- 自動販売機本の黎明期と『JAM』の出現(1976~1978)
- 自動販売機本の黎明期と『JAM』の出現(2)
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- 特別編「天国注射の日々―自動販売機と青春」
自動販売機本の黎明期と『JAM』の出現(1976~1978)
文・竹熊健太郎
1 それは70年代の後半に突如として現われた。繁華街の裏路地にひっそりと置かれた、青や銀色の一見なんの変哲もない自動販売機。だが、夜ともなれば内部から煌々と光を発し、肌も露わな女性の大股開きの表紙か踊っている…。これぞ貧乏男性の夜の友とまで言われた自動販売機専用エロ本、通称「自販機本」の出現である。
が、それは10年とたたぬうちに、より過激な裏本やビデオ、コンビニ向けエロ本に王座を奪われ、あっと言う間に我々の視界から消えて行ったのだった。
関係者の多くがその世界から足を洗った現在、自販機本について語る者は少ない。しかし筆者(竹熊)は、その存在を、歴史の闇に葬り去るにはあまりにも惜しいと考える。
自販機本こそは、誰も知らないメディア革命だったのだ。通常の書店ルートには置かれず、立ち読みすらできない自販機本は、「買うまでが華」の青少年のバーチャル妄想装置として機能すると同時に、編集者やライターにとっては、メジャーでは不可能な記事がほとんど規制もなく書けてしまうという、まさに「なんでもあり」の理想郷だったのである。
最盛期の自販機本は、実際、編集&ライターのアナーキズム天国のような様相を呈していた。その代表が山口百恵の自宅前に出したゴミをグラビアで完全公開してしまった『JAM』であり、その後身でありアンダーグラウンドかつ気の狂った企画を羽良多平吉の華麗なヴィジュアル・ワークで包んだ傑作雑誌『HEAVEN』である。
現在の『QJ』や『危ない1号』などのサブカル&アングラ系雑誌のルーツは、これら70年代末期から80年代初頭にかけての自販機本にあった……と言っても過言ではないだろう。
編集もライターもほとんど共通する『JAM』『HEAVEN』は、人脈の移動とともに3つの出版社を渡り歩いている。
最初がエルシー企画、次いでアリス出版、最後が群雄社だ。
現在、その方向の大手と言えば第一に白夜書房であり英知出版だろう。これら版元のルーツも、やはり70~80年代の自販機業界にあるのだが、時代の波を上手に乗りこなし、今では一般書籍も発行する立派な出版社として存続している。
これらを「勝ち組」とするなら、エルシー・アリス・群雄社は一世を風属しつつも消えていった「負け組」になるのかもしれない。しかし負け組にも「まごころ」かあるのだ。
2 ここで一人のキー・マンを紹介しよう。男の名前は佐内順一郎、またの名を高杉弾。現在は「脳内リゾート研究家」として活躍する高杉だが、当時は日大芸術学部を出たばかりの一青年にすぎなかった。物語は、彼がゴミ捨て場に転がっていた一冊の自販機本を拾ったところから始まる。78年頃のことである。
それはどこか奇妙なエロ本だった。まず彼を惹きつけたのは、掲載されたパンティ・ストッキングのフェティッシュな写真だった。高杉は次に裏表紙を見てグッときた。そこには、
もう書居では文化は買えない!
と強烈なコピーが踊っていたのだ。