ゾンビメーカーの討伐は失敗した。超大物モンスターのリッチーと遭遇したのだ。他の事なんて頭から飛んでいた。墓地の魂送還はアクアにやってもらうことになった。もちろん、僕の監視つきだ。
「ねえねえシュウ。なにしてるの?」
「黒鍵の手入れ。武器は手入れすればするほど持ち主に答えてくれるからね。手入れしなくてもしものことがあったから困る。まあ、受け売りなんだけどね」
ギルドの酒場で黒鍵に不備が無いかを確認していると、野菜スティックを食べているアクアが覗き込んできた。
「ふーん・・・・・・」
アクアは野菜スティックを咥えながら、机に置いている黒鍵を三個手に取るとお手玉を始めた。・・・・・・魔力を流さなかったらただの柄だし、危険はないから放っておいて良いか。
「カズマは何を話しているのでしょうか?同じパーティーの私たちを放っておいて」
「はぁはぁ、こ、この胸の高鳴りは・・・・・・んうっ!」
めぐみんは他の冒険者と話をしている佐藤君を見ながら不満を言っている。ダクネスは何を考えているのか一人で興奮している。
「見て見てシュウ!」
「・・・・・・君って本当にそんなのは得意だね」
アクアは黒鍵を頭頂部と両手の平に縦にして乗せている。冒険者を辞めて大道芸の道を極めたらそれだけで食べていけるのに、本人は芸でお金を取るつもりは無いらしい。
「・・・・・・どうした?俺をそんな目で見て」
他の冒険者との話が終ったのか、僕らが座っているテーブル席に戻ってきた。
「・・・・・・楽しそうですね。楽しそうでしたねカズマ。他のパーティーのメンバーと、随分と親しげでしたね」
「・・・・・・?いや、情報収集は冒険の基本だろうが。何いってんだ?」
どうやらめぐみんは佐藤君が他のパーティーメンバーと話をしていたのに妬いているらしい。
「佐藤君。あの冒険者と何を話していたんだい?」
「街の近くにある廃城に魔王軍の幹部が来てるらしいんだ。そのせいで街の近くのモンスターも怯えて出てこないんだとさ。これはあれだな、宿に引き籠れっていうことだ」
「ふーん・・・・・・」
魔王軍の幹部か。興味はあるけど急いで見に行く必要はないか。本格的な問題になったらギルドから討伐クエストが出るだろうし、それまではウィズの店にでも行こうかな。
―――――――――――――――――――――――――
「ウィズいる?」
「シュウさん。いらっしゃいませ!」
ウィズはレジの奥に設置されている棚の整理をしていた。
「差し入れ持ってきたから休憩にしたら?」
「ありがとうございます!すぐにお茶を淹れてきますね」
今回の差し入れはちょっとだけ奮発した。街でそれなりに有名な菓子店のシュークリームだ。ウィズは甘い食べ物が好きらしく、差し入れで買ってくる時は甘い物が七割ぐらい占めている。
「お待たせしました!」
「ありがとう。いただくね」
ウィズが淹れてくれた紅茶を飲みながらウィズを見つめる。普通の人と同じ血色の肌をしていて、とてもアンデットの王と呼ばれているリッチーには見えない。
「あ、あの・・・・・・シュウさん?そんなに見つめられると・・・・・・」
・・・・・・かなりガッツリとウィズの事を見つめていたようだ。ウィズは顔を赤くして下を向いている。
「ああ、ごめんね。本に載っていたリッチーとは似ても似つかないからつい見つめちゃった」
「そ、そうなんですか・・・・・・やっぱり気持ち悪いですよね、リッチーなんて」
「いや、別に?」
「えっ!?」
ウィズは何を悲しそうな顔をしながらバカな事を言ってるんだろうか。ウィズが気持ち悪かったら世界中全ての物が気持ち悪くなる。
「別に僕はウィズの事を気持ち悪いなんて思わないよ」
――――――
「シュウさん・・・・・・?」
ウィズが僕の手を握ってきた。ウィズの手はひんやりしてい気持ちが良い。
「――――――ごめんね、ちょっと考え事してた。とりあえず僕はウィズの事を気持ち悪いなんて思わない。だから、ウィズもそんな事を言わないでね」
少し湿っぽくなってしまった。本当はウィズにいろいろと聞こうと思っていたのに。
「それよりウィズ。いろいろと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・聞いても良い?」
「はい、大丈夫ですよ」
ウィズからの承諾も得たから気になっている事を聞いていく。
「リッチーってやっぱり体温低いの?睡眠欲はあるの?食欲はあるよね。体は成長するの?性欲はあるの?」
