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魔導具師ダリヤはうつむかない 作者:甘岸久弥
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335.主への報告とハイポーション

 ヨナスが白灰レンガの魔導部隊棟まで戻ると、魔導師の一群が階段から下りてきたところだった。おそらくはこれから屋外演習なのだろう。

 無言で廊下の端に寄り、目を伏せる。お互い一言の挨拶もなくすれ違った。


 王城魔導師は騎士団でも一目置かれる存在で、多くがそれなりの家柄だ。

 魔物討伐部隊相談役となって騎士服を着ていても、ヨナスは魔導部隊棟ではグイードの従者にすぎない。家も子爵、本人自身に爵位もないのだから、この対応で当然である。


 階段をややゆっくりと上り、廊下の奥、中隊長であるグイードの執務室へ向かう。

 部屋に入る前に一度、呼吸を整えた。


「ただいま戻りました。ヴォルフレード様へお伝えし、騎士へ祝いの言葉を頂きました」

「そうか、ご苦労だった、ヨナス。それで、王城の魔石の件だが――」


 グイードの視線が書類から自分に移り、ぴたりと止まった。

 ゆるりと細められる青い目から、そっと視線を外す。

 騎士服に汚れはついていないし、乱れた髪も直したのだが、勘づかれたらしい。


「君達、少し早いが休憩しよう。しばらく後にコーヒーを頼む」

「わかりました。行って参ります」


 人払いの言葉に、魔導部隊の部下であり、書類確認を手伝っていた魔導師と文官が部屋を出て行く。


「ヨナス、ハイポーションがいるかい?」

「ポーションで足ります。ベルニージ様と打ち合って、『お前を神殿送りで付き添いでいいか』とおっしゃったので」

「ヨナスが大人しくやられていたら、ここにいないようにも聞こえるが、どういうことだね?」


 あるじの目がさらに細くなったので、取り急ぎ事情説明を開始する。


「ベルニージ様が曾孫ひまごが生まれた喜びをちょっと発散させてくれ。でないと、訓練場で踊り出しかねぬとおっしゃったので、少々力を込めて打ち合いました」

「少々、ね。で、ベルニージ様は?」

「肩を痛められ、怪我か加齢か神殿で確認なさるとのこと。勝負は私の負けです」


 聞かれぬ勝負についても先に報告しておく。

 全開ではなかったなどと甘いことを言うつもりはない。

 あれが本物の剣であれば、自分がベルニージの肩から腕を落とす間に、脇腹から肋骨の間、刃を入れて内臓をかき回されていただろう。


 正直、痛みにうとい自分が今、座り込みたいぐらいには脇腹が痛い。

 内鎧の下、ヒビか折れているかは脱がぬと確認できぬので、部屋から下がった後にするつもりだが。


「古くなりかけているのでね、片付けてくれ」


 執務机の上、青に銀の飾りがついたガラス瓶が出された。王城の錬金術師が製作したハイポーションである。

 確か、支給されたのは少し前。あと一週間ほど使用できるはずだが、それを指摘するのは避けた。


「頂きます」


 今のままでは確かに護衛任務に差し支える。あきらめて息を止め、一気に飲んだ。

 ハイポーションは、ポーションより一段緑臭い上に苦い。野菜の苦手な自分にはさらにくる。

 効き目はいいのだが、王城錬金術師達は味の追求もしてくれぬものか――咳き込みそうになっていると、グイードが手ずから水差しの水をグラスに注ぎ、テーブル上に置いてくれた。それもまた一気飲みする。


 だが、流石、王城製ハイポーション、効果はすばらしい。

 痛みはかすみがかったように薄くなり、完全に消えた。


「ヨナスが脂汗を流すとは、どんな勝負だったんだい?」

「ただの汗です。打ち合いでは受け流されっぱなしでしたし、最後は剣の根元を肩で止められ、脇腹にいい一打を頂きました」

「それは凄いな。ベルニージ様は魔物討伐部隊をやめてからも、鍛錬はなさっていたようだし。最近は見る度にお若くなっている気がするよ。ドラーツィ家には若返りの秘策でもあるのかな?」

