偽ギル様のありふれない英雄譚 作:鼠色のネズミ
翌日、ハジメ達勇者の一行は【オルクス大迷宮】の入口がある広間に集まっていた。広間には様々な露店や屋台が犇めき合っていて、文字通りのお祭り騒ぎだった。
本来、ハジメが此処に来る筈では無く、ギルガメッシュも最後までハジメの参加を渋ったが、ハジメには過剰とも言える程の護衛と安全確保を義務付け、五階層以降への探索も禁止された。
【オルクス大迷宮】において、歴代最高の踏破階層は65階層。それも百年以上前の記録であり、今では45階層を越えれば超一流、20階層でも十分一流だと考えられている。
ハジメがギリギリ許可された五階層未満というのは、死者数ゼロとなっている階数だ。と言うのも、オルクス大迷宮は整備がしっかりとされており、受付で冒険者のレベルやランク、天職で階層数を決定している。
駆け出しの初心者冒険者が惨殺されたという事件から、急遽整備されたのだと言う。
それに加えて、ハジメには大量の護衛と回復職が側に付いている。誰もがハイリヒ王国で名を轟かせる超一流の者達だ。ハジメが掠り傷を負おうものなら、最大級の術式で回復魔法が飛ぶだろう。
そうして、ハジメ達は迷宮へと歩みを進めていく。
迷宮の中は、広間との対比を図ったかのように静かだった。
勿論、迷宮の中が飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだと思ってはいない。むしろそんな迷宮があったら逆に怖い。それでも迷宮の印象を尋ねられたのならば、「静か」と言う他に表現する事が見つからない。松明や照明の類こそ無いが、ぼんやりと視認する事は可能だ。緑光石という名称の鉱石が所々に埋め込まれているのだと、[鉱物系鑑定]の技能で分かった。
はぐれる事が無いように、一行は隊列を組んで進む。噂に聞く魔物は現れず、次第にクラスメイト達の気が緩んで談笑の声が少しずつ増えていく。
良く言えばリラックスしていて、悪く言えば緊張感が薄れている。暫くそのまま歩いていると、広間に出た。
石で覆われたドームのように天井は高く、耳をすませば空気の通り道を辿れる微かな空気音が鳴っている。
一行が物珍しく、辺りを見ていると壁の隙間から大量の灰色の毛玉が飛び出してくる。
「ラットマンだ!昨日話した通りに動け!相手は俊敏特化だ!」
灰色の体に赤い目が光る。名前のラットの部分を象徴する様にネズミに近い外見をしているが、4足ではなく2足歩行。そして上半身はボディビルダーのようにムッキムキだった。
そのアンバランスさと言うか……夢の国を生息地とするネズミとは比べ物にならない程の気持ち悪さに、前衛に配置されたクラスメイト、主に女子達が顔を引き攣らせる。
それでも、やはり1階層の敵と言う事でそこまで強い訳では無い。剣で裂かれ、魔法で焼かれ、拳で吹き飛ばされる。大方一方的だった。
そんな中、一匹のラットマンがハジメの方向へと向かって来る。腰元に携えたナイフを引き抜き、初撃を躱そうとバックステップを踏もうとした途端、銀色の閃光がハジメの前を走った。
すこしそれが眩しくて、目を一瞬だけ細めた。その後に目を見開くと、先程のラットマンが息も絶え絶えになっている。
「どうぞ、止めを刺して下さい」
「あ、ありがとうございます……」
ラットマンを切ったのは、ハジメに付けられた過剰なまでの護衛の一人。
銀髪長髪の典型的なイケメンで、剣に付着した血を払って鞘の中に収めた。息も絶え絶えに、立つことすら出来ないラットマンの側に立って、胸にナイフを突き刺す。キュー、とネズミに良く似た小さな悲鳴を上げてラットマンは事切れる。ほんの僅かに憐憫を抱いてしまった。
その後、五階層まで度々魔物とのエンカウントは起きたが、撤退したり誰かが負傷したりと言う様な事も無かった。そしてハジメは護衛がボコボコのフルボッコにした魔物に止めを刺して、着実に経験値を得ていた。