「せっ!?」
ウィズの顔が真っ赤になったのが気にせずに質問をしていく。本人からの承諾も得ている以上、止まるつもりも止めるつもりもない。なにより・・・・・・魔術師として非常に興味がある。
「あああああああの!せ、性欲とかそういったことは聞かないでほしいんですけど!?」
「やだ」
「ええっ!?」
何故止めなければいけないのだろうか。ウィズ本人の承諾も得ている以上、プライベートな事を除いて全て聞くつもりだ。
「大丈夫、安心してウィズ。必要以上の事は聞かないから」
「シュウさん・・・・・・」
「だから・・・・・・リッチーにも性欲ってあるの?」
「シュウさん!?」
ウィズは半泣きになって驚いた。なんだろう・・・・・・今のウィズを見てるとリスとかネズミとか小動物に見えてくる。
「それじゃあ次は――――――」
「まだ続くんですか!?」
はい、続きます。
―――――――――――――――――――――――――
「ううっ・・・・・・酷いです。必要以上の事は聞かないって言ったのに・・・・・・っ!」
「あははは・・・・・・ごめんね?」
ウィズは部屋の隅で膝を抱えて拗ねている。どうやらリッチーに性欲があるのかをしつこく聞いたのがよほど気に入らなかったようだ。
「もうお嫁に行けません・・・・・・シュウさん、責任とってください」
「えっ?」
ウィズの思わぬ言葉に今度は僕が困惑した。ウィズみたいに美人で気配りが出来る女性なら男女の関係になったら、人生薔薇色で楽しいだろう。でも、それは僕には関係の無い話だ。僕には誰かと恋仲になる資格なんて無い。ただ一人、『彼女』を想い続けるだけで良い。
「そうだね・・・・・・なら、責任をとってウィズと結婚を前提に交際しようか?」
「ふぇっ!?」
一杯食わされるのも癪なので反撃する。僕の反撃が予想外だったのか、顔を真っ赤にしたウィズが可愛らしい声を出して僕の方に振り向いた。
「冗談だよ、冗談。ウィズには僕じゃなくてもっといい人がいるよ、きっとね」
その人はウィズの商才の無さに苦労はするだろうけど、そこ込みでもウィズと結婚できた男性は幸せだろう。
「そろそろ帰るね。お茶、ごちそうさま」
僕はお茶のお礼を言って、店を出る。そこそこ時間潰せたし、佐藤君達もギルドに居るだろうから行ってみようかな。
『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』
街中に緊急アナウンスが響き渡る。武装までして集合となると廃城に住み着いたとかいう魔王軍の幹部かも知れない。そうなると黒鍵と中級魔法だけじゃ心許ない。。
「・・・・・・試すだけ試してみるか」
腰から鎖で吊るしている魔導書の表紙を撫でる。『人理』も『英霊の座』も存在しないこの世界で、この本は起動出来るのか。それが気になって今まで使わなかった。
「よし・・・・・・行こう」
覚悟を決めて正門に向かう。
―――――――――――――――――――――――――
正門前に到着した僕は佐藤君達を探して人混みを進みながら最前列に出る。そこには見馴れた茶髪、水色、黒色、金髪の四人組を見つけた。
「アクア」
「シュウ!アンタ今までどこに行ってたのよ!」
「ちょっとね。それで?あそこにいるのが魔王軍の幹部?」
正門前には漆黒の鎧を着て威圧感を放つ騎士がいた。本来なら頭が有るべき場所には何もなく、左脇に首を抱えている。――――――デュラハン。元いた世界だとアイスランドに伝わる男、もしくは女の妖精。バンシーと呼ばれる妖精と同じ『死を予言する者』。この世界だとアンデットのカテゴリーになっている。
「・・・・・・俺は、つい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが・・・・・・」
デュラハンは自分の首を前に差し出して喋りだしたと思ったらプルプル震え始めた。
「まままま、毎日毎日毎日毎日っっ!!おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法撃ち込んでくる頭のおかしい大馬鹿は、誰だあああああああー!!」
デュラハンはかなりお怒りのようだ。というか・・・・・・爆裂魔法って。
「・・・・・・爆裂魔法?」
「爆裂魔法を使える奴って言ったら・・・・・・」
「爆裂魔法って言ったら・・・・・・」
