インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回の一夏くん。マジ主人公です。


第139話 妨害工作(後編)

 

 一夏が敵の初撃を防いでから、1時間ほど経過した深夜の2時頃。

 インドネシア・アナンバス諸島のとある無人島で、純白の無人パワードスーツが1機、偵察活動を行っていた。

 鬱蒼と生い茂る森に身を潜め、200mほど先の拓けた場所に、カメラアイと集音センサーを向けている。

 そうして一夏へと送られてくる映像情報には、見慣れない大型パワードスーツが3機映っていた。

 着るというよりは、乗ると表現する方が正しいだろう。

 全高は既存パワードスーツの2倍程度あり、体幹も四肢も随分と太い。装甲色は黒で統一されていて、闇夜に紛れてしまいそうだ。恐らくあれが、試作機ルサールカ(※1)だろう。

 他にはF-4パワードスーツが4機あった。こちらは如何にも海賊といった感じで、装甲に統一性の無い派手なペイントがされている。

 

(………多いな)

 

 一夏の率直な感想だった。

 カラードから入手した情報によれば、海賊拠点は3つある。そして他2ヶ所の偵察でも、同じだけの戦力が確認されていた。つまりルサールカが9機、F-4パワードスーツが12機。一介の海賊にしては、随分と豪勢な装備だ。

 

(………今回の一件ってもしかして、海賊を隠れ蓑にした新兵器の実験が背景だったのかな?)

 

 これだけ試作機があるなら、十分にあり得る話だろう。

 だが一夏はすぐにその考えを振り払った。もう状況は動き出しているのだ。余計な事を考えている暇はない。

 

ナイト01(織斑一夏)より各機へ。配置はどうですか?』

ガード01(護衛隊長)、02、03、配置についた』

ガード04(分隊隊長)、05、06、配置についた』

ナイト02(3年生)、配置についたわ』

 

 一夏は護衛対象(タンカー)に元々乗り込んでいた護衛部隊に協力を仰ぎ、3つの海賊拠点に対して、同時攻撃作戦に踏み切っていた。

 一番近い第1拠点には01~03、二番目に近い第2拠点には04~06と無人機、一番遠い第3拠点には専用機持ち(3年生)を投入している。

 そしてこの作戦の肝は、同時奇襲にあった。

 単純に攻略するだけなら、専用機持ち(3年生)だけで事足りる。だがそれでは他の拠点に情報が伝わって、逃げられる可能性があった。如何に一騎当千の超兵器とは言え、移動時間という制約からは逃れられないのだ。そして敵機の海中潜行を許せば、再補足は困難だろう。だから護衛部隊に声を掛けた。

 

(今のところは発見されている様子もない。上手くいっている。けど………)

 

 不安が無い訳ではない。むしろ不安だらけだ。

 何せこの作戦は一夏自身が立案して、護衛部隊に指揮下に入ってもらっているのだ。

 もし何かあれば、全て自分の責任となる。

 また決して避けては通れない決断が、最後にあった。

 

(後は攻撃命令を下すだけ。下せば、海賊たちは死ぬ)

 

 直接ではないにしろ、自身の命令で他者が死ぬというのは、重い決断であった。

 普通なら、大人が下すべきものだ。

 だが一夏は、その決断から逃げなかった。

 本能的に理解していたのだ。

 何かを護るという事は敵がいるという事であり、責任を持って何かを護るというなら、決してその決断から逃げてはならないということを。自身がISに乗り続ける限り、ずっとついて回るものだということを。

 加えて、“世界最強の単体戦力(NEXT)”が近くにいたのも大きかった。世界最強の武力(NEXT)最高の頭脳(篠ノ之束)をもってしても、全てを救うなんて真似は出来ないのだ。なのに何故、自分程度が行えると言えるのか。護って欲しいと言っている人をしっかり護ってこそ、責任ある護り手だろう。

 一夏は自然とそう考えていた。

 だからこそ、彼の命令は苛烈なものになっていた。

 