(パワーレベリングだよなぁ…)
レベルの高いプレイヤーから力を借りて、レベリングする方法。一部ではマナー違反とも呼ばれる行為にハジメのそれは酷似していた。
ハイリヒに来る前、父の運営するゲームでも行われていた事。今に正しく自分がその立場にいるのだ。
それと、ハジメは気が付いていた。自分を見る酷く濁ったような、薄暗くて負の感情に満ちた視線を。
「じゃ、じゃあハジメくんも頑張ってね!」
「ありがとう白崎さん」
そして、6階層へと続く場の前で一行はハジメと別れる。一行はこれから20階層まで行き、そこで軽く実戦経験を積んでから戻ると言う。しかし、20階ともなるとまだまだ時間は有る。ハジメは五階層に残っては“錬成”の練習をしたり、レベルを上げたりした。
(……まただ)
不意に自分の背中を走るその視線に背をぞくりと震わせる。決して気持ちの良い視線では無いし、可能であれば向けられたくはない。
羊のようなモフモフした魔物の首筋を切り裂いて、一息つく。長く息を吐いて、肺の中に湿った空気を送り込むと喉が少し乾いた。湿気を多く含んでいても、喉は潤されない。そう思うと、先程の長髪の騎士から一本の水の瓶を渡された。
「南雲殿、どうかされましたか?」
「え?僕ですか?」
「はい、先程から何かを気になされている様ですが」
そう言う騎士の目を見ると、負の感情や濁ったような暗い感情は無い。厳格で、純粋な瞳だ。
ハジメは、騎士に何か変な視線を感じると伝えると、騎士は驚きとも、笑いとも違う、納得したような表情を浮かべた。
「ああ、それはいけません。私の部下です」
「貴方の部下ですか?でも何で……」
「そう、大した理由でもありません。王様から出向いて褒美を貰った貴方に嫉妬しているんでしょう」
「嫉妬…ですか」
騎士の一人は何事でも無いようにそう言う。
イシュタルの恍惚とした顔からは狂信を感じ取ったが、この人達からも別の狂信具合を感じる。見ている人を不快にさせない分、こちらの方に好感は持てるが。
しかし成る程、やっぱりギルガメッシュには他人を強く惹く何かが有る。それこそカリスマ【A+】のスキルなのか。ともあれ、嫉妬は良い事じゃないんだけどなあ……双方に
魔物の躰を捌いて、魔石を取り出しながら会話を続ける。鉄の濃いにおいが鼻を刺すが、直ぐに慣れて何も感じなくなる。
魔石を取り出し、ポケットにしまおうとした途端。地を割るような大騒音が囂しく、ハジメ達の居る場所を揺らした。波が磐に打ち付けられたような、地を誰かが万力を籠めて割っているかの様な、そんな音。
騎士や、回復職の人々が円環状にハジメを囲う。運の良い事に他の魔物まで怯えたのか、ハジメに襲い掛かる事は無かった。
長い尾を引く騒音の余韻。それから緊張感が走り、騎士の方々が話込む。
「一先ず、危険が有るのであれば南雲殿を退出させましょう。半数を護衛に残して半数をメルド達の元に合流させるべきです」
ハジメに水を渡した騎士がそう言うと、回復職と騎士が二手に分かれた。ハジメはその片方に合わせて5階層から上へと上がる階段へと足を向ける。
途中、何度か弱い魔物とぶつかったが大した脅威にはならず、着々と階層は戻っていく。そして二、三階ほど上がった所で、ハジメ達は甲冑の姿をした男を遠目から見つけた。それは香織達の一行に付き添っていた騎士の筈だが……
先程の長髪の騎士が一人で駆け寄り、何度か言葉を交わすと、分かりやすく顔を青褪めさせてハジメの手を引いて、風切り音は鳴る様な勢いで階段へと進む。
「どうしたんですか!?」
「トラップが作動したらしいです。早急に戻って王を喚ばねばなりません」
「トラップ!?」
トラップ
それは、【大迷宮】において最も警戒するべき事だ。
