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2018/11/26
(2021/3/30更新)

「のっぴきならなさ」を忘れそうなときに/鈴木悠平

“今なに読んでる?”をテーマに、9人の仲間で送るリレーコラム。初回はLITALICO発達ナビの編集長、鈴木悠平氏。「相談もらっても全部応えられないジレンマがある」心の棘を柔らかくした本、そして今の心境を教えてくれました。
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「のっぴきならなさ」を忘れそうなときに

「うーん、ちょっと今いまはお役に立てることなさそうなんですけど、また追々…」

そんな言葉を、今まで何度発したことがあるだろう。

物事にはタイミングというものがある。
何も起こらず、お話するだけの時間だって悪くはない。

ただ、それがお互いの機が熟していないからではなく、自分の側の都合だけで頼みを断ることになった場合は、悔しい。

僕のもとを訪れてくれた相談者の言葉には、切実さがある。
どうすれば良いのかもわからないけど、何か動かずにはいられないといった様子だ。
本人もまとまりなく話しているけど、よくよく聞いてみると、確かにそれは一大事で、その人が感じている「何か」は、きっとこの社会にとって重要な何かでもあるように思える。
さらによくよく状況を聞いてみると、あ、なるほど、僕にはそれを手伝う方法とスキルがあるようだ。

(ん、これは、俺か?俺なのか。俺がここで「やりましょう」と言えばことが動く話なのか)

そうだよな、ここで一肌脱がない理由はないよな。

ただ一つ、時間とお金がないことを除けば…



どんな仕事をやるにも資源制約はつきものだが、福祉業界の仕事は、そのジレンマに悩まされることがとにかく多い。

「困っている人」がいる。自分に出来ることがあるかもしれない。
だったらここで、働いてみよう。

そんなシンプルな気持ちで「福祉の仕事」に飛び込んだ人たちは、しかし早々に「現実」の壁と格闘することになる。

予算がある、法規制がある、受け入れ人数上限がある。
人手も時間もお金もカツカツだ。

あれやこれやの記録・報告書類に囲まれながら、十分な心と時間の余裕を持って一人ひとりと向き合うことができず、日々が過ぎていく。


先輩は語る。

残念ながら、一度にすべての人は救えないんだ。
まずはターゲットを絞ろう。優先順位をつけよう。
会社を大きくしよう。力をつけたらできることが増える。
それまでは我慢だ。

言っていること自体は間違ってはいない。
何よりそれを語る先輩自身も、現場でたくさんのジレンマの中、歯がゆい思いをしてきたに違いない。

だけど本当にそれでいいんだろうか。順番が逆になってやしないか。

事業が先、人は後。

誰かの幸せを願って始めた仕事のはずが、いつの間にか転倒している。




「うちではちょっとお役に立てないですね…」
「今はなかなか、余裕がなくて…」

そんな何度目かの諦めの言葉を吐き出しそうになったときに出会ったのが、こちらのドタバタ痛快介護劇。

福岡にある老人介護施設「宅老所よりあい」と、そこに関わる人たちの物語だ。

全ては一人の、困ったお年寄りから始まった。

伸びに伸びたざんばら髪を振り乱し、体臭をこじらせ、部屋の中では大量の食料が腐り、マンションの住人からは苦情の嵐。認知症になるまでは毅然と生きていた、明治生まれの気骨ある女性だったが、ひとたび「ぼけ」が到来してからは、社会から、地域からやっかまれ孤立していく。

そんな強烈なばあさまと出会ったのが、介護士の下村恵美子。彼女と、彼女の仲間たちがゼロから立ち上げたのが「宅老所よりあい」である。

「超ものすごいばあさあがおるっちゃけど、あんたたちも一緒に付きおうてみらん?」
「おぉぉぉ、いいねえ!」
そんな物好きたちがつくったのが「宅老所よりあい」である。