ナイト01(織斑一夏)より各機へ。最優先撃破目標は新型機。船の安全が最優先ですから、海賊の生け捕りは考えなくてもいいです』

 

 この命令に、護衛部隊は一瞬ざわめいた。

 若造なら人が死ぬという事に忌避感を覚え、「可能であれば殺さないように」くらいは言うと思っていたのだ。そして命のやり取りをする現場において、無能な指揮官ほど厄介なものはない。

 

『へぇ、分かってるじゃないか』

 

 護衛部隊の1人が呟いた。

 今の状況で「可能なら殺さないように」なんて命令は、数で劣る護衛部隊に奇襲の利点を捨てろと言っているに等しい。つまり損害を許容するという意味だ。だが一夏の命令は違う。味方を生き残らせる命令だ。形だけの「頑張れ」などと言う言葉より、万倍信用に足る。

 

『じゃあ、30秒後に突入して下さい。準備はいいですか?』

『ガード01、問題なし』

『ガード02、問題なし』

『ガード03、問題なし』

『ガード04、問題なし』

『ガード05、問題なし』

『ガード06、問題なし』

ナイト02(3年生)、問題ないわ』

 

 最後に返答しながら、ルージュ(3年生)は思った。もし自分が同じ状況にあったとして、同じように情報を集め、現場の人間と交渉し、まとめ上げ、敵拠点を叩くという判断を下せるだろうか?

 ISの思考加速(ハイパーセンサー)まで使った短くない自問自答の末、彼女は自信がないという結論に至っていた。

 そもそも攻めるという事は、警備が薄くなるということだ。自分の実力に自信が無ければ、単騎で残るなんて判断は下せない。元々いた護衛部隊を攻撃に使うのも、万一撃破され命を落とす可能性を考えたら、自分からは言えなかっただろう。

 だが彼は、判断を下した。

 船を護る為には必要だからと、現場の人間を説得し、作戦に投入した。

 

(これが専用機持ち、という事なのかしら?)

 

 IS学園で色々学びはしたが、突き詰めれば如何に機体を上手く扱うか、という事に集約される。

 だが現場に出て分かった。そんなものは必要最低限の条件に過ぎない。

 自身の実力や現場の状況を把握し、刻一刻と変わる状況に対応できてこそ、一人前のISパイロットと言えるのだろう。

 

(………なるほど。薙原晶(NEXT)主催の放課後の訓練が、不利な状況の訓練を重要視する訳ね)

 

 IS=戦場の絶対的強者。

 性能という一面で見れば、確かに間違ってはいない。しかし状況というファクター(要素)が絡めば、絶対的強者であっても容易く防戦一方の戦いを余儀なくされる。

 彼女は今更ながらに、この当たり前の事実を理解した。

 そして理解したからこそ、思考がもう一歩先へと進む。

 

(彼の傍らにいれば、私も同じことが出来るようになるのかしら?)

 

 学園の授業では、こんな事は教えてくれない。放課後の訓練も2年1組が優先で、必ず出られる訳ではない。自分で学べない事もないが、卒業までの短い期間を考えたら、効率よく経験を積まなければならない。なら出来る限り彼のミッションに同行して、現場での動きを見て学ぶ、というのも1つの方法だろう。

 そんな事を考えている間にも、カウントダウンは進んでいく。

 

『……5……4……3……』

 

 意識を切り替え、全武装のセーフティを解除する。

 

『2……1……作戦開始』

 

 こうして護衛ミッションは一夏の発案により、海賊拠点制圧という新たな局面を迎えるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 作戦開始から十数秒。

 護衛対象(タンカー)で報告を待つ一夏は、内心の不安を押し殺すのに必死だった。

 勝算があるからこそ立案した作戦だが、どうしても万一を考えてしまう。

 

(いや、大丈夫。大丈夫なはずだ)

 

