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<書籍化>転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります<5月1日発売> 作者:藤森フクロウ

本編

191/191

『ジュリアス』となった子供2

ネチネチ系ジュリアス。




 頭上で交わされた会話の意味を理解する前に、ジュリアスの意識は途絶えた。

 その後、目を覚ましたジュリアスの前に居たのは白髪を撫でつけた老執事だった。

 セバス・ティアン――ラティッチェ公爵家の家令長。ジュリアスは、よりにも寄ってあの魔王の側近を狙ってしまったのだ。

 スラムを根城にしている悪党をしょっ引きに来たグレイルは、部下たちを使って裕福な老人やボンボンのふりをして小悪党の釣りをしていたのだ。それにまんまと嵌ったジュリアス。

 グレイルは滞在先が気に食わず、暇つぶしをしていたのだ。

 それだけでは終わらず、次々と締め上げて目当て以外の悪党をもしょっ引いた。

 たまたま、そこにジュリアスが飛び込んで行ってしまった。ジュリアスが気絶している間にすべてが終わっていた。

 ジュリアスは、見所があるかもしれないと運よく(運悪く?)グレイルに拾われた。

 それから、血の滲むどころか毎日吐き散らすような地獄のしごきが待っていた。

 それでも着るものや食うに困らず、温かい寝床はあった。

 スパイの仕方、見分け方、人の守り方と殺し方、変装の仕方と見抜き方、礼儀作法と紅茶の淹れ方、掃除の仕方――『ラティッチェ公爵家の使用人』として叩きこまれた。

 また、ジュリアスの魔力は平均より高いので念のためにそれを制御する訓練と、暴発防止や色々と機能の付いた眼鏡を持たされた。

 ジュリアスも悪目立ちしたくなかったので、安堵しつつ受け入れた。貴族の中には美童を好んで閨に誘う酔狂な輩がいる。

 あとで知ったことだが眼鏡一つで、当時のジュリアスの年収数年相当だった。

 ジュリアスは非常に優秀であったため、履修期間は短く済んだ。

 しかし、終わればすぐに新たなカリキュラムを組まれて詰め込まれる。そんな日々が続いた。

 最初は下級使用人として働いていたが、ある日とある少女の目に留まった。


「お前、とても綺麗ね。わたくしの専属になりなさい」


 小さく可憐で――どこまでも悪の華である令嬢との出会いだった。

 彼女は、天使の姿をした悪魔だった。

 気まぐれに人を甚振る。人の痛みや不幸を好み、怨嗟や恐怖を糧に咲き誇る。

 生々しい加虐心に、何度ジュリアスも巻き込まれたか分からない。

 何度、傍付きを外れたいと思ったことか。外見が気に入られ、アルベルティーナ直々に指名されたジュリアスには、拒否権はなかった。

 蜘蛛の巣に引っかかり、巻き取られた虫のようだった。

 動いても殺され、動かなくてもそのうち死ぬ。

 多忙を極めているらしいグレイルは、妻のクリスティーナは訪ねているようだがアルベルティーナと疎遠だった。

 あまり体の調子のよくないらしいクリスティーナは、儚げで優艶な貴婦人だった。

 顔立ちはアルベルティーナとよく似ていたが、クリスティーナは残虐性とは無縁の本当の貴婦人だった。

 彼女は体調が良ければ、数日おきくらいにアルベルティーナを見に来る。その時だけは、アルベルティーナは大人しかった。

 だが、加虐的な好奇心がから、アルベルティーナがクリスティーナの愛犬や愛猫だけでなく、鉄で編んだ籠に入れていた鳥まで殺してしまった。

 流石にグレイルも看過できないのか、クリスティーナとアルベルティーナを会せないようにした。

 誰もが口にしなかったが、そのうち人を殺すかもしれないと危ぶんでいた。

 小さな子供が好奇心から虫を殺してしまうことがある。

 その延長かも知れないがいが、特にアルベルティーナは生き物がもがき苦しむさまを見るのを好んだ。

 五歳になる頃には、粗相をした使用人を全裸にして木に縛り付け、砂糖や蜂蜜塗れにした。そして、虫が寄ってきて暴れるさまを笑いながら見ていた。

 悲鳴を上げて許しを請う使用人たちを見て、アルベルティーナの目は輝いた。

 手を叩いて、愛らしい声で笑う。

 弾ける様な笑い声は、歓喜と愉悦に満ちていた。

 朗らかといっていい少女の声は、どこまでも楽しげだった。



「ねえ、見て! すごく無様! あはははは!」



 ぞっとした。

 グレイルとは違う方向性で、アルベルティーナは化け物だった。

 人を人と思わないその悪辣な性根は、ジュリアスに激しい嫌悪を持たせるに十分だった。それをひた隠し、表面は従順な使用人を演じた。

 その反動か、アルベルティーナへの憎悪は澱のように積もっていく。

何故、あの悪魔はこんなにも恵まれているのに、外道なのだろう。

 あの細い首をへし折ってやりたい。無防備な背中に、刃を突き立ててやりたい衝動が渦巻く。

 そう思っていたある日、アルベルティーナは王室主催のお茶会に出かけた。

 非常に珍しいというか、ジュリアスの知る限り初めてといえる両親とのお出かけだった。

 とびきりめかし込んで、その日の為のドレスも用意していたアルベルティーナはご機嫌だった。

 そして、最も安全であるはずの王城で、アルベルティーナは誘拐された。

戻ってきたのは、とても怖がりで泣き虫な女の子だった。

 人見知りが激しく、すべてに怯えていた。

 それはスラムの幼子のようだった。

 頭の中で、これはあの悪魔だと警告する声がする。一方で、ただの女の子だと嘲笑していた。

 この愚かな幼子なら、丸め込める。

 仄暗く燻っていた復讐心が、音を立てた。

 大きな体の大人を怖がるから、細身で子供のジュリアスは有利だった。

 優しい笑みと言葉であやし甘やかした。兄のように、父のように、母のように。グレイルを恋しがって、恐怖の幻影に怯える少女を少しずつ懐柔した。

 日に日に自分の腕の中で大人しくなっていくアルベルティーナに愉悦を覚えた。

 何も知らない少女はジュリアスの思惑通りに信頼を寄せ、笑みを浮かべ、親しみの混じった声で話をするようになる。

 どう裏切ってやろうか。

 ここぞという時でないと意味がない。

 ジュリアスを信用し、信頼し、愛してからでこそ意味がある。

 年頃になり、恋心を抱かせてからぐちゃぐちゃにしてやるのも面白い。

小さな柔らかい手が、ジュリアスを求めて伸ばされたとき思い切り叩き落してやろう。

どす黒い感情を、ひた隠して愚かなお姫様に誠心誠意仕えてやろう――復讐する、その日まで。

 何かの拍子に、あの悪魔が戻ってくるかもしれない。

 それまでに、弱みは握っておくことに越したことはない。


読んでいただきありがとうございました!


ブクマ、評価、レビュー、コメント等ありがとうございます! 大切に読ませてもらっています!

ネタバレとうっかり色々口を滑らせない様にお返事自粛中ですが、とても嬉しく思っております!


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