「あってもおかしくはないかと。打ち合い後も平然としていらっしゃいましたし、まだ余裕のあるお顔でした」


 言いながら、身の奥、うずりとする感覚を思い出す。

 ベルニージは剣技に優れた騎士だがご高齢、加減はせねばと思って始めた打ち合いだった。

 それがどうだ、己の剣はぬるりと受け流され、宙空からの攻撃は右手一本で止められた。


『飛べれば強いと勘違いするなよ、若人』

 そう言って余裕のある笑みを浮かべられ、魔力を広げても楽しげで、ギャラリーを気にかける余裕まで見せつけられた。

 これが魔物討伐部隊の熟練騎士かと深く納得した。


 手加減いらずの楽しさに危うくたがが外れかけ、半分本気で獲りにいくところだった。

 それすらも見越していたのか、ベルニージは剣の根元に自ら飛び込んできて、怪我の理由付けとした。

 肩を打った手応えはあったが、その足取りを狂わすことはできなかった。

 どこをどうとっても自分の負けである。


 魔付きになったところでまだまだ足りぬ、それを思い知らされた。

 影で化け物呼ばわりされる自分が言うのもなんだが、ベルニージの方がはるかに化け物じみている。


「その、ベルニージ様の勧めではありますが、少しばかり派手に――若干、たががゆるみかけるほどにはりました」


 つい戦いが派手になったのは確かで、気が重いがそれも報告しておく。

 ゆるみかけるどころか、危うい瞬間もあったが、まさか王城内、しかもグイードから離れて狂戦状態になるわけにもいかぬ。

 それこそ、魔物討伐部隊の討伐対象になりそうだ。


「それは珍しいね。楽しかったようで何よりだ。ただ、そんなことになるのなら、私も行きたかったな」


 うらやましげに言われても、グイードには魔導部隊の中隊長の仕事がある。

 それに魔物討伐部隊相談役の自分が『家の騎士に子が生まれた』とヴォルフに教えに行くのが建前だ、グイードが行けばいらぬ詮索をされる可能性もある。

 それを理解しているのであろうあるじは薄く吐息をつき――なぜか口元をゆるめる。


「そのうち、ベルニージ様に別邸で魔導義足の性能確認をしてもらうというのはどうだろう? 私もスカルファロット家として協力を惜しまないよ」

「却下だ、グイード。ベルニージ様と戦って、お前に何かあったらどうする?」


 目を線にしたこの笑顔を、ヨナスは絶対に信用しないと決めている。

 つい素の言葉が出た。


「何か何かと、皆、私に過保護すぎやしないかい? ベルト穴が増えもするさ。魔導部隊中隊長になってから演習参加が減らされ、侯爵内定からさらに減らされているんだ。今、私の魔法行使は王城の食料庫や薬草庫の氷とか、夏の冷房補助の氷壁アイスウォールとかがほとんどじゃないか。おかげで、私は影で『氷製造隊長』と言われているらしいよ……」

「それは――王城に重く貢献しているということで……」


 ヨナスはフォローしきれずに語尾を濁す。

 グイードに聞かせまいとしていたことを、耳に入れた者がいたらしい。


 じつは他にも、『冷蔵・冷凍侯爵』『王城食材の守り手』『冷房神』などとも言われているが、黙っておくことにする。


「書類を手伝ってくれ、ヨナス。今日こそ早く帰る。ベルトの穴が気になるのでね、帰りに別邸に寄ってちょっと身体を動かそうと思う。それでだね……」

「お付き合い致します。氷蜘蛛アイススパイダーと闇夜斬りは抜きですね」


 ベルニージの剣筋を思い出しつつ、上級魔導師との鍛錬もいいだろうと判断する。

 グイードの妻から、氷蜘蛛アイススパイダー短杖スタッフと魔剣闇夜斬りでの二人の鍛錬は禁止された。

 だが、通常の短杖スタッフと模造剣での鍛錬であれば問題ないだろう。


 安全に気をつけつつ、ベルニージとの打ち合いを細かく伝え、二人で対抗策を練るのも面白いかもしれない――

 ヨナスは上がりそうになる口角を固め、書類の山崩しに加わった。


 鍛錬後、本邸に帰宅した二人が笑顔のご夫人に聞き取りを受けるのは、本日深夜のことである。

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コミカライズ『魔導具師ダリヤはうつむかない ~Dahliya Wilts No More~』、コミックガーデン様6月号、そしてWEBコミックのマグコミ様の最新話「兄弟と悪夢」、ヴォルフとグイード回です。

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