 内心で何度となく繰り返した言葉を、もう一度繰り返す。

 ISを投入した第3拠点については心配していない。ナイト02(3年生)は専用機持ちになったばかりだが、まさかパワードスーツに負ける事は無いだろう。だから心配しているのは、第1と第2拠点の方だ。パワードスーツの火力で奇襲攻撃を仕掛けたのだから、よほど予想外の事態が発生しない限り、反撃を受ける事は無いはずだ。

 しかし現場というのは、何があるか分からない。

 そうして短くとも長い時間が経過した後、通信が入った。

 

ガード01(護衛隊長)よりナイト01(織斑一夏)へ。第1拠点、制圧完了。損害無し』

 

 思わず、小さくガッツポーズをしてしまう。

 これで心配の種が1つ消えた。

 

ナイト01(織斑一夏)了解。帰還して下さい』

『残骸はこのままでいいのかい?』

 

 試作機なら回収して何処かに売り払えば、それなりの臨時収入になるだろう、ということだ。だが一夏は行わなかった。こんなミッションに使っている試作機だ。何が仕掛けてあるか分かったものではない。

 

『そのまま放置して下さい』

『分かった。これより帰還する』

 

 そうして通信が切れた直後、今度はガード04(分隊隊長)から通信が入った。

 

ガード04(分隊隊長)よりナイト01(織斑一夏)へ。第2拠点、制圧完了。損害無し』

 

 再度小さくガッツポーズ。

 これで残るは、ISを投入している第3拠点のみ。ここまで来たら、損害が出る事は無いだろう。だが、ふと思う。

 

(………あれ? なんでナイト02(3年生)から報告が上がってこないんだ?)

 

 戦力的に考えれば、一番先に報告が来なければおかしいはず。

 その時だった。

 

『な、ナイト02(3年生)、エンゲージIS!! 数2、キャァァァァァ!!』

 

 通信に飛び込んでくる悲鳴と破砕音。直後、データリンクで示されている機体ステータスが、一気に悪化した。右腕部装甲破損。右マニュピレーター全損。レーザーライフル全損。左脚部装甲半壊。エネルギーシールド消耗率が一瞬で50%を超える。

 そしてこの瞬間、一夏は決断を迫られた。

 助けに行くか否か。

 行けば、助けられるかもしれない。だが行けば、30万トン級オイルタンカーという鈍重な護衛対象は無防備になる。もし敵がもう一手隠し持っていたら、それで詰みだ。

 

(どうする!? どうすれば良い!!)

 

 迷う一夏。迷っている時間など無いと分かっているだけに焦る。

 しかし、彼は運が良かった。

 部下を伴った初めてのミッションという事で、今回限りの強力なバックアップがあったからだ。

 コアネットワークで晶から通信が入る。

 

(一夏、行け。船はこっちで護る)

(すまない!!)

 

 何故? どうして? どこの勢力が? 目的は?

 あらゆる疑問を後回しにして、一夏は動いた。

 背部ウイングブースター出力最大。吐き出される膨大な推力が、機体を瞬く間に超音速領域へと突入させる。

 だが、まだ足りない。

 1秒でも、コンマ1秒でも早く、味方の元へ!!

 だから、使う事にした。

 

 ―――四重加速(フォースアクセル)、READY。

 

 これは白式・雪羅が、セカンドシフトの際に生み出した機能の1つ。

 瞬時加速(イグニッションブースト)の4連続使用により、第一次形態に比して最大速度+90%という、狂気の加速性能を実現している切り札だ。

 

 ―――GO!!