冒険者達の視線が佐藤君の隣にいるめぐみんに集中する。視線を集めているめぐみんは隣に立っている関係無い魔法使いの女の子を見た。それに釣られて他の冒険者達もその子を見る。
「ええっ!?あ、あたしっ!?なんであたしが見られてんのっ!?爆裂魔法なんて使えないよっ!」
デュラハンの城に爆裂魔法を撃ち込んでいたのはどうやらめぐみんのようだ。最近佐藤君と一緒に爆裂散歩なるものに行ってると思ったら、そんな事をしていたのか。めぐみんが嫌そうな顔をしながら前に出る。僕らもめぐみんの後に続いて前に出ていく。
「お前が・・・・・・!お前が、毎日毎日俺の城に爆裂魔法ぶち込んで行く大馬鹿者か!俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい!その気が無いのなら、街で震えているがいい!何故こんな陰湿な嫌がらせをする!?この街には低レベルの冒険者しかいない事は知っている!どうせ雑魚しかいない街だと放置しておれば、調子に乗って毎日毎日ポンポンポンポン撃ち込みにきおって・・・・・・っ!!頭おかしいんじゃないのか、貴様っ!」
毎日行われる容赦ないめぐみんの爆裂魔法が余程腹に立っているのか、デュラハンの首がプルプル震えている。なんか、中間管理職のサラリーマンに見えてきた。
「我が名はめぐみん!アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者・・・・・・」
「・・・・・・めぐみんって何だ。バカにしてんのか?」
「ちっ、違わい!」
めぐみんと会ったときを彷彿させる。
「我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたを誘き出すための作戦・・・・・・!こうしてまんまとこの街に、一人で出て来たのが運の尽きです!」
めぐみんはキャベツ狩りの報酬で新調した杖をデュラハンに突きつける。
「・・・・・・おい、あいつあんな事言ってるぞ。毎日爆裂魔法撃たなきゃ死ぬとか駄々こねるから、仕方なくあの城の近くまで連れてってやったのに。いつの間に作戦になったんだ」
「・・・・・・うむ、しかもさらっと、この街随一の魔法使いと言い張っている」
「・・・・・・確かに、爆裂魔法に関してならこの街随一の魔法使いだね、めぐみんは」
「しーっ!そこは黙っておいてあげなさいよ!今日はまだ爆裂魔法使ってないし、後ろにたくさんの冒険者が控えてるから強気なのよ。今良いところなんだから、このまま見守るのよ!」
むしろ君のその大声で言うのを止めるべきだ。デュラハンに杖を突きつけているめぐみんの顔が赤い。僕らの会話が聞こえていたようだ。
「・・・・・・ほう、紅魔の者か。なるほど。そのいかれた名前は、別に俺をバカにしていた訳ではなかったのだな」
「おい、両親からもらった私の名に文句があるなら聞こうじゃないか!」
めぐみんが血の気が多いのか、紅魔族という種族全体が血の気が多いのか気になってきた。
「・・・・・・フン、まあいい。俺はお前ら雑魚にちょっかいかけにこの地に来た訳ではない。この地には、ある調査に来たのだ。しばらくはあの城に滞在する事になるだろうが、これからは爆裂魔法は使うな。いいな?」
「それは、私に死ねと言っているも同然なのですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」
さらりと嘘を吐くめぐみん。爆裂魔法は威力だけなら対軍宝具と言っても問題無いのに、いろいろと問題があるから本当に勿体ない。
「どうあっても、爆裂魔法を撃つのを止める気はないと?俺は魔に身を落とした者ではあるが、元は騎士だ。弱者を刈り取る趣味は無い。だが、これ以上城の近辺であの迷惑行為をするのなら、こちらにも考えがあるぞ?」
デュラハンの威圧にめぐみんは後ずさるが不敵な笑みを浮かべた。
「迷惑なのは私達の方です!あなたがあの城に居座っているせいで、私達は仕事もろくににできないんですよ!・・・・・・フッ、余裕ぶっていられるのも今の内です。こちらには?対アンデットのスペシャリストがいるのですから!先生、お願いします!」
めぐみんは見事なまでの啖呵を切ったのにアクアに丸投げした。・・・・・・僕もアンデット相手なら有利になんだけどね。黒鍵とか、洗礼詠唱とか。