日本語にして罠の意であるソレは、高位の魔物とは比べ物にならない程の厄介さを持つ。魔物は階層によって大まかな生息地域が分かっている為、事前に回避する事が出来るがトラップはどうにもならない。
完全にランダムであるトラップ、鬼が出るか蛇が出るか、それは誰にも分かる事が無い。故に最も厄介で、警戒するべきなのだ。
「でも!王様を喚ぶ程ヤバいんですか!?」
「ヤバいです、もう物凄く。ベヒモスだそうです」
ベヒモス、その言葉を聞いた周りの騎士も動揺を顕にした。
いくら上位世界で力を持つ天之川達でも、実戦経験は乏しく、レベルはまだまだ低い。レベルが上がればまだ分からないが、今では到底太刀打ちできないだろう。そして、天之川達が転移させられた先は石橋の上。この騎士は命からがらギリギリの所で逃げ切れたらしい。
皆を守るための騎士が、クラスメイト達を置いて逃げる事は非難すべきだが、結果として情報の共有が出来た事は良い事だ。
「では行きますよっ……!早急に王を喚ばねば……」
「待って下さい!王宮まで多分間に合いません!」
ハジメ達が居る【オルクス大迷宮】からギルガメッシュやエルキドゥが住まう王宮までは、歩いて行ける様な距離では無い。ハジメ達の移動も馬車で行った。
ベヒモスを倒す手段が有るとするのなら、ギルガメッシュ王かそれと同等の実力を持つ、親友のエルキドゥくらいだろう。しかしその二人も此処に来る事はできない。予想とは反しすぎた状況だ。
――私が南雲くんを守るよ
酷く、優しい声だと思った。
脳裏に浮かんだ、24時間にも満たない程の過去。其処に自分と彼女が居た。簡素に言うのなら月下の語らいとも言おうか。
彼女は言っていた、夢を見るのと。やがて自分が何処かへ消えてしまう夢を見るのだと。
だから、【大迷宮】へ自分が足を踏み入れる事を彼女は拒んだ。南雲ハジメという人間が、消えてしまう事を恐れて。
最後には、彼女は自分を守ってくれると言った。
無能で、無価値で、無意味だと蔑まれた自分を。決して無能では無かった、非凡な能力を得た彼女が。
ベヒモスと言う、名も聞いた事しかない化け物。伝聞だけで伝わる程の恐怖の体現。ソレに彼女達は侵されている。
未だ、二桁から動かないステータス、震えては止まない小さな心。
――それでも
「“錬成”」
やるべき事を持っている。
言葉を紡いだ途端、感じるのは浮遊感。足元が消え去り体を支える二本の足が効果を失う。
上から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。切迫した、驚愕を顕にした様な声。
「ごめんなさい」と心の中で騎士達に謝る。けれど、自分はこうしなければならない。そうでもなければ彼女に顔向けが出来ない。自分だけが“無能”という理由で逃げる事は出来ない。
戦闘職じゃない、ステータスが低い、皆の足元にも及ばない。
全ては紛れのない真実だ。
けれど、0が1より優れる真実はどんな世界にも無い。足手まといと言うならそれまで、けれど逃げる事は出来ないんだ。
軟着陸とは言い難い、着陸の衝撃に歪んだ尻骨を擦り、どうにかして立つ。クラスメイトの居る場所を知る手段。それは無いけれど、ハジメを無意識のうちに引っ張る勘が有った。そして酷く確信めいた物を、その勘は孕んでいた。
運対多い…多くない?ナントカ川がムカつくのは分かりますが、程々にお願いします。
カオリ=サンの勝利フラグ、定礎復元
エレちゃん、イシュタル様を出す方法が有るのですが…弱体化します。それでも良いですか?
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私は一向に構わんッ!
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判らぬか下郎、出さなくて良いと言ったのだ