 

 超音速領域から極超音速領域へ。

 そして動き出した一夏の思考は、急速に落ち着きを取り戻していた。

 敵を撃破するのに、派手な動きなど必要無い。

 突っ込んで、ぶった切る。それだけでいい。

 今、敵の姿は水平線の向こう側で見えない。だがこちらにはデータリンクがある。

 ナイト02(3年生)の機体が生きている以上、周囲の情報は筒抜けなのだ。

 そしてISによる思考加速(ハイパーセンサー)の中で、一夏は必要な情報を収集する。

 敵機の現在位置はナイト02(3年生)の至近距離。地上。第3拠点の浜辺。前後から挟み込むように。直線上に障害物無し。

 これだけ分かれば十分だった。

 地上に立つ人間が見える水平線までの距離は約5km。

 海面スレスレを今の速度で突撃したら、水平線から接敵まで3秒だ。

 音は遥か彼方後方で、監視衛星で見張っていたとしても、この速度で動くISを捉えられるはずがない。

 そして如何にISのセンサーが優れていようが、単体で水平線の向こう側を捉える事はできない。

 地球の丸みが、どんなステルスよりも強力に自身の姿を隠してくれる。

 一夏は熱い心と冷静な狩人の思考をもって、空を駆けて行ったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は数秒だけ遡る。

 ルージュ(3年生)は奇跡的に奇襲を回避し、一夏に通信を入れる事ができた。だが、出来たのはそこまでだった。

 空へと上がる回避行動を先読みされ、懐に入られ、散弾バズーカとショットガンの接射でエネルギーシールドを削られる。気づけば、右腕部に深刻なダメージ。レーザーライフルはロスト。左脚部の機能も低下している。

 更に脚を掴まれ、振り回され、タップリと遠心力の乗った状態で、ハンマー投げのように地上に向かって投げ落とされた。

 落下の衝撃で動きが止まる。

 逃げなければ、と思った時には遅かった。

 敵の1機がマウントポジション。

 胸元に銃口が突き付けられる。

 絶対防御の安全性など、脳裏から消し飛んでいた。

 暴力に対する純粋な恐怖。

 無我夢中で左腕レーザーブレードをアクティブ。振り回す。

 いや、振り回そうとした。だが、出来なかった。

 もう1機が左腕を踏み付け、振り回す事すら許してくれない。

 それどころか踏み付けられている左腕に、ショットガンが押し当てられた。

 衝撃。左腕装甲損壊。衝撃。左腕装甲半壊。衝撃。左腕機能停止。

 瞬く間に削られていくエネルギーシールド。

 同時に、胸元に撃ち込まれる散弾バズーカ。

 シールドエネルギーが30%を切った。

 死への純粋な恐怖が、ルージュに後先考えない行動を取らせる。

 残る全エネルギーをメインブースターへ。

 最大出力で吹かし、どうにかマウントポジションの敵機を振り払う。

 

(このまま、離れて――――――)

 

 無我夢中で離脱しようとする。

 だが、そんな事をさせてくれる相手ではなかった。

 機体が加速する前にもう一度脚を掴まれ、地面へと叩きつけられる。

 今度はうつ伏せだ。がら空きの背中に、弾丸が撃ち込まれる。

 メインブースター機能停止。

 シールドエネルギーが10%を切った。

 そしてこの時の事を、ルージュは生涯忘れないだろう。

 風が吹いた。爆音が轟いた。撃たれたと思った。死んだと思った。

 だが痛みが、いつまで経っても襲ってこない。

 何故?

 次いで遠くに、何かが落ちる音がした。

 恐る恐る顔を上げてみれば、襲ってきたISの片割れが倒れている。

 エネルギー反応ゼロ。

 シールドエネルギーが完全に枯渇していた。

 

(えっ!? まさ、か………?)

 

 視界の片隅に映る白い閃光。

 この時点で一夏は、既に残る1機に狙いを定めていた。

 彼がやったのは単純なことだ。

 極超音速領域(マッハ5以上)で零落白夜を起動。相手が気づく前に懐まで飛び込み、雪片弐型で一撃。振り抜いた反動で、すれ違いざまに方向転換。残る1機を正面に捉え、両足と左手を地面につけて強制減速。PIC制御の限界を超えて身体にかかる絶大な負荷は気合で耐える。

 そしてもう一度――――――。

 

 ―――四重加速(フォースアクセル)、READY。

 

 ―――GO!!