「しょうがないわねー!魔王の幹部だか知らないけれど、この私がいる時に来るとは運が悪かったわね。アンデットのくせに、力が弱まるこんな明るい内に外に出て来ちゃうなんて、浄化して下さいって言ってるようなものだわ!あんたのあんたのせいでまともなクエストが請けられないのよ!さあ、覚悟はいいかしらっ!」
アクアも乗り気だし、とりあえず様子見を決め込もう。何かあったら割り込めばいいか。
「ほう、これはこれは。プリーストではなくアークプリーストか?この俺は仮にも魔王軍の幹部の一人。こんな街にいる低レベルのアークプリーストに浄化されるほど落ちぶれてはいないし、アークプリースト対策はできているのだが・・・・・・。そうだな、ここは一つ、紅魔の娘を苦しませてやろうかっ!」
デュラハンは左手の人差し指でめぐみんを指差す。その姿は元いた世界で何度も目にした。世界は違えど『指を指す』という行為が示す答えは一つ。それは――――――
「汝に死の宣告を!お前は一週間後に死ぬだろう!!」
――――――ガンド、またはフィンの一撃。本来なら相手の体調を崩す程度の呪い、極めれば物理的破壊力を有する魔術。この世界にガンドは存在しないだろうが、デュラハンが使うスキルとなると別だ。
「なっ!?シュ、シュウ!?」
めぐみんの襟首を引っ張り、僕と同時に飛び出していたダクネスの方に突き飛ばす。そして黒鍵をデュラハンの首目掛けて投擲する。
「ぬんっ!!」
デュラハンは側に突き刺していた大剣で黒鍵を弾いた。それと同時にデュラハンの呪いを僕は受けた。体が黒く光ったと思うと、パリンッ!と何かが砕ける音がした。
「おい、秋!大丈夫か!?」
佐藤君が慌てて聞いてきた。魔術回路に異常なし。五体も動く。特に異常は無い。
「いや、特に異常はないよ」
どこも痛くない。気になることがあるとしたらさっきからやたらと僕の体をアクアが触ってくる。
「その呪いは今はなんとも無い。若干予定が狂ったが、仲間同士の結束が固い貴様ら冒険者には、むしろこちらの方が応えそうだな。・・・・・・よいか、紅魔族の娘よ。このままではその盗賊は一週間後に死ぬ。ククッ、お前の大切な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむ事となるのだ・・・・・・。貴様の行いのせいでな!これより一週間、仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい。クハハハッ、素直に俺の言う事を聞いておけば良かったのだ!」
デュラハンはそう言って高笑いをしながら後ろに控えていた首の無い馬に乗って去っていった。
―――――――――――――――――――――――――
佐藤君の隣にいるめぐみんがプルプルと震えながら杖を握り直した。そして、街を出て行こうとする。
「おい、どこに行く気だ。何しようって言うんだよ」
「今回の事は私の責任です。ちょっと城まで行って、あのデュラハンに直接爆裂魔法ぶち込んで、シュウの呪いを解かせてきます」
めぐみんの代わりに僕がデュラハンの呪いを受けたのが相当応えているようだ。別に気にする必要は無いのに。それに僕の願いは――――――。
「なに言ってるの二人とも。シュウに呪いなんてかかってないわよ」
「「「「えっ?」」」」
アクアの言葉に全員がアクアを見る。
「何かがシュウを護ったのかしら?あのデュラハンがシュウに呪いをかけた時に、何かが呪いを無効にしたみたいよ?」
・・・・・・あの時に聞こえた何かが割れる音。それがアクアの言う呪いを無効にした時の音かな?
「あっ!!四人とも私のいう事を信じてないわね!良いわよ!!今から証拠を見せてあげるから!!」
「えっ!?別にアクアの言う事を疑って――――――」
無いからと言う前にアクアが左手を僕の方に突きだして、魔法を使う。
「セイクリッド・ブレイクスペル!!」
アクアが使った魔法を受けたが、体には特に変化はなかった。
「どうよ!!シュウに呪いがかかってたら体が光るのよ!!光らないって事はシュウに呪いにはかかってないってことよ!!」
アクアが胸を張って言う。
「「「「・・・・・・」」」」
アクア以外の僕らは何とも言えない顔をしながら、アクアを見続ける事しか出来なかった。
・デュラハンの勘違い
黒鍵を投擲したことで投擲スキルがある盗賊職だと勝手に勘違いした。
・秋を呪いから護った何か。
世界は違えど聖女の加護は消えず。『彼女』が秋に贈った聖骸布がある限り、呪い等のバッドステータスを無効化する。