第170話 奴隷、女王と二人きりに
「今のところ、詳細が伝わっているのは、友好国であるギスター王国だけです。王、王妃とも首を刎ねられ、実質、実権を握っていたオルヴァート・リンドマン、そして王国最強の騎士と言われたティアーノ・フェイルーラの両名は、切り刻まれた体を城門に
淡々と語るアーリンの肩にはアイネスが座り、「アタシとウォルスに任せておけば大丈夫よ」
と安請け合いをしている。
暗殺というからには、もっと目立たないような殺害方法かと勝手に思っていた。
だが、自らの力を誇示するかのような、警護そのものが無意味だと示す手法を取っていることを考えると、この暗殺者は元々暗殺を生業としている者とは違うのかもしれない。
「それを聞くと、こちらもそれなりの心構えでいたほうがいいか」
「何慎重になってんのよ。アンタの力があれば、怖いものなしでしょ。力を隠す必要もないんだし」とアイネスはセレティアへと顔を向ける。
セレティアと目が合い、一瞬の間が空く。
「クスッ」と笑ったセレティアはアーリンの目の前まで近づき、自信を漲らせた表情で見下ろした。
「ウォルスがいれば大丈夫。あのセレティア・ロンドブロも認めた冒険者だから」
「まあ、ヴィクトル殿下と憤怒竜イーラを討伐したという、あのセレティア王女殿下が! それなら何も心配することはありませんね。やはり精霊が認めた方、これ以上ない護衛です」
自分の名を出してご満悦のセレティアと、今や英雄となっているその名を聞いてご満悦のアーリン。
この対照的な二人を前にして、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
◆ ◇ ◆
今の季節にしては少し肌寒く、王城にしては静かすぎる朝。
窓から見える王都は靄に包まれ、日の出を拒んでいるかのようにさえ思える。
暗殺日になった瞬間からのことも考え、当日は夜中から女王の部屋で待機していたが、何の異変もなく、翌朝を迎えるに至った。
「おはよう」
女王の部屋の端に簡易ベッドを置かせてもらい、そこで寝ていたセレティアが、眠そうな目を擦りながら挨拶をしてきた。
それもこれも、全ては精霊アイネスの存在があってのものだ。
そうでなければ、床に直接寝るハメになったことだろう。
セレティアが起きるのと同時に、アイネスとアーリンも目を覚ました。
「まだ問題はないようね。アンタも結界を張って寝ればよかったのよ」
「護衛が寝てどうする。アイネスが警戒にあたってくれるほうが助かるんだがな」
「――――仕方がないわね。アンタがそこまで頼るのなら、少し本気を出してあげてもいいわよ」
暗殺日当日とは思えない、気の抜けた三人を見ていると、本当に今日が実行日なのかと疑いたくなってくる。
その中でも、特にアーリン本人だ。
初めてここへやってきたときの怯えが嘘のように熟睡したかと思えば、今も爽快な朝を迎えたようにスッキリとした表情をしている。
「ウォルス殿、ごくろうさま。休憩を入れてはどうです? 今から朝食の用意をさせますので」
「そうだな、腹が減っては何とやらだ。敵の数もわからない以上、食事もとれる時にとっておいたほうがいいだろう」
「アタシは肉よ、肉!」
朝から食い意地が張っているアイネスが、誰よりも早く扉に向かって飛んでゆく。
「食事にも注意しないと、毒が入ってるかもしれないわよ」
「大丈夫よ、それは毎回ウォルスが鑑定してるから。それに、毒くらいならすぐに魔法で中和できるし」
アイネスに、セレティアの忠告を聞き入れる様子など一切なく、その手を扉の取っ手にかける。すると、廊下から慌ただしい音が響いてきた。
鎧がかち合う音は扉の前で止まり、息を切らしているのがわかる。
「申し上げます。ただいま、王都に向けて魔物の大群が押し寄せているとの報告。ライザ団長指揮の下、半数の魔法師が迎撃に向かったとのこと」
扉を開けた先には、一人の衛兵が肩を上下させながら膝を突き、頭を垂れていた。
「半数で足りるのですか?」
衛兵に対し、アーリンは毅然とした態度で応える。
衛兵を注視する限り、その態度、魔力に怪しいところはなく、魔力感知でも、東の城門あたりに人が集まり、遠くに魔力の塊が迫っているのも確認できた。
嘘を吐いているわけではないのなら、この魔物の大群がどこから、何のためにやってきているのか、それを考えなくてはならない。
「恐れながら、ライザ団長の推測では、半数では危険があると……」
アーリンの話では、ギスター王国に、こんな大群が攻め入ったという話は聞いていない。
ならば、これは偶然が重なっただけなのだろうか……?
あまりにタイミングが良すぎるが、だからといって、魔物の大群を操るなど通常はありえない。
しばし悩んでいると、そんな俺の顔をセレティアが覗き込んできた。
「その顔は、今回の暗殺の件と魔物の大群、何か関係があると思ってるんでしょ」
「タイミングといい、規模といい、示し合わせたようなものだからな」
「でもウォルスはここを離れるわけにはいかない。だから困ってるわけね――――わかったわ、わたしとアイネスが援護に行ってあげる」
「だが、それでは――――」
「そうよそうよ! アタシの朝食がどうなるのよ!」
朝食なんてどうでもいいんだが、アイネスにとっての優先順位は違うらしい。
アイネスがいれば心配いらないだろうが、仮に陽動だった場合、こちらが主戦場となることを考えれば、離れていてもらったほうがいいのかもしれない。
「アイネス、食事は運動したあとのほうが美味しいらしいぞ」
「だからって、起きてすぐ運動だなんて……真っ平御免よ」
「俺の分も食べていい」
「……仕方ないわね、アンタがそこまで頼むのなら、行ってあげなくもないわよ」
食い意地が張っている精霊でよかった、と心底思える。
敵の狙いはあくまでアーリンであり、セレティアに向くことはないだろう。
「セルティを頼んだぞ、アイネス」
「言われなくても守ってみせるわよ。アンタこそ、きっちりそこの女王を守りなさいよ。アタシの朝食がかかってるんだから」
「……当たり前だ」
余裕の笑みを浮かべるアイネスとセレティアが、衛兵とともに部屋を出てゆくと、少しばかり落ち着きをなくしたアーリンが鏡の前で髪を解き始めた。
「アーリン女王には中庭に出てもらう。流石に王城ごと破壊することはないとは思うが、念には念を入れ、今から見渡せる場所で待機してもらう」
「わかりました。では今から着替えますので、少々お待ちいだだけます?」
「…………早くしてくれると助かる」
常に絶望に染まった顔でいられるのも困るが、緊張感がなくなるのも考えものだな、などと考えながらアーリン自身に多重結界を張り巡らせておいた。