インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
一夏が敵の初撃を防いでから、1時間ほど経過した深夜の2時頃。
インドネシア・アナンバス諸島のとある無人島で、純白の無人パワードスーツが1機、偵察活動を行っていた。
鬱蒼と生い茂る森に身を潜め、200mほど先の拓けた場所に、カメラアイと集音センサーを向けている。
そうして一夏へと送られてくる映像情報には、見慣れない大型パワードスーツが3機映っていた。
着るというよりは、乗ると表現する方が正しいだろう。
全高は既存パワードスーツの2倍程度あり、体幹も四肢も随分と太い。装甲色は黒で統一されていて、闇夜に紛れてしまいそうだ。恐らくあれが、試作機ルサールカ(※1)だろう。
他にはF-4パワードスーツが4機あった。こちらは如何にも海賊といった感じで、装甲に統一性の無い派手なペイントがされている。
(………多いな)
一夏の率直な感想だった。
カラードから入手した情報によれば、海賊拠点は3つある。そして他2ヶ所の偵察でも、同じだけの戦力が確認されていた。つまりルサールカが9機、F-4パワードスーツが12機。一介の海賊にしては、随分と豪勢な装備だ。
(………今回の一件ってもしかして、海賊を隠れ蓑にした新兵器の実験が背景だったのかな?)
これだけ試作機があるなら、十分にあり得る話だろう。
だが一夏はすぐにその考えを振り払った。もう状況は動き出しているのだ。余計な事を考えている暇はない。
『
『
『
『
一夏は
一番近い第1拠点には01~03、二番目に近い第2拠点には04~06と無人機、一番遠い第3拠点には
そしてこの作戦の肝は、同時奇襲にあった。
単純に攻略するだけなら、
(今のところは発見されている様子もない。上手くいっている。けど………)
不安が無い訳ではない。むしろ不安だらけだ。
何せこの作戦は一夏自身が立案して、護衛部隊に指揮下に入ってもらっているのだ。
もし何かあれば、全て自分の責任となる。
また決して避けては通れない決断が、最後にあった。
(後は攻撃命令を下すだけ。下せば、海賊たちは死ぬ)
直接ではないにしろ、自身の命令で他者が死ぬというのは、重い決断であった。
普通なら、大人が下すべきものだ。
だが一夏は、その決断から逃げなかった。
本能的に理解していたのだ。
何かを護るという事は敵がいるという事であり、責任を持って何かを護るというなら、決してその決断から逃げてはならないということを。自身がISに乗り続ける限り、ずっとついて回るものだということを。
加えて、“
一夏は自然とそう考えていた。
だからこそ、彼の命令は苛烈なものになっていた。
『
この命令に、護衛部隊は一瞬ざわめいた。
若造なら人が死ぬという事に忌避感を覚え、「可能であれば殺さないように」くらいは言うと思っていたのだ。そして命のやり取りをする現場において、無能な指揮官ほど厄介なものはない。
『へぇ、分かってるじゃないか』
護衛部隊の1人が呟いた。
今の状況で「可能なら殺さないように」なんて命令は、数で劣る護衛部隊に奇襲の利点を捨てろと言っているに等しい。つまり損害を許容するという意味だ。だが一夏の命令は違う。味方を生き残らせる命令だ。形だけの「頑張れ」などと言う言葉より、万倍信用に足る。
『じゃあ、30秒後に突入して下さい。準備はいいですか?』
『ガード01、問題なし』
『ガード02、問題なし』
『ガード03、問題なし』
『ガード04、問題なし』
『ガード05、問題なし』
『ガード06、問題なし』
『
最後に返答しながら、
そもそも攻めるという事は、警備が薄くなるということだ。自分の実力に自信が無ければ、単騎で残るなんて判断は下せない。元々いた護衛部隊を攻撃に使うのも、万一撃破され命を落とす可能性を考えたら、自分からは言えなかっただろう。
だが彼は、判断を下した。
船を護る為には必要だからと、現場の人間を説得し、作戦に投入した。
(これが専用機持ち、という事なのかしら?)
IS学園で色々学びはしたが、突き詰めれば如何に機体を上手く扱うか、という事に集約される。
だが現場に出て分かった。そんなものは必要最低限の条件に過ぎない。
自身の実力や現場の状況を把握し、刻一刻と変わる状況に対応できてこそ、一人前のISパイロットと言えるのだろう。
(………なるほど。
IS=戦場の絶対的強者。
性能という一面で見れば、確かに間違ってはいない。しかし状況という
彼女は今更ながらに、この当たり前の事実を理解した。
そして理解したからこそ、思考がもう一歩先へと進む。
(彼の傍らにいれば、私も同じことが出来るようになるのかしら?)