制度があるから、施設が作りたいから、思いがあるから、夢を実現したいからやるのではない。
目の前になんとかしないとどうにもならない人がいるからやる。

「よりあい」の人たちの行動のあり方はシンプルそのものだ。

その強烈なばあさまの異臭漂う一室に、「お手伝い」さんとして交代で訪ねるところからスタートする。

並行して、彼女がぼけても孤立せずにいきいきと暮らせる「開かれた世界」につなげるために、地域のデイサービスや老人ホームを訪ねていく。

ところが、どこへ行っても「そんな強烈な人はうちでは受け入れられません」と断られる。

断られたもんだから、自分たちで場をつくることに決める。
「ああもうわかった!もう誰にもたのみゃせん!自分たちでその場ちゅうやつを作ったらよかろうっちゃもん!」

…と、一事が万事こんな調子で物語は展開する。

地域のお寺に頼み込んでお茶室を貸してもらい、そこをデイサービスとして、ばあさまと一緒に過ごすことにした。

噂が噂を呼び、行き場を失った他のお年寄りたちもどんどんと集まってきて、そこは文字通り老人たちの「駆け込み寺」となった。

さすがにこれ以上はお寺のお世話になるわけにはいかない、と、施設を探し、お金を集め、デイサービス「宅老所よりあい」をスタートする。

さらにその後、「通い」だけでは支援が立ち行かなくなり、ついには森の中に特別養護老人ホーム「よりあいの森」を立ち上げることになる。

施設の変遷だけを簡単に書いてしまったが、このプロセスがすごい。

まず、3ヶ月で101人に寄付のお願い行脚をして土地代1億2千万を集めてしまうところからして驚きなのだが、施設の建設にさらに1億6千万円がかかるというので、補助金と福祉医療機構からの借金でも足りない5千4百万円を、二年間かけて自分たちで稼いでしまうのである。

何年も使われていない「ボロ屋」をドロドロになりながらリフォームし、カフェを開く。
スーパーのチラシに砂糖の特売があれば飛んでいって買い占め、それで自家製ジャムを作って売る。
近所の家々を訪ねて、余り物を譲ってもらい、一つ一つ値付けしてバザーで売る。
子どもが喜ぶ「光るおもちゃ」を問屋から仕入れ、縁日でちびっこの小遣い100円200円を巻き上げる。

材料を仕入れ、売りものを作り、自ら売りに行き、そしてまた仕入れをし…
1円2円、10円20円、100円200円と、それはそれは地道に積み上げていったのだ。

もちろんそのプロセスは決して順風満帆ではなく、いくつもの試練が「よりあい」の人々を襲うのだが、いつだって彼女たちは「ケ・セラ・セラ〜 なるようになるわ〜」の精神で乗り切っていく。

そこには、「介護の世界を変える」とか、そういう背伸びした意気込みはない。

どれだけ人数が増えても、どれだけお金が集まっても、デイサービスから特別養護老人ホームへと「枠組み」が変遷しても、「よりあい」の介護は、一人のお年寄りからすべてを始める。



人が先、事業は後。

「たった一人」の困った人のために。

そのシンプルな原動力を、シンプルなまま駆動し、シンプルな方法で仲間とお金をかき集め、シンプルにやり切る。

「よりあい」の人々とあり方は、守るべきものが多くなりすぎて身動き取れなくなったときに、「そもそもどうしてだっけ?」の原点を思い出させてくれる。

もちろん、みんながみんな、ゼロから1億も2億もお金を集めて、老人ホームをおっ立てなきゃいけないってことを言いたいわけではない。

だけど、すでにある日常、すでに働いているこの現場のなかでも、小さな単位で、小さな規模で、「よりあい」的に動くことはできるはずだ。

いつもだったら断っていた相談を、いつもだったら見ないふりしてた困りごとを、どうにかこうにか工夫してやっていく。そういう悪あがきは、今この瞬間でもきっとできる。

「ちょっと今は…」の一言が出そうになったら、頭のなかで「ケ・セラ・セラ〜」最近はそんな心持ちで人と話すようにしている。



●プロフィール

鈴木悠平

株式会社閒 代表取締役
文筆家/インターミディエイター®
ひと・もの・ことの閒-あわい-に横たわるなにかを見つめて、掬って、かたちにしたり、しなかったり、誰かに贈ったり、分かち合ったりしています。

次の担当、東藤さんへ

左から、今回担当の鈴木悠平さん、次回担当の東藤泰宏さん。
東藤さんに教えてもらった『へろへろ』とても面白かったよ。福祉の領域に限ったことじゃないけど、何か動き出して、それが形になって、事業として続いていって…という旅路のなかで、働く人たちがいかにヘルシーであるか、ということをよく考える。その辺、東藤さんはどう思う?


写真:八ツ本 真衣
企画:ケイコ

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