―――――――――――――――――――
「卑怯者!卑怯者卑怯者卑怯者ーっ!」
「あんた最低!最低よ、この卑怯者!正々堂々と勝負しなさいよ!」
御剣の仲間が卑怯者だと罵ってきた。
「君たち、何か勘違いしてない?僕はちゃんとルールに則って勝負をしたんだ。外野の君達が騒ぎ立てるのはおかしくないかい?」
「そのルールが卑怯だって言ってるのよ!」
「そうよ!この勝負は無効よ無効!」
「ルールの不備に文句があるんだったら最初から言えばいい。でも、君達はそれをしなかった。そして彼もルールを是とした。なら、その時点で僕と彼との間で契約は成立した。だから、僕はルールに則って彼に頼みを聞いてもらう」
仲間二人を無視して、御剣から魔剣グラムを取り、観察する。
「ねえ、アクア。この魔剣って竜殺しの力は備わってる?」
「・・・・・・?そんなのあるわけないじゃない。魔剣グラムは装備すると人の限界を超えた膂力が手に入り、石だろうが鉄だろうがサックリ斬れる魔剣だけれど、竜殺しの力なんて無いわよ」
「・・・・・・ふーん」
魔剣グラムもしくはバルムンクは邪竜ファフニールを討伐した事で、竜殺しの属性が付与された。
「これ・・・・・・佐藤君にあげるよ」
グラムを鞘に戻して佐藤君に投げて渡す。竜殺しの力があれば貰うつもりだったけど、無いなら戦力強化も兼ねて佐藤君に使ってもらった方がいい。
「えっ!?お、おい、俺が貰って良いのかよ?」
「良いよ。グラムを使いこなせないと思ったら、売ってお金に替えなよ」
「その剣、カズマが使っても意味無いわよ」
「「はあっ?」」
アクアの言葉に、僕らはアクアの方を見る。
「その剣はそこで伸びてる痛い人専用よ。カズマが使っても、そこらの剣より少し斬れるだけよ」
・・・・・・何その特殊使用。佐藤君にあげて正解だった。
「とりあえず、ギルドに行ってクエストの報告しない?グラムに関しては、晩御飯食べながらにしようよ」
「そうしましょう。酒場もそろそろ混む時間ですし、早く行って席を確保しないと」
時刻は夕飯時。ギルドの酒場はこの時間から混み始める。早めに席を確保しないと晩御飯を食べ損ねる。
「ちょっと待ちなさいよ!話はまだ終わってないわよ!」
「そうよ!こんな勝負は無効よ!グラムも返して!返さないと力付くで奪い返させて貰うわよ!」
御剣の仲間二人が武器を抜いて威嚇しながら僕らの前に立つ。
「ボトムレス・スワンプ」
左手を二人の方に向けて、泥沼魔法を使う。二人の足下が泥沼に変わり、体が沈んでいく。
「ちょっ、これ上級魔法!?」
「あんた最弱職の『冒険者』じゃないの!?なんで上級魔法使えるのよ!?」
どうやら僕と向こうとでは認識の齟齬があったみたいだ。
「僕は、僕の職業を一言も冒険者だなんて言ってないよ。僕の職業はルーンナイト。伸びてる彼と同じ上級職だ」
二人の体が両肩まで沈んだ。十分ぐらいしたら魔法も解けるだろうし、あのままにしておこう。いい加減絡まれるのも面倒だし。
「――――――気絶してて聞こえないだろうけど、一つ助言しとくよ。アクアのこと好きみたいだけど、好きなら『持ってこれる者』じゃなくて『連れていける人』って言うべきだったね。じゃないと変な誤解を生みかねないよ」
倒れている御剣に向かって、ちょっとした助言をしておく。
「シュウー!なにしてんのよ置いてくわよー!」
先に歩いて行っていたアクアが呼んできた。御剣を一瞥して、アクアを追いかけた。
・ボトムレス・スワンプ
上級魔法。最近習得できるようになった。
・御剣一行の勘違い
カズマと同じで最弱職の冒険者だと思い込んでいた。
・ルール
不正はなかった、いいね?