学園の授業では、こんな事は教えてくれない。放課後の訓練も2年1組が優先で、必ず出られる訳ではない。自分で学べない事もないが、卒業までの短い期間を考えたら、効率よく経験を積まなければならない。なら出来る限り彼のミッションに同行して、現場での動きを見て学ぶ、というのも1つの方法だろう。
そんな事を考えている間にも、カウントダウンは進んでいく。
『……5……4……3……』
意識を切り替え、全武装のセーフティを解除する。
『2……1……作戦開始』
こうして護衛ミッションは一夏の発案により、海賊拠点制圧という新たな局面を迎えるのだった――――――。
◇
作戦開始から十数秒。
勝算があるからこそ立案した作戦だが、どうしても万一を考えてしまう。
(いや、大丈夫。大丈夫なはずだ)
内心で何度となく繰り返した言葉を、もう一度繰り返す。
ISを投入した第3拠点については心配していない。
しかし現場というのは、何があるか分からない。
そうして短くとも長い時間が経過した後、通信が入った。
『
思わず、小さくガッツポーズをしてしまう。
これで心配の種が1つ消えた。
『
『残骸はこのままでいいのかい?』
試作機なら回収して何処かに売り払えば、それなりの臨時収入になるだろう、ということだ。だが一夏は行わなかった。こんなミッションに使っている試作機だ。何が仕掛けてあるか分かったものではない。
『そのまま放置して下さい』
『分かった。これより帰還する』
そうして通信が切れた直後、今度は
『
再度小さくガッツポーズ。
これで残るは、ISを投入している第3拠点のみ。ここまで来たら、損害が出る事は無いだろう。だが、ふと思う。
(………あれ? なんで
戦力的に考えれば、一番先に報告が来なければおかしいはず。
その時だった。
『な、
通信に飛び込んでくる悲鳴と破砕音。直後、データリンクで示されている機体ステータスが、一気に悪化した。右腕部装甲破損。右マニュピレーター全損。レーザーライフル全損。左脚部装甲半壊。エネルギーシールド消耗率が一瞬で50%を超える。
そしてこの瞬間、一夏は決断を迫られた。
助けに行くか否か。
行けば、助けられるかもしれない。だが行けば、30万トン級オイルタンカーという鈍重な護衛対象は無防備になる。もし敵がもう一手隠し持っていたら、それで詰みだ。
(どうする!? どうすれば良い!!)
迷う一夏。迷っている時間など無いと分かっているだけに焦る。
しかし、彼は運が良かった。
部下を伴った初めてのミッションという事で、今回限りの強力なバックアップがあったからだ。
コアネットワークで晶から通信が入る。
(一夏、行け。船はこっちで護る)
(すまない!!)
何故? どうして? どこの勢力が? 目的は?
あらゆる疑問を後回しにして、一夏は動いた。
背部ウイングブースター出力最大。吐き出される膨大な推力が、機体を瞬く間に超音速領域へと突入させる。
だが、まだ足りない。
1秒でも、コンマ1秒でも早く、味方の元へ!!
だから、使う事にした。
―――
これは白式・雪羅が、セカンドシフトの際に生み出した機能の1つ。
―――GO!!
