「いじめもなく、学校で何かがあったわけでもないのに学校へ行けない」と苦しむ中2の女子生徒。「周囲はいい人ばかりで本当に私の責任」と追い詰められている相談者に、鴻上尚史が説いた「学校へ行くこと」よりも大切なことと、勉強が大切な理由。
【相談105】どうして学校へ行けないのか自分でもよく分かりません(14歳 女性 江國)
わたしは今、中学校の二年生でもうすぐ三年生になるところです。しかし、学校へ行けていません。勉強も全然進んでいません。いじめを受けたとか、学校で何かがあったとかはまったくなく、むしろわたしの周りはいい方達ばかりで、本当にわたしの責任です。どうして学校へ行けないのか自分でもよく分かりません。ですが、やはり行かないといけないというのは分かっています。
もうすぐ受験もありますし、学業の事や進路について考えないといけないと思うと苦しくなるのです。母親には、わたしのやりたいことができるのが一番だよ、と言われました。しかし、この前母のスマホをのぞき見してしまった時に、「娘とどう接したら良いか分からない」「家に居る時におなかすいたなどと言われるとイライラする」等書かれていました(他人のスマホを勝手にみるなど、なんて最低なことをしてしまったのだと反省し、それ以降は見ていないのでその後はよく分かりません)。母はカウンセリングへ通っているようで、その先生に向けて書かれたものだと思います。普段はやさしく温厚な母も、見えないところで嫌な思いをしているのだとすごく落ち込みました。両親はそんなことを思うような人ではないと思ってはいますが、やはり私なんか居ない方が良いんだと、そう感じてしまいます。
やりたいことも特には見つからず、親や先生方にも迷惑ばかりかけていて本当に申し訳なく思っています。高校には行ったほうが良いと思うし行きたいとも思っているのですが、受験も大変でしょうし、高校に受かったとて、また不登校になってしまうのではないかと不安です。逃げるわけにはいかないし、焦りばかりが募ってゆきます。
【鴻上さんの答え】
江國さん。つらいですね。よく相談してくれました。
先に結論を言いますね。無理して学校に行く必要はありません。学校に行かないことは、江國さんの人生にとって、何のマイナスにもなりません。
学校に行かないことで、自分を責めてもいけません。いじめられているわけでもなく、特別な理由もないのに、学校に行ってない子供なんて、世界中に何万人も何十万人もいます。
コロナで、世界中の学校がリモートになりました。日本のように、リモートが整備されていない国々では、学校そのものが休校になるところもたくさんありました。
でも、多くの国では「学校に行かないこと」は問題になりませんでした。問題になったのは、「どうやって勉強するか」です。
「学校に行くこと」と「勉強すること」は違います。
「学校に行くこと」は「ただ行くこと」が目的です。でも、本当に重要なことは、「どうやって勉強するか」ということです。
それは、「何のために勉強するか?」ということにつながります。
江國さんは、なぜ勉強するんだと思いますか?
僕が考える「勉強する理由」は、「素敵な大人になるため」です。
今、江國さんは、人生が行き詰まって、未来が見えない感覚におちいっているかもしれませんが、学生生活は人生の中で、とても短い期間なのです。
人生80年だと考えても、生徒や学生でいる時期は、大学まで行ったとしても、わずか2割です。大学を出た後、大人の時間は50年以上あるのです。
その時間を「素敵な大人」として生きるために、私達は勉強するのです。試験のためでも、入試のためでもありません。
では、「素敵な大人」とはなんでしょうか。江國さんはなんだと思いますか?
僕は「自分の頭でちゃんと考えられる人」だと思っています。他人の意見に振り回されたり、人の考えをうのみにしないで、自分の頭で考えられる人です。
それから、経済的に自立していることも「素敵な大人」には大切ですね。社会人としてちゃんと働けること。そのためには、自分を主張しながら、他人と協力できること。
仕事だけじゃなくて、好きな人ができた時に、自分の気持ちをちゃんと伝えるためには、たくさんの言葉を知っていた方がいいでしょう。自分の不安に押しつぶされないためには、今、社会でどんなことが起こっているのかも正確にたくさん知っていた方がいいでしょう。
これらをちゃんとできていたら、その人はきっと「素敵な大人」です。
「素敵な大人」になればなるほど、幸せになる可能性が高まると僕は思っています(病気とか事故とか、予想外のこともあるので、絶対ではないですけどね)。
そのために、私達は、今、勉強するのです。
「いい高校に入ったり、いい大学に入る」ために勉強するのではないのです。
どうですか、江國さん。
ですから、問題は、「学校に行かない」ことではなく、「勉強をしない」ことです。
たぶん、江國さんは、学校に行かない自分を恥じて、親や先生に申し訳なくて、「勉強なんてする気にならない」状態なんじゃないですか?