 

 解き放たれた膨大な推力が、IS相手に正面からの奇襲を成功させる。

 相手に行動させる暇なんて与えない。

 何もさせない。

 俺の前では、絶対仲間をやらせない。

 左腕“雪羅”で相手の首を掴み、勢いのままに押し倒し、数百メートルに渡って大地に擦り付ける。

 同時に“雪羅”で零落白夜を起動。相手のエネルギーシールドを直接蝕み、一瞬で絶対防御を発動させる。だが意識は失っていない。なので一夏は、相手に一度だけ選択権を与えた。

 

「武装解除して下さい」

 

 普段の一夏を知っていれば、信じられないほど冷たい声だった。

 

「………」

「断るならそれでいいです。どのみち、貴女達は終わりですから」

「………」

「どんな命令を受けてここに来たのかは知りませんが、今船は俺の師匠とその部下が護っています。信じる信じないはそっちの勝手ですけど、ここで俺から逃げたところで、貴女達が生還できる可能性はありません」

 

 顔が分からないように仮面で隠されているが、驚きと諦めの雰囲気は伝わってきた。

 

「………分かったわ」

 

 手にしていた武器が、投げ捨てられる。

 しかし一夏は騙されなかった。

 

「何をしているんですか? ISを解除して、待機形態にして渡して下さい」

 

 舌打ちが聞こえてくる。だが相手も勝ち目がない事は分かったようだった。ISを解除し、待機形態となったネックレスを渡してくる。

 そうしてもう1人も武装解除させた一夏は、倒れていたルージュ(3年生)に近づいた。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。機体はこんなだけど、体は何とか………ね」

「良かった」

 

 一夏は、ホッとした安堵の表情を浮かべた。

 この時ルージュ(3年生)が思った事は、本人にしか分からない。

 そしてその感情は、一夏の次の行動で大きく加速してしまった。

 天然ジゴロの本領発揮である。

 

「じゃあ、戻りましょうか」

 

 彼は、彼女を抱き抱えた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつである。

 

「えっ? ちょっ!? お、下ろしてってば、慣性制御系はまだ辛うじて生きてるから、何とか飛べるわ」

「戻るまで時間が掛かり過ぎます。大人しくしてて下さい」

「えっと、えっと、そ、そうだ。あの武装解除させた2人はどうするの?」

 

 頭では仕方ないと理解しているが、恥ずかしさの余り、どうにか下ろしてもらおうと無駄な努力をする。

 ちなみに敵パイロット達は、拘束する為の道具が無いので一ヶ所にまとめられ、放置されていた。

 

「今、無人機をこっちに呼びました。あれなら運べると思います」

 

 一夏はルージュに、優しい顔を向けながら答えた。

 その後、襲ってきた2人に冷たい表情を向けながら告げる。

 

「ああ、そうだ。無人機が到着するまで少し時間がありますから、逃げるなら逃げてもいいですよ」

 

 ここは無人島だ。逃げる方法などある訳がない。

 ISスーツに付属している通信機能までは奪っていないが、助けを求めたところですぐに来る訳がない。

 加えてどこの差し金かは知らないが、非合法ミッションで失敗したパイロットの末路など、碌なものではないだろう。

 助けを求めたところで、送り込まれるのは処刑人かもしれない。

 踵を返し去ろうとする一夏に、2人は慌てて縋った。

 

「まっ、待って!! せめて、無人機が来るまでは、ここにいて。いえ、いて下さい」

「………じゃあ、何か喋って下さい」

 

 何を、とは一言も言わない。

 だがこの状況で喋れと言われて、後の扱いを想像しない人間はいないだろう。

 更に一夏は、晶にこっそりと通信を繋いでいた。これでここの会話は、全て向こうにも伝わる。

 面倒な事は、師匠()に丸投げだ。

 

「わ、私達は――――――」

 

 そうして喋ってくれた背景情報は、海賊とは全く関係無いものだった。

 2人が狙っていたのは、ルージュ・リップ個人。

 彼女を支援している企業のライバル企業が、広告塔である専用機を潰しに来たのだ。

 成りたての今なら、楽に潰せると考えたらしい。

 

(………杜撰だな)

 

 一夏の素直な感想だった。

 よりによって師匠()がバックアップに入っている現場で潰そうとした?