超音速領域から極超音速領域へ。
そして動き出した一夏の思考は、急速に落ち着きを取り戻していた。
敵を撃破するのに、派手な動きなど必要無い。
突っ込んで、ぶった切る。それだけでいい。
今、敵の姿は水平線の向こう側で見えない。だがこちらにはデータリンクがある。
そして
敵機の現在位置は
これだけ分かれば十分だった。
地上に立つ人間が見える水平線までの距離は約5km。
海面スレスレを今の速度で突撃したら、水平線から接敵まで3秒だ。
音は遥か彼方後方で、監視衛星で見張っていたとしても、この速度で動くISを捉えられるはずがない。
そして如何にISのセンサーが優れていようが、単体で水平線の向こう側を捉える事はできない。
地球の丸みが、どんなステルスよりも強力に自身の姿を隠してくれる。
一夏は熱い心と冷静な狩人の思考をもって、空を駆けて行ったのだった――――――。
◇
時間は数秒だけ遡る。
空へと上がる回避行動を先読みされ、懐に入られ、散弾バズーカとショットガンの接射でエネルギーシールドを削られる。気づけば、右腕部に深刻なダメージ。レーザーライフルはロスト。左脚部の機能も低下している。
更に脚を掴まれ、振り回され、タップリと遠心力の乗った状態で、ハンマー投げのように地上に向かって投げ落とされた。
落下の衝撃で動きが止まる。
逃げなければ、と思った時には遅かった。
敵の1機がマウントポジション。
胸元に銃口が突き付けられる。
絶対防御の安全性など、脳裏から消し飛んでいた。
暴力に対する純粋な恐怖。
無我夢中で左腕レーザーブレードをアクティブ。振り回す。
いや、振り回そうとした。だが、出来なかった。
もう1機が左腕を踏み付け、振り回す事すら許してくれない。
それどころか踏み付けられている左腕に、ショットガンが押し当てられた。
衝撃。左腕装甲損壊。衝撃。左腕装甲半壊。衝撃。左腕機能停止。
瞬く間に削られていくエネルギーシールド。
同時に、胸元に撃ち込まれる散弾バズーカ。
シールドエネルギーが30%を切った。
死への純粋な恐怖が、ルージュに後先考えない行動を取らせる。
残る全エネルギーをメインブースターへ。
最大出力で吹かし、どうにかマウントポジションの敵機を振り払う。
(このまま、離れて――――――)
無我夢中で離脱しようとする。
だが、そんな事をさせてくれる相手ではなかった。
機体が加速する前にもう一度脚を掴まれ、地面へと叩きつけられる。
今度はうつ伏せだ。がら空きの背中に、弾丸が撃ち込まれる。
メインブースター機能停止。
シールドエネルギーが10%を切った。
そしてこの時の事を、ルージュは生涯忘れないだろう。
風が吹いた。爆音が轟いた。撃たれたと思った。死んだと思った。
だが痛みが、いつまで経っても襲ってこない。
何故?
次いで遠くに、何かが落ちる音がした。
恐る恐る顔を上げてみれば、襲ってきたISの片割れが倒れている。
エネルギー反応ゼロ。
シールドエネルギーが完全に枯渇していた。
(えっ!? まさ、か………?)
視界の片隅に映る白い閃光。
この時点で一夏は、既に残る1機に狙いを定めていた。
彼がやったのは単純なことだ。
そしてもう一度――――――。
―――
―――GO!!
解き放たれた膨大な推力が、IS相手に正面からの奇襲を成功させる。
相手に行動させる暇なんて与えない。
何もさせない。
俺の前では、絶対仲間をやらせない。
左腕“雪羅”で相手の首を掴み、勢いのままに押し倒し、数百メートルに渡って大地に擦り付ける。
同時に“雪羅”で零落白夜を起動。相手のエネルギーシールドを直接蝕み、一瞬で絶対防御を発動させる。だが意識は失っていない。なので一夏は、相手に一度だけ選択権を与えた。
「武装解除して下さい」
普段の一夏を知っていれば、信じられないほど冷たい声だった。
「………」
「断るならそれでいいです。どのみち、貴女達は終わりですから」
「………」
「どんな命令を受けてここに来たのかは知りませんが、今船は俺の師匠とその部下が護っています。信じる信じないはそっちの勝手ですけど、ここで俺から逃げたところで、貴女達が生還できる可能性はありません」
顔が分からないように仮面で隠されているが、驚きと諦めの雰囲気は伝わってきた。
「………分かったわ」
手にしていた武器が、投げ捨てられる。
しかし一夏は騙されなかった。
「何をしているんですか? ISを解除して、待機形態にして渡して下さい」
舌打ちが聞こえてくる。だが相手も勝ち目がない事は分かったようだった。ISを解除し、待機形態となったネックレスを渡してくる。
そうしてもう1人も武装解除させた一夏は、倒れていた
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。機体はこんなだけど、体は何とか………ね」
「良かった」
一夏は、ホッとした安堵の表情を浮かべた。
この時
そしてその感情は、一夏の次の行動で大きく加速してしまった。
天然ジゴロの本領発揮である。