それは、とてももったいない時間の使い方です。
勉強は、もちろん、教科書の中だけにあるんじゃないですよ。
以前、知人から聞いた話ですが、ある男の子は、小学生の頃から体を壊してずっと入院していて、ほとんど学校に通えず、教科書はまったく興味が持てず、でも、昆虫好きで図鑑をずっと読んでいたそうです。小学校低学年用の図鑑から、だんだんと専門的な図鑑まで読破して、漢字も文章表現も数学も理科も社会も、全部、昆虫図鑑で独学して、大学に入ったそうです。
これも「素敵な大人」になるための立派な勉強です。
「やりたいことも特には見つからず」と書かれていますが、14歳ですから当り前です。この「ほがらか人生相談」では、三十代、四十代の大人が「自分は何がしたいのか分からない」とメールを送ってくるんですよ。
江國さんが、今、することは、無理に学校に行かないで、いろんなものに接することです。マンガやアニメや動画や小説や絵画や詩や、とにかく、江國さんの世界を広げるものと出会うのです(もちろん、教科書の中で、興味がもてるものがあればいいのですけど)。
そして、「やりたいこと」が見つかれば素敵ですが、見つからなくても全然大丈夫です。人生は長いんですから。
高校も行けそうにないと感じているのなら、無理に行く必要はありません。
一番ポピュラーな方法は、通信制の高校を選ぶことです。N高を始めとして、だんだんと増えてきました。
もちろん、まったく行かないまま、「高等学校卒業程度認定試験」を受けるという方法もあります。
これで、18歳になったら大学を受けることができます。
大学に入れば、通信制の高校出身だろうが、ホームスクーリング(家で勉強して認定試験を受けた)だろうが、名門高校だろうが、誰もそんなことは気にしません。
江國さんの母親は立派です。今どきですから「頭ごなしに学校に行かないことを責めてはいけない」と必死に考えているのです。だから江國さんの「やりたいことができるのが一番だよ」と言うのです。
でも、今までの「ほがらか人生相談」を読んでいたら分かると思いますが、昔からの「世間」という考え方が残っていて「学校に行かなくていいんだろうか。みんなと違って平気なんだろうか」と不安になってしまうのです。
これが「同調圧力」と呼ばれるもので、「同調圧力」は、私達が「素敵な大人」になることを邪魔しようとする一番の強敵なのです。
お母さんは、その二つの考え方に引き裂かれそうになっているのに、ぐっと我慢して、江國さんを直接責めないのです。本当に立派です。素敵なお母さんを持ちましたね。
スマホをのぞいたということを書いているので、難しいかもしれませんが、この回答をお母さんにも読んでもらうことをじつはお勧めします。
子供が学校に行かないことを受け入れようとしている大人達は、でも、心のどこかで「本当に大丈夫なんだろうか?」と不安になっています。心から「学校に行かなくていいんだ」と納得してないのです。それは、江國さんも大人になれば分かりますが、大人の感じる「世間」と「同調圧力」はとても強いからです。
でもそれは、「なんのために勉強するか?」ということをはっきりと理解したら、解消できるのです。
繰り返しますが「中間・期末テスト」を受けるために勉強するのではないのです。やがて「素敵な大人」になるために勉強するのです。そのためには、「学校」というシステムは、マストではないのです。もちろん、学校というシステムに合う人は通えばいいのです。でも、学校に合わない人もいます。それは、良いとか悪いとか、どっちかが正しいとか間違っている、ということではないのです。
人間は、いろんな人がいるのです。それが「多様性」ということです。
これからますます、日本でも「学校に行かないこと」は珍しくなくなるでしょう。「協調性」より「多様性」を大切にすることが重要なんだ、と気づく人が増えてきました。
大切なことは、「学校に行くこと」ではなく、「何を勉強するか」です。
「学校に行かないこと」で自分を責めるのではなく、「今日は一日、ボーッとしてたなあ。これは『素敵な大人』になるためとは何の関係もないなあ。よし、今からでも、好きな小説、読もうかな」と考えることが大切なのです。
江國さんは、どんな「素敵な大人」になりたいですか?そのことを考えながら、勉強することをお勧めします。
焦らず、無理をしないで、コツコツと、自分の好きなことを追求していって下さい。
やがて江國さんが「素敵な大人」になった時には、この「ほがらか人生相談」の回答は懐かしい笑い話になると思いますよ。
