『ちょっと外に出ますねー』
「はいよ」
そう言いながらヴェノミナーガさんは扉をすり抜けて行った。
珍しくヴェノミナーガさんが俺から離れているな。
こんだけ人がいるんだから知り合いの精霊でもいるんだろう。たぶん。
じゃ、カードの整理でも……。
『HEY! マスター!』
扉から出て行ったハズのヴェノミナーガさんが俺の座っているソファーの壁から生えてきた。
『Love letterは許さないからネ!』
「はよ行け」
『へぶしっ!』
俺は大成仏をヴェノミナーガさんの額へ投げつけた。
◇◆◇◆◇◆
その少年は唖然とした表情で、選手控え室のTVからリアルタイムで行われているデュエルを食い入るように見ていた。
『バトル、"仮面魔獣デス・ガーディウス"。ダーク・デストラクション』
『うわぁぁぁぁ!?』
LP
4000→0
デュエルを終えた彼は対戦相手を一瞥してから軽く溜め息をつくと、踵を返して歩き出す。
そこで中継は終わった。
「…………」
見終えた後も少年は暫くそこに佇んでいる。
見たこともない強力なレアカードを軸とした、繊細かつ大胆なタクティクス。
にも関わらず、根底は圧倒的な火力で相手を押し潰す戦法。
悔しいがその全てにおいて少年は自分の方が下だと直感的に理解していた。
そして、何より恐ろしいのは終始相手を手玉に取り続けた彼の手腕だろう。
わざわざ、相手に塩を贈るカードまで戦術に組み込む徹底ぶりだ。
どれをとっても一級。まるでプロデュエリストの試合を見ているようだったと少年は思っていた。
「勝てるのか……? 俺はあんな化け物に……」
少年が1勝すれば次に当たるのはリック・べネットその人だ。
少年には確実に勝つために兄から貸し出されたデッキがある。
「ムリだ……!」
兄のデッキではデス・ガーディウスに火力で勝てるモンスターが居なかった。
さらに倒せたとしてもモンスターのコントロールを奪われる。
少年の脳裏にはデス・ガーディウスの嘲笑うような笑い声が響いていた。
「くそっ……!」
少年は机に手を叩き付けた。
自分のデッキでもあのデッキに打ち勝つヴィジョンが浮かばない。八方塞がりという奴だ。
「こんなところで、俺は……」
「うぬは力が欲しいか?」
「うわぁっ!?」
突然、横から声を掛けられた事で少年はソファーから転げ落ちた。
「誰だ! 驚かすな!?」
少年が声の方向を見ると、青いようにも紫のようにも見える長髪をした少年と同年代ほどの綺麗な少女がニコニコしながらそこにいた。
「本当に誰だ……?」
少年にそんな知り合いは居ない。
とすると部外者、あるいは一般人だろう。
「まあまあそんなことはどうでもいいじゃないですか」
「いいわけある――」
「勝ちたいのでしょう?」
ここは選手控え室。当たり前だが関係者以外の立ち入りは禁止だ。それを咎め立てようと少年はしたが少女の言葉に止められてしまった。
「っ……!?」
「図星ですね」
相変わらず少女はニコニコとしている。
「だったら……」
少女は1度指を立てた。
「これを差し上げましょう」
手を1度振るうと、手に3枚のカードが握られていた。
「あなたのところに行きたがっていますからね」
少女は強引に少年にカードを持たせた。
「カード? そんなものイラ……!?」
そのカードを見て少年は驚愕した。
「な!? これは伝説の……どういうつもりだ!」
少年がカードから顔を上げ、少女へ言葉を吐いた。
「え?」
だが、そこには誰も居なかった。
それどころか部屋の何処にも少女の姿はなかった。
机に3枚のカードを置き、外に出ようとしてみるがノブが回らなかった。
それもそのはず、部屋に1つしかないドアには少年が内側から鍵を掛けていたからだ。
それ以前に外には2人のガードマンが立っていて誰かが入れるわけはない。
そして防犯上の理由から控え室には窓も無かった。
いったい、少女はどうやって入り込み、どうやって出て行ったというのか?
