第1話
今日は王立フロース学園に入学してから初めて受けた試験の結果が発表される日だ。平民で特待生の私は静かに掲示板に向かう。
「あった。アシュリー、私の名前……2位だわ」
小さく呟くと、他の生徒たちに押しのけられ、その場を離れた。
この学園は基本的に15歳から19歳の王侯貴族しか通えないが、平民でも一定の成績を取れば通うことができ、その中でも成績が上位の者は私のように学費無料で奨学金も支払われる。と言っても平民で通っているのは大商人の子息息女がほとんどで、私のようなごく普通の平民はいない。
母が進学を勧めてくれ、そして運よく特待生として私はこの学園に通えることになった。
とにもかくにも十分な成績をとれたことで気分がとても良い。思わず鼻歌を歌いそうになりつつも、私は廊下の端を静かに歩いて教室に向かっていた。
すると背後から急に押され、倒された。
「悪い、気が付かなかった。ちょうどいいや、ブスメガネ、資料運んどいて」
私と同じ平民でも裕福な男子生徒が、生徒会の配布物を私に渡す。生徒会は貴族でも上位貴族しか入れない。だからこの男子生徒も貴族の生徒から頼まれたのであろう。この学園の生徒会に入ることは大きなステータスとなる。現在、最高学年の第4学年に在籍している王太子殿下が生徒会長だ。そして私と同じ第1学年には第二王子殿下がいる。今回の試験で一位を取ったのがその第二王子殿下である。
「ブスメガネ、落とすなよ。っていうか本当にそこにいるの分かんなかった。幽霊かよ」
私をブスメガネと呼んだ男子生徒はそう言うと、どこかに行ってしまった。渡された紙袋を抱えてスカートをはたいていると思いがけなく声をかけられ、顔を上げる。
「大丈夫かい?」
美しい漆黒の髪と澄んだ
「殿下、彼女は平民ですので
「学園内では気にしないでほしいな」
「それは難しいでしょう」
殿下と殿下の従者の会話を聞きながら、私の存在に気付くなんて珍しい! と驚いていた。なにせ、私は存在が非常に薄く認識されにくいのだ。くだんのぶつかった男子生徒も目の前の私の存在に気付かなかったのだから。
「あの男子生徒の暴言は後で謝罪させ、訂正させよう。紳士にあるまじき行為だ」
殿下はそう言うが、私は首を横に振り俯く。
私のメガネは魔術道具の一種で、母の従者のエリオットが用意したものだ。このメガネをかけると、虹彩が茶色で、まつ毛もほとんどない非常に小さな瞳に見えるようになる。どうやら他人の目にはブサイクに映るらしい。だからブスメガネというのは事実だ。
平民の母に従者がいたのは、母が元々貴族令嬢だったからで、詳細は教えてくれなかったが、母は濡れ衣を着せられ貴族籍から抹消された上に追放されたらしい。その際に母を攫って凌辱したのが母より身分の高い男で、ぼろぼろになって監禁された母を救い出したのが母の従者エリオットとのことだ。エリオットが教えてくれた話はなかなか重いが、その事実がなければ私は存在しない。なにせその鬼畜男が私の父だからだ。
「君も俯いていないで、堂々と振舞うといい。姿勢も所作も美しい」
殿下の言葉にぐっとくるが、平民の私には雲の上の存在だ。従者が早く殿下を連れて行ってくれないかと願う。その願いが通じたのか、口を開かない私に苦笑いして殿下は去って行った。