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わたしは今、中学校の二年生でもうすぐ三年生になるところです。しかし、学校へ行けていません。勉強も全然進んでいません。いじめを受けたとか、学校で何かがあったとかはまったくなく、むしろわたしの周りはいい方達ばかりで、本当にわたしの責任です。どうして学校へ行けないのか自分でもよく分かりません。ですが、やはり行かないといけないというのは分かっています。
もうすぐ受験もありますし、学業の事や進路について考えないといけないと思うと苦しくなるのです。母親には、わたしのやりたいことができるのが一番だよ、と言われました。しかし、この前母のスマホをのぞき見してしまった時に、「娘とどう接したら良いか分からない」「家に居る時におなかすいたなどと言われるとイライラする」等書かれていました(他人のスマホを勝手にみるなど、なんて最低なことをしてしまったのだと反省し、それ以降は見ていないのでその後はよく分かりません)。母はカウンセリングへ通っているようで、その先生に向けて書かれたものだと思います。普段はやさしく温厚な母も、見えないところで嫌な思いをしているのだとすごく落ち込みました。両親はそんなことを思うような人ではないと思ってはいますが、やはり私なんか居ない方が良いんだと、そう感じてしまいます。
やりたいことも特には見つからず、親や先生方にも迷惑ばかりかけていて本当に申し訳なく思っています。高校には行ったほうが良いと思うし行きたいとも思っているのですが、受験も大変でしょうし、高校に受かったとて、また不登校になってしまうのではないかと不安です。逃げるわけにはいかないし、焦りばかりが募ってゆきます。
【鴻上さんの答え】
江國さん。つらいですね。よく相談してくれました。
先に結論を言いますね。無理して学校に行く必要はありません。学校に行かないことは、江國さんの人生にとって、何のマイナスにもなりません。
学校に行かないことで、自分を責めてもいけません。いじめられているわけでもなく、特別な理由もないのに、学校に行ってない子供なんて、世界中に何万人も何十万人もいます。
コロナで、世界中の学校がリモートになりました。日本のように、リモートが整備されていない国々では、学校そのものが休校になるところもたくさんありました。
でも、多くの国では「学校に行かないこと」は問題になりませんでした。問題になったのは、「どうやって勉強するか」です。
「学校に行くこと」と「勉強すること」は違います。
「学校に行くこと」は「ただ行くこと」が目的です。でも、本当に重要なことは、「どうやって勉強するか」ということです。
それは、「何のために勉強するか?」ということにつながります。
江國さんは、なぜ勉強するんだと思いますか?
僕が考える「勉強する理由」は、「素敵な大人になるため」です。
今、江國さんは、人生が行き詰まって、未来が見えない感覚におちいっているかもしれませんが、学生生活は人生の中で、とても短い期間なのです。
人生80年だと考えても、生徒や学生でいる時期は、大学まで行ったとしても、わずか2割です。大学を出た後、大人の時間は50年以上あるのです。
その時間を「素敵な大人」として生きるために、私達は勉強するのです。試験のためでも、入試のためでもありません。
では、「素敵な大人」とはなんでしょうか。江國さんはなんだと思いますか?
僕は「自分の頭でちゃんと考えられる人」だと思っています。他人の意見に振り回されたり、人の考えをうのみにしないで、自分の頭で考えられる人です。
それから、経済的に自立していることも「素敵な大人」には大切ですね。社会人としてちゃんと働けること。そのためには、自分を主張しながら、他人と協力できること。
仕事だけじゃなくて、好きな人ができた時に、自分の気持ちをちゃんと伝えるためには、たくさんの言葉を知っていた方がいいでしょう。自分の不安に押しつぶされないためには、今、社会でどんなことが起こっているのかも正確にたくさん知っていた方がいいでしょう。
これらをちゃんとできていたら、その人はきっと「素敵な大人」です。
「素敵な大人」になればなるほど、幸せになる可能性が高まると僕は思っています(病気とか事故とか、予想外のこともあるので、絶対ではないですけどね)。
そのために、私達は、今、勉強するのです。
「いい高校に入ったり、いい大学に入る」ために勉強するのではないのです。
どうですか、江國さん。
ですから、問題は、「学校に行かない」ことではなく、「勉強をしない」ことです。
たぶん、江國さんは、学校に行かない自分を恥じて、親や先生に申し訳なくて、「勉強なんてする気にならない」状態なんじゃないですか?