狐に摘ままれたような気分になりながら、夢でも見ていたのだろうと少年は解釈し、ソファーに戻る。
そして机に目を落とし、目を見開いた。
なぜなら――。
机の上の"2枚のモンスターカードと、1枚の魔法カード"が夢では無い事を示していたのだ。
「………………」
少年は無言で3枚のカードをそっと手に持ち、自分の本来のデッキを取り出し、それらを眺めた。
伝説と呼ばれるカードシリーズのひとつ。それが今、ここにある。
しかも、その中で最も人気と希少価値が高いカードだ。
少女はなぜこれを少年に渡したのか?
それを知る術は少年にはない。
ひとつ確かなことはこのカードならデス・ガーディウスを打倒することが可能だということだ。
「………………てやる」
少年はポツリと何かを呟いた。
「やってやる……勝つためなら亡霊だろうが、悪魔だろうが、伝説だろうが使ってやる! 俺はッ!」
少年はソファーから勢いよく立ち上がり、高らかと宣言した。
「デュエルキングになる男! "万丈目 準"だ!」
◇◆◇◆◇◆
『マスター、マスター』
「ん?」
1時間半ぐらいどこかへ行っていたヴェノミナーガさんが急に目の前に現れ、話し掛けてきた。
『知っていますか?』
「何が?」
『踏み台というモノは高ければ高いほど、踏み越えた後に高いモノに手が届くようになるんですよ?』
「?」
踏み台? 何かの比喩だろうか?
『やっぱりするなら刺激的なデュエルですよねー。うふふー』
「あなたの刺激的はソリティアでしょうに」
『失礼な!?』
「事実でしょうに」
『ぐぬぬ……』
そんな会話をしているとまた、デュエル場に出ろとのアナウンスが流れてきた。
「そろそろか」
やっぱ待ち時間が長かったな。
『次の対戦相手は同い年の万丈目 準という子ですね。万丈目財閥の三男です』
「なあ、ヴェノミナーガさん……?」
『はい?』
「アメリカ人は……?」
ABの両ブロックの対戦表を見てみるが、アメリカ人の子が半分切っているという有り様である。
これ全米大会なんじゃ……。
『そりゃ、全米を対象にしてはいますがIS社による超巨大なデュエル大会ですからね。世界中の金持ちの子はアメリカに渡航してわざわざ参加してるんですよ』
妙に日本人が多いのはやっぱりデュエルキング発祥の地だからか。
『まあ、金=実力ですからね。途中までは』
「まあな」
ぶっちゃけ、結局のところ金だ。
弱いモンスターでも下克上の首飾りなりで強化すればいい?
じゅあ聞くがさぁ……。
レベル1通常に装備すれば、凄まじい攻撃力の跳ね上がりを見せる下克上が本気で安いと思ってるの?
寧ろ下手なウルトラレアよりよっぽど高いわ。
ワゴンに埋まってるから魂喰らいの魔刀使え、魔刀。
ただ……カードが揃わないので運用は難しいけどな。
というかレスキューキャットorオジャマ系でも使わない限り、ディスアドバンテージが凄く痛い。
レスキューラビットというカードは世界に存在しないしな……ちくせう……。
ラビットさんさえあればデス・ガーディウスがどれほど出しやすくなるか……。
「じゃ、そろそろ行くか」
『40秒で支度しな……って置いてかないでくださいよー!』
俺はなんか言ってるヴェノミナーガさんをほっておいてデュエルリングに向かった。
◇◆◇◆◇◆
デュエルリングでは既にその万丈目とやらが腕を組んで待ち構えていた。
ってか頭凡骨率高いな。
「来たな! リック・べネット!」
万丈目は早くもデュエルディスクを構えた。
『うっほー、やる気満々ですねー』
「血気盛んな事で……」
俺もデュエルリングに上がり、位置についた。
まあ、今度はもっと楽しめればいいが……。
「行くぞ、デス・ガーディウス」
『ゲッゲッゲ……』
そう言いながらデッキをデュエルディスクにセットするとデュエルディスクが音を立てて展開され、それに答えるように背後にデス・ガーディウスが現れた。
『Aブロック第9試合。リック・べネット対万丈目 準』
この時、俺はまだ知るよしもなかった。
『開始』
「「デュエル!」」
リック
LP4000
万丈目
LP4000
この万丈目という奴とは結構な腐れ縁になるということを。
多分、勘のいい人なら万丈目君に渡ったカードが何かわかりますよね。