 あの戦闘能力を知っているなら、ちょっと、いやかなり考えられない蛮行だ。

 しかし話を聞いていくと、どうやら師匠()がバックアップに入っている事を知らなかったらしい。

 一夏は通信で、晶に尋ねてみた。

 

『この人達の言ってること、本当かな?』

『本当だと思うぞ。出発前に、俺の現在位置は偽装してきたから』

『え?』

『今俺、カラード本社にいる事になっている。苦労したんだぞ』

『本当?』

『嘘ついてどうする』

『そこまでして………ありがとう』

『良いってことさ。で、話を戻すけど、俺の存在を知らなかったなら、あそこで仕掛けたのも納得だ。単機になった新米専用機持ちを、2対1で確実に潰す。お前の存在がネックだったかもしれないが、多分護衛対象から離れないっていう予想が立っていたんだろうな』

『なんでかな?』

『日頃の態度じゃないか。お前、テレビにも結構出てるだろ。露出が増えれば、その分人柄も知れる。何より1年前IS学園が襲撃された時、お前自分を顧みないで観客席護ったろ。それを知っていれば、割と簡単に予測は立つと思うな』

『そっか………弱点なのかなぁ』

『俺が思うに、そういう人間のところに人は集まる。弱点なもんか。強みだよ』

『でもまた、同じようにされたら』

『全部1人でやるのは大変だ。だから、仲間に助けてもらおうぜ』

『お前が言うと説得力あるよ。ホント』

『1人じゃ出来ない事も多いからな。これは本当に実感してる』

 

 こうして話している間に無人機が到着した。

 

『これから捕虜2人を回収して戻るけど、機体も一緒にそっちに預けていいかな?』

『ちょっと待て、お前、護衛続ける気か?』

『仕事だろ。最後までやらないと』

3年生(ルージュ)の状態を考えたら、お前1人で後1日以上を護衛する事になる。その間、ずっと集中力を維持できるのか?』

『ちょっと厳しいけど、仕方ないよ』

『厳しいって分かってるなら、交代だ』

『いや、バックアップしてもらって、その上交代だなんて流石に悪いよ』

『バーカ。こういう時の為のバックアップだろう。それに今回、お前はもうキッチリ仕事をしている。敵の初撃を防いで、味方も生き残らせた。船に損害も出ていない。役目を果たした上での交代だ。引け目を感じる必要なんてない』

『………良いのか?』

『いいんだよ。今、帰還用の輸送機を手配した。1時間くらいでそっちの上空を通るから飛び乗ってくれ』

『ありがとう。ところで捕虜2人と機体はどうしたらいい?』

『ハウンド1と3に機材を持たせて、そっちに向かわせた。機体を渡してやってくれ。その場でチェックしてから回収する。捕虜2人もこっちで引き取ろう』

『分かった。なら、後は頼むよ』

『任された』

 

 こうして一夏とルージュ(3年生)は、護衛ミッションを引き継ぎ帰還することになったのだった――――――。

 

 

 

 ※1:ルサールカ

  元ネタはACMoA登場の水陸両用オーバーテクノロジー機のマーマンです。

  製造元をロシア企業にしたので、マーマン(人魚)をロシア語にしてみました。

 

 

 

 第140話に続く

 

 

 




今までNEXTの直弟子で凄いとは言われていても、実戦でどうかまでは知られていなかった一夏くん。ついにそのベールを脱ぎました。

作者的には対集団戦闘はセシリア。タイマンは一夏、という感じでしょうか。


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