それは、とてももったいない時間の使い方です。
勉強は、もちろん、教科書の中だけにあるんじゃないですよ。
以前、知人から聞いた話ですが、ある男の子は、小学生の頃から体を壊してずっと入院していて、ほとんど学校に通えず、教科書はまったく興味が持てず、でも、昆虫好きで図鑑をずっと読んでいたそうです。小学校低学年用の図鑑から、だんだんと専門的な図鑑まで読破して、漢字も文章表現も数学も理科も社会も、全部、昆虫図鑑で独学して、大学に入ったそうです。
これも「素敵な大人」になるための立派な勉強です。
「やりたいことも特には見つからず」と書かれていますが、14歳ですから当り前です。この「ほがらか人生相談」では、三十代、四十代の大人が「自分は何がしたいのか分からない」とメールを送ってくるんですよ。
江國さんが、今、することは、無理に学校に行かないで、いろんなものに接することです。マンガやアニメや動画や小説や絵画や詩や、とにかく、江國さんの世界を広げるものと出会うのです(もちろん、教科書の中で、興味がもてるものがあればいいのですけど)。
そして、「やりたいこと」が見つかれば素敵ですが、見つからなくても全然大丈夫です。人生は長いんですから。
高校も行けそうにないと感じているのなら、無理に行く必要はありません。
一番ポピュラーな方法は、通信制の高校を選ぶことです。N高を始めとして、だんだんと増えてきました。
もちろん、まったく行かないまま、「高等学校卒業程度認定試験」を受けるという方法もあります。
これで、18歳になったら大学を受けることができます。
大学に入れば、通信制の高校出身だろうが、ホームスクーリング(家で勉強して認定試験を受けた)だろうが、名門高校だろうが、誰もそんなことは気にしません。
江國さんの母親は立派です。今どきですから「頭ごなしに学校に行かないことを責めてはいけない」と必死に考えているのです。だから江國さんの「やりたいことができるのが一番だよ」と言うのです。
でも、今までの「ほがらか人生相談」を読んでいたら分かると思いますが、昔からの「世間」という考え方が残っていて「学校に行かなくていいんだろうか。みんなと違って平気なんだろうか」と不安になってしまうのです。
これが「同調圧力」と呼ばれるもので、「同調圧力」は、私達が「素敵な大人」になることを邪魔しようとする一番の強敵なのです。
お母さんは、その二つの考え方に引き裂かれそうになっているのに、ぐっと我慢して、江國さんを直接責めないのです。本当に立派です。素敵なお母さんを持ちましたね。
スマホをのぞいたということを書いているので、難しいかもしれませんが、この回答をお母さんにも読んでもらうことをじつはお勧めします。
子供が学校に行かないことを受け入れようとしている大人達は、でも、心のどこかで「本当に大丈夫なんだろうか?」と不安になっています。心から「学校に行かなくていいんだ」と納得してないのです。それは、江國さんも大人になれば分かりますが、大人の感じる「世間」と「同調圧力」はとても強いからです。
でもそれは、「なんのために勉強するか?」ということをはっきりと理解したら、解消できるのです。
繰り返しますが「中間・期末テスト」を受けるために勉強するのではないのです。やがて「素敵な大人」になるために勉強するのです。そのためには、「学校」というシステムは、マストではないのです。もちろん、学校というシステムに合う人は通えばいいのです。でも、学校に合わない人もいます。それは、良いとか悪いとか、どっちかが正しいとか間違っている、ということではないのです。
人間は、いろんな人がいるのです。それが「多様性」ということです。
これからますます、日本でも「学校に行かないこと」は珍しくなくなるでしょう。「協調性」より「多様性」を大切にすることが重要なんだ、と気づく人が増えてきました。
大切なことは、「学校に行くこと」ではなく、「何を勉強するか」です。
「学校に行かないこと」で自分を責めるのではなく、「今日は一日、ボーッとしてたなあ。これは『素敵な大人』になるためとは何の関係もないなあ。よし、今からでも、好きな小説、読もうかな」と考えることが大切なのです。
江國さんは、どんな「素敵な大人」になりたいですか?そのことを考えながら、勉強することをお勧めします。
焦らず、無理をしないで、コツコツと、自分の好きなことを追求していって下さい。
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