「じゃあ、戻りましょうか」
彼は、彼女を抱き抱えた。
いわゆるお姫様抱っこというやつである。
「えっ? ちょっ!? お、下ろしてってば、慣性制御系はまだ辛うじて生きてるから、何とか飛べるわ」
「戻るまで時間が掛かり過ぎます。大人しくしてて下さい」
「えっと、えっと、そ、そうだ。あの武装解除させた2人はどうするの?」
頭では仕方ないと理解しているが、恥ずかしさの余り、どうにか下ろしてもらおうと無駄な努力をする。
ちなみに敵パイロット達は、拘束する為の道具が無いので一ヶ所にまとめられ、放置されていた。
「今、無人機をこっちに呼びました。あれなら運べると思います」
一夏はルージュに、優しい顔を向けながら答えた。
その後、襲ってきた2人に冷たい表情を向けながら告げる。
「ああ、そうだ。無人機が到着するまで少し時間がありますから、逃げるなら逃げてもいいですよ」
ここは無人島だ。逃げる方法などある訳がない。
ISスーツに付属している通信機能までは奪っていないが、助けを求めたところですぐに来る訳がない。
加えてどこの差し金かは知らないが、非合法ミッションで失敗したパイロットの末路など、碌なものではないだろう。
助けを求めたところで、送り込まれるのは処刑人かもしれない。
踵を返し去ろうとする一夏に、2人は慌てて縋った。
「まっ、待って!! せめて、無人機が来るまでは、ここにいて。いえ、いて下さい」
「………じゃあ、何か喋って下さい」
何を、とは一言も言わない。
だがこの状況で喋れと言われて、後の扱いを想像しない人間はいないだろう。
更に一夏は、晶にこっそりと通信を繋いでいた。これでここの会話は、全て向こうにも伝わる。
面倒な事は、
「わ、私達は――――――」
そうして喋ってくれた背景情報は、海賊とは全く関係無いものだった。
2人が狙っていたのは、ルージュ・リップ個人。
彼女を支援している企業のライバル企業が、広告塔である専用機を潰しに来たのだ。
成りたての今なら、楽に潰せると考えたらしい。
(………杜撰だな)
一夏の素直な感想だった。
よりによって
あの戦闘能力を知っているなら、ちょっと、いやかなり考えられない蛮行だ。
しかし話を聞いていくと、どうやら
一夏は通信で、晶に尋ねてみた。
『この人達の言ってること、本当かな?』
『本当だと思うぞ。出発前に、俺の現在位置は偽装してきたから』
『え?』
『今俺、カラード本社にいる事になっている。苦労したんだぞ』
『本当?』
『嘘ついてどうする』
『そこまでして………ありがとう』
『良いってことさ。で、話を戻すけど、俺の存在を知らなかったなら、あそこで仕掛けたのも納得だ。単機になった新米専用機持ちを、2対1で確実に潰す。お前の存在がネックだったかもしれないが、多分護衛対象から離れないっていう予想が立っていたんだろうな』
『なんでかな?』
『日頃の態度じゃないか。お前、テレビにも結構出てるだろ。露出が増えれば、その分人柄も知れる。何より1年前IS学園が襲撃された時、お前自分を顧みないで観客席護ったろ。それを知っていれば、割と簡単に予測は立つと思うな』
『そっか………弱点なのかなぁ』
『俺が思うに、そういう人間のところに人は集まる。弱点なもんか。強みだよ』
『でもまた、同じようにされたら』
『全部1人でやるのは大変だ。だから、仲間に助けてもらおうぜ』
『お前が言うと説得力あるよ。ホント』
『1人じゃ出来ない事も多いからな。これは本当に実感してる』
こうして話している間に無人機が到着した。
『これから捕虜2人を回収して戻るけど、機体も一緒にそっちに預けていいかな?』
『ちょっと待て、お前、護衛続ける気か?』
『仕事だろ。最後までやらないと』
『
『ちょっと厳しいけど、仕方ないよ』
『厳しいって分かってるなら、交代だ』
『いや、バックアップしてもらって、その上交代だなんて流石に悪いよ』
『バーカ。こういう時の為のバックアップだろう。それに今回、お前はもうキッチリ仕事をしている。敵の初撃を防いで、味方も生き残らせた。船に損害も出ていない。役目を果たした上での交代だ。引け目を感じる必要なんてない』
『………良いのか?』
『いいんだよ。今、帰還用の輸送機を手配した。1時間くらいでそっちの上空を通るから飛び乗ってくれ』
『ありがとう。ところで捕虜2人と機体はどうしたらいい?』
『ハウンド1と3に機材を持たせて、そっちに向かわせた。機体を渡してやってくれ。その場でチェックしてから回収する。捕虜2人もこっちで引き取ろう』
『分かった。なら、後は頼むよ』
『任された』
こうして一夏と
※1:ルサールカ
元ネタはACMoA登場の水陸両用オーバーテクノロジー機のマーマンです。
製造元をロシア企業にしたので、マーマン(人魚)をロシア語にしてみました。
第140話に続く
今までNEXTの直弟子で凄いとは言われていても、実戦でどうかまでは知られていなかった一夏くん。ついにそのベールを脱ぎました。
作者的には対集団戦闘はセシリア。タイマンは一夏、という